第6話 ちょいギャルはぐいぐい来る
ゲートを抜けた瞬間、
私は床に膝をつくより先に、左腕を確認する。
いや、見なくても分かる。分かるけど…確認しないと落ち着かない。
(銀盾…消えてないよね…?)
「…あ」
残ってる。
胸の奥が、じわっと熱くなった。
「よかった…」
その瞬間、人の足音が近づいてきて、私は固まった。
現実だと声が出ない。
「佐倉さん!?お、おかえり…え、顔色大丈夫?…って、え?」
受付のお姉さんが、私の銀盾と端末を見比べて、目を丸くした。
「…え、なにそれ」
「…え?」
「ちょ、ちょっと待って。ログ確認。ユニークスキル…《ローグライク》」
お姉さんの声が、珍しく“素”になっていた。
「ぇ、なにそのユニークスキル、こわ」
「こ、こわ…って」
「いや怖いでしょ!だって普通、装備ってドロップしないのよ!それを…固定? 持ち越し?え、世界初?え?」
動揺しすぎて語彙が崩壊している。
プロの笑顔が完全に剥がれていた。
私はちょっとだけ安心してしまった。
私だけが変なんじゃない。世界が変。コミュ障だが。
「銀のバックラー…ロック、しました」
「銀!?その、銀盾!?ちょっと待って、ログ…」
端末を叩く手が速い。
そして、次の瞬間。
「パリィ受付時間アップ(中)!?崩しやすくなる!こわ!犬相手にそれ引いたの!?こわ!」
「こわ、二回…」
「いや、だって…!佐倉さん、次から絶対ムチャしないでね!?ユニーク持ちは狙われることもあるんだから!」
狙われる。
その単語で、背中が冷えた。
バズるのは嬉しい。
でも、ネットの怖さも知った。
私は小さく頷くしかできなかった。
現実の私は、会話の返しが遅い。くそ雑魚なめくじ。
その夜。
スマホを開いた瞬間、通知の海に溺れた。
【切り抜き動画が作成されました】
【急上昇:#銀盾パリィ】
【人気コメント:「盾の角度が綺麗すぎる」「声かわ」「犬トラウマ救済」】
「銀盾パリィ…」
私、そんな技名みたいなことしてない。
してないのに、名前が付くとそれっぽくなるのが怖い。
(ネット、こわ…)
でも、コメント欄の端っこに、やわらかい言葉も流れている。
『助かった。犬の動画は苦手だったけど見れた』
『あの「だいじょぶ」が沁みた』
『次も生還して』
私は画面をぎゅっと握って、小さく呟いた。
「友達、欲しい…」
その願いが、今日も私を前に進ませる。
翌日、学校。
教室の空気が、昨日よりさらに“ざわざわ”していた。
「見た?銀盾パリィの子」
「犬倒したやつだろ、ヤバ」
「声かわいいのに戦い方ガチすぎ」
「絶対、探索者系学校の子じゃない?」
私は机に座ったまま、前髪の奥からそれを聞いていた。
私だよ。
でも、誰も私を見ない。
私が普段ほとんど喋らないせいで、声と結びつかない。
それが救いで、少しだけ寂しい。
(認知されたいのに、バレたくない)
矛盾。
コミュ障の生態。
そんなとき、
視線を感じた。
斜め前。クラスの中心。
いつも笑い声が途切れない場所。
金髪のサイドポニー。ちょいギャル。
カースト上位の陽キャ、『神宮ほのか』
彼女が、私を見ていた。
見てる、っていうか…“狙ってる”みたいな目。
私は息が止まった。
(え、なに? 私、なんかした?)
視線が逸れない。
笑ってない。
ただ、じっと私を観察している。
私は机の中のスマホを握りしめた。
心臓がうるさい。
(やばい、バレる?いや、でも…私、喋らないし…)
なのに、ほのかは確信めいた顔をしていた。
昼休み。
私は逃げるみたいに教室を出ようとして。
「佐倉しずく」
背中から名前を呼ばれて、全身が固まった。
ゆっくり振り返ると、ほのかが立っていた。
近い。眩しい。いい匂いがする。無理。
「…は、はい…」
声が死ぬほど小さい。
くそ雑魚すぎる。
ほのかは、周りに聞こえないくらいの声量で、でもはっきり言った。
「…探索者、やってるでしょ」
私の喉が、鳴らなかった。
そして彼女は、少しだけ困ったみたいに笑った。
「大丈夫。言いふらす気ない。私も、内緒でやってるから」
(…え?)
ほのかの目が、やけに鋭い。
鷹みたいに、全部見抜いてくる。
その視線の奥に、軽さじゃないものがあった。
笑顔の奥に、生活の重さがある目。
「話、したい。放課後、ちょっとだけ。ね?」
逃げたいのに、逃げられない。
犬に逃げ道を塞がれた時みたいに。
でも、今回は怖いのに、嫌じゃなかった。
私は、震える指で制服の裾を握って、やっと頷いた。
「わ、わかった…」
放課後の空き教室は、昼の喧騒が嘘みたいに静かだった。
窓から差す光が、机の上に四角く落ちている。
私は椅子に座るだけで精一杯で、手の置き場が分からなくて、膝の上で指を絡めた。
目を合わせると死ぬ。
でも、目を逸らし続けるのも失礼。
結果、前髪の奥から“床”を見つめる。
「…んじゃ、話すね」
神宮ほのかは、教室の扉を閉めて、私の斜め前の机に腰掛けた。
いつもの陽キャのテンションじゃない。
声が落ち着いていて、少しだけ低い。
「うちさ、探索者やってるって言ったじゃん。…理由、お金」
私は小さく頷いた。
ほのかは、笑ってから、笑うのをやめた。
「シングルマザーでさ。下に兄妹が二人いる。まだ小さくて…めっちゃ手がかかる」
机の角を指でなぞりながら、淡々と話す。
淡々としてるのに、言葉の端が少しだけ震えている。
「母ちゃん、頑張ってる。めっちゃ頑張ってる。だからうちも、頑張りたいんよ」
私は胸が痛くなった。
“頑張りたい”って言葉を、私は言えない。
頑張る前に固まる。
でも、ほのかは言える。
「探索者ってさ、危ないけど、稼げるやん。魔石とか素材とか。少しでも家計に入れたら、母ちゃんがさ…」
ほのかはそこで言葉を切って、笑った。
「あ、泣きそうになるからここまで」
「ギャル…泣いても…ギャル…」
ぽろっと出た私の声に、ほのかが目を丸くした。
「え、なにそれ、かわいい。佐倉、そういうツッコミできるんだ」
「い、いまのは…たまたま」
死ぬ。
褒められると死ぬ。
私はちょろい以前に、体温が上がって処理落ちする。
ほのかは、話題を戻すみたいに自分のスマホを机に置いた。
画面には、探索者としてのステータス。
「うちはアーチャー、レベル2」
指でなぞるように見せてくる。
「固有スキルは《鷹の目》レベル1。視力上がって、視界も広がって、DEX補正。あとアーチャースキルが《気配察知》モンスターの接近が分かりやすくなる。方向と数が…なんとなくね」
「最後に《ダブルショット》まあ、火力スキルね、名前のまんま」
「便利…」
「でもね」
ほのかが少し苦笑する。
「アーチャーって、ソロだときつい」
その言葉は、軽くない。
“実感”がある。
「何回か潜った。矢は節約したいし、近づかれたら終わるし、逃げるのにも限界あるし。一回、マジで死ぬかと思った」
私は息を呑んだ。
“死ぬかと思った”を、ギャルが言うと重い。
ほのかは続けた。
「だからさ…パーティ、組まない?」
私は固まった。
パーティ。
友達。
一緒に行動。
私の脳内に、警報が鳴る。
(無理無理無理無理かたつむり、人と行動すると、たぶん呼吸できない)
でも同時に、胸の奥がふわっと浮いた。
(パーティ…誘われた?)
ほのかは、私を見た。
「しずくならさ」
呼び捨て。
心臓が跳ねる。
「同じ女の子だし。盾あるし…銀盾、ロックしたんでしょ?あれ、動画で見た。ほんとにすごかった」
「み、見たの…?」
「うん。うち、分かるもん。あれ“探索者の動き”だった」
ほのかは少しだけ身を乗り出す。
「それに…うちが貧乏って知っても、笑わないでいてくれそうだし」
その言い方が、ずるかった。
“信じてる”を、先に差し出してくる。
私は言葉が出なくて、膝の上の指が絡まって、ほどけなくなった。
(どうしよう)
断ったら、傷つけるかもしれない。
でも、組んだら、私は足を引っ張るかもしれない。
怖い。
ほのかは、そこで一拍置いて。
少し上目遣いで、首を傾げた。
「…だめ?」
声が、ほんの少し甘い。
顔が、近い。
目が、大きい。
いい匂いがする。
私は、脳内で爆発した。
(あ、可愛い)
次の瞬間。
(友達)
さらに次の瞬間。
(ほのか好き)
そして最後。
(私、ちょろい)
喉が鳴った。
返事をしないといけないのに、言葉が出ない。
でも、拒否したくない。
私は、前髪の奥で目をぎゅっと閉じて、絞り出した。
「い、いい…よ」
ほのかの顔がぱぁっと明るくなる。
「ほんと!?やった!」
その笑顔が眩しすぎて、私は反射で視線を逸らした。
でも、逃げなかった。
(私、いま…友達、できた?)
ほのかは机から降りて、勢いよく私の横に座りそうになって――途中で止まった。
距離感を測ってくれてる。
いい子だ。
ギャルなのに。いやギャルだから?
どっちでもいい。いい子だ。
「じゃ、ルール決めよ。私、無茶しない。しずくも無茶しない。危ないと思ったら帰る。銀盾は強いけど、しずくの命が最強」
「命が…最強」
「そう。あと配信。しずく、配信してるんでしょ?うちのことは…学校バレ怖いから、顔出しなし。声も…できれば、変えたい」
「ほのか、声…可愛いから…変えなくていい…」
また、ぽろっと出た。
ほのかが一瞬固まって、次に笑った。
「なにそれ、しずく褒め上手じゃん。才能あるわ」
「ない…」
私は顔が熱くて、机に額をつけたくなった。
でも、胸の奥は久しぶりに軽かった。
ダンジョンで得たのは、銀盾だけじゃない。
“誰か”と組むという未来。
私は小さく頷く。
「次、いつ…行く…?」
ほのかは、いたずらっぽく笑って言った。
「今日」
「…今日!?」
「だって、勢いって大事じゃん?しずく、追い込まれたら冷静になるんでしょ?」
「それは…やめて」
「でも頼もしい。よし、決まり。放課後パーティ結成!うちの相棒、盾しずく!」
「盾しずく、やめて…!」
笑いながらツッコめた。
私が、笑いながら。
……ネット越しじゃなくても。
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