第35話 銀縁のバックラー
三日目。
授業の終わりが、いつもより遅く感じた。
しずくは黒板の文字を見ているふりをしながら、頭の中はずっと同じことを考えていた。
(相棒…銀盾)
放課後、図書準備室。
スマホが震える。協会からの通知。
件名:装備受け取りのご案内
しずくが指を滑らせて開く。
太田様が、本日夕方に強化済み装備を持参されます。
受け取りは探索者協会カウンターにてお願いいたします。
しずくの心臓が、どくんと鳴った。
「きた…」
声が漏れた。
ほのかが即、横から覗き込む。
「え、来た!?盾!?」
ミコトも席を立つのが早い。
「夕方、協会ですね」
では、直接受け取りで。
書類(許可証)も持って行きましょう
ほのかが笑う。
「よし!今日、盾の帰還祭り!」
しずくは頷く。
頷きが、いつもより大きい。
「行く!」
協会のカウンター前。
夕方の時間帯は人が多い。
でも、しずくはそわそわして、落ち着かない。
受付嬢が気づいて、少しだけ口元を緩める。
「来た?太田さんのやつ」
しずくが小さく返す。
「来るって…」
ほのかが身を乗り出す。
「どんな感じになったと思う!?」
受付嬢が肩をすくめる。
「あの人は、言うこと聞く盾にするって言ってた」
「彼がそう言うなら、たぶんマジで変わる」
ミコトが静かに言う。
「重要なのは感触です」
「性能が上がっても、しずくさんが扱えないと意味がない」
「…でも、太田さんなら癖も調整しているはず」
しずくは前髪の奥で、こくりと頷いた。
(私の盾…戻ってくる)
その時、入口の自動ドアが開いた。
太田源三が協会に入ってくる。
片手に、細長い布包み。
その歩き方だけでわかる。
重さを理解している持ち方。道具を扱う人間の手。
受付嬢が少しだけ姿勢を正す。
「来たわね」
ほのかが息を呑む。
ミコトが、許可証を手に持つ。
しずくは、前髪の奥で目を見開いた。
ついに、強化された銀縁バックラーとの再会。
協会の奥。
いつもの喧騒から離れた、訓練室。
受付嬢が鍵を開けながら言う。
「ここがいいかな?感触も確かめれるし」
源三は無言で入って、机の上に布包みを置いた。
小さく、しかし重みのある音だ。
その音だけで、しずくの胸がぎゅっとなる。
ミコトが許可証を差し出し、手続きの確認を済ませる。
ほのかは椅子の背に手を置いて、落ち着かない。
しずくは直立不動に近い姿勢で、包みを見つめていた。
(戻ってきた…)
源三が布を解く。
さらり、と布が滑って。
銀縁バックラー。
いや。
銀縁というより、縁が淡い光を帯びている。
強すぎない。
でも、確かに光っている。
呼吸みたいに、うっすらと。
ほのかが声を漏らす。
「うわ…なにこれ…かっこよ…」
ミコトも目を丸くする。
「魔力の帯び方が均一です。加工が綺麗…」
しずくは、触れる前に言葉が出た。
「光ってる」
源三が腕を組んで、短く言う。
「ミスリル補強だ。派手に光らせたわけじゃねえ。余計な主張は邪魔になる」
「受け流し、楽になっとるはずだ」
しずくがそっと手を伸ばし、盾を持つ。
軽い。
持った瞬間にわかる。
重さじゃない。
重心が変わっている。
左手に自然に収まる。角度が勝手に決まる。
(…あ)
しずくの指が、握りの位置を探さなくても、ぴたりと決まった。
「合う…」
源三が、当然の顔で頷く。
「握りの角度を少し弄った」
「嬢ちゃん、手首が固い。だから盾が先に喋るようにした」
ほのかが笑う。
「盾が喋るって何w でもわかる、なんか“しずく専用感”ある」
ミコトが確認する。
「魔法耐性については?」
「ミスリルだからな。魔法に対しても、わりかし耐性ついた」
「魔力を通しにくくしてある。完全じゃねえが、無いよりはずっとマシだ」
しずくの背中がぞくっとする。
(魔法…)
いずれ来る。
下層ほど、そういう敵は増える。
ほのかが腕を組んでうなずく。
「中級装備の理由、ちゃんとあるんだね」
源三は机を指で叩く。
「試してみろ」
「受け流しの滑りと、パリィの入りが変わってるはずだ」
受付嬢が部屋の隅から、練習用の木剣を出してきた。
「ほら。太田さんがやるの?それとも?」
源三が鼻で笑う。
「先輩の孫に、俺が殴りかかるわけねえだろ」
忠義がいないからこその言い方。
ほのかが木剣を持ち上げる。
「じゃ、私が軽く打つ。しずく、受け流しだけね」
「当てない、怪我しない、約束」
しずくは盾を構えた。
縁の光が、ほんのり揺れる。
(これが私の盾)
訓練室の空気が、少しだけ張りつめる。
ほのかが木剣を軽く構えて、距離を取った。
「いくよ。ほんとに軽くね」
しずくは頷く。
盾を構える。
構えた瞬間。
(あ、やばい)
手首が勝手に、楽な角度に落ちる。
左肩が上がらない。腰が自然に入る。
「佐倉さんの姿勢が、綺麗になってます」
源三は腕を組んだまま、短く。
「そうなるようにした」
ほのかが一歩、踏み込む。
木剣が振られる。
しずくは、受けるんじゃない。
流す。
音が違う。
金属を叩く音じゃない。
滑っていく音。
ほのかが目を見開く。
「え、なにそれ。今、全然重くなかったでしょ?」
しずくは、言葉が遅れた。
「うん…」
二撃目、三撃目。
しずくは、どれも受け流せる。
いつもなら、どこかで手首が遅れる。
肩に力が入る。息が詰まる。
でも今日は違う。
(呼吸が楽)
盾の縁が、うっすら光る。
呼吸。
吸って、吐いて。
吐くタイミングに、盾が落ちる。
吸うタイミングに、盾が上がる。
しずくの中に、確信が生まれる。
(これ…)
ほのかがもう一度、少し速く打つ。
「じゃ、もうちょいだけ速く!」
しずくの呼吸が一瞬乱れる、その瞬間。
盾が、ほんの少しだけ先に角度を作った。
間に合う。
流れる。
(…え)
しずくは、自分で自分に驚いた。
「今…盾が先に動いたように見えました」
源三が鼻で笑った。
「嬢ちゃんの癖と呼吸を拾ってる、先回りする盾だ」
「言ったろ。盾が喋るって」
しずくは、盾を見下ろして、ぽつりと言った。
「これ…すごい…」
言葉が、勝手に出た。
そして、胸の奥から、もっと本音が出る。
「私の呼吸に…合わせてくれる」
ほのかが、木剣を下ろして言った。
「それ、最強じゃん」
「装備が自分に馴染むって、こういうことなんですね」
源三は、照れ隠しみたいに言い捨てる。
「嬢ちゃんの命預かる道具だ。合わねえ方が失礼だろ」
しずくは、盾を胸に抱えるように持った。
重さは変わらないはずなのに、
今は少しだけ軽い。
(おかえりなさい、相棒)
協会を出る頃には、もう夜の匂いがしていた。
ほのかが歩きながら言った。
「…ねぇ。明日」
しずくが小さく頷く。
「うん…」
ミコトも頷く。
「放課後、行けます」
ほのかがニヤッと笑う。
「よし。2層のボス、行こ」
しずくの心臓が、どくんと鳴る。
(ボス…)
でも、盾がある。
ミコトはキュアを覚えた。
ほのかの弓は強い。
三人なら行ける。
きっと勝てる。
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