第39話 月光の刃
ほのかが舞う。
月明かりが、闘技場の白い石畳に薄い影を落とす。
その中心で、金髪のサイドポニーが翻り、双剣が踊る。
相手はゴブリンリーダー。
棘付きのこん棒を、まるで大木みたいに振り回してくる怪物。
「…っ!」
夜と風を裂く音。
こん棒が通った場所だけ、空気が重く沈む。
ほのかはそれを、紙一重でかわす。
足を止めない。止めたら終わる。
右へ、一歩。さらに半歩。
回り込むように、舞うように。
双剣の軌跡は優雅だ。月の光を弾いて、銀の線が空に描かれる。
傍から見れば、まるで踊り。
でも、本人は優雅どころじゃない。
(こわい…)
背中が冷たい。指先が痺れてる。
アーチャーの身体は打たれ弱い。HPは低い。
一撃もらえば終わるのが、骨の髄まで分かっている。
それでも。
しずくが戻るまで、耐える。
ほのかは滑るように、リーダーの腕が戻る前に懐へ滑り込み、浅く斬る。
深くは狙わない。深く踏み込めば、その瞬間に棘付きこん棒が飛んでくる。
「チッ…!」
一瞬だけ距離を取って、ほのかは左手の双剣を投げた。
夜と月明かりを裂く風の刃。
リーダーの視線が、反射的にそちらへ吸われる。
その“ほんの一瞬”が命綱。
ほのかは右手の刃で、リーダーの脇腹をえぐるように斬りつける。
浅い。でも確実に削れる。
投げた双剣はくるりと旋回し、まるで意思があるみたいに戻ってくる。
ホルダーに吸い込まれるように収まり、ほのかの指が次の瞬間には柄を掴む。
踊り続ける。
息が熱い。心臓が喉の奥で鳴る。
リーダーのこん棒が、また振り下ろされる。
石畳が砕け、破片が跳ねる。
(当たったら、骨ごと逝く)
ほのかは“舞う”しかない。
――その頃。
《ハイヒール》
ミコトのハイヒールが、しずくの身体を包み込んでいた。
淡い光が、肺を広げる。凍りついていた筋肉に熱が戻る。
しずくは息を吸って、ようやく視界がはっきりした。
「ミコト…ありがとう…」
言いながら、前を見る。
月明かりの下。
ほのかが、リーダーと戦っている。
(ほのかが…前に…)
しずくは立ち上がろうとする。
でも、腕にまだ力が入らない。足が一瞬ふらつく。
「だめです」
ミコトが、震える声で止めた。
普段の冷静な声じゃない。ぎりぎりで保っている声。
「まだです。今立ったら…また、同じことになります」
「でも!」
「堪えてください!」
ミコトの目が揺れている。
怖いのは同じだ。けれど、今ミコトが折れたら、全部崩れる。
ミコトは唇を噛み、もう一度杖を握り直す。
「もう一回、入れます」
詠唱に入る。
声が少しかすれる。指先が震える。
しずくは、前を見ながら、もどかしさで喉が詰まった。
(ほのか…無理してる)
(私が前に出ないと…)
その時。
また、聞こえた。
あの、やる気のない小さな少女の声。
しずくの耳元だけに落ちてくる。
「めんどい」
「サービス」
しずくが息を呑む。
(…なに?)
次の瞬間。
しずくの握っている杖が、ふわりと柔らかく光った。
銀でも金でもない、淡い月の色。
まるで、月明かりそのものが杖に宿ったみたいに。
二回目のハイヒールが、しずくを包み込む。
淡い光が骨の奥まで染みて、ほどけた。
腕が上がる。足に力が入る。
肺が、ちゃんと空気を吸える。
(行ける)
その代償みたいに、ミコトの身体が揺れた。
魔力を使い過ぎたのか、膝が折れて石畳に手をつく。
「…っ」
肩で息をして、顔色が白い。
それでもミコトは顔を上げて、しずくを見た。
「しずくさん…お願いします」
短い言葉。だけど、全部が詰まっていた。
しずくは頷いた。
言葉はいらない。今は、動く。
手元に転がっていた相棒。
銀縁バックラーを拾い上げる。
手に収まった瞬間、しっくり来る。
遅い、と盾に言われた気がした。
…でも、戻った。戻れた。
右手の杖は、まだ柔らかい月の光を携えたまま。
淡い光が、しずくの指先と杖の先でゆらゆら揺れる。
前を見る。
月明かりの中心で、ほのかがまだ踊っている。
息が荒い。肩が上下している。
それでも一歩も引かず、必死に時間を稼いでいる。
しずくの胸の奥が、熱くなる。
(守られてた)
しずくは大きく息を吸って、闘技場に響く声で叫んだ。
「ほのか!スイッチ!」
ほのかの瞳が、一瞬だけ見開かれる。
それから、笑った。
怖さと涙を噛み潰したみたいな、強がりの笑い。けど、お日様の笑顔。
「…っ、待ってた!」
ほのかが下がる。
しずくが前に出る。
入れ替わる瞬間、ふたりの影が重なる。
いつもの形。
いつもの距離。
いつもの役割。
視聴者が、ここで一気に沸いた。
『戻ったああああ!』
『盾しずく復活!』
『ほのか!よく耐えた!』
『ここで決めろ!』
『勝てる、今なら勝てる!』
『ミコト限界なのに…神』
しずくは銀縁バックラーを構え、杖を握り直す。
リーダーが、こん棒を振り上げる。
もう、怖くないわけじゃない。
でも、迷いはない。
(ここで終わらせる)
月の光が、杖の先で揺れる。
盾が、呼吸に合わせて微かに光る。
しずくは一歩踏み出した。
闘技場の月明かりの下、戦いの主役が、再び前に立った。
呼吸が整う。足が石畳を捉える。視界が一点に絞られる。
その瞬間、
視界の端に、見慣れたシステムウィンドウが、すっと開いた。
けれど、いつものレベルアップやドロップ表示とは違う。
文字の色が、どこか月明かりみたいに淡い。
【◯◯◯の支援効果 発動】
武器に夜の魔法が付与されます。
【月の剣〇〇〇】
杖先に月光の刃を形成する。
魔力+冷気ダメージを与える。
高確率で凍傷。
一拍遅れて、全員の時間が止まった。
ほのかが目を丸くする。
「…え?なにそれ…?杖、剣になるの…?」
ミコトは膝をついたまま、息を呑む。
(支援効果…?誰の…?)
視聴者はもっと露骨だった。
『??????』
『夜の魔法!?!?』
『月の剣って何だよ厨二かよ最高かよ』
『システムにそんなのあった?』
『支援効果の名前伏せられてるの怖い』
『誰が支援してんだよ!!』
『俺たちの願いが届いたんだよ!』
しずく本人も、理解が追いついていない。
でも、身体が分かってしまった。
(使える)
杖を、ほんの少しだけ前に出す。
月光が、杖先へ吸い寄せられる。
ひやり、とした気配。
冷たいのに、優しい。
光が刃の形を覚えたみたいに伸びていく。
細く、鋭く、淡い、月の剣。
刃が形成された瞬間、銀縁バックラーが小さく鳴った。
まるで「遅い」と言う代わりに、「今だ」と背中を押すみたいに。
ゴブリンリーダーが構える。
月明かりの下、棘が鈍く光る。
しずくは、叫ぶように息を吐いた。
「行く」
踏み込む。
いつもの盾の距離。
でも今日は、杖が月の剣だ。
リーダーの渾身の一撃が落ちる。その瞬間。
銀盾が淡く光る。
タイミングが、視界じゃなく“体内”に落ちてくる。
澄んだ音が夜に響く。
《パリィ成功》
棘が噛む前に角度で殺す。
体勢が崩れたその半拍に、しずくが杖を振る。
月光の刃が、夜を裂いた。
斬った感触は軽い。
けれど、当たった瞬間、霜が爆ぜるような冷気が走り、リーダーの皮膚が白く曇る。
「ギッ!」
リーダーの動きが止まった。
ほんの一歩。だけど致命的な一歩。
ほのかが息を呑む。
ミコトが目を見開く。
視聴者が、ようやく理解して叫ぶ。
『剣になってる!!!』
『凍傷入った!!動き鈍った!!』
『月の剣、強すぎぃ!』
『なにこの演出、神回確定』
しずくの耳元にだけ、またあの声が落ちてきた。
「眠い」
しずくは、その声の主を探す暇なんてない。
目の前の敵を倒す。
ただそれだけ。
月光の刃が、もう一度淡く揺れる。
夜の終わりが見えた。
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