第11話 青空の下での再会
太陽が燦々と照りつける中、眩しさに目を細める。
いい天気だなあ。
なんて思いながら、盛大なため息がもれた。
「はあー」
今日は日曜日。
さて、溜まった洗濯物を片付けますか。
庭の洗濯竿に、次々と洗濯物を並べていく。
皺にならないようにつまみをピッと引っ張る。我ながら、なかなか手際がいい。
ふと青空を見上げた。
あまりにも晴れ渡った空が、自分の心とは正反対で、思わず苦笑してしまう。
あきらのマネージャーに言われた言葉が、まだ頭を離れない。
別に、嫌味を言われるのは日常茶飯事。
それほど落ち込んではいない。
でも、あきらのことが心配だった。
彼は仕事を何よりも大切にしている。真面目に、懸命に、そして誠実に。
ファンだって同じ。
誰よりも想い、大切にしているからこそ、あんなに愛されているのだと思う。
世間の人が惹かれるのは、外見だけじゃない。
あきらからにじむ人柄や優しさ――そのすべてが、彼の魅力なのだ。
私との付き合いも、世間に知られないよう細心の注意を払っている。
それも、ファンを悲しませたくないから。
今回、あきらが取られたという仕事は、きっと心から楽しみにしていたはずだ。
それをライバルに奪われ、どれだけ悔しかっただろう。
できることなら、そばで慰めてあげたかった。
なのに、あきらは元気なふりをした。
私を心配させないように。
その気持ちが分かってしまった今、何もしてあげられなかった自分が悔しい。
不甲斐なさに、もう一度そっとため息をつく。
そのとき、
「……星?」
声に、トクンと心臓が跳ねた。
この声って。
私はゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは――
「やあ、ひさしぶり」
爽やかな笑顔を向ける男性に、ぽかんとした表情を返す。
一度も忘れたことのない姿。
凛とした佇まいに、すらりとした長身、そして優しい笑顔。
しばしの沈黙のあと、思わず叫んだ。
「ま、守兄!?」
***
本条守。――通称、守兄。
私の記憶が正しければ、今は二十六歳。
幼馴染であり、私の初恋の人。
まだ両親が生きていた頃、彼は近所に住んでいた。
私と太陽のことをいつも気にかけてくれて、よく一緒に遊んでくれた。
十も年が離れているから、幼い私たちにとっては本当のお兄ちゃんのような存在だった。
頭も良くて、成績優秀で、頼りがいがあって。
見た目だって、そこらの男子とは比べ物にならないほど格好良かった。
誰に対しても優しくて、まるでスーパーマンみたいな人だった。
近所でも評判で、おばさんたちが噂していたのを覚えている。
私の中で、彼は理想の王子様になっていった。
憧れが、好きという感情に変わるのに、そう時間はかからなかった。
でも、好きだと自覚したとき、ひとつの不安がよぎった。
きっと彼は、幼い私のことなんて、可愛い妹としか思っていない。
それでも、彼のそばにいられるだけで幸せだった。
大人になれば、いつか振り向いてくれる。ずっと一緒にいられると、信じていた。
しかし、私が十二歳のとき。
彼は二十二歳。某有名大学を卒業し、卒業と同時にアメリカへ旅立つことになった。
その知らせを聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
大好きな人と離れ離れになる悲しみは、身を裂かれるようだった。
衝撃の言葉を聞いたその場で、私は泣いた。
泣きじゃくって、すがりついて、彼を困らせた。
なんとか行かせたくなくて、必死にあがいた。
でも、努力は実らなかった。
別れ際、守兄は優しく言った。
「必ず迎えにくる」
本当かどうかはわからなかった。けれど、その言葉が希望になった。
胸の奥に、小さな光が灯ったような気がした。
けれどそのあと、私の身に次々と襲いかかる不幸の数々によって、初恋の甘い余韻は一瞬で吹き飛んだ。
守兄が旅立ったすぐあと、両親は交通事故で亡くなった。
私と太陽は、親戚の家に引き取られることになった。
そこは最悪の環境だった。
私たちを引き取ったおばさんは、自分の子を優先し、私たちには最低限のものしか与えなかった。
いや、最低限すら与えられていなかったかもしれない。
毎日のように浴びせられる鋭い視線と罵声。
食事も、自分の子どもとは比べ物にならないほど質素で、おやつなんて一度ももらった試しがない。
時には軽い暴力もあった。
なんで、こんな目にあうんだろう。
そう思いながらも、耐えた。
弟と二人で生きていくために。
私は太陽を守らなきゃいけなかった。彼にだけは、辛い思いをさせたくなかった。
その思いだけで、私は毎日を乗り越えた。
そんな日々が続いたある日、私が十四歳になったとき。
おばさんが突然、私たちに新しい住居を与えた。
そう。今、太陽と暮らしている古い一軒家だ。
「あんたら二人、あそこに住むんだ」
冷たい目でそう言い放たれた瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。
けれど、私は“ラッキー”だと思った。
あの家でこれ以上、傷つくよりはましだった。
多少貧乏でも、苦労があっても、二人だけの暮らしのほうがずっといい。
経済的にはきつかったけど、
おばさんの支配から解放された自由の空気は、何よりも心地よかった。
自由って、こんなに素敵なことなんだ。そう思った。
そんな怒涛の人生を過ごしてきたこの四年間。
守兄のことを思い出す余裕なんて、ほとんどなかった。
暮らしが落ち着いたころ、ふと「どうしてるかな」と思うことはあっても、それくらいだった。
恋に焦がれる暇なんて、なかった。
それに、途中からはあきらという彼氏もできた。
私はてっきり、守兄ももう私のことなんて忘れて、アメリカで幸せに暮らしていると思っていた。
もう一度会えるなんて――夢にも思わなかった。




