第50話 仄暗い穴の底から
地下墓地を進む。
篝火の列、墓標の影、死の匂い。
時折、呻き声とともにゾンビが複数湧く。
ゆっくり、ぞろぞろ。
しずくが盾を構えようとする。
ほのかが弓を上げる。
ミコトが杖を握る。
そして。
《ホーリーライト》
聖なる光が一面を照らす。
ゾンビたちは即、光になって消える。
繰り返し。
床に残るのは、魔石と素材。
ドロップが、地味に美味しい。
ほのかが笑う。
「え、なにこれ。今日、神回?金回?」
ミコトも淡々としてるけど、どこか拍子抜けしている。
「…ホーリーライト、効きすぎますね」
「地下墓地、もっと危険だと思ってました」
しずくは盾を下ろし、周囲を見回す。
(楽すぎる…)
怖い場所のはずなのに、警戒してたはずなのに。
戦闘が“作業”になりかけている。
コメント欄も同じ空気。
『地下、ミコト無双で草』
『ゾンビ経験値おいしい』
『これもう篝火周回じゃん』
『楽すぎて逆に怖い』
その「逆に怖い」が、しずくの胸にも刺さった。
こういうとき、だいたい。
本命が来る。
しずくは小さく言う。なめくじメンタルだが、嫌な予感のときは言える。
「…油断…しない…」
ほのかが頷く。
「うん、分かる。こういう時、絶対なんかある」
ミコトも一瞬だけ表情を硬くする。
「…篝火の数が増えてきました。この先、区切りがあるかもしれません」
楽すぎる。だからこそ、怖い。
篝火の列の先、墓標の影の奥。
地下墓地の奥。
篝火の列が途切れた先に、穴があった。
裂け目みたいな闇。
墓地の奥にあるには不自然な、下へ続く空間。
しずくは二人の横をそっと抜けて、こっそり覗き込む。
ゆるやかな下り坂。
闇が続いている。
(…地下は墓地だけのはず)
受付嬢は「地下墓所」と言っていた。
寄り道エリア、アンデットが多い、と。
墓地の下に、まだ下がある?
背中がぞくりとする。
その瞬間。
また、聞こえた。
『…おなかすいたぁ』
小さな声。
やる気のなさそうな声。
今度は少し伸びた、“ぁ”が混ざってる。
しずくの呼吸が止まった。
(また…)
振り向く。
ほのかは穴を見て目を輝かせている。
「うわ、なんか隠しルートっぽい!」
ミコトは慎重に言う。
「篝火がない。暗いですね。懐中電灯を…」
二人とも、気づいていない。
コメント欄も、穴に興奮しているだけ。
『隠しダンジョン!?』
『宝箱確定演出』
『行くしかないだろ』
『地下の地下は絶対うまい』
『こんな穴あったっけ…?』
声のことなんて、誰も言わない。
しずくは、胸の奥がひやりと冷たくなるのを感じた。
(私だけ?)
でも、ここまで来たらもう、黙ってる方が怖い。
しずくは、意を決して口を開いた。
声が少し震えるのが自分でも分かった。
「…ねえ…二人とも」
ほのかが振り向く。
「どした?」
ミコトも顔を上げる。
「どうしました?しずくさん、顔色が…」
しずくは息を飲んで、言った。
「…さっきから…私だけ…声が聞こえる…」
「ううん…月の闘技場からずっと…」
ほのかが瞬きをする。
「声?」
ミコトも眉をひそめる。
「…誰の、ですか?」
しずくは穴のほうを見て、小さく答えた。
「『おなかすいた』って…やる気ない声…」
一瞬、空気が止まった。
篝火の揺らぎだけが、静かに音を立てる。
ほのかが、冗談っぽく笑おうとして、やめた。
しずくの目が本気だったから。
「…え、待って。今も?」
しずくは頷く。
「…今、『おなかすいたぁ』って…」
ミコトが静かに言う。
「…私には聞こえません」
ほのかも表情が硬くなる。
「うちも…聞こえてない…」
しずくの胸がきゅっと縮む。
(やっぱり…私だけ)
でも、言えた。
隠さなかった。
ミコトがすぐに切り替える。
「しずくさん、落ち着いてください」
「声がする方向は…穴のほうですか?」
しずくは小さく頷く。
「…たぶん…穴の奥…」
ほのかが弓を握り直す。
「…じゃあさ。行くか引くか、決めよ」
穴の先は暗い。
そして、声がする。
でも、まだ何も襲ってきていない。
ゾンビは楽勝。ドロップも美味しい。
だからこそ、そこにいる気がする。
しずくは盾を握りしめる。
穴に入る。
ゆるやかな下り坂。
篝火はない。闇が濃い。
頼れるのは懐中電灯だけ。
光の円が、湿った地面を照らす。
壁は石。ところどころ苔。
空気が冷たい。匂いが、さらに濃くなる。
ほのかが先頭じゃない。
しずくが前、盾役
ミコトが真ん中。懐中電灯で前を照らす。
ほのかは後ろ。弓で後方警戒。
三人とも、さっきまでの楽勝ムードが消えていた。
静かすぎる。
足音と、呼吸と、懐中電灯のスイッチのかすかなノイズ。
それしかない。
その時。
ほのかが、不意に止まった。
「…待って」
声が低い、若干震えている。
「気配察知、反応した」
三人の背筋が一斉に固くなる。
しずくが振り向く。
ミコトも同時に振り向く。
懐中電灯の光が、来た道を照らす。
そこに——穴が、ない。
さっきまで開いていた入口が、消えている。
壁になっている。
継ぎ目もない。石が一枚岩みたいに続いている。
「…え?」
しずくの声が漏れた。コミュ障だが、これは漏れる。
ほのかが本気で焦る。
「うそ、うそ、うそ!今、絶対ここから入ってきたじゃん!?」
ミコトが冷静を装う。でも声が震えている。
「ひょっとして、閉じ込められました…?」
コメント欄が地獄になる。
『穴消えた!?!?』
『帰れないじゃん!!』
『ホラー展開やめろ』
『やばいやばいやばい』
『視聴者も閉じ込められてて草(草じゃない)』
その瞬間。
空気が変わった。
ライトの光が、ほんの少しだけ白っぽく見える。
闇が、深くなる。
音が吸われるみたいに静かになる。
そして…
システムウィンドウが、突然開いた。
今までのローグライク通知とは違う。
やけに格式がある表示。
無機質なのに、ぞっとする文体。
クエストエリアへの到達を確認しました。
『放浪者専用クエスト』
【月の眷属】
開始します。
三人の動きが止まる。
しずくの喉が鳴る。
(放浪者専用…?)
ほのかが顔を引きつらせながら笑う。
「え、なにそれ…限定クエってなに…」
ミコトは目を見開いて、ウィンドウを凝視する。
「放浪者専用…初めて聞きました…しかもクエスト名、月の眷属」
ほのかとミコトが、月の闘技場で見た、あの支援メッセージを思い浮かべた。
【◯◯◯の支援効果 発動】
【月の剣〇〇〇】
しずくの脳裏に、さっきの声がよぎる。
『おなかすいたぁ』
やる気のない声。
あの時と同じ声。
自分にだけ聞こえた声。
そして月。
全部が、繋がりそうで繋がらない。
コメント欄は、今度は恐怖と興奮が混ざる。
『放浪者専用クエ!?激レア!』
『月の眷属って名前が不穏すぎる』
『帰り道塞ぐのやめろ!!』
『この間の月の剣ってまさか…』
『猛烈にいやな予感がしてきた』
ほのかが弓を握り直して、周囲を見回す。
「で?敵は?どこ?気配察知、さっき反応したんだけど!」
ミコトが杖を胸の前に構える。
「…来ます。たぶん、すぐ」
しずくは盾を前に出す。
懐中電灯の光が、坂の下を照らす。
闇の奥。
そこに——何か、小さな影が座っていた。
人影、みたいな。
でも、妙に小さい。子ども? それとも——
そして、しずくにだけまた聞こえる。
『…おなかすいたぁ』
今度は、すぐそこから。
ライトの光の輪の中にいたのは、子供?身長は1メートル強か。
雪みたいに白い、大きなとんがり帽子。
同じく雪みたいに白い、だぼだぼのローブ。
所々に月の意匠が施されている。
白銀の髪。
人形みたいに整った顔。
でも、目が違う。
眠たげ。
焦点が合ってるのに、世界に興味がない瞳。
やる気が、みじんも感じられない。
しずくは息を止める。
(…この子が…声の主?)
(あの時、助けてくれた子?)
その瞬間、周囲の壁がじわりと発光し始めた。
篝火の赤じゃない。
白い。淡い。冷たい。
まるで——月の光。
礼拝堂の半月が、そのままここに降りてきたみたいに、通路全体が淡く照らされる。
幼女(?)が、ぽつりと言う。
「あ、来た…」
ほのかとミコトにもはっきりと聞こえる声。
そして、こちらを見た。
「…あなたが契約者?」
声も目と同じ。
やる気がない、だるそう。
すべてがめんどくさげな言い方。
めんどくささ120%。
ほのかが、思わず口を押さえる。
「…え、なに、かわいい」
ミコトは逆に青ざめている。
「待ってください…ダンジョンに子ども?…いえ、これは…」
しずくは言葉が出ない。
でも、“確信”だけはあった。
(この子だ)
(月の剣も、おなかすいたぁも)
(間違いなく、この子だ)
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