第24話 流されているような、そんな夜
「いただきまーす」
にこにこ笑う太陽。その隣には、守兄。
小さなちゃぶ台を囲んで、三人で向かい合っていた。
あのあと、守兄は私の家にやってきた。
太陽は大喜びで、二人はすぐに打ち解けて楽しそうに話している。
ほほえましい光景のはず、なんだけど。
なんか、複雑。
さっきのあきらとのこともあるし。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
「おいしい! 星、料理上手だねえ」
豆腐とわかめの味噌汁をすすりながら、守兄が幸せそうに笑う。
その言葉に、太陽がすかさず乗ってきた。
「姉ちゃん、家事だけはできるからなあ。
ま、貧乏だから節約のために仕方なく身についたって感じだね。これぞ生きる知恵」
「なに、偉そうなこと言ってんの! 少しは感謝しなさいよ」
睨むと、太陽はへへっと悪戯っぽく笑った。
ほんと、しょうがないんだから。
「ははっ、仲いいね。昔と変わらない」
守兄が目を細めて、私たちを見つめる。
その一言で、懐かしい記憶がよみがえった。
あの頃、私は守兄に夢中で……他の男の子なんて眼中になかった。
って、何考えてんの。
食事に集中しなきゃ。
自分で作った卵焼きを口に放り込む。
うん、我ながら美味しい。
そうやって食事を楽しんでいると、不意に視線を感じた。
顔を上げると、守兄がじっと私を見ている。
「な、なに?」
そんなに見られると、ドキドキして箸がうまく動かない。
「ううん、星は相変わらず可愛いなあと思ってさ」
照れくさそうに笑う守兄。
心臓が大きく跳ねる。
な、なんでそういうことを、さらっと言うかな。
昔から「可愛い」って言ってくれたけど、それは子ども扱いの延長で……。
でも今は違う。
彼の気持ちを知ってしまった今は、どうしてもその意味を考えてしまう。
ああ、ダメダメ。考えない!
慌てて食事に集中し直す。視線をテーブルの上へ落とした。
ご飯に、味噌汁に、卵焼き。夕食はそれだけ。
育ち盛りの太陽には、せめてウインナーをプラスしたけど。
やっぱり質素だよねえ。
弟はともかく、せっかく守兄が来てくれたのに。
こんな食事でがっかりしたかな。
だって、彼は見るからにお金を持っていそうだし。
きっと普段は、もっといいものを食べてるに決まってる。
ちらりと、守兄を見つめた。
守兄は箸を止めることなく、もくもくと食事を続けている。
「おいしい」「本当においしい」と繰り返しながら、嬉しそうに笑って。
……気を遣ってくれてるのかな。
「守兄、ごめんね。こんな食事しかなくて。
事前に来るってわかってたら、もうちょっと豪華にしたんだけど」
申し訳なくてうつむくと、守兄がくすっと笑った。
「星は優しいなあ。そんなの全然いいんだよ。
こうして二人と一緒に食事ができて、しかも星の手料理が食べられるなんて。
こんな幸せなことはないよ」
ふわりと、優しい笑み。
胸がじーんと熱くなり、ときめきで鼓動が早まる。
やっぱり守兄は優しい。そして昔から変わらない。
困っているときはすぐに助けてくれて、そっと手を差し伸べてくれる。
いつも側で見守ってくれた。
私にとって、ヒーローみたいな存在。
私の、大好きな人。
「やっぱり守兄と一緒だと楽しいね、お姉ちゃん」
太陽が無邪気に笑いかける。
「う、うん。そうだね」
反射的に頷くと、守兄が嬉しそうに声をあげた。
「本当? 嬉しいな。
そうだ、太陽。今度どこか連れてってやろうか?」
太陽の瞳がぱっと輝く。
「え! いいの?」
「ああ、どこでもいいぞ。行きたいところ言ってみな」
太陽はそわそわしながら俯き、しばらく考え込んでいた。
やがて、顔を上げる。
「じゃあ、遊園地!」
「へえ、遊園地か。俺もずっと行ってないな。
っていうか、太陽はまだまだお子ちゃまだな」
守兄が太陽の頭をくしゃっと撫でる。
太陽は照れたように頬を膨らませた。
「なんだよ、どこでもって言ったじゃん。
……だって、うち貧乏だから。そういうとこ行けないし」
一瞬、弟の瞳に影が差し、ズキンと胸が痛んだ。
そうだよね。太陽にはいつも我慢ばかりさせてきた。
遊び盛りなのに、いろんな場所に連れて行ってあげられてない。
心の奥で、そっとため息をつく。
三人の間に、重たい沈黙が落ちる。
その空気を振り払うように、守兄が明るく声をあげた。
「よし、決まりだ。今度の休み、三人で遊園地に行こう。
いいだろ? 星」
ウインクが飛んできて、心臓が跳ねる。
「え……まあ、別にいいけど」
こくりと頷いた瞬間、太陽がぴょんと跳ねた。
「やった!」
満面の笑顔。
弟のこんな顔を見たら、断れるはずないじゃない。
まあ、守兄と二人きりじゃないんだから。これはデートじゃない。
あきらだって、きっと許してくれるよね?
夕食を食べ終えたあとも、たわいもない会話で盛り上がった。
すごく幸せなひととき。
ひとしきり太陽と笑い合ったあと、守兄が立ち上がる。
「さて、帰るかな」
「守兄、また来てね」
寂しそうな太陽の声。守兄は優しく頭を撫でた。
「ああ、また来るよ」
太陽に向けていた微笑みが、次に私へと向けられる。
そのまっすぐな眼差しにドキッとしたが、すぐにやわらかい笑みに変わった。
「じゃあ、また連絡するから。連絡先、教えてくれる?」
あまりにも自然な言い方に、私もつられて答えてしまう。
「え? ああ、うん」
スマホを差し出すと、守兄はささっと登録を済ませる。
「俺の番号入れといた。気楽に連絡して」
爽やかな笑みとスマホを見比べ、うーんと悩む。
完全に、守兄のペースだ。
そのとき、彼の顔がふいに耳元に寄せられた。
「じゃあ、おやすみ、星」
頬にやわらかな感触。
頭が真っ白になる。
え? い、今のって……守兄にちゅーされた!?
驚いて目を丸くする。
「ひゅー」
太陽が口笛を吹き、にやにやとからかってくる。
「じゃあ」
余裕の笑みを残し、守兄は颯爽と去っていった。
呆然と立ち尽くす私を置き去りにして。
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