第55話 月の魔導士セレネ
セレネが杖をかざす。
その瞬間、通路の月光が変わった。
冷たさが消えて、やわらかい光になる。
優しい月の光が、しずくとセレネを包み込む。
しずくは息をのむ。
怖い、じゃない。
静かに、胸の奥が熱くなる感じ。
セレネの声が響いた。
だるそうなのに、どこか儀式の重みがある。
「では、【放浪者しずく】」
名前を呼ばれる。
「汝を契約者として認める。月の眷属にして【月の魔導士セレネ】の名において」
セレネが杖を振る。その一瞬、世界がまばゆく輝いた。
白。
月そのものが降りたみたいな白。
視界が戻ったとき——セレネは、しずくの肩にいた。
小さい、手乗り人形。
白いとんがり帽子はそのまま。
だぼだぼローブもそのまま。
白銀の髪もそのまま。
ただ、全部が縮んでいる。
サイズ感が、ずるい。
ほのかが息を吸って、吐けない。
「…っ…か、かわ…いい!」
ミコトは呆然として、言葉が出ない。
『手乗りきたああああああ!』
『かわいすぎて無理』
『肩乗り幼女は反則』
『契約演出神』
『かわいいは正義』
セレネは、肩の上で半眼のまま。
「契約手続き、完了」
淡々と、いつも通り。
だが、やる気はない。
セレネが、しずくの肩の上から手を出した。
小さな手、指が開く。
「チョコ。食べる」
最初の要求が、いきなりそれ。
ほのかが爆笑しかけて、必死に口を押さえる。
「初手チョコwww」
ミコトが真面目に言う。
「優先順位が分かりやすすぎます…」
しずくは、少しだけ固まってから、リュックを探る。
(チョコ…持ってない…)
(やばい…契約直後の供物不足…)
コミュ障だが、焦ると声が出る。
「…え、えっと…いま…ない…」
セレネの半眼が、さらに半分になる。
「ないの?」
空気が、ほんの少しだけ冷える気がした。
ほのかが即、助け舟。
「うち!チョコある!非常食!」
「しずく、肩そのまま、落としたらだめ!」
ほのかがリュックからチ〇ルチョコを取り出す。
手が震えているのは、怖いからじゃない。テンションだ。
しずくがそっと受け取って、肩の上へ差し出す。
セレネは小さな手でチョコを掴む。
もぐ、一口。小さな跡。
そして、満足そうに——
「…よき」
たったそれだけ。
なのに、通路の空気がほんの少しだけ落ち着いた。
しずくは肩に乗る重みを感じる。
軽いのに、確かにいる。
契約した。もう戻れない。
でも、温かい。
(私、ひとりじゃない)
しずくの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
セレネがだるそうに、次を言う。
「…眠い。コーラも、あとで」
小さな欠伸と共に、システムウィンドウが開いた。
放浪者専用クエスト【月の眷属】クリア。
クエスト専用エリアを閉じます。
参加メンバーにクエストクリア報酬を付与します。
次の瞬間、四人は地下墓地にいた。
篝火。墓標。
さっきまでの月光の通路は、最初から存在しなかったみたいに消えている。
目の前には、大小の魔石が整理されて置かれていた。
「…え」
しずくが声を漏らす。
夢じゃない。ちゃんと報酬が現実に落ちている。
ほのかが叫ぶ。
「うっそ、うまっ!魔石うま!」
ミコトも目を丸くする。
「クエスト報酬が現物…」
肩の上でセレネがだるそうに言う。
「おやつ代にするとよき」
『報酬魔石で草』
『クエスト専用エリアって何だよwww』
『確かに、サブイベント的なものは4層以降あるが…専用エリアなんぞない』
『月の眷属クリア世界初だろ』
そして、三人の視界に光の線。
レベルアップの演出。
【レベルアップ】
佐倉しずく:放浪者 Lv5 → Lv6
基礎ステータス上昇
固有スキル:ローグライク Lv4 → Lv5
ロック枠 3 → 4(3/4)
ほのかが、叫ぶ。
「ロック枠増えたぁぁぁぁぁ!!」
「装備持ち帰り、さらに自由度上がるじゃん!!」
視聴者も当然大騒ぎ。
『ロック枠増たぁぁぁぁぁ』
『ローグライク成長が止まらん』
『しかし、放浪者はアクティブスキルがこないなぁ』
『たしかに、戦士系の技ほしいよな』
【レベルアップ】
神宮ほのか:アーチャー Lv5 → Lv6
基礎ステータス上昇
ダブルショット Lv2 → Lv3MAX(ダメージ倍率大幅にアップ)
ほのかがガッツポーズ。
「よっしゃ!火力上がった!」
『コンパウンド×ダブルショット3は壊れ』
『ギャルが最強になっていく』
『アーチャーはまじでダブルショットがくそ強い』
『クラスチェンジしても、主力スキルだぞ』
『燃費もいいしな』
【レベルアップ】
白澤ミコト:ヒーラー Lv4 → Lv5
基礎ステータス上昇
スキル選択(2択)
A:ナックル修練(素手・拳武器でのダメージアップ、攻撃速度アップ)
B:メイス・杖修練(鈍器=杖・メイス等でびダメージアップ、受け・流し性能アップ)
視聴者がざわつく。
『ミコト、殴りルート来たか』
『殴りヒーラー→モンクは鉄板ルート』
『モンクは一撃必殺あるしな』
『メイス・杖も聖職者っぽくて良い』
『純支援ヒーラーなら悪くない』
ミコトは悩む。
自分は回復役。
でも今日、見えない魔法で落とされかけた。
回復は大事。
だけど、前衛が崩れた瞬間に自衛できないと終わる。
ほのかが目を輝かせる。
「ナックルでしょ!ミコト、殴れるヒーラーは強いって!」
しずくは肩の上のセレネを見る。
セレネはチョコの包み紙を小さく畳んで、だるそうに言った。
「好きなの選べばいいどうせ、一長一短」
ミコトが小さく息を吐く。
「…とりあえず、まずは生還してから考えます」
「この場で焦って選ぶ必要はありませんよね?」
そう。
今は地下墓地。
まだ3層は始まったばかり。
しずくは魔石を拾いながら、肩の上の重みを確かめる。
小さいのに、確かに味方がいる。
魔石を拾いながら、ミコトがふと思いついたように言った。
「あの、確認です」
ミコトは真面目だ。
真面目すぎて、時々とんでもない質問が飛ぶ。
「セレネさんって…ロックしないと消えるんですか?」
一瞬、空気が止まった。
ほのかが噴きそうになる。
「それ聞く!?」
しずくは肩の上を見上げる。
セレネは半眼のまま、チョコの残り香みたいにだるそうだったが…。
次の瞬間。
声が、少しだけ尖った。
「…は?」
初めて聞く、軽い苛立ち。
セレネは小さな人形の姿のまま、しずくの肩の上でふん、と鼻を鳴らす。
「私は月の眷属たる。月の魔導士だぞ」
言い方が、めんどくさいのにプライド高い。
「契約者がある限り離れん」
言い切った。
ロック枠?装備?ドロップ?
そういう枠に入る存在じゃない、と。
視聴者が即ざわつく。
『月の魔導士w格が違う』
『ロック枠扱いは草』
『セレネ怒ったw』
『契約者がある限り離れん(重い)』
ほのかが肩を震わせながら言う。
「ミコト、セレネに装備扱いして怒られてるw」
ミコトは真面目に頭を下げた。
「失礼しました。ただ、仕様確認は大切なので…」
セレネはだるそうに、でもまだちょっと不機嫌。
「仕様とかめんどい」
しずくは、肩の上の小さな重みをそっと支えるように、手で押さえた。
(消えない)
(離れない)
その言葉が、妙に胸に残る。
怖いような。
安心するような。
けど、ちゃんと伝えたかった。
「ありがと…」
セレネは、半眼のまま。
「…チョコ、もっと」
台無しである。
ほのかが即ツッコミ。
「結局それかい!」
「…お菓子の管理、必須ですね」
地下墓地に、いつもの空気が少し戻った。
そして三人は魔石を回収し、改めて礼拝堂へ向かうために歩き出す。
夜の階層、三層。
本当の攻略はこれからだ。
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