第18話 まちわびたデート
眠い目をこすりながら、大きなあくびがふわっとこぼれる。
重たい体をなんとか起こして、のろのろと部屋を出た。
居間では、太陽がテレビを見ながら朝食をとっていた。
「おはよう」
声をかけると、口いっぱいにご飯を詰め込んだまま「おはよー」と返ってくる。
ちゃぶ台の上には空になりかけたお茶碗。
どうやら新聞配達を終えたばかりらしい。
よほどお腹が空いていたのか、がつがつと箸を動かしている。
朝からご苦労さま、と思いながらも、
私も以前は同じ仕事をしていたから、その大変さはよくわかる。
冬の朝の鋭い冷たさも、夏の空気の重たさも、記憶のどこかに確かに残っていた。
今日は休日。
しかも、珍しく私のバイトはお休み。
だから久しぶりに、あきらとデートの約束をしていた。
……なのに。胸がざわつく。
昨日のことがあって、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
別に浮気してるわけじゃないんだけど、どこか後ろめたさが残る。
自分の気持ちが、まだ整理しきれていないからだ。
ぼんやり考え込んでいると、太陽がちらりとこちらを見た。
「姉ちゃん、今日あきらさんとデートでしょ? のんびりしてたら遅れるよ」
ほんと、しっかりした弟だな……と内心あきれながら、何気なく返す。
「ああ、大丈夫。待ち合わせは十一時でしょ? 今は――」
時計を見た瞬間、思考が止まった。
え、十時!?
そこからはもう戦場だった。
洗面所でぱぱっと化粧を済ませ、服を選び、髪を整える。
ドタバタと走り回る私を、太陽は呆れ顔で見守っていた。
「ご飯は?」
「いい! あきらとお昼食べるから!」
玄関で靴を履きながら大声で返すと、太陽がため息まじりに近づいてくる。
「姉ちゃん、もう少し余裕のある女性になってよ」
ぐうの音も出ない正論に、私は苦笑いを浮かべた。
「……わかってる」
靴を履き終えると、笑って手を振る。
「いってきます」
駅前広場で、十一時の待ち合わせ。
腕時計の針はすでに十時五十五分を指していた。
ロータリーに響くバスのエンジン音。行き交う人々のざわめきと、眩しい陽射し。
駅前は活気に包まれていた。
私は小走りで人並をすり抜け、信号を渡る。
「はぁ、はぁ……」
ようやく待ち合わせ場所にたどり着き、あたりを見回す。
まだ来ていない。
安堵の息を吐いたその瞬間。
「星!」
背後からふいに抱きしめられた。
「きゃっ」
驚いて振り返ると、キャップを深くかぶり、マスクをつけたあきらがいた。
きらきらした瞳が私を射抜く。
「あきら……」
名を呼ぶと、彼の瞳がふわりと細まり、笑みがこぼれる。
「星だ、星だ。会いたかったよ」
ぎゅっと抱きしめられ、苦しいほど締めつけられる。
「もう、この前会ったばかりじゃない」
「一日会えないだけで寂しいんだよ」
あきらは私をそっと自分の方へ向かせ、マスクを外した。
そのまま顔を近づけ――
唇が、触れる。
ざわめく駅前での突然のキスに、心臓が跳ねる。
人目が気になって仕方がない。
ほんと、あきらはこういうの気にしない。
アイドルだってこと、忘れてないよね?
やがて唇が離れ、彼は少年みたいな無邪気な笑顔を見せた。
その顔に、頬がじんわりと熱を帯びる。
「さ、行こっか」
自然に私の手を取って歩き出すあきら。
引かれるまま、私は人混みの中へと踏み出した。
ずっと待ちわびていたあきらとのデートが、始まった。




