第18話 また明日
協会ロビーは、妙に静かだった。
受付嬢がこちらを見て、目を見開く。
しずくじゃない。隣の男を見てだ。
佐倉忠義。
背筋が真っ直ぐで、歩く音が少ない。
場が変わるタイプの人間。
ほのかも今日は髪を結いあげて、変に礼儀正しい。
しずくは前髪の奥で息を整える。
受付嬢が小声で言った。
「忠義さん…?」
忠義は軽く頷く。
「久しいな」
受付嬢の顔が「うわ本物だ」みたいなやつになる。
しずくはその反応で、祖父が本当に有名だったと知る。
面談室へ案内される。
扉の前で忠義が言った。
「しずく。覚えておけ。今日は話し合いではない。確認だ」
「確認…」
「ここで決めない」
ほのかが小さく頷く。
「はい」
扉が開く。
企業の担当者。
机の上には資料ファイル。
忠義が入った瞬間、協会側も企業側も反射で立ち上がった。
協会の管理職が姿勢を正す。
「佐倉忠義様。お越しいただきありがとうございます」
忠義が静かに手を上げる。
「敬語はいらん。現場の人間でいい」
「承知しました。佐倉さん」
企業の担当者も名刺を差し出す。
「横芝アームズ、技術開発部の黒田です。本日はご足労頂きありがとうございます」
忠義は名刺を受け取り、目を落とし、しまう。
それだけで圧がある。
「用件は双剣の借用だな」
黒田が笑顔を作る。
「はい。非破壊検査、協会立会い、短時間の…」
忠義は遮らない。最後まで聞いた。
そして、短く言う。
「書面は?」
「え?」
「条件をまとめた書面だ。責任範囲、保険、補償、情報管理、返却期限、違反時の罰則。少しだけと言うなら、なおさら文章にしろ」
黒田の笑顔が、わずかに引きつる。
「もちろん用意は…」
忠義が机を指で軽く叩く。
「今ここに無いなら、話は進まん」
ほのかが、内心で(強すぎ)って顔をしている。
しずくは(おじいちゃんすげえ)って顔をしている。
「現物は協会施設内でのみ。持ち出しは不可。分解・改変は不可。観察して危険性の評価が目的なら、それで足りるはずだ」
「しかし、戻り挙動やスキルの詳細は、実際に使用しないと」
「使用はしない」
「使用が必要なら、それは研究だ。研究なら、倫理と責任が必要だ。未成年の装備でやる話じゃない」
管理職が追撃する。
「協会規定でも、ダンジョン外での使用は禁止です。施設内でも使用に該当する場合は不可となります」
「では、計測可能な範囲で。例えばCT、磁気計測、材質分析等」
忠義が首を縦に動かした。
「そこまで。ただし条件がある」
黒田が身を乗り出す。
「何でしょう」
忠義が指を一本立てる。
「情報の秘匿」
「この装備の存在・性能・推定価値を、外部へ出すな」
「社内でもアクセス権を限定し、協会に監査可能な形にしろ」
黒田が息を呑む。
「監査…」
「やる気があるならできる。やる気がないなら、この話は終わりだ」
空気が凍る。
しずくは心の中で(やばい)と思った。
でも、忠義が前に立っている。盾だ。
ほのかがこっそり、しずくの袖をつまんだ。
忠義が次の指を立てる。
「二つ。本人の意思。しずくが“嫌だ”と言えば終わり」
「今、確認する。しずく、どうだ」
全員の視線が、しずくに集まる。
喉が固まる。
声が出ない。
でも、ここは決めてきた。
しずくは一拍置いて、前髪の奥から言った。
「今は…貸すのは…こわい」
小さいけど、言えた。
忠義が頷く。
「聞いたか。現時点で貸与は無しだ」
黒田が慌てて言う。
「もちろん、即決は求めません。将来的に…」
「将来の話も、書面だ。条件が揃い、こちらが納得したときにのみ検討する」
「協会としても同意します。まずは安全確保と情報管理を優先します」
ほのかが小さく手を挙げる。
「質問いいですか。しずくのローグライクって、パーティ共有できるようになってるんです」
「つまり双剣は私が使う可能性もあるんです。そういう運用は問題ないですか」
管理職が頷く。
「ダンジョン内での使用なら、規定上は問題ありません」
忠義がほのかを見る。
「神宮ほのか。使うなら覚悟しろ。狙いはしずくだが、装備を握る者も狙われる」
ほのかが真顔で頷く。
「はい」
最後に忠義が、机の上に手を置いた。
「今日の結論は、貸さない。売らない。決めない」
「承知しました。本日の議事として記録し、関係者に共有します」
黒田は、笑顔を作ったまま息を吐いた。
「…分かりました。提案書を整え、改めて協会窓口へ提出します」
忠義は短く言う。
「それでいい」
面談室を出る。
廊下に出た瞬間、しずくの膝が少しだけ抜けた。
戦闘後みたいに。
ほのかが耳元で囁く。
「しずく、今の、ガチで強かった。喋ったの、偉い」
「…し、死ぬかと思った…」
忠義が振り返らずに言う。
「死なん。これからが本番だ」
怖い。
でも、頼もしい。
協会を出ると、夕方の空が少し赤かった。
ロビーの息苦しさが嘘みたいに、外の風が軽い。
でも、しずくの体はまだ固い。
面談室の視線が、頭の奥に残っている。
歩道を三人で並んで歩く。
忠義が真ん中を歩くわけじゃない。
少し前を、淡々と歩く。
背中が大きい。
沈黙が続いたあと、忠義がぽつりと言った。
「…まあ、何かあればワシが出る」
それだけ。
でもその言葉は、盾だった。
しずくの肩が、ふっと下がる。
ほのかも思わず息を吐いた。
「…ありがとうございます。ほんと助かります」
忠義は振り返らずに、短く言う。
「礼は要らん。保護者の仕事だ」
保護者。
その単語が、今日はすごく頼もしく聞こえた。
「おじいちゃん…」
「ん?」
「…ありがとう」
忠義は歩きながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「しずく。お前は弱くない。喋れないのは弱さじゃない。必要な時に声が出るなら、それで十分だ」
しずくは前髪の奥で、こくんと頷いた。
曲がり角で、忠義が立ち止まった。
「では、ワシはここで」
ほのかが深く頭を下げる。
「今日はありがとうございました!」
忠義は頷いて、ほのかの方へ“軽く”頭を下げた。
それだけで、空気が変わる。
武人の礼。重い。
ほのかが、慌ててさらに深くお辞儀した。
「…ほのか君」
「は、はいっ!」
「しずくを頼む」
言葉はそれだけ。
でも頼むの中身が、ずしりと詰まっていた。
守ってくれ、ではない。
甘やかしてくれ、でもない。
一緒に立て。
その意味に聞こえた。
ほのかは一拍置いて、真顔で頷いた。
「…任せてください。私、しずくの友達です」
忠義は満足そうに「うむ」とだけ言い、家の方へ歩き出す。
背中が遠ざかる。
しずくはその背中を見送りながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
(おじいちゃん、ありがとう)
(ともだち…)
そして隣には、ほのかがいる。
ほのかが笑って、軽く肩をぶつけた。
「また明日から、頑張ろうね!」
しずくは小さく頷いた。
“また”がある。
“明日”がある。
もう真っ暗じゃない。
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