第15話 秘密、バレちゃった
「あのあと、結局姉ちゃん足痛くてさあ。守兄がおんぶして帰ったよね」
太陽がどこか遠い目をしながら、のんびり話す。
「ああ、そうだったな」
隣で守兄も、懐かしそうに目を細めて笑った。
「うん……」
私も思い出して、恥ずかしくなり視線を伏せる。
――あの縁日の夜。
石段で少し休んだけれど、足の痛みは引かなかった。
守兄が気遣ってくれ、家までおんぶしてくれることになった。
恥ずかしいからと断ったけれど、うまく諭され……結局、守兄の背に身をあずけた。
大きな背中と、あたたかな体温。
思い出すだけで、恥ずかしさと嬉しさが同時に込み上げてくる。
あのときの胸の高鳴りまで蘇ってきて。
そっと守兄を見つめると、視線が合った。
見られてた? なんで?
取り乱しながらも、なんとか笑顔を返す。
「え……なに?」
守兄はくすっと笑った。
その笑顔に、胸が跳ねる。
「ううん、星は変わってないなあって思って」
「な、何それ。十歳のときのままだって言いたいの?
私だって、大人になったんだからね」
冗談っぽく返した瞬間、守兄の目つきが変わった。
「わかってるよ」
真剣な眼差しでじっと見つめられる。
胸がざわつき、息をのんだ。
なんなの、その視線。
守兄はふと視線を落とし、少し考えるように間を置いてから、ゆっくりと口を開く。
「……ごめん」
不意に、頭を下げた。
「え! きゅ、急にどうしたの」
あまりの展開に、思わず声が上ずる。
さっきまで和やかに昔話をしていたのに、なんで頭を下げることになってるの?
守兄は頭を下げたまま、しっかりとした口調で言った。
「星たちがこんなことになっているなんて、知らなかった。ごめん」
その言葉に、ちょっとほっとした。
ああ……そういうことか。
彼の知らないところで、私たちがこんな極貧生活をしていたことを知って、ショックを受けたんだ。
「しかたないよ。守兄は知らなくて当然だから」
だって、両親が亡くなったのは、守兄がアメリカへ旅立った後だった。
その後のことを彼が知らないのは、あたりまえ。
私がにこりと笑うと、守兄は少しあきれたように笑った。
「ほんと、星は優しいな」
そう言ったかと思えば、表情がふっと沈む。
「日本に帰ったら、すぐに星に会おうって思ってた。
だから、秘書に君のことを調べさせたんだ。勝手にそんなことして、悪かったって思う。でも、驚いたよ。
ご両親は俺がアメリカへ行ったあと、すぐに亡くなっていて。しかも親戚の家に預けられた上に、そこも追い出されたって知って。もう、本当にびっくりした」
話す彼の表情から、本気で驚いていることが伝わってきた。
守兄は優しいからなあ。心配させちゃったか。
やがて、息を整えるように小さく息を吐き、
そのまま、まっすぐに私を見つめてきた。
「心配してたけど……星を見て安心した。
こんな生活でも前向きで、明るく生きてる。星は、やっぱり強いや」
嬉しそうに笑うその顔に、またドキッとさせられる。
慌てて首を横に振った。
褒められて嬉しいやら、恥ずかしいやら。
「ううん、そんな。こんなのくらい、へっちゃらだよ。
世の中にはもっと大変な思いをしている人だっているし、私はまだ恵まれてる。
こうやって屋根のある家に住めて、なんとか暮らせているし。
それに、太陽がいてくれるから。寂しくもないしね。
あと――」
そう言いかけて、ふとあきらの顔が浮かんだ。
……彼がいてくれるから。
「あ、姉ちゃん。あきらさんのこと考えただろ?」
太陽がにやにや笑いながら、肘でつついてくる。
「な! そ、そんなこと!」
慌てる私の声を遮るように、守兄が間髪入れず問う。
「あきらって、誰?」
その声色に、驚く。
彼の目つきと雰囲気ががらりと変わった。
先ほどまでの柔らかさは一気に消え、鋭い眼差しが太陽に向けられる。
あまりの変貌に、ぱちくりと瞬いた。
「もしかして、男?」
次の瞬間、守兄が私に迫ってきた。
肩をつかまれ、ぐっと距離を詰められる。
必死の形相。こんな守兄、見たことがない。
「お姉ちゃん彼氏がいるんだよ。それが、あきら」
太陽の何気ない言葉に、彼の動きがピタリと止まった。
まるで時間が止まったみたいに、微動だにしない。
心配になった私は、そっと声をかけた。
「ま、守兄?」
「あ……いや、ごめん」
はっとしたように瞬きをして、視線を泳がせる。
そして、私からゆっくりと手を離した。
守兄はもう一度腰を下ろし、何かを思い詰めるように下を向く。
どうしたんだろう。
そんなに、私に彼氏ができたことが意外だったのかな。
ずっと子ども扱いしてきた相手に恋人ができたと知って、ショックを受けたとか。
それって、ちょっと失礼じゃない?
なんて、心の中でぶつぶつ考えていたとき、
ふと、守兄が低い声でつぶやいた。
「それで、星の彼氏ってどんな奴なんだ」
その声は、いつもより低く、少し怒っているようにも聞こえた。
「べ、べつに。普通だよ」
彼氏がアイドル、なんて言えるわけないでしょ。
なんとかはぐらかそうとしていると、横から太陽が口を挟んできた。
「守兄、聞いてよ! 姉ちゃんの彼氏ってアイドルなんだよ」
「……は?」
守兄の間の抜けた声。
私は口をあんぐりと開け、太陽を凝視した。
なに言っちゃってんのよ!?
「た、太陽っ!」
怒鳴ると、一瞬肩をすくめた太陽は、すぐにへへっと笑ってみせる。
このいたずらっ子、完全に楽しんでるな。ほんと、どうしようもないんだから。
そんなことわざわざ言わなくていいのに。
守兄だって、そんな話を聞いたって。
そっとうかがうと、ばっちり目が合った。
その表情は、驚きに満ちている。
「アイドル、って……どういうことだ」
真剣な声で迫られ、思わず身を引いた。
綺麗な顔の人が怒ると、なんでこんなに迫力あるの?
「え? その、ちょっと……いろいろ事情があって」
「話を聞かせて」
言いよどんだ私に、守兄がぐっと詰め寄ってくる。
至近距離から突き刺さるまっすぐな視線に、ごくりと唾を飲み込んだ。
この目、苦手だ。
昔から、この目で見られると隠し事なんてできた試しがない。
逃げ場がなくなるんだよね。
一瞬だけ迷った。でも、しょうがないか。
守兄になら話しても大丈夫。
絶対的な信頼があるし、誰かに言いふらしたりしないのは百も承知だ。
困らせたり、傷つけるようなことも絶対にしない。
よし。
姿勢を正し、彼と向き合った。
守兄も同じように背筋を伸ばす。まるで「さあ、話して」と言わんばかりに。
「えっと、あのね……」
こうして、私は彼氏のあきらについて話すことになった。




