第49話 呼び声
しずくが扉に手をかける。
重い、石と鉄の重さ。
ほのかとミコトも手を添える。三人で押す。
少しだけ軋む低い音を立てて、正面扉が開いた。
広い。
思わず足音が小さくなる広さ。
声を出したら反響して戻ってきそうな静けさ。
奥には祭壇らしきものが見える。
白い布、燭台、祈りの場。
そして、木製の長い椅子がずらりと並ぶ。
ミコトが小声で言う。
「長椅子、ミサの席でしょうか」
ほのかも、さっきまでのテンションが少し落ちる。
「うわ、普通に教会って感じ…」
窓が大きい。
色ガラスじゃない、透明に近い大きな窓。
そこから、星と月の光が差し込んでいる。
床に落ちる光の帯、長椅子の影が伸びる。
祭壇の輪郭が、月明かりで浮かぶ。
綺麗だ。
綺麗すぎて、逆に怖い。
しずくは、息を呑んだ。
(ダンジョンなのに…ここ何か違う)
いつもの洞窟や迷路と違う。
人が作った場所の匂いがする。
ミコトが杖を握り直す。
「音に注意してください。反響します。こちらの位置が分かりやすい」
ほのかが頷き、声を落とす。
「了解…足音、控えめで」
しずくも小さく。
「うん…」
三人は礼拝堂の中へ進む。
長椅子の間を、ゆっくり抜ける。
祭壇が少しずつ近づく。
そして、ほのかが気づく。
祭壇の向こう、下へ降りる階段がある。
地下墓所へ続く入口。
3層の説明通りだ。
ここから、寄り道もできる。
本来の目的は、礼拝堂攻略。
——地下墓地。
受付嬢の説明どおりなら、寄り道エリアで、アンデットが多い。
しずく、ほのか、ミコトの三人は足を止めた。
この3層、初回。
選択肢は二つ。
このまま礼拝堂を探索して上を目指す(素直な攻略)
地下墓地へ寄り道する(宝箱・素材・レアの可能性)
コメント欄が割れる。
『初回は素直に上だろ!』
『地下は罠多そう、斥候いる今がチャンス』
『宝箱の匂いがする』
『アンデットいるならミコト有利じゃね?』
『でも初見地下は地獄って相場が…』
「どうする?正攻法で行くなら、上だよね」
ミコトは冷静に周囲を見てから答える。
「安全策なら礼拝堂探索です」
「でも地下墓地は、寄り道として明記されている以上、報酬が置かれている可能性も高いです」
しずくは階段を見つめる。
(宝箱…)
2層の巣穴、ミミック、そしてミスリル。
寄り道は、たしかに美味しい。
でも同時に、危険も濃い。
暗い。狭い。逃げにくい。
しかも今回は初回、地形も分からない。
しずくは、胸の奥の不安を押し込める。
(私たち、今、三人だ)
盾役
後衛火力&タゲ操作
回復&対アンデット(ミコト)
構成としては、地下向きでもある。
そして、しずくは思い出す。
今日は斥候型。罠解除と鍵開けがある。
今日の“型”が、地下攻略向きすぎる。
(これ、今行けって言われてる感じ…)
ほのかが、ちょっと悪い顔で笑う。
「…地下、宝箱あるかもって言われたらさ。行きたくなるよね?」
ミコトが小さくため息をつく。
「分かります…」
「ただし、危ない時は撤退しましょう。深追いはしない」
「危なかったら…即戻る」
三人の意見が揃う。
地下墓地、短時間だけ偵察。
宝箱が見つかればラッキー。無理ならすぐ引き返す。
視聴者も沸く。
『行くのかwww』
『斥候スキルある今が旬』
『ミコトがいる地下墓地は強い』
『宝箱!宝箱!』
しずくは盾を構え直し、階段へ一歩踏み出す。
月明かりの礼拝堂から、闇の地下墓地へ。
地下へ降りる階段。
ちょうど、礼拝堂の大きな窓から差し込む月光が、階段の途中までを照らしていた。
夜の礼拝堂の中に、白い帯みたいな光の道ができている。
しずくは、その光を踏むように足を出す。
その瞬間。
耳元ではなく、頭の中でもなく。
下から、暗い穴から声がした。
「…おなかすいた」
小さな声。
やる気のなさそうな声。
力が抜けた、ぼそっとした声。
しずくの足が止まる。
(…え?)
反射で振り向きそうになって、踏みとどまる。
だって、後ろにはほのかとミコトがいる。
ほのかは普通に階段を覗き込んでいて、
「地下墓地、まじでそれっぽい〜!」
ミコトは杖を胸の前で握って、
「足元に注意してください。段差が少し急です」
二人とも、何も聞こえた様子がない。
しずくの喉が乾く。
(今の…また私だけ?)
(月の闘技場の時と同じ…?)
視聴者コメントも、地下墓地に夢中だ。
『地下墓地!』
『宝箱頼むぞ!』
『地下墓地見るのは初めてだ、楽しみ』
『ミコトの聖属性が火を吹く』
声の話なんて、誰もしていない。
しずくは、自分の中で確認するみたいに小さく呟いた。
(おなか…すいた?)
自分のお腹が鳴った?
いや、違う。今のは声だ。はっきり言葉だった。
しずくは、念のため小さく聞く。
「ほのか、ミコト…今…なにか…私に言った?」
ほのかが首を傾げる。
「え?なにも?」
ミコトもすぐ否定する。
「私も何も言ってませんよ」
確定。
しずくの背中に、冷たい汗が浮かぶ。
月光が階段を照らしている。
まるで、そこだけが特別みたいに。
しずくは無意識に、窓の方にある半月を見上げた。
(月…?)
(月の闘技場、支援してくれた声…そして『おなかすいた』)
(あなた…なの?)
もちろん、返事はない。
礼拝堂は静かで、外は月と星々の間で。
でも、さっきの声だけは…確かに、ここにあった。
しずくは、胸の前の盾をぎゅっと握り直す。
(怖い…けど…)
言わない。今は言わない。
怖がらせたくない。
それに、言ったら自分が変になったみたいだ。
なめくじだが、こういうときだけ変に冷静だった。
しずくは一歩、月光の階段へ踏み出した。
「…行こう…地下…少しだけ」
ほのかが元気よく頷く。
「おっけ!宝箱、あるといいね!」
ミコトも静かに頷く。
「慎重に、撤退ラインは守りましょう」
三人は月光の道を降りていく。
その背中を、礼拝堂の月明かりが淡く照らす。
そしてしずくは思う。
(この先、何かある)
月光の帯が背中から遠ざかり、
代わりに、地下の空気が肌にまとわりついた。
地下墓地。
規則的に並べられた篝火が、一定間隔で揺れている。
炎が影を作り、影が墓標を歪ませる。
墓標が立ち並ぶ。
名前は読めない。
文字があるのかすら分からない。
でも“墓”だと分かる形だけは、はっきりしている。
篝火のおかげで、思ったより明るい。
暗闇で目が慣れない、という感じではない。
ただ、明るいのに怖い。
ほのかが声を落とす。
「…うわ、ほんとに墓地」
「死の匂いがします…」
しずくは、鼻を押さえそうになって堪えた。
土の湿気、古い布、鉄錆。
そして、決定的な——終わりの匂い。
生ある者の匂いじゃない。
終わったものの匂い。
コメント欄も空気が変わる。
『雰囲気やば…』
『篝火あるのありがたい』
『死の匂いって表現こわ』
『地下墓地はあれが来なきゃいいんだが』
しずくは、盾を前に出して一歩ずつ進む。
足元を確認。壁際を確認。
罠解除の感覚に意識を広げる。
何かの線。石の浮き。踏むと沈む床。
(ここ、絶対ある)
ミコトが小声で言った。
「篝火…誰が灯しているんでしょう」
ほのかが即ツッコミ。
「やめて、考えさせないで!」
しずくは、さっき聞こえた声を思い出しそうになって。
首を振って追い払った。
今は、目の前。
地下墓地の第一歩。
篝火の列の先、墓標の影の奥で、何かが動く気配がした。
呻き声とともに、影が立ち上がる。
見ただけで分かる。
システムメッセージが浮かぶ。
【死に抗えない者・ゾンビ】
腐った肉。だらりとした腕。
篝火の光を受けて、湿った皮膚が鈍く反射する。
数は4。
ゆっくり。
でも、確実にこちらへ向かってくる。
ほのかが顔をしかめる。
「うわ…死に抗えないって…」
しずくは盾を構える。
動きは遅い、距離もある、間に合う。
ミコトが一歩前に出て、杖を掲げた。
「詠唱に入ります」
ゾンビの動きが遅いから、余裕がある。
ミコトの声は落ち着いていた。
淡々と、でも確実に。
《ホーリーライト》
次の瞬間。
聖なる光が地下墓地を白く照らした。
眩しい。
篝火の赤が霞むほどの白。
ゾンビ4体が——「あっさり」崩れ落ちた。
まるで、糸が切れた操り人形。
足から崩れて、頭が落ちて、止まる。
ほのかが思わず笑う。
「強すぎwww」
コメント欄も歓声。
『ホーリーライトTUEEE』
『地下墓地、ミコト無双じゃん』
『ゾンビさん、成仏…』
『やはり不死には聖』
床に残ったのは魔石と素材、そして
「…壺?」
しずくが拾い上げたのは、妙にそれっぽい壺だった。
システムメッセージが開く。
【ローグライクドロップ:油壺】
油が詰まった壺。取り扱い注意。
ほのかが吹き出す。
「ダンジョンで急に生活感w」
ミコトが真面目に言う。
「火がある場所で割ると危険です」
「でも…使い方次第で強いかもしれません」
しずくは壺をリュックに入れながら、小さく頷く。
視聴者も盛り上がる。
『油壺=火攻めフラグ』
『篝火だらけの墓地で油はやばいw』
『ミミック出てこい(燃やす)』
『盛大に火葬してやろう』
しずくは周囲を見回す。
篝火の列、墓標の影。
そして。この匂い。
(ここ、まだ浅いのに…)
奥には、もっと濃いのがいる。
きっと、あの声の主も。
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