第51話 月の眷属・月の魔導士
自分にだけ聞こえた声。
今は、みんなに聞こえている。
ということは。
ここはもう、普通の地下墓地じゃない。
システムウィンドウが、追い打ちみたいに淡く浮かぶ。
放浪者専用クエスト【月の眷属】進行中
【現在:契約者の確認】
視聴者は一瞬で沸騰した。
『幼女!?!?』
『美幼女きたああああ』
『専用クエ+美幼女=役満』
『放浪者だけのイベントとか神すぎる』
『おなかすいたは草』
『あの時支援したのって、この幼女?』
ほのかが小声で、でもテンションが抑えきれない。
「しずく…これ、バズるやつ」
ミコトは必死に現実に引き戻そうとしている。
「バズる以前に…危険度が不明です」
「契約という言葉が出ています。軽率に肯定しないでください」
しずくは、喉の奥がからからなのを感じながら、幼女を見つめる。
(契約…)
放浪者専用。
月の眷属。
そしてこの、月光みたいな発光。
幼女は帽子の影で、半眼のまま。
「とりあえず、おなかすいた」
視聴者が爆笑と歓声で荒れる。
『腹ペコ幼女www』
『やる気ゼロなのに強そう』
『この子絶対重要NPC』
『帽子もローブも真っ白やな』
しずくは一歩、前に出る。
盾を構えたまま。
でも敵意は向けない。
コミュ障だが、こういうときだけ言葉を選べる。
「あなた…名前は?」
幼女は少しだけ首を傾げて、面倒そうに答えた。
「名前いる?まあ、いいや」
そして、淡々と告げる。
「月の眷属にして月の魔導士、セレネ」
月、セレネ。
しずくの背中が、ぞくっとした。
ほのかの目が輝く。
「セレネ…名前まで強い!」
ミコトは小さく息を吸い、静かに言った。
「…しずくさん。ここから先は、言葉一つで取り返しがつかないかもしれません」
セレネが半眼のまま、こちらを見ている。
「契約する?しない?どっちでもいいけど」
どっちでもいいのに、
通路の出口は消えている。
しずくは、盾を握りしめる。
セレネが、思い出したみたいに言った。
「あ、そーだ」
間の抜けた声。
世界一どうでもよさそうな前置き。
「契約とかの前に試すよ」
「めんどいけど、様式美ってやつ」
相変わらず、やる気のない声。
でも。その次の瞬間——
セレネの足が、床から離れた。
ふわり。
ローブの裾が、重力を忘れたみたいに揺れる。
浮いてる、飛行魔法。
ほのかが思わず叫ぶ。
「え、飛んだ!?」
ミコトは息を呑む。
「飛行は、高位の魔法!」
しずくは盾を構え直す。
言葉は出ない。出ないけど、体が反応する。
コメント欄は狂喜乱舞。
『飛行魔法!?!?』
『やべええええええ』
『幼女つええやつ確定』
『様式美って言ったwww』
セレネの周囲に、淡く輝く球が現れる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
…六つ。
小さな月。
冷たい光の衛星が、セレネの周りを静かに回る。
壁の月光が、さらに強くなる。
地下通路が白く染まる。
セレネが半眼のまま言う。
「いくよー」
声は眠そう。
でも、球の回転が速くなる。
やる気はない。
だが、セレネはヤル気だ。
ほのかが弓を構えながら、しずくに叫ぶ。
「しずく!あれ絶対やばいやつ!どうする!?」
ミコトが杖を握り直して、必死に考える。
「拘束?雷?でも相手は飛行、射線は通る…」
しずくは盾を前に出す。
(試すって言った)
試験、儀式、様式美。
つまり、これは通過儀礼。
勝てば契約。
負ければ…わからない。
でも出口はない。
逃げられない。
セレネの小さな月が、ふっと一斉に止まった。
そしてその一つが、落ちるように加速した。
月の矢。
冷たい光が、一直線に三人へ向かう。
小さな月、いや星が一つ。
ゆっくりと、しずくへ落ちる。
落下じゃない。狙って、落ちる。
一直線の光の軌跡。冷たく、淡い。
「しずく!」
ほのかが反射で矢を放つ。
狙いはセレネ。
飛んでる本体を落とせば、星は止まる、そういう判断。
だが、矢は届かない。
セレネの周囲に浮かぶ星が、くるりと回って前に出た。
岩石に当たったような、硬い音。
矢が弾かれ、角度を変えて床に落ちた。
ほのかが目を見開く。
「矢を弾いた!?」
ミコトが息を呑む。
「攻防一体…星が矛にも盾にもなる!」
コメント欄が爆発する。
『矢弾いた!?バリアじゃん!』
『星が防御もしてるのチート』
『攻防一体、ボスのやつ!』
『しずく受けろおおお!』
しずくは、盾を前に出す。
銀盾の縁が淡く光る。
呼吸を合わせる、パリィの角度。
(来る)
星が迫る。
一瞬、視界が白くなるほどの光。
星が急激に加速する。角度が合わない。
しずくは咄嗟に受けに切り替える。
しかし、衝撃が違う。
水鉄砲とも、銛とも、剣とも違う。
硬い光がぶつかってくる感じ。
左腕が痺れる。
足が半歩、押される。
でも、受け切った。
しずくの心臓が遅れて跳ねる。
(…効く…でも…受けれる!)
セレネは半眼のまま、面倒そうに言う。
「ふーん。盾、あるんだ」
声は眠そう。
でも視線は、しずくの盾をちゃんと見ている。
ほのかがセレネを見る。
「くっ…近接は届かない、でも弓も通らない…」
ミコトが星の動きを凝視しつつ言う。
「防御用の星が前に出るタイミングに合わせて…本体に通す必要があります!」
しずくは、盾を構えたまま一歩踏み込む。
(星が盾なら…)
(星を…挟む?)
はさみ剣の感触を思い出す。
光輪を挟んだときの震え。
“挟める”。
なら——この星も。
「…次…挟む!」
「了解!星が前に出た瞬間、うちが別角度から撃つ!」
ミコトも頷く。
「私はそのタイミングで雷光を狙います。…本体にスタンが入れば!」
セレネが、星をもう一つ動かした。
次の光が来る。
地下通路が、月光で満ちる。
「そうだ、マーキング!」
弓を引き絞る、のではない。
狙撃でもない。
指をセレネに向け集中する。
ほのかの視線がセレネを捉えた瞬間、スキルが発動する。
空中に浮くセレネの胸元に、赤い紋が浮かび上がった。
《マーキング》
セレネの被ダメージ上昇、体制を崩しやすくする。
視聴者が一斉に沸く。
『マーキング刺さる!』
『デバフ入った!』
『これで体勢崩しやすい!』
セレネが半眼のまま、だるそうに言う。
「めんどいなー」
どうでもよさそうな声。
でも、目だけがほんの少しだけ細くなる。
無関心のふりをして、ちゃんと認識している。
次の瞬間。
また、星が動いた。
今度は落下じゃない。
鋭い軌道で、しずくへ突き刺さるように進む。
「…来る!」
しずくが盾を構える。
呼吸を合わせる。
星は盾の角度を見て、わずかに軌道を変える。
避けさせない。逃げさせない。
(こいつ…賢い…!)
ほのかが叫ぶ。
「しずく、無理しないで!挟むなら今!」
しずくは盾で受けながら、右手をはさみ剣へ。
だが、ここでミコトが動いた。
ミコトが雷光の杖を構える。
雷光。
ザリガニに刺さったあの雷。
でも今回は相手が水じゃない。
それでも、スタンの可能性がある。
そして何より星が盾なら、電撃で挙動が乱れるかもしれない。
ミコトの声が震えていない。
覚悟を決めた声。
セレネの周囲で、星がふっと回転を早める。
防御星が前に出て、ミコトへの射線を遮ろうとする。
(邪魔する気ですね)
(しかし…雷撃なら)
しずくが踏み込んだ。
二つ目の星が迫る。
盾で流す。同時に、しずくは右手ではさみ剣を開いた。
(挟む)
星が盾に弾かれて、軌道が僅かにズレた瞬間。
刃が噛み合い、星が挟まれる。
凄まじい振動。
硬い光が刃の間で暴れる。
咄嗟にはさみ剣を両手で握った。
しずくの腕が悲鳴を上げる。
でも、止まった。
一瞬だけ、星の流れが乱れた。
セレネが、初めて少しだけ声に感情を混ぜる。
「…へぇ」
めんどくさそうなのに、興味が滲む。
その隙に、ミコトの詠唱が進む。
杖先に雷が集まる。
ぱちぱちと空気が裂ける音。
ほのかが狙いを定める。
「今だよ、ミコト!」
セレネの周囲の星が、急いで防御配置に戻ろうとする。
でも、しずくが挟んだ星が一瞬遅らせている。
攻防一体の歯車が、ほんの少し狂う。
ミコトの雷光が、走った。
白い通路を青白く裂く、鋭い一閃。
狙いはセレネ本人。
マーキングは入っている。
今なら通る。はずだった。
だが、セレネは動かない。
焦らない。
声も相変わらず眠そうなまま。
ただ、星が動いた。
三つの星が、セレネを中心に三角形の配置につく。
一つが上。二つが左右。
完璧な等辺の守り。
星と星の間に、淡く光る線が走る。
線が結ばれた瞬間、そこに——薄い膜が発生した。
透明に近い。
でも、月光みたいに冷たく輝いている。
雷光が、その膜にぶつかる。
火花が飛ぶ。
空気が焼ける匂い。
雷は膜に吸われ、表面で散って…消えた。
「…っ!」
ミコトの目が見開かれる。
「防壁…!」
ほのかが、ありえないって顔で叫ぶ。
「星が盾だけじゃなくて、バリア形成までできるの!?チートじゃん!」
視聴者も騒然。
『三角バリアきたwww』
『結界タイプだ!』
『雷止めた…硬すぎ』
『攻防一体どころじゃない』
セレネがふわりと浮いたまま、だるそうに言う。
「…うん。こういうこともできる」
“できる”の言い方が、完全に「めんどいから説明しない」トーン。
しずくは挟んでいた星の振動に耐えながら、頭を回す。
(星、三つで膜…)
(なら、星を減らせば…膜は張れない?)
ほのかが同じ結論に辿り着いたのか、叫ぶ。
「しずく、ミコト!星を落とそう!バリア張ってるの、あの三つ!」
ミコトも息を整え、次の手を探す。
セレネが眠そうな目で言った。
「まだやるの?」
「めんどい…でも…まあ、試験だし」
その言葉に、周囲に星がまた動く。
三角の膜は維持されたままだ。
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