第13話 あの頃、出会い
台所でお客さん用の湯飲みを取り出し、高級茶葉にお湯を注ぐ。
まさか、これを使う日が来るなんて。買っておいてよかった。
逸る心をなだめるように、ゆっくりと深呼吸。
よし、大丈夫。落ち着け、落ち着け……と自分に言い聞かせる。
だけど、久しぶりの再会に胸の高鳴りはどうしてもおさまらなかった。
ふと、居間から太陽の明るい笑い声が響いてくる。
きっと嬉しいんだ。あの子、守兄に懐いてたからなあ。
本当のお兄ちゃんみたいに。
彼がいなくなったあと、しばらく元気がなかったくらい。
……それは私もだけど。
そんなことを思えば、自然と頬がゆるんだ。
お茶を載せたお盆を手に、居間へと向かう。
そこで目にしたのは、太陽と楽しそうに話す守兄の姿。
胸に、あたたかいものがじんわり広がった。
「どうぞ」
守兄の前にお茶を差し出す。
「ありがとう」
ふわりと微笑むその顔に、またドキッとした。
もう、私ったら。さっきから何してるの。
これじゃ心臓がもたない。
それにしても、まだこんなにときめくなんて。
……まあ、そうだよね。だって、ずっと好きだったんだもん。
六歳で出会ってから、ずっと片思い。
気持ちを伝えることもなく終わった初恋。
アメリカへ行ってしまったあと、しばらくは辛くてたまらなかったけど、
忙しい日々の中で少しずつ薄れて、もう昇華できたと思っていたのに。
「ん? どうした?」
黙り込んだ私の顔を、守兄がそっと覗き込む。
その声に、はっと我に返る。
私、見惚れてた?
「な、なんでもない!」
恥ずかしさに耐えきれず、ブンブンと頭を振る。
「ははっ、姉ちゃん、照れてるんだろ? あいかわらず守兄かっこいいもんなあ」
太陽がキラキラした目で守兄を見つめ、冷やかすように笑った。
「そ、そんなんじゃ……」
――ない。とは言い切れない。
だって、本当に格好いいんだもん。
「はははっ、ありがとう、二人とも。本当に変わってないな。なんだか安心するよ」
守兄が嬉しそうに目を細め、短く息をつく。
そして少し間を置いてから、もう一度笑った。
「こうしていると、昔を思い出すよ」
***
私と守兄が出会ったのは、今から十年前。
まだ私が六歳で、守兄は十六歳のころだった。
よく遊びに行っていた近所の公園でのこと。
その日。ひとりで遊んでいた私は、大きな石につまずいて派手に転んだ。
膝がじんじんして痛かったけれど……泣いたらもっと痛くなる気がして、ぎゅっとこらえてニコッと笑った。
そのとき、ふっと誰かの笑い声が耳に届く。
顔を向けると、制服姿の男の人がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
彼は私の前にしゃがみ込み、そっと絆創膏を差し出した。
「大丈夫?」
そのときの笑顔を、私は今でもはっきり覚えている。
すごく綺麗で、格好よかったから。
ぼうっと見惚れていると、彼はまたくすっと笑った。
そう、その人こそ守兄だったのだ。
それから、私と守兄は、その公園でちょくちょく顔を合わせるようになった。
公園にいると、ふいに現れて声をかけてくれる。
仲良くなるまで、時間なんてほとんどかからなかった。
だって、守兄は最初から私を受け入れてくれた。優しく、包み込むように。
それが嬉しくて、私は毎日公園に通った。
守兄は学校の帰りに寄ることが多かったから、その時間を狙って待ち伏せ。
……作戦は大成功。
彼も、ほぼ毎日のように顔を見せてくれた。
守兄は本当に優しくて、いつも笑顔で私を見守ってくれていた。
一緒に遊んでくれたし、休みの日には太陽も誘って、動物園や遊園地にも行ったっけ。
よく私の家にも遊びに来てくれた。
父も母も、すぐに守兄を気に入ったみたいだった。
それもそのはず、守兄は絵に描いたような好青年だった。
いつも笑顔で、優しくて、明るくて、面倒見もいい。人当たりもよくて、頭もいい。
しかも、ここら辺で一番のイケメン。
近所の女性たちは、守兄をひと目見たくて私の家に寄ってくるほどだった。
そんなときも、彼は誰に対しても丁寧に接していた。
でも、女性たちに優しくしている姿を見ると、よく嫉妬したっけ。
今となっては、それもいい思い出。
ただ――私は、彼が抱えているものが気になっていた。
ときどき見せる、どこか寂しげな表情。
それが妙に印象に残っている。
どうしてそんな顔をするのか、幼い私にはわからなかった。
でも今なら思う。守兄は家庭や学校で、何か辛いことを抱えていたのかもしれない。
一度だけ「守兄の家に行ってみたい」と言ったことがあった。
そのとき彼は少し困ったような顔をして、「ごめん」と断った。
きっと、人には言えない事情があったのだろう。
大きくなった今なら、もうわかる。
みんな、何かを抱えながら、それでも生きている。




