第58話 はじめての鍵開け
2階への階段を、ゆっくり登る。
月あかりがある。
地下墓地みたいな暗闇じゃない。
怖いのは視界じゃなくて、静けさだ。
二階に足を踏み入れた瞬間、空間が変わった。
中央が、吹き抜け。
礼拝堂の中心が縦に抜けていて、上が見える。
三階のテラス。
回廊みたいな縁取り。
そして天井にはガラス。
そこから月光が降り注いでいる。
まるでスポットライトみたいに、
月が礼拝堂の中心を照らしていた。
視聴者がざわめく。
『雰囲気やば…』
『月光ガラス天井、好きすぎる』
『ここ絶対イベントある』
ほのかが呆けたように呟いた。
「…完全にファンタジーだね、これ…」
ミコトは周囲を観察しながら、声を落とす。
「…音が反響します。ここで戦闘すると、上にも響くかもしれませんね」
しずくは無意識に盾を握り直す。
右手の方に、扉があった。
古い木の扉。
黒ずんだ金具。
でも文字だけは、妙にはっきり読める。
【司祭の間】
ほのかが眉をひそめる。
「司祭って…偉いお坊さん?」
「ここ、礼拝堂だからガチでそういうのいるのかな」
ミコトが小さく頷く。
「“間”と書いてあるのが気になります」
「寝所か、作業場か、祈りの控室…つまり、人が生活していた場所です」
しずくは外観から、構造を考える。
(たぶん、この扉の奥が2階の本体)
吹き抜けは中央の象徴。
でも探索ルートは、だいたいこういう横の部屋から伸びる。
(3階への階段も、あっち)
修道士の間の奥に、主要通路。
その先に上階への動線。
視聴者も察し始める。
『司祭の間=敵拠点っぽい』
『扉開けたらイベント始まるやつ』
『上階への階段、絶対この奥』
ほのかが、しずくを見る。
「開ける?」
「罠は?セレネ、感知できますか」
しずくは胸元に小声で言う。
「…セレネ…罠、見れる?」
布の中から、眠そうな声。
「めんどい」
小さな気配が、胸元からふわっと動く。
セレネが、ふわりとしずくの胸元から浮かび上がった。
手乗りサイズのまま、空中にぷかり。
だるそうに、でも手だけは動く。
小さな杖をひと振り。
薄い魔力の波が、扉へ伸びた。
水面に落ちた波紋みたいに、静かに広がっていく。
ミコトだけが、息を呑んだ。
(…魔力を薄く伸ばして、探知に使ってる?)
「魔力を、ソナーのように…」
「ソナー?何それ?知らない」
知らないのにやってるのが怖い。
『知らないのに実装済みwww』
『セレネさん、理屈より感覚派』
セレネは扉を見下ろして、面倒そうに報告した。
「罠は、たぶんない」
たぶんが怖い。
「ただ、扉は施錠されてる」
ほのかが目を見開く。
「鍵かかってんの!?いや、礼拝堂の部屋って鍵かけるの?」
「誰かが閉じ込めたか、入られたくないか、どちらかですかね」
セレネは話を終えたみたいに、ふっとほのかの前へ移動した。
そして、小さな手を差し出す。
無言、表情は半眼。
でも要求は明確。
(チョコをよこせ)
ほのかが即、ツッコむ。
「今!?このタイミングで!?はいはい、あるある、あげる!」
ポケットからチョコを出すと、
セレネは当然のように受け取る。
「…よき」
そのまま、ほのかの肩に座り込んだ。
しずくは扉を見て、頷いた。
鍵は普通のやつ。
なら、斥候型の【鍵開け】があれば開けられる。
「鍵…開ける…少し時間、かかるかも」
ミコトが頷き、立ち位置を調整する。
「私が後方警戒を」
「ほのかさんは、吹き抜け側の監視をお願いします」
ほのかは弓を構え、上階のテラスをちらりと見る。
「了解。上から覗かれたら終わるもんね」
「…何事も経験」
しずくは自分に言い聞かせるように、扉の前にしゃがみ込んだ。
鍵穴は古い。
斥候型のときに付与された【鍵開け】。
手を伸ばすと、なんとなく分かる。
(ここを押して…ここを引っ掛けて)
視聴者がざわつく。
『鍵開けスキル便利すぎ』
『しずく、器用枠もあるのか』
『何気に放浪者って万能?』
しずくはポーチを探った。
(道具…どうしよう)
(そうだ)
しずくは、ヘアピンをそっと外す。
(…これいけそう)
しずくはヘアピンを伸ばして、簡易のピックみたいに曲げる。
指先が震える。
でも、不思議と焦りは少ない。
(わかる、できる)
鍵穴にヘアピンを差し込む。
軽く、音を立てないように。
小さな感触。
ミコトが周囲を警戒し、
ほのかは吹き抜け側で上階のテラスを見張っている。
礼拝堂は静かだ。
静かすぎて、音がやけに大きく感じる。
しずくは息を止めた。
(ここ…)
スキルが正解を示す。
ほんのわずかな抵抗。
そこを押す。
小さな、乾いた音。
鍵が、回った。
ほのかが目を丸くする。
「え、開いた!?しずく、普通に鍵師じゃん…」
ミコトが小さく頷く。
「これで、普通の施錠は突破可能。重要な情報です」
しずくはそっと扉に手をかける。
開ける。
でも、開けた先が司祭の間。
礼拝堂の二階の主要部。
3階への階段もきっとある。
扉を、静かに押し開ける。
きい…と鳴りそうな木の軋みを、しずくが指先で押さえ込むように抑えた。
音を立てるな。起こすな。
中は、食堂みたいだった。
長い机。
並ぶ木の椅子。
燭台が等間隔に置かれていて、炎がゆらゆら揺れている。
月光は入らない。
けど、燭台の灯りだけで視界は通る。
静かすぎる。
さっきの礼拝堂より、もっと静かだ。
奥に、さらに扉。
左右にも扉がある。
つまりここは分岐だ。
(ここが2階の主要部分)
3人が奥を見た時、上座に、誰かが座っていた。
椅子に背を預け、腕を組むような姿勢。
まるで最初から、待っていたみたいに。
目を凝らす。
司祭のような法衣。
黒ずんだフード。
金糸の刺繍が、燭台の光を吸っている。
そして顔。
不自然に大きな瞳、焦点があってないような視線。
肌の色は不自然な白、完全な白ではない、なにかが混ざってる。
眼窩の奥が赤く、じわりと灯る。
ミコトが、息を呑んでつぶやいた。
「…カエルもどき…いや人間…ではない」
言いかけて、声が切れた。
視聴者コメントが一斉に走る。
『カエルもどきの司祭?』
『上座に居るだけでやばい』
『人間とカエルもどきのハーフ…?』
ほのかが矢をつがえながら、小声で聞く。
「ミコト、あれ…」
ミコトは唇を噛んだまま、目を離さずに答える。
「わかりません」
「ただ、ただのカエルもどきではないようです…」
瞳孔だけがゆっくり動く。
赤い光が、三人を順に見た。
しずく。ほのか。そして、ミコト。
顎が、かすかに開く。
「ァァ…チ…」
潰れたような声だが、カエルもどきの鳴き声じゃない。
ほのかが弓を構える。
「血?なにこいつヴァンパイア系?」
ミコトも杖を前に向ける。
「魔力の流れが生きています」
「少なくとも、アンデッドではありません」
しずくは盾を構えたまま、息を吸う。
視線は赤い光に合わせたまま。
扉は後ろ、上座には司祭骸骨。
そして、燭台の炎が不自然に揺れた。
上座の司祭がカタコトで喋った。
人の言葉、聞き取れるレベル。
「…赤い…血…か…え…せ…」
言葉が途切れ途切れなのに、意味だけは刺さる。
法衣が、すうっと床をなぞる。
左手を上げる。
そこに、小さな鈴。
乾いた音が、食堂に響いた。
その音が合図みたいに。
床の左右の扉が、ひとりでに開いた。
闇の向こうから、ぬめった白が見える。
カエルもどきが、一体ずつ。
銛を持ち、目が異様に大きい。
そして、どちらも祭壇で見た祈りの連中より、動きが整っている。
護衛、おそらく戦士階級。
『中ボス部屋じゃん!』
『司祭+取り巻き2、典型!』
『鈴で召喚するのかよ』
『赤い血を返せ?』
ほのかが矢をつがえる。
「OK、数は少ない。でも司祭が本命だよね」
ミコトは杖を握り直す。
「拘束は片方だけしかできません」
「司祭が何をしてくるか分からない。鈴から魔力を感じます」
しずくは銀盾を構える。
(司祭は後ろ)
(カエル二体は前)
(……私が止める)
胸元が、微かに動く。
セレネの声が布越しに聞こえる。
「うるさい…」
寝言かと思ったら、続きが落ちた。
「…鈴…面倒」
それだけ。
しずくの背筋が冷たくなる。
(鈴が鍵だ)
司祭が、かすかに口を開く。
赤い光が、燭台の炎と揺れる。
「…血…赤…返せ」
鈴が、もう一度鳴る。
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