第48話 カエルに品位はない
カエルもどきが、汚い声を上げた。
「グェェ…ギャッ…」
喉の奥で潰れたような、濡れた音。
耳が拒否するタイプの声。
ほのかが顔をしかめる。
「やだ、声も無理なんだけど…」
ミコトも震え気味に呟く。
「礼拝堂なのに…」
しずくは何も言わない。言えない。言いたくない。
でも、前に出た。
盾を構える。
そして、腰からはさみ剣を引き抜く。
しずくの構えは、かなり独特だった。
左に銀盾。
右に、巨大な“はさみ”。
(これ…私は何の職…?)
コミュ障だが、ツッコミたい。
1匹がしずくに向かう。
銛を低く構えて、ぬるぬると距離を詰める。
足取りがやたら軽い。滑るよう。
そしてもう1匹が、信じられない動きをした。
側転。
「…は?」
ほのかの声が裏返る。
カエルが…側転しながら回り込もうとする。
銛を持ったまま。
湿った皮膚が月明かりでテカテカしながら、ぐるんっと横に回る。
絵面が、ひどい。
『側転すなwwwww』
『カエルのアクロバットやめろ』
『生理的嫌悪感に運動性能足すな』
『礼拝堂の品位どこいった』
『やはり殲滅せねば』
(囲まれる)
正面の銛、側面からの銛。
盾は一枚。受け切れない。
「…回り込み…止めて!」
ほのかが即反応。
ミコトも詠唱に入る。
「了解!側転やめろ!!」
弓が鳴る。
狙うのは頭じゃない。脚。
側転カエルの脚部に矢が刺さる。
「ギャッ!」
動きが一瞬止まる。
《ホーリーロープ》
光の縄が伸びて、側転カエルの足に絡みつく。
ぬめる皮膚に食い込み、動きを縛る。
「グェェッ…!」
しずくは正面のカエルに集中する。
鋭く銛が突き出される。
しずくは盾で受け、弾く。
銛は硬い。勢いもある。
でも盾が呼吸に合わせてくれる。
しずくはすぐに距離を詰めた。
そして、はさみ剣を“開く”。
カエルもどきの腕、銛を持つ手首へ。
「はさむ!」
刃が噛み合う。挟んだ、動きが止まる。
カエルが汚い声を上げる。
「ギャッギャッ!!」
(近い、きもい、でも離したら刺される)
しずくは両手ではさみ剣を持つ。
挟んだまま、体重を乗せる。
カエルもどきが、前のめりにバランスを崩した。
ほのかが叫ぶ。
「しずく!ナイス!そのまま!」
しずくは、はさみ剣から一瞬だけ手を放した。
その隙に、短剣を抜く。
(やるしかない)
右手に短剣。
目の前には、銛を持ったカエルもどき。
でかい目。でかい頭。ぬめる皮膚。
(…柔らかい。装甲、薄い)
判断は一瞬、しずくは短剣を投げた。
狙いは頭。でかい、外さない。
思った通り、抵抗が少ない。
まるで肉に刃が沈むみたいに、短剣が頭へめり込んだ。
「グェ!?」
汚い声が途切れる。
しずくは次の動きに移る、迷わない。
もう一度、はさみ剣を掴む。
手首の拘束を解くと、両手で振りかぶる。
刃じゃない、刃の腹。平らな面。
そして、刺さった短剣の柄を思いっきり叩いた。
短剣が、さらに沈む。
「——!」
二撃目。
短剣は釘、はさみ剣はハンマー。
暴力の理屈が、完璧に成立していた。
脳まで到達したのか。
カエルもどきは、力が抜けるみたいに崩れ落ちた。
ぬめる体が地面に落ちて、びくりと跳ねて止まる。
沈黙。
一瞬だけ、空気が止まった。
ほのかが口を開けたまま。
「…え、今の…なに」
ミコトも固まる。
「しずくさん…」
しずくは、我に返ってから顔が熱くなる。
(あれ…何を…した?)
『強すぎて草』
『短剣=釘、はさみ剣=ハンマー発想が狂ってる(褒めてる)』
『JKの戦い方じゃないwww』
『しずく、追い込まれると冷静すぎる』
ほのかが、ようやく現実に戻って叫ぶ。
「しずく、パワフルすぎ!!それどこで覚えたの!?」
ミコトが、まだ若干引きつりながらも前を向く。
「…もう一匹、残ってます」
側転カエル。
拘束を解いたもう一匹が、ゆらりと立ち上がる。
そして——
相棒が無残に倒れたのを見る。
カエルもどきが、汚い声を引きつらせた。
「グェェ!」
怒り、というより逆上。
真っ白だった皮膚が、じわりと変色する。
白が、赤に染まっていく。血の気じゃない。魔力の熱みたいな赤。
ほのかが一歩引いた。
「うわ、色変わった…やばいやつだ」
ミコトも息を呑む。
「…狂化?」
そして、カエルもどきの左手に、光が集まり始めた。
最初は淡い、次第に強くなる。
眩しいほどの白。
光はやがて輪になる。
円、鋭い縁取り、回転している。
その瞬間、ミコトが叫んだ。
「来ます! 聖属性魔法です!」
システムメッセージが、無機質に浮かぶ。
【聖属性魔法:光輪】
視聴者、ざわつきが一段上がる。
『え、カエルが聖属性!?』
『礼拝堂だからか…』
『光輪ってやばいやつじゃん(切れるやつ)』
『チャクラム系きたな』
『しずく盾!盾!盾!』
しずくは盾を構え直す、呼吸を合わせる。
(来る。飛び道具だ)
カエルもどきが、輪を投げた。
空気を切る音。
光輪が、まっすぐではなく曲線を描いて飛ぶ。
ただの直線投擲じゃない。狙いが悪い意味で賢い。
ほのかが叫ぶ。
「それ絶対、戻ってくるタイプ!!」
ミコトが一歩下がる。
「触らないでください!切断系です!」
しずくは、一瞬だけ迷って——盾を流しに使った。
銀盾の縁が淡く光る。
回転する光輪が、盾の角で弾かれて軌道が逸れる。
が、光輪はそのまま弧を描くと、再度しずくへ向かう。
ほのかが反射で弓を上げた。
「撃ち落とせる!?」
でも、回転が速すぎる。矢が弾かれる気がする。
その瞬間、しずくの頭が冴えた。
(挟む)
しずくははさみ剣を両手で握り、刃を開く。
光輪の軌道に滑り込む。
目が追いつかない、でも体が覚えてる。
刃が噛み合った、光輪を挟んだ。
回転が刃に削られて火花みたいな光が散る。
振動が腕に来る。骨が痺れる。
でも、止まった。
しずくの足が泥に沈む。
「っ、止まれ…!」
挟んだまま、刃の角度を僅かに変え、光輪を投げ返すように弾く。
光輪が、逆向きに飛んだ。
一直線に、今度はまっすぐ。
カエルもどきの顔面へ。
「グェ!?」
光輪が顔をかすめ、赤い皮膚がうっすらと焼ける。
輪は完全には刺さらない。だが、明らかに怯んだ。
コメント欄が狂喜する。
『挟んだwwwww』
『光輪を挟む女』
『はさみ剣、ここで活きるの草』
『しずく天才か?』
『礼拝堂で園芸部が聖属性を捌いてる』
ほのかの指がスキルを切る。
《マーキング》
刻印がカエルもどきに刻まれる。
体勢が崩れやすくなる。
ミコトが短い詠唱。
《ホーリーロープ》
光の縄が絡み、足が止まる。
逃げられない。
しずくがはさみ剣を前に出す。
(柔らかい。装甲薄い)
さっきと同じ。当たれば倒れる。
しずくは一歩踏み込み、次の一撃に移る。
カエルもどきは焦った。
それが動きに全部出る。
乱雑に銛を突き出す、その場しのぎの緩慢な動作。
パリィの格好の的、しずくの目が冴える。
(取れる)
銀盾を、ほんの少しだけ斜めに。
銛が当たる直前に、左腕を横に流す。
滑るように、銛の穂先がずれた。
完璧なパリィ。
銛が弾かれ、カエルもどきの体勢が崩れる。
前のめり。足がもつれる。
しずくは迷わず、はさみ剣を横なぎに振るう。
刃の重さがちゃんと通る。
柔らかい肉に、硬い鉄。
緑色の体液が、ぶしゃっと飛び散った。
『血が緑wwwww』
『グリーン血液www』
『返り血が絵面やばい』
『しずく強すぎん?』
「うわっ、緑!!きもっ!!」
しずくは返り血を避けるように、軽快にサイドステップ。
軽業の補正で、滑るように横へ。
そこに、射線が開く。
ほのかが待ってた。
「しずく!ナイス!射線もらい!」
《ダブルショット》
二本の矢が、崩れたカエルもどきの頭部へ吸い込まれる。
「グェ…」
緑の体液がもう一度跳ねて、次の瞬間。
カエルもどきは光になって、崩れた。
魔石と素材が落ちる。
静寂。
礼拝堂の正面扉の前で、ようやく呼吸が戻る。
ミコトが、ほっと息を吐く。
「勝てましたね」
ほのかが肩で息をしながら言う。
「勝ったけどさ…緑の血は聞いてない」
しずくは、手袋についた緑を見て、そっと手を握り直した。
(礼拝堂の前でこれ…)
扉はまだ閉じている。
でも、今なら開けられる。
呼吸を整える。
三人が、正面扉へ手を伸ばした。
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