第9話 烙印
狂犬が光になって消えたあと、通路に残ったのは、魔石と、素材。
そして、紙切れみたいな“札”だった。
白い紙。墨のような文字。
触れた瞬間、指先がひやりとする。
「…なに、これ」
ほのかが一歩引いた。弓を下ろさないまま、眉をひそめる。
「札?ダンジョンで、そんなの見たことない…」
コメント欄が、即座にざわつく。
『札!?』
『狂犬の報酬?』
『拾うな拾うな拾うな(フラグ)』
『いや拾え!神アイテムかも!』
『初心者殺しの“追い罰”来たぞ』
私は唾を飲んで、札を持ち上げた。
ステータスウィンドウが、勝手に開く。
《ローグライクドロップ:観測者の札》
「観測者…?」
次の瞬間、説明文が流れた。
【観測者の札】
札使用者に“烙印”を押す。
烙印者は、観測者が多いほど以下の効果を得る。
1.通常ドロップ率アップ(観測者数により増加)
2.ローグライクドロップ率アップ(観測者数により増加)
3.強化個体出現頻度アップ(観測者数により増加)
烙印の効果は観測者が10,000人に達するまで消えない。
「…は?」
声が漏れた。
“ドロップ率アップ”までは分かる。
でも、3番目。
「強化個体出現頻度アップ…?」
ほのかが顔色を変えた。
「それ、つまり…見てる人が増えるほど、強い敵が出やすくなるってこと?」
コメント欄が一斉に狂った。
『うわあああああ』
『呪いじゃねーか!!』
『バズるほど難易度上がるwww』
『配信者専用デバフw』
『でもドロ率上がるの神すぎる』
『初心者殺しを倒した報酬が“初心者殺し量産”なの草』
『観測者=視聴者か!?』
『10,000達するまで消えないって最悪すぎる!!』
私は胸元の表示を見る。
観測者つまり、視聴者。
いまの視聴者数は…。
視聴者:3,860
「さんぜん…」
ほのかが息を呑む。
「さっきより増えてる…」
狂犬を倒した切り抜きが、リアルタイムで回ってるのかもしれない。
通知が伸びている感覚がある。
私は札を握りしめた。
熱いのに冷たい。矛盾。
(これ、使ったら…)
ドロップは増える。
稼ぎが増える。ほのかの家計が助かる。
私の“積み上げ”も早くなる。
でも同時に、強化個体が増える。
(死にやすくなる)
ほのかが小声で言った。
「しずく…それ、やめとこ。危ない。今でも十分ヤバいのに」
「でも…」
私の口が、勝手に反論しようとする。
“友達が欲しい”
“バズりたい”
“認知されたい”
その欲望は、私をここまで連れてきた。
それに、この札にはもうひとつの“呪い”がある。
10,000人に達するまで消えない。
つまり。
「使ったら、消せない…?」
「消せないっていうか、条件が達成されるまで…」
ほのかが唇を噛んだ。
「10,000って、届かなかったら、ずっと烙印?」
その言葉が、私の胸をぎゅっと掴む。
“届かなかったら、ずっと”。
バズりたい。
でも、バズれないかもしれない。
その時点で、私はずっと“強い敵が出やすい人”になる。
…最悪だ。
コメント欄が、さらに焚きつける。
『使え!これでドロ率爆上げだ!』
『やめろ!初心者には呪い!』
『でも10,000行けば解除なんだろ?なら行くしかなくね?』
『逆に言うと10,000目指せってシステムに言われてる』
『配信者育成スキルで草』
『協会に狙われるぞwww』
受付嬢の小声が、脳裏をよぎる。
“協会の上、興味もったぽい”
…これを使ったら、もっと目立つ。
もっと危ない。
でも、目立ちたい。
私は札を見つめた。
札の文字は、薄く光っている。
まるで「使え」と言っているみたいに。
ほのかが、私の顔を覗き込むようにして、静かに言った。
「しずく。うち、お金のために潜ってる。だからドロ率上がるのは、正直…喉から手が出るくらい欲しい」
「うん…」
「でも、死んだら意味ない。うち、しずくに死んでほしくない」
胸が熱くなった。
(ほのか…)
私はちょろい。
ちょろいから、こういう言葉に弱い。
ちょろいから、守りたくなる。
でも、同時に思ってしまう。
(10,000に達するまで消えないなら)
達しなかったら、ずっと烙印。
達するなら、いつかは消える。
だったら…中途半端に怖がって、烙印を抱えたままグズグズするより。
最短で10,000を超えて、消した方がいい。
「ほのか」
私は、前髪の奥から彼女を見た。
目は合わせられない。でも、声は出せた。
「これ、使う。たぶん…使わないと、もっと怖い」
「え?」
「使わずに持って帰れない。ローグライクドロップだし…ロック枠も埋まってる」
言ってから、気づく。
ロックは銀盾で1/1。
札を持ち帰る手段はない。
つまり、ここで捨てるか、使うか。
「捨てても、誰かが拾うかもしれない」
ほのかが息を止めた。
それは確かに、最悪の未来だ。
「じゃあ…」
ほのかが、迷いながらも頷いた。
「使うなら、二人で責任取ろ。10,000、目指す。ただし、無茶しない。約束」
「…約束」
私は札を握りしめて、使用を選択した。
《観測者の札:使用しますか?》
→ YES
タップした瞬間。
札が、灰になって崩れた。
そして手首に、熱い痛み。
「っ!」
左手首。銀盾を持つ側。
そこに、黒い紋様が浮かぶ。細い線が絡み合って、目みたいな形になる。
《烙印:観測者》
《観測者数に応じて効果が変動します》
《解除条件:観測者 10,000》
コメント欄が完全に祭り。
『押したああああああ!!』
『うおおおおおおおおお!!!』
『烙印きた!!』
『配信者の呪い発動www』
『ドロ率上げていけ!』
『いや強化個体も上がるぞ!!』
『初心者殺しを量産する女、爆誕』
『10,000いけ!いけ!いけ!』
『今何人!?』
視聴者:4,920
「五千近い…」
ほのかが喉を鳴らした。
「上がってる。もう上がってる」
私の腕の烙印が、観測者数が増えるたびに、わずかに脈打つ。
気持ち悪い。
でも、力を感じる。
《効果:通常ドロップ率 増》
《効果:ローグライクドロップ率 増》
《効果:強化個体出現頻度 増》
“増”なのが救いだった。
今はまだ。
でも、10,000に近づけば近づくほど。
私は息を吸って、銀盾を構え直した。
「…行こう。解除する。10,000、超える」
ほのかが矢をつがえて、短く笑った。
「うち、ギャルだし。無茶はしないけど、根性はある」
「私も…ないけど…やる」
その時。
通路の奥から、低い吠え声が響いた。
さっき倒した狂犬とは違う。
もっと遠くて、もっと重い。
複数の足音が混じっている。
ほのかの《気配察知》が反応する。
「来る。方向、正面。数…二。いや、三」
彼女の顔が、青くなる。
「強い。さっきのより、強い気配」
私の腕の烙印が、熱く脈打った。
“観測者が増えるほど、強化個体が増える”。
私は、初めて自分の選択を後悔しかけた。
でも、後悔しても消えない。
10,000に達するまで。
私は盾を上げ、杖を握り直した。
前衛魔法使い。
弓の相棒。
そして烙印持ち。
コメント欄が、歓声と悲鳴で割れる。
『来た来た来た来た!』
『烙印の初仕事www』
『初心者殺しの次は何だ!?』
『生きろ!!!』
『10,000行く前に死ぬな!!!』
「死なない!」
口が勝手に答えた。
現実では言えないのに。
コミュ障だし。
暗がりの向こうで、赤い目が。いや、血走った目が、複数こちらを見た。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




