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第36話 月は見ている

放課後、探索者協会ロビー。

装備を整えた3人は、カウンターで受付嬢に言った。


「2層ボス、行きます」


受付嬢は書類をめくりながら、顔を上げる。


「いいタイミングね」


そして、少しだけ声を落とした。


「2層のボスは、駆け出し探索者の試験みたいなもの」


ほのかが背筋を伸ばす。


「試験…」


ミコトがメモを取る。


しずくは、盾をぎゅっと握った。


受付嬢は続ける。


「ここを抜けて、初級探索者。落ちても恥じゃない。でも、舐めたら死ぬ」


そして、指を二本立てた。


「ボスはペア。ゴブリンリーダーとゴブリンシャーマン」


ほのかが即、顔をしかめる。


「うわ、前衛後衛セットか」


受付嬢が頷く。


「そう。相手も前衛・後衛で来る」

「だから、駆け出しのテストなの」


「リーダーの武装は分りますか?」


「こん棒と盾」

「こん棒は棘つき。出血に気をつけなさい」


「シャーマンは魔法を使う」

「攻撃魔法から、阻害系の嫌らしいものまで」


ほのかが腕を組む。


「嫌らしいやつ、いちばん嫌」


受付嬢が最後に釘を刺す。


「つまりね。相手の後衛をどう処理するか。それが分かってるか」


駆け出しの試験。

2層ボス。


三人の初級探索者への扉が、開く。



湿った土、ゴブリン達の生活臭、2層だ。


しずくの配信、待機コメントが流れている。


『今日は2層ボスだ!!』

『初級試験編きた』

『盾強化後の初陣!』

『ミコトのキュアもある!』

『ほのかのコンパウンドボウ無双頼む』

『頼むから死なないで!』


ほのかが腕を回して、いつもより軽い声で言う。


「よし。今日は勝って、初級探索者だー!」


「はい。勝ちましょう」

「ただし、無理はしない。撤退判断も忘れずに」


しずくは盾を握り、深呼吸する。


ローグライクのアナウンスが流れる。


《放浪者:魔法型》

初期装備:杖/ローブ

基礎ステ補正:INT上昇、STR低下

使用可能魔法:マジックアロー/マジックブロウ


「え、また…魔法…」


ほのかが爆笑しかけて、慌てて口を押さえる。


「ごめん、でも…前衛魔法使い、また来たw」


「盾は持てます」

「魔法型でも、前衛役は成立します。しずくさんなら」


「うん…」


『前衛魔法使い再来!!』

『盾強化×魔法型=完成形では?』

『パリィで止めてマジックアローで削るの最高』

『ボス戦でミスリル盾の魔法耐性試せるやん』


しずくは盾をぎゅっと握った。


ボス部屋へ向かう道。

駆け出しの試験。


『行けええええ!』

『初級探索者への門!』

『盾しずく頼む!』

『ほのか当てろ!ミコト守れ!』


しずく達は一歩踏み出した。




2層のMAPを参照し、最短ルートを進む。

途中、一度だけ2匹のゴブリンとの遭遇戦があったが、危なげなく撃退。

そして、大きな木製の扉があった。

この先が初級探索者へ繋がる道だ。


扉の前で、三人は一度だけ息を合わせた。


しずくは銀盾を握り直し、ほのかは弓の弦を指で弾いて張りを確かめる。

ミコトは杖を胸元に寄せ、目を閉じて魔力の流れを整えた。


「行こ」

ほのかが笑って言って、しずくが小さく頷く。


軋むような重い音を立てて、扉が開く。


その瞬間。


三人の足元から、岩と土の匂いが消えた。


視界が一気に開ける。

天井がない。壁もない。

円形の闘技場。白い石畳のような床。周囲は低い観客席みたいに段差があり、黒い柱が等間隔に立っている。


そして、頭上。


夜空。星。

大きな半月が、闘技場を真上から照らしていた。


月明かりは不自然に明るく、影がやけにくっきり落ちる。

風はないのに、空気だけが冷たい。


『え、なにここwww』

『外で草w』

『闘技場きたああ』

『2層ボス部屋ってこんなんだっけ?』

『初めて見たんだが?』

『特殊演出?イベント?』

『月デカすぎん?』

『しずく盾、月光で映えてる』


しずくも、思わず足を止めた。

ほのかがきょとんとして、コメントを追う。


「え?普通と違うの?ボス部屋ってこういう…」


「違います」

ミコトが即答した。声のトーンが一段落ちる。


彼女は周囲を見回し始める。柱の間隔、床の模様、外周の段差。

まるで、地形を暗記するみたいに視線が動く。


「空間が閉じています。外に見えるのに、外ではありません」

「それと、魔力の密度が…」


ほのかが笑って誤魔化すみたいに言う。

「やめてよ、そういうホラーみたいなの!」


そのとき、しずくはふと、胸の奥がざわついた。


銀盾が、ほんのわずかに冷たくなった気がした。

月の光が盾の縁に当たって、淡く白く反射する。


しずくは、何かに導かれるように顔を上げた。


半月。

大きい。近い。

やけに“見られている”気がする。


月明かりの中、しずくの耳元にだけ囁きが落ちてきた。


小さな女の子の声。

眠気とだるさを、煮詰めて固めたみたいな声。


【ねむい…】

【起きるの…めんどい】

【だる…い】


しずくは、ほのかとミコトを見る。

二人は何も聞こえていない顔だ。コメントも闘技場で埋まっている。


(私だけ?)


その答えを考える暇はなかった。


ほのかとミコトが、ほぼ同時に叫ぶ。


「来る!」

「来ます!」


闘技場の向こう側、黒い門から影が二つ、ゆっくり近づいてくる。


片方は大きい。

棘付きのこん棒を地面に引きずり、嫌な音を立てながら、ゆっくり歩いてくる。


もう片方は細身。

ゴブリンシャーマン。杖を持ち、足を止めると…。

月へ杖を掲げた。


月明かりが一瞬だけ濃くなる。

空気が、冷える。


次の瞬間。


三人の周囲に、霜が降りた。


足元の石畳が白く縁取られ、しずくの髪先、ほのかの指先、ミコトの袖口に、細かな霜がまとわりつく。

肌が痛いほど冷たい。


システムウィンドウが、無慈悲に開く。


状態異常:凍傷

移動速度低下(中)

スタミナ消費増加(小)


「…っ、動きが…!」


しずくが一歩踏み出す。

足が重い。関節がぎしぎしする。

まるで水の中を歩いてるみたいに、身体が遅れる。


ほのかも、弓を構える動作が一瞬遅れた。


「え、なにこれ!こんなの聞いてない!」


ミコトは唇を噛む。


「夜の魔法…?いえ、これは…」


コメント欄も大混乱だ。


『なにそれ!?』

『凍傷? 2層で?』

『こんな動き初めて見たぞ』

『夜の魔法か?かなり高位じゃね?』

『月で強化されてる?』


シャーマンが低い声で、何かを唱えた気配がした。

空気の冷たさが“刃”みたいに鋭くなる。


そして、ゴブリンリーダー。


棘付きこん棒を引きずりながら、しずくの目の前まで来る。

月明かりの下で、その棘がいやに光って見えた。


しずくは杖を握り直し、バックラーを前に出す。

魔術型でSTRは落ちてる。でも、HPは高い。


多少の被弾は耐える。問題は直撃だ。


リーダーがこん棒を振り上げる。

凍傷で、しずくの反応が一拍遅れる。


(間に合わな…)


銀縁バックラーが、ふっと淡く光った気がした。

ここだと、タイミングを教えるみたいに。


しずくは半歩だけ踏み込み、盾を合わせる。


乾いた金属音。

棘付きこん棒が盾に弾かれ、リーダーの体勢がわずかに崩れる。


しずくはすかさず、杖に魔力を集めた。


《マジックブロウ》


杖先が淡く光り、殴打の衝撃が魔力を纏って胸を打つ。

リーダーが唸って、半歩下がった。


でも、凍傷がじわじわ効く。

足が追いつかない。呼吸が冷える。指先が痛い。


ほのかが援護に矢を放つ。

狙いはシャーマン、凍傷の元凶。


「当たれっ!」


《ダブルショット》


矢は一直線に飛ぶ、はずだった。


シャーマンの周囲に、月の光を纏う膜が展開される。

薄い、半透明のヴェール。月明かりが盾になっているみたいな。


矢は膜に触れた瞬間、威力が削がれたように弾かれ、石畳に転がった。


「は!?なにそれ!?」


『バリア?』

『月光シールドやん』

『弓殺しやめろ』

『これマジで2層か?』


ほのかが歯を食いしばり、腰のホルダーへ手を伸ばす。


「じゃあ近づいて、踊り子の双剣で!」


抜けない。


いつもならすっと抜ける双剣が、ホルダーに貼り付いたみたいに動かない。

まるで、双剣そのものが怯えているみたいに。


「え…ちょ、なんで!?」


ほのかが焦ってもう一度引く。

それでも抜けない。刃が震える気配すらない。


しずくは、目の前のリーダーを捌きながら、背筋がぞくっとした。


(…怖がってる?武器が?)


リーダーの二撃目。

凍傷のせいで、しずくの身体が遅れる。


その瞬間、また耳元に声。


【やばい?】


本当に、ただそれだけ。

やる気のない声なのに、背中が冷える。


同時に、銀縁バックラーが“勝手に”動いた気がした。

しずくの意思より早く、盾が角度を変える。


今度は完璧なパリィ。

棘付きこん棒が弾かれ、リーダーが大きく体勢を崩す。


しずくは息を呑む。


(いまの…私じゃない)


ミコトが回復の詠唱に入る。

ヒーリングの光が、凍傷で固まった筋肉にじわりと温度を戻す。


「しずくさん、無理をしないで。動きが鈍い分、受け損ねが致命傷になります」


「…うん」


しずくは答えながら、視線だけでシャーマンを追う。

近づきたい。止めたい。

でも、リーダーがしずくへ張り付いて離れない。狙いが明確すぎる。


その時。


ミコトが、ふっと動きを止めた。


シャーマンの杖。杖を掲げる角度。

そして、月。


「あれ…」


ミコトの声が、震えている。

しずくも、ほのかも、つられて月を見上げた。

さっきまで見えていた半月が…違う。


月の表面に、無数の黒い点。

汚れじゃない。模様でもない。

“裏側”みたいに、穴だらけに見える。


ミコトが、確信したように呟く。


「あれは、月の…裏側」


ほのかが目を見開く。


「は?月って裏見えないでしょ普通…」


ミコトは続ける。理屈じゃなく、直感が先に出ている。


「本来、こちらに姿を晒さないはずの面です」

「シャーマンが、月とここを繋いでる。だから凍傷が…」


コメント欄も、遅れて気づき始める。


『あの月、なんかおかしくね?』

『裏面見せてない?』

『穴だらけやん』

『月、演出じゃなくて“ギミック”なのか?』


闘技場の空気が、さらに冷たくなった


シャーマンが再び杖を掲げる。

月光の膜が厚くなる。霜が増える。


そして、ゴブリンリーダーが、

棘付きこん棒を持ち直し、ずるりと一歩踏み込んだ。


しずくの銀縁バックラーが、また微かに光る。


(次、来る)


三人の視線が、同時に“戦場”へ戻る。

月の裏側が見下ろす闘技場で、ボス戦はまだ中盤にも届いていなかった。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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