第9話 離れたくない、さよならの音
ガツガツと私の料理を平らげていくあきらを見ながら、幸せな気分に浸る。
「おいしーい! 俺、超しあわせ者だね。こんな美味しいハンバーグを食べられて」
席につくなり、夢中で食べ始めたあきら。
よっぽどお腹が空いてたのかな。
ふふっと笑うと、あきらがにっこり満面の笑みを返してきた。
しあわせ。
こんなふうに二人で過ごせる時間が、なによりも幸せだった。
彼はアイドル。
とてもじゃないけど、気楽に外でデートなんてできない。
できたとしても、ほんのわずかな時間だけ。
仕事が忙しくて、会う時間を作るのも大変なんだから。
だからこそ、この時間を大切にしたい。
私たちは、ときどきこうして、秘密の逢瀬を重ねている。
彼のマンションはセキュリティがしっかりしているし、安心できる。
ただ、入るときは慎重にならないといけないけどね。
「ふぅ、おいしかった」
物思いにふけっていると、あきらは食べ終わっていた。
「ごちそうさま。ほんとにおいしかった」
飛び切りのスマイルに、疲れも吹き飛ぶ。
食事を終えたあきらはお風呂へ向かい、
私はその間に洗い物を片付けることにした。
それにしても、とさっきの出来事が頭をよぎる。
続き、するのかな。
このあとの展開を考えると……って、なに考えてるの!
顔が一気に熱くなる。
思いきり首を振り、頭の中の妄想を追い払った。
「はあ、いいお湯だった」
お風呂から上がってきたあきらが、目を丸くする。
「え! もう帰るの?」
ちょうど帰り支度を終えたところだった。
あきらは口を尖らせて、こちらへ歩み寄ってくる。
「う、うん。だってあきら疲れてるでしょ? 邪魔したら悪いし。
明日も仕事でしょ?」
少しそっけなく返すと、彼が寂しそうに眉をひそめた。
「うん、まあ、そうだけど……」
納得してない顔。
私だって一緒にいたい。でも、あきらの邪魔はしたくない。
疲れてるだろうから、早めに退散しないと。
少しでも一緒にいられたから、それで十分。
これ以上求めたら、罰が当たる。
「じゃあ、帰るね」
そそくさと立ち去ろうとしたとき、
手首を掴まれ、そのまま抱きしめられた。
お風呂上がりだからだろう、体温が心地いい。
それに、ふわっといい匂いがする。シャンプーの香りかな。
彼の温もりに、そっと浸る。
ああ、だめ。離れたくなくなっちゃう。
「あ、あきら……」
離れようとした私の身体を、彼がぎゅっと引き戻す。
「星。いつも寂しい思いさせて、ごめんね」
そっと私を見つめる瞳。
その視線から、逃れられない。
ドキドキと鼓動がうるさい。
「ううん、いいの。こうやって会えるだけで幸せだから」
見つめ合って、またキスをした。
彼の熱が冷めない。
だんだん深くなるそれに、息が苦しくなる。
「っん……あきら?」
体を押し返そうとする。
けれど、彼は強引に引き寄せ、唇を離そうとしない。
「星、好きだよ……」
どうしたのかな、今日はやけに積極的。
身体が熱を帯び、力が抜けて少しよろめいた。
「大丈夫?」
あきらが私を支え、心配そうにつぶやく。
愛おしげな瞳に見つめられて、くらくらしてくる。
このままじゃ、やばい。
「え、ええ。ねえ、もうこれ以上は」
「うん……わかってる」
ふたりとも黙り込む。
しばらくして、あきらがふっと笑った。
「ごめん、ちょっと調子に乗りすぎた。
星だって、あんまり遅くなると太陽が心配するよね」
「え、ええ。そうね」
微妙に気まずい空気が流れる。
本当はもっと一緒にいたい。
本当は、このまま――。
きっと、この想いは私だけじゃない。
そのとき、けたたましい音が鳴った。
あきらのスマホだ。
「ス、スマホか……。はい」
あきらが相手と会話を始める。
きっと、あの人だ。相手は想像がついた。
私はそっと玄関へ向かい、そそくさと靴を履く。
こうして動いていないと、帰りたくなくなってしまう。
気持ちに嘘をつく。
これはあきらのため、そう言い聞かせて。
靴を履き終え、立ち上がったころ、あきらが玄関へやってきた。
「マネージャーが迎えに来た。マンションの前に車があるから」
「うん、わかった」
私は頷いて、にっこりと笑う。
「じゃあ、またね、あきら」
「うん、気を付けて。今日は会えて嬉しかった。ご飯ありがとう」
無理やり作った笑顔。すぐにわかる。
きっと、私も同じ顔をしてる。
寂しそうに微笑む彼に背を向け、そっと扉を開けた。
閉まる音が、虚しく耳に響く。
それが、さよならの合図みたいに感じられた。
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