第41話 新しい力
洞窟に戻った空気は湿って重い。
三人はゆっくりと立ち上がる、全員満身創痍だ。
でも、勝った。その事実だけが、熱みたいに体の奥に残っている。
しずくたちの前に、ドロップが転がっていた。
ようやく、戦利品に目を向ける余裕が出た。
リーダーとシャーマンの魔石。
それぞれの素材。
そして、ローグライクを示す光。
システムウィンドウが淡々と表示する。
【ローグライクドロップ】
【棘つきこん棒】
棘のついたこん棒。ダメージと共に低確率で出血付与。
【雷光の杖】
杖先から雷を放つ杖。
小さい雷(詠唱短)/鋭い雷(詠唱中)の2種。
ダメージはINT依存。MP消費あり。
確率でスタンさせる。
『杖きたあああああ!』
『雷って強いぞ!』
『出血こん棒も当たりだろ!』
『いや杖ロック一択!』
『ミコトが使うのがベターか』
『ロック枠増えたの神』
『選べ!選ぶんだ!』
ほのかが、こん棒を見て顔をしかめる。
「棘つき。痛そう。てか見た目こわっ」
ミコトは逆に、杖をじっと見ていた。
冷静に、でも目の奥が少しだけ熱い。
「雷光の杖。武器というより…道具ですね。状況を変えられます」
「でもMP使うよ?」
「はい。だからこそ、ここぞで使える。それに、遠距離から止められる可能性がある」
しずくは黙って、ウィンドウの下部を見た。
ロック枠 2/3。
今、追加でロックできるのは、ひとつ。
棘つきこん棒。
雷光の杖。
(…どっちかな)
こん棒は分かりやすく強い。出血は事故を起こせる。
でも、こん棒は“作れそう”でもある。素材と鍛冶師がいれば、近いものは再現できるかもしれない。
雷光の杖は違う。
いままでの常識の外にある。
そして、さっきの“月”と“霜”の感覚が、まだ消えていない。
しずくの指先が、杖の方へ引かれる。
しずくは、深く息を吸って、吐いた。
「…杖、ロックする」
ほのかがぱっと顔を上げる。
「おっけ!雷!かっこいいし!」
ミコトは小さく頷いた。
「賢明です。守りにも攻めにも使える」
視聴者は大歓声。
『雷光ロックきたああ!』
『正解!』
『ミコト砲台化あるぞ』
「雷魔法なら、スタンあるな』
しずくが、ロックの項目に指を滑らせる。
雷光の杖の枠が、カチッと固定される。
ロック装備:雷光の杖(3/3)
その表示が確定した瞬間。
杖の表面を、ほんの一瞬だけ、淡い光が撫でた気がした。
月光みたいに。
しずくは誰にも言わず、杖をそっと握り直す。
(…これ、ただの当たりじゃない)
勝った。強くなった。
持ち帰れる“切り札”も増えた。
なのに胸の奥に、静かな予感だけが残っている。
次は、もっと“おかしい”ことが起きる。
ゲートの光を抜けた瞬間、湿った洞窟の空気が協会ロビーの乾いた空気に変わった。
人の声。自販機の稼働音。床のワックスの匂い。
さっきまでの“月明かりの闘技場”が、急に遠い。
三人はふらつきながら受付へ向かう。
配信はまだ繋がっている。コメント欄は勝利の余韻で燃え続けていた。
受付嬢は、しずく達の姿を見るなり、目を細めた。
一瞬だけ、何か言いたそうな顔になる。
けれど、口に出す前に、飲み込んだ。
「おかえり」
その一言だけが、妙にあたたかい。
そして、いつもの仕事モードに切り替わる。
「2層突破。おめでとう。これで駆け出し卒業」
「初級探索者だね」
ほのかが、へにゃっと笑った。
「やった!」
勝った直後のテンションじゃなくて、ようやく現実味が追いついた声。
ミコトはまだ少し顔色が悪い。けれど、背筋だけは伸ばしていた。
「ありがとうございます。更新、お願いします」
しずくは、返事が喉につかえて、一拍遅れて小さく頷いた。
(…初級。私が?)
受付嬢はテキパキと手を動かす。
「更新手続きするから、みんなカード出して」
3人が探索者カードを差し出す。
受付嬢はそれを揃えて、奥の担当へ回した。
「少し時間掛かるから待ってて。その間、休んどきなさい」
3人はロビーの隅の休憩スペースへ移動した。
パイプ椅子と低いテーブル、壁際に給水機。
奥には軽食の自販機まである、ささやかな安全地帯。
ほのかが椅子に沈み込むなり、頭を机に乗せた。
「…生きてる」
「ほのかさん、ちゃんと息してますね」
ミコトが冗談めかして言うけど、声がまだ震えている。
しずくも座った瞬間、足の力が抜けた。
肩に残る痛み、腕の痺れ、背中の重さ。
全部が、終わった後の形で襲ってくる。
ミコトが給水機の水を紙コップに注ぎ、二人に渡す。
しずくは受け取って、両手で包み込む。冷たさが気持ちいい。
「…ミコト、さっき…無理した」
しずくが小さく言うと、ミコトは首を振った。
「無理、というより…必要でした」
「止めないと、皆でジリ貧でしたし。結果的に、間に合いましたから」
淡々とした口調。けれど、視線が一瞬だけ揺れる。
怖かったのだ。きっと。
ほのかが顔を上げる。目尻が赤い。
「しずく。最後、かっこよすぎ」
「…いや…私、なんか…勝手に」
「勝手に勝ったなら最高じゃん!」
軽く言って笑うけど、笑いの奥に震えが混じっている。
しずくは、さっきから胸の奥に引っかかっていることを飲み込んだ。
自分にだけ聞こえた、だるそうな女の子の声。
(言ったら、怖がらせる)
ほのかが、ふいに真面目な顔になった。
「ねえ。さっきのボス部屋……あれ、普通じゃないんでしょ?」
ミコトも頷く。
「はい。少なくとも、協会公式の2層ボス説明にはありません」
しずくの指先が、紙コップの縁をなぞった。
「…言わないほうがいいのかな」
「んー、言わなくても、配信で残ってるし」
ほのかがスマホを指でトントン叩く。
「切り抜き、絶対出る。もう“月の闘技場”ってワード、掲示板立つよ」
ミコトが小さくため息をついた。
「なら、変に隠しても無理ですね。事実だけ伝えましょう。『こう見えた』と」
しずくは、視線を落として小さく頷く。
(声のことだけは…まだ、言えない)
ほのかが顔を上げた。
「ねぇ、ダンジョンって何なのかな?」
ミコトは少し考えて答える
「教科書通りですと、1970年に突如現れたとあります」
しずくも頷く。
「…うん…学校で習った」
ほのかが顎に手をやり、目を閉じる。
「うーん」
「更新まで時間掛かるだろうし、聞いてみる?」
そして、ちらりとカウンターのほうを見た。
しずくとミコトが顔を合わせて答えた。
「…受付さん?」
「受付のお姉さんにです?」
ほのかがニヤリと笑った。
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