第37話 反転する世界
ミコトは、戦況を感情じゃなく数で見ていた。
しずくさんは耐えている。
凍傷で動きが鈍くても、銀縁バックラーがギリギリ致命を避けさせている。
魔術型で火力は出しにくいはずなのに、マジックブロウで間合いの主導権を奪えている。
問題は、時間だ。
(このままではジリ貧です)
霜はまとわりつくほど増え、スタミナは削られ、集中力は削られる。
凍傷は削りの状態異常、長引いたら負ける。
そして、ほのかさん。
弓は効いていない。
矢はシャーマンの周囲に展開された月光の膜で威力を削がれて落ちる。
踊り子の双剣は抜けない。武器が怯えているみたいに。
(遠距離物理だけを弾くタイプ…?)
なら、突破口は一つ。
裏を見せた月。
あれを繋いでいる“鍵”がある。
ミコトの視線が、シャーマンの手元へ吸い寄せられる。
杖。
月へ掲げた杖。
(あれです)
ミコトは息を整えた。
怖いのは当然ある。けれど、今ここで必要なのは恐怖ではなく決断。
奪う。
あの杖を奪えば、月は戻る。
ミコトは、ほんの一歩だけほのかに寄って、小声で言った。
「ほのかさん。作戦があります」
「なに?」
「ホーリーロープで、杖を絡め取ります。引き抜きます」
「抜くって…」
「はい。シャーマンの“あれ”が凍傷の源です。止めます」
ほのかは一瞬だけ目を見開いて、それからすぐ頷いた。
「わかった!」
ミコトが続ける。
「矢は効きにくいですが、“当てる”必要はありません」
「うん。うざくするのは得意!」
ほのかは凍傷で動きが鈍いのも無視して、弓を引いた。
断続的に、テンポよく、シャーマンに矢を送る。
矢は月光の膜に阻まれて、削がれて落ちる。
でも、膜に触れた瞬間の光が、シャーマンの視線を引く。
「ちっ」とでも言いたげにシャーマンが杖を振り、膜を厚くする。
それでいい。
ミコトは、杖を握り直した。
詠唱は長くない。だが凍傷で指先がうまく動かない。
(落ち着いて…呼吸…)
胸の奥で魔力を整える。
魔力調律。微細なコントロールだけは誰にも負けない。
ミコトは小さく息を吸い、言葉を紡いだ。
《ホーリーロープ》
空気が柔らかく光る。
ミコトの手から、聖なる光の紐が伸びた。
一本の線が、蛇のようにうねりながら闘技場を走る。
シャーマンが気づいて杖を引く。
だが遅い。
光の紐は、狙い違わず杖に絡みついた。
次の瞬間、ミコトは全身で引いた。
「っ!」
凍傷の重みが腕に乗る。
足が滑る。踏ん張れない。
そのとき、ほのかがミコトの体を掴んだ。
「ミコト!いける!」
「ほのかさん!引いてください!」
「任せろ!」
二人がかりで、ロープを引く。
シャーマンは小柄だ。
しかも杖を掲げ続けて、体重が後ろに乗っている。踏ん張りが効かない。
ずるっ、とシャーマンの足が滑った。
「ギギ!」
抵抗が一瞬だけ強くなる。
だが、そこで終わり。
まるで、栓が抜けるみたいに。
杖が、シャーマンの手から抜けた。
そのまま、ロープに引かれて、ミコトの手元に収まった。
ミコトは反射で杖を握り締めた。
冷たい。異様に冷たい。月光の冷たさが凝縮したみたいな感触。
そして。
闘技場の空気が変わった。
頭上の月が、ゆっくりと回るように見える。
黒い点だらけの裏側が、引っ込み。
いつもの、穏やかな半月の“表”が戻る。
霜が、ふわりと溶け始めた。
髪先の白が消え、袖口の痛みが和らぎ、関節の重さが抜けていく。
システムウィンドウが淡く光る。
状態異常:凍傷 効果減衰中
コメント欄が、遅れて爆発した。
『うおおおおおお!!』
『杖奪ったwww』
『月戻った!!!』
『霜消えたぞ!』
『ミコト有能すぎる』
『これがパーティーの司令塔』
『月ギミック確定じゃん』
ミコト自身も驚いていた。
仮説が当たったことに。
そして、それ以上に杖を奪った瞬間、月が“反応”したことに。
(…本当に繋がってた)
闘技場の反対側。
しずくは、ゴブリンリーダーのこん棒を銀盾で受け流しながら、はっと顔を上げた。
動きが戻る。足が軽い。呼吸が深くなる。
「あ…」
凍傷が溶けたのを、身体が先に理解してしまう。
リーダーのこん棒が、再び振り上がる。
けれど今は動ける。
しずくは盾を構え直し、目の前の敵に意識を戻した。
一方、杖を失ったシャーマンは、明らかに動揺している。
月光の膜が儚い霧散する。
「しずくさん、ほのかさん。今です」
霜が溶けた。
月が戻った。
そして、戦況も“反転”しようとしていた。
ゴブリンリーダーは、動じない。
霜が消えたことも、空気が変わったことも、月が戻ったことも関係ない。
ただ目の前の敵を倒す。
それだけ。
棘付きこん棒が、ずるり、と石畳を削りながら持ち上がる。
筋肉の塊みたいな腕が、迷いなく振り下ろされる。
しずくは、さっきまでの鈍さが嘘みたいに動けた。
凍傷が抜けた関節は軽い。呼吸が深い。視界が澄む。
銀盾の縁が、淡く光る。
(ここ!)
完璧な受け流し。棘が盾を噛む前に、角度で殺す。
リーダーの体勢がわずかに崩れた瞬間、しずくは杖を踏み込ませる。
≪マジックブロウ≫
杖先に集中した魔力が、衝撃と一緒に叩き込まれる。
骨まで響く鈍い音。リーダーが唸る、だが下がらない。
気にしない。
小娘の動きが良くなろうが、やることは変わらない。
リーダーは、再びこん棒を持ち上げる。
その背後でほのかが、勝負を決めにいった。
「今!」
弓を構える。狙いはシャーマン。
ミコトが奪った杖のおかげで、月光の膜が消えた今しかない。
ほのかが息を止める。
矢が、二本。
《ダブルショット》
二条の軌跡が夜を裂き、シャーマンの腹部を正確に撃ち抜いた。
月光の膜は、もう守ってくれない。
シャーマンがよろめく。膝が落ちる。
だが、倒れない。
「ギ…ギギ!」
意地。執念。
シャーマンは、喉の奥からひび割れた声を絞り出し、腰へ手をやった。
そこから出てきたのは、小さな杖。
さっきまでの、月へ掲げる杖とは違う、護身用みたいな短い杖。
ミコトがそれを見て、嫌な予感に目を見開く。
「っ、まさか」
小杖の先端が、バチバチと鳴る。
紫がかった火花。空気が焦げる匂い。
シャーマンは狙いを迷わない。
支配を止めたのは、ミコトだ。
杖が閃く。
空気が震えた。
雷が一直線に走り、ミコトの胸元を直撃した。
威力は大きくない。致命傷ではない。
けれど、“刺さる”タイプの雷だ。
ミコトの身体が一瞬硬直し、膝が崩れる。
胸に手を当てようとするが、動かない。
システムウィンドウが、冷たく表示する。
状態異常:スタン
「ミコト!」
ほのかの声が裏返る。
でも、その瞬間、ほのかの指先に確かな感触が戻った。
腰のホルダー。
そこに眠っていた切り札が。
抜ける。
さっきまで、怯えているみたいに動かなかった双剣が、今は嘘のように滑らかに抜けた。
銀色の刃が、月光を反射する。
「逃がさない」
ほのかの声が低くなる。
弓を背に格納すると、双剣を構え、地を蹴った。
シャーマンはまだ抵抗する気だった。
小杖を握り直し、次の雷を…。
間に合わない。
ほのかが、シャーマンの懐へ滑り込む。
二本の刃を横に振りぬく。
風が渦巻く、血煙が舞う。
頭が下がったシャーマンの顎を、ほのかの膝が跳ね上げる。
「ギャ!」
今度は縦に一閃。
肩から胴にかけて、風のラインが走る。
シャーマンの身体がびくりと震え、力が抜けた。
小杖が石畳に転がる。
そして、シャーマンは。
うつ伏せに倒れた。
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