第5話 少し進めた私
ネズミ。赤目ラットは、犬ほど速くない。
けど、数がいると面倒で、地味に痛い。
「…よし、ラットはラット」
私は通路の角を使って、ラットを一列にする。
バックラーを胸の前。ロングソードは短く振れる位置。
昨日より体が動く。盾が馴染む。コミュ障だが。
『ラットは雑魚(ただし群れる)』
『舐めると噛まれて出血するぞ』
『犬はやばい、犬はやばい(予言)』
「犬はやばいって、さっきから何なん…」
言いかけた、その瞬間。
奥の暗がりが、ひゅっと裂けた。
重い足音。
爪が石を削る音。
空気が変わる。
「…来た」
コメント欄が一斉に悲鳴みたいになる。
『犬!!!!』
『やばいやばいやばい』
『撤退!撤退!!』
『犬は逃げる相手追う、背中見せるな!』
『群れになる前に…って、今もう出てる!』
犬は、ラットの群れを無視して、私を見た。
いや、正確には“私とゲート方向”を見た。
私は一歩下がって、撤退ルートを確認する。
背後、ゲートへ続く通路。
そこへ逃げれば。
犬が、横に滑るように動いた。
逃げ道を、塞ぐ。
「…あ」
犬は“追う”んじゃない。
“逃がさない”位置取りをしている。
私は喉が乾くのを感じた。
怖い。
でも、同時に頭が冴えていく。
(逃がす気、ない)
私の中で、判断が決まった。
「…撤退、できない」
『犬は回り込みする、マジで』
『逃げ道塞いでくるタイプいる』
『ラット処理しないと背中噛まれるぞ!』
『どうする!?』
どうする?
答えはひとつしかない。
まずラットを消す。
犬と向き合うための最低条件。
でも、ラットを丁寧に捌いてる暇はない。
犬がいつでも飛べる距離。
そしてラットも、足元を狙ってくる。
私はバックラーを上げ、ロングソードを握り直す。
「…被弾、覚悟」
HPは高い。
痛みは嫌だ。
でも“死なない範囲の痛み”なら、勝つために払える。
ラットが跳ぶ。
私は避けない。
脛に噛みつかれる。熱い痛み。
でも体勢は崩れない。
「っ、うるさい…!」
私はラットの頭を剣の腹で叩き潰す。
軽い。
次のラットが噛みつこうとする。
私は踏み込んで、剣を短く横に払う。
一匹、二匹。
犬の気配が近づく。
背中が寒い。
でも振り向かない。
犬が飛ぶ。
と見せかけて、止まった。
私の“隙”を待ってる。
(賢い…)
私は歯を食いしばって、ラットを強引に終わらせることだけに集中する。
ガンギマリになると、逆に冷静。
感情を遠くに追いやって、必要な動きだけ残る。
ラットが最後の一匹になる。
私はわざと一歩、犬に背を向ける角度で踏み込んだ。
犬が動く気配。
(来る)
その瞬間に、私はバックラーを“背中側”へ少しだけ引く。
完全に背中を見せない。
ただ、噛みつきの軌道だけ殺す。
犬の牙がバックラーを掠め、衝撃が腕に走る。
痛い。でも致命傷じゃない。
その1拍で、私はラットを突き刺した。
ラットが光になって消える。
そして、床に落ちた。
銀色のきらめき。
《ローグライクドロップ:装備品【銀のバックラー】》
「…え?」
銀縁のバックラー。
いま持っている鉄っぽいバックラーより、縁が厚く、光沢がある。
受けの角度が、見ただけで分かる形状。
ウィンドウが追記する。
【銀のバックラー】
防御/受け/流し性能 強化
特殊効果:
・パリィ受付時間アップ(中)
・パリィ成功時、相手が体勢を崩しやすくなる
コメント欄が爆発する。
『銀盾きたあああ!』
『神ドロップ!!』
『犬相手に噛み合いすぎwww』
『でも帰還で消えるんだよな(絶望)』
消える。
そう、消える。
でも、今はここだ。
私は迷わず、いまのバックラーを捨てて、銀のバックラーを左手に握った。
「…しっくり、来た」
さっきの“しっくり”が、偽物だったみたいに上書きされる。
軽いのに、芯がある。
そして…角度をつけた瞬間、盾が勝手に“流そう”とする。
『しずく、盾職だわ』
『合気道×盾、相性良すぎる』
『犬、ここからだぞ!』
犬が唸った。
逃げ道を塞ぐ位置のまま、じりじり詰めてくる。
私は深く息を吸った。
(犬と、向き合う)
怖い。
でも判断は冷静。
心臓はうるさいのに、視界は澄む。
「…来い」
犬が跳んだ。速い。
さっきみたいに盾でぶつけると、腕ごと持っていかれる可能性がある。
“パリィ”。
盾を前に出しすぎない。
最後の最後で角度だけ変える。
犬の牙の軌道を外へ流す。
銀のバックラーが、牙を受けて、滑らせた。
衝撃が軽い。
そして犬の前脚が、わずかに浮く。
《パリィ:成功》
同時に、犬の体勢が崩れる。
銀盾の特殊効果、“崩しやすくなる”。
「今!」
私は踏み込んで、ロングソードを短く突く。
肩口、筋肉の薄いところ。
深く入れない。入れる必要はない。
犬は痛みで反射的に引く。
その引き際に、もう一回。
盾で流して、崩して、突く。
二度目のパリィは、ギリギリだった。
でも受付時間が伸びている分、間に合った。
犬の体が横に流れ、壁に肩が当たった。
「終わりっ!」
私は最後に、剣を斜め下へ。
喉元じゃない。逃げるための脚を奪う角度。
犬の動きが止まる。
唸り声が途切れて、光になって消えた。
床に落ちる魔石と素材。
私は息を吐いた。吐きすぎて、笑いそうになった。
『うおおおおおおお!!』
『パリィ成功きた!!』
『銀盾、噛み合いすぎwww』
『犬トラウマ勢、救われた…』
『しずく、冷静すぎる。ガンギマリだろこれ』
『声が落ち着いてて可愛いのズルい』
「…可愛いとか今それ言う!?」
言い返してから、足の痛みが遅れて戻ってきた。
ラットに噛まれた脛がじんじんする。
でも立っていられる。HPが高い。助かる。
私は銀のバックラーを見下ろした。
…これ、持ち帰れない。
でも、今日の私は確かにこれを使って勝った。
この感触を、体に刻め。
私はスマホに向かって小さく言う。
「ありがとう。犬、怖い人…大丈夫?」
コメントがやわらかく流れた。
『大丈夫、ありがとう』
『今の回、ほんと救われた』
『居場所になってるわ』
居場所。
私は銀盾を構え直して、通路の奥を見た。
まだ暗い。
でも今日は、引き際を間違えない。
「…帰る。銀盾、消える前に、もう一回だけ触ってから」
『名残惜しいw』
『消えるのつらい』
『でも、そのうちなんとかできるようになる!』
『次回:銀盾持ち帰り計画編』
私は小さく笑って、ゲートへ向き直った。
「銀盾…消える前に、もうちょい見てたい…」
しみじみ呟いた瞬間。
目の前に、静かにウィンドウが開いた。
《経験値獲得》
《放浪者:レベルアップ》
光の線が視界を走り、身体の奥が一瞬だけ熱くなる。
《放浪者 Lv1 → Lv2》
《基礎ステータス上昇》
「上がった…!」
コメント欄が一瞬遅れて、爆発した。
『レベルアップきたああああ!』
『おめ!!』
『犬倒してラット処理して、そりゃ上がる!』
『Lv2って地味にでかいぞ』
『基礎ステ上昇=安定感増す!』
私は思わず、口元が緩んだ。
現実では滅多に笑えないのに、ここだと勝手に表情が出る。
ネット越しの私、別人すぎる。
そして、さらに。
《ユニークスキル:ローグライク レベルアップ》
《ローグライク Lv1 → Lv2》
「ローグライクも…!?」
次の一文を見た瞬間、私は息を止めた。
《機能解放:ドロップ装備ロック》
《ロックした装備は地上へ持ち帰れます》
《次回以降、初期装備+ロック装備を持ち込めます》
《ロック枠:1/1》
「ロック…できる…?」
頭が理解するより先に、手が銀盾を握りしめた。
銀のバックラー。
犬を流し、崩し、勝たせてくれた盾。
消えない。
持ち帰れる。
次も使える。
「ま、待って…待って待って待って…」
コメント欄、完全に祭りになる。
『うおおおおおおおおお!!!』
『ロック解放!!!!!!』
『世界初ユニーク強すぎwww』
『銀盾持ち帰り確定じゃん!!』
『これで“消える絶望”が終わるの熱い!!』
『ロック枠1/1が神演出すぎる』
『選べ…しずく…(銀盾一択)』
『いや待て、ここで別の装備出たら悩むやつw』
『でも銀盾は犬特効だぞ!!』
「うるさ…」
言いながら、胸が熱かった。
嬉しい。
“残る”ってだけで、こんなに嬉しい。
私はウィンドウに指を伸ばした。
《ロック》という項目が、銀のバックラーの横に点滅している。
ロック枠:1/1。
一回だけ。
失敗できない。
「ロック…銀のバックラー…」
指先が震える。
現実の私は、レジでポイントカード出すだけでもテンパる。
なのにいま、世界初のユニークスキルで装備を固定しようとしてる。
意味が分からない。
『震えてるのかわいい』
『落ち着け、深呼吸!』
『ロック確認ヨシ!』
『押せ!押すんだ!』
『しずく!いけ!』
「深呼吸」
私はコメントに促されるまま、吸って、吐いて。
(いける。これは、私の積み上げだ)
そして、押した。
《ロック完了:装備品【銀のバックラー】》
《ロック枠:1/1(使用中)》
《帰還後も消滅しません》
《次回以降、持ち込み可能》
「っ!!」
喉の奥が詰まって、声が出なかった。
嬉しいのに、言葉が出ない。
いつもの私だ。
でも、コメント欄が勝手に叫んでくれる。
『確定演出きたああああ!!』
『銀盾、永住権獲得www』
『これでビルドが“積み上がる”!』
『ローグライクがローグライクじゃなくなる瞬間(※なる)』
『いや1枠だからまだ地獄だろw』
『次は武器ロック欲しくなるやつ』
『放浪者、盾職路線確定!』
盾職って言われると、少しだけくすぐったい。
私は人と向き合うのは苦手だけど、盾と向き合うのは得意かもしれない
…それ、寂しいな。
私は銀盾をもう一度見つめる。
銀縁。
手触り。
重さ。
受けた時の“流れ”。
これが、次もある。
「…よし」
私はスマホに向けて、小さく言った。
「私…持ち帰る。これ…次も使う」
その言葉に、コメント欄が少しだけ静かになる。
そして、やわらかく流れた。
『おめでとう』
『積み上げ、始まったな』
『次の配信も見る』
『学校で友達作れるといいな』
『まずは“盾”が友達だな(草)』
「盾は…友達じゃない!」
ツッコミを入れた瞬間、笑ってしまった。
本当に、笑ってしまった。
ゲートが見える。
現実へ戻る出口。
私はふと、思う。
(学校に戻ったら、私はまた喋れないんだろうな)
でも、銀盾は残る。
配信も残る。
フォロワーも残る。
そして、見てくれる人がいる。
それだけで、今日の私は昨日より少しだけ前に進めた気がした。
私はゲートへ足を踏み出した。
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