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幕間② 未来予想図

忠義は、夢を見ていた。


畳の匂いも、湯呑みの温度も、全部どこかへ押し流されて。

代わりに、あの日【ダンジョンで見せられた光景】だけが、鮮明に戻ってくる。


夜。

月が大きすぎる夜。


違う。

あれは「空にある月」じゃない。

機械だ。


月面に走る亀裂はクレーターじゃない。

縫い目だ。

金属の骨格を隠す、古い皮膚。


月そのものが、ゆっくりと光る。

薄い青白い光、航行灯。


忠義の胸の奥で、いやな音が鳴る。

理解したくないのに、理解してしまう。


月が、宇宙船に改装されている。


いや、改装なんて言葉は優しすぎる。

解体して、組み直して、魂だけ残した。


地球は下にある。

ぼろぼろの地球。

雲の渦は荒れ、海は色を失い、赤茶けた大陸がむき出しになっている。


それでも、

それでも地球は生きている。


惑星の呼吸、大気が揺れる。

惑星の声、磁場が鳴る。

潮汐の残り香みたいに、月がまだ海を引っ張っている。


忠義は、夢の中で知ってしまう。


地球環境が、どうしようもなくなった人類は、地球を捨てた。

逃げた。

逃げるために、月を選んだ。


月は資材であり、盾であり、母港であり、道具であり。

最後は、船になった。


推進器が点火される。


静かな光ではない。

宇宙の闇が、割れた。


噴き出した推進光は、青でも白でもない。

色という概念が追いつかない、圧倒的な加速の痕跡。


地球が震える。

海が持ち上がる、大地がきしむ、空が鳴る。


地球は必死に抵抗する。

残された僅かな力を振り絞って。

重力が、鎖のように月を引き留めようとする。


46億年。


一緒に回った。

引っ張り合って、削り合って、潮を生み、季節を支えた。

夜の灯りだった。

人類がまだ猿だった頃から、ずっと、ずっと。


それが今、引き裂かれる。


地球の重力を…人類の推進力が上回る。


『やめろ』


忠義の口が動いている。

声が出ない、出しても届かない。


月が、ゆっくりと、しかし確実に離れていく。


地球が、泣いているように見える。

雲の渦が崩れ、海の輪郭が歪み、空が薄く裂ける。


【星が引き裂かれる】という表現が、比喩じゃなくなる瞬間。


地球の叫びに似た衝撃波。

月の腹で軋む構造材。

途方もない質量が、意志を持ったみたいに遠ざかっていく。


忠義の背筋を、氷が滑る。


これが――

人類の未来だと?


生き延びるためなら、母星を置き去りにする。

生き延びるためなら、46億年の絆を踏み砕く。


人類の狂気。


だが夢は、そこで終わらない。


月が離れる、その瞬間。

月の側面に光が灯る。


ひとつは金。

眩しいのではない。熱いのでもない。

ただ、友のようにそこにある。


ひとつは蒼。

優しく、静謐。

ただ、包み込むようにそこにある。


二つの星が、月に寄り添う。

寄り添いながら、明滅を繰り返す。

存在が確定してないかのように。


そして忠義は、背筋の奥で理解する。


月が船になるのは、過去の映像じゃない。

未来の可能性だ。


未来が固定されていないから、

星が浮かんでは消える。途中で止まる。


やがて月は、太陽の重ささえ振り切る。

氷の雲を超え、深い闇へと向かう。


あの日、ダンジョンは忠義に見せた。

脅しでも、予言でもなく。


選択肢を。


「…しずく」


夢の中で、やっと声が出た。


孫の名前を呼んだ瞬間、

月の裏側が一度だけこちらを向く。


黒い点、月の裏面の“眼”が、こちらを見ている。


そして、どこかで聞いたことのある、やる気のない声がした気がした。


眠い。

めんどい。

でも――


『月は、契約者を選ぶ』


忠義はそこで目を覚ました。


離れの天井、自分の呼吸。夜の静けさ。


だが、掌は冷たい汗で濡れていた。


忠義は座り、拳を握る。


あの夢が、ただの夢なら良かった。

だが、ダンジョンが見せたものは、いつも現実より重い。


そして、孫は今。

“月の剣”を手にした。


物語が、動き始めている。


忠義は、ゆっくり立ち上がった。

畳がきしむ音が、やけに大きく響いた。

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