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第32話 銀盾

放課後。

駅前のロータリーは、人と音でいっぱいだった。

制服。部活帰り。買い物袋。改札の電子音。


しずくは柱の影に立って、視線を泳がせる。

ほのかは柱の前で、立っている。

ただ、それだけで目立つ。“陽キャの目印”は助かる。


ミコトは、きっちりした姿勢で二人の横に立っていた。

図書準備室とは違う、外の空気。

少し緊張しているのが、わかった。


そして、来た。


人混みの向こうから、歩いてくる老人が一人。


背筋が伸びている。歩幅が一定。


佐倉忠義。


駅前の喧騒の中にいるのに、そこだけ空気が違う。

道が自然と空く。誰もぶつからない。


ミコトの目が、すっと細くなった。


(この方…)


言葉になる前に、身体が反応した。


呼吸が整う。背筋が伸びる。

無意識に、足の位置が変わる。


相手が強い時の姿勢。


ミコトは、心の中で確信する。


(このひと⋯すごく強い)


ほのかも、気づいたのか小声で言う。


「しずくのおじいちゃん、今日も圧あるね」


「うん…」


忠義は三人の前で立ち止まり、しずくを見てから、ほのかに目を向けた。


「神宮ほのか君。いつも、しずくを助けてくれて感謝する」


ほのかがびしっと頭を下げる。


「はい!こちらこそ、しずくに助けられてます!」


忠義が短く笑った。


「うむ。良い返事じゃ」


そして忠義の視線が、ミコトへ移る。


ミコトは一歩前に出て、完璧な角度で頭を下げた。


「白澤ミコトです。しずくさんと、神宮さんとパーティーを組んでおります。

本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


忠義は、ほんの一瞬だけミコトを見た。


目、立ち方。声の張り。

心拍の乱れの無さ。


全部見られている感覚。


「白澤君」


忠義が頷く。


「礼儀が良い。それと——」


ミコトの背筋が、さらに伸びる。


「良い目をしておる。逃げない目じゃ」


ミコトは息を呑んだ。


(全部見られてる)


しずくが小声で付け足す。


「ミコト…強い…よ」


ミコトが小さく首を振る。


「私は…戦えません。けれど」


そして、忠義を見て、正直に言った。


「佐倉さんのお祖父さまは、“本物”です」


ほのかが小声で笑う。


「わかる。なんか“本物”だよね」


忠義は照れもせず、当たり前の顔で言った。


「行くぞ。話は歩きながらでいい」


「了解!」


ほのかが元気よく返事をして、しずくは小さく頷く。


ミコトは、忠義の背中を見ながら歩き始める。


人混みの中でも、あの背中だけは迷わない。

迷いがない。


ミコトの直感は、外れない。

(何かある、上手く言葉にできない何かが)



協会の窓口。


ミコトが書類を揃え、ほのかが印鑑(保護者同伴の書類)を確認し、忠義が最後に署名する。


受付嬢は慣れた手つきで紙を捲り、要点だけを読む。


「用途:修理・強化のための一時持ち出し」

「対象:銀縁バックラー。搬送先:太田源三、提携鍛冶師


受付嬢がスタンプを押した。


紙が一枚、正式な形になった瞬間。

しずくの胸が、少しだけ軽くなる。


「太田さんには連絡済みだから、すぐにでも大丈夫よ」


忠義が満足げに頷く。


ほのかが片手を突き上げる。


「じゃあ、行こう!」


ミコトも手をあげる。


しずくは胸の前で小さく拳を握りしめた。



駅前から少し離れた場所。

古い商店街の裏手に、妙に熱を感じる一角があった。


鉄の匂い。油の匂い。

焼けた空気。


看板は小さい。

でも、入口の扉だけがやけに頑丈で、傷だらけ。


忠義が迷いなく戸を開ける。


がらがらと鈴が鳴った。


中は、思ったより整理されていた。

工具は整列。素材は棚に分類。

ただし、空気が硬い。


そして、出てきた。


太田源三。

御年58歳。


腕が太い。指も堅そうだ。

背は高くないのに、圧がある。


白髪混じりの短髪。目つきが職人のそれ。


ミコトがまた直感で思う。

(この人も…忠義さんと同じ…?)


源三は三人を一瞥して、真っ先に忠義を見た。


「先輩か」


声が低い。挨拶が短い。

でも、ちゃんと“先輩”と言った。


忠義が笑う。


「源三。久しぶりじゃな。元気そうで何よりだ」


「元気じゃねえと鉄が叩けねえよ」


頑固。

でも、どこか照れが混じる。


忠義が紹介する。


「孫のしずくじゃ。こっちは神宮ほのか君」

「それと、白澤ミコト君。パーティのヒーラーじゃ」


源三の目が、しずくの盾に落ちた。


人じゃなく、まず道具を見る目。


そして、ミスリルの包みへ。


「ミスリルか」


空気が、少しだけ変わった。


ほのかが小声で言う。


「うわ、目がガチになった」


「職人…」


ミコトは一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「白澤ミコトです。本日は盾の強化相談で伺いました」

「素材はミスリル鉱石で、強化後に残る分は提供可能です」


源三は、ミコトを見ずにミスリルだけ見たまま言う。


「話が早いな」


忠義が腕を組んで言う。


「源三は腕はいい。だが面倒くさい。まあ、わしの後輩だからな」


そうだよねと三人が頷く。


「余計なこと言うな、先輩」


ほのかが小声で笑う。


「後輩が先輩にキレてるの初めて見た」


ミコトは、内心の評価を固める。


(頑固。でも、無駄がない)

(お父様が話してた、武具の声が聞こえる人)


源三が、ようやくしずくを見る。


「嬢ちゃん。盾」


しずくは慌てて銀縁バックラーを差し出す。


「こ、これ…大事な相棒…です」


源三は受け取らない。

手を伸ばさず、目だけで見る。


「使い方が分かってる傷だな」


しずくの心臓が跳ねた。


(見ただけでわかるの…?)


「頑固で悪いが、オーダー聞く前に一つ言う」


空気が締まる。


「盾は硬くするだけじゃダメだ。嬢ちゃんの戦い方に合わせる必要がある」

「受けか、流しか、弾きか。どれだ」


忠義がニヤッとする。


「ほれ、源三。いいこと言うじゃろ」


「黙れ先輩」


しずくは、前髪の奥で小さく言った。


「流して…パリィして…崩す」


源三の目が、一瞬だけ、面白そうに細くなる。


「よし。話、聞こうか」


頑固な鍛冶師が、初めてこちらを見た。


銀縁バックラーが、作業台の上に置かれる。


源三が指で縁をなぞり、角度を変え、裏面も見る。

叩き傷。擦れ。

戦い方の履歴を読むみたいに。


「よし。縁をミスリルで補強して滑りを作る」

「受け面は硬くしすぎない、遊びを持たせる」

「弾き返すより、崩す盾にする」


ほのかが小声で言う。


「めっちゃしずく向き」


「はい。しずくさんの崩してから止めが活きます」


源三は最後に、ミスリルの包みを量るように手に取り、短く言った。


「納期は、三日後」


「え、早っ!」


ほのかが声を上げる。


ミコトが驚きつつも、すぐ確認する。


「三日後…放課後に受け取り可能ですか?」


源三が頷く。


「三日後の夕方までに協会へ納品する。それまで俺は寝ない」


「寝て」


ほのかが即ツッコミ。


「分かった、寝る」


(寝るんだ)


しずくはほっとした。


盾は、源三の手に渡った。

あとは待つだけ、じゃない。


三日間。


盾がない間、ダンジョンはどうするか。

配信はどうするか。


でも、今は。


しずくは、作業台の上の銀縁バックラーを見て、ぽつりと言った。


「お願い…します」


源三は、顔を上げずに言った。


「任せろ」

「嬢ちゃんの盾、もっと言うこと聞くようにしてやる」


短いけど、これまで共に戦ってきた。

離れるのは少し辛いけど、また会える。


”また”


これまでのしずくにはなかったもの。


でも、いまはある。


ほのか、ミコト、そして相棒。


「またね…相棒」


銀の縁が微かに光った気がした。


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