第20話 彼氏VS幼馴染
「やあ、星」
爽やかな笑みを浮かべ、守兄がこちらへ歩み寄ってくる。
薄手の白いニットに、すらりと伸びる黒のパンツ。
程よく体に沿ったラインが、彼のスタイルをいっそう際立たせていた。
私の目の前まで来ると、守兄はにこりと微笑んだ。
「奇遇だね、こんなところで。……紹介してくれる?」
その視線が、あきらへと向かう。
声は穏やかでも、どこか刺のある響き。
空気がぴんと張りつめた。
私は慌てて、あきらと守兄を交互に見た。
「あ、えっと……」
「星の“彼氏”の、杉本あきらと申します」
“彼氏”のところ、強調したよね?
あきらは私と守兄の間に一歩入り、堂々と名乗った。
私はその背中の陰から、二人の様子をうかがう。
二人は、まるで火花を散らすように睨み合っていた。
な、なんでこんなことに。
目に見えない緊張が、じわりと広がっていく。
「ふーん、そうなんだ。初めまして。俺は本条守。星の“幼馴染”です」
その一言に、あきらの眉がぴくりと動いた。
「幼なじみ?」
あきらの視線が私に向く。
目が合った瞬間、びくっと肩が跳ねた。
だって、すごく鋭い眼差し。
怒ってる? なんで私が睨まれなきゃいけないの。
あきらはすぐに笑顔を作ったが、どこか引きつって見えた。
「そうでしたか。どうぞよろしく。それにしても、今まで全然知りませんでしたよ。
星があなたのこと、まったく話さないから」
声のトーンが低い。
あきらがこんな声を出すなんて、珍しい。
「それは当然でしょう。ずっとアメリカにいましたから。昨日戻ったばかりなんです。
四年ぶりに会って、驚きましたよ。星がずいぶん綺麗になっていて」
守兄の視線が私に注がれる。
その優しい眼差しに、胸がざわつき落ち着かない。
「そうでしょう? 星は可愛くて、綺麗ですからね」
あきらは笑顔のまま返したが、こめかみの筋がわずかに浮かんでいた。
「ええ。……ああ、そうだ。星の彼氏なら、彼女のこと何でも知ってますよね?」
意味深な言葉に、あきらの表情がこわばる。
「何でも?」
「ええ。例えば、星の家が――」
「ちょっ、待った!」
私は条件反射で、守兄の口をふさいでいた。
今、何を言おうとしたの!?
思わず睨むと、守兄は口の端をわずかに上げた。
やっぱり、わざとだ。
「ちょ、ちょっと、こっち来て!」
私は彼の腕をつかみ、あきらから引き離す。
少し距離を取って、声をひそめた。
「守兄、もしかして、あきらに私の家庭のこと言おうとした?」
「そうだよ。いけない?」
あっさりとした口調。
「だって大事なことだろ。彼氏なんだから知ってて当然じゃないか。
……もしかして彼、知らないの?」
わざとらしく目を丸くする守兄。
私は戸惑いと悔しさから、唇をぎゅっと噛んだ。
そう、あきらには、家庭の事情を詳しく話していなかった。
余計な心配をかけたくなかったし。何より、知られたくなかった。
貧しい暮らしを知れば、きっと彼は気に病む。
優しい人だから、絶対に心配する。
それに……家庭のことは、正直知られたくない。
どう思われるのか、少し怖くもある。
もちろん、あきらはそんなことで人を判断したりしない。それはわかってるんだけど。
やっぱり複雑で。乙女としては、ね。
沈黙したままうつむく私を、守兄が覗き込む。
「やっぱり、言ってないんだ?」
耳元で囁かれ、一歩退く。
「う、うん……まあ」
しどろもどろに答えると、守兄はにこりと笑った。
「そっか。じゃあ、星と俺だけの秘密ってことで」
どうしてそんなに嬉しそうなの。
その言い方、なんだかやだ。
あきらに隠し事してるみたいじゃない。まあ、そうなんだけど。
「べ、別に」
「わかった、わかった」
言葉を遮るように、守兄は私をくるりと方向転換。
目の前には、腕を組んだまま不機嫌そうに立つあきら。
視線がぶつかり、ぎくりとする。
「今は邪魔しないよ。また今度ね」
耳元で落とされた低い声。
守兄は私の背をそっと押して、あきらのもとへ返した。




