第16話 お日様となめくじ
朝、もぞもぞとベッドから這い出し、スマホを手に取る。
(まさに…なめくじ…)
開いた瞬間、通知が一つだけ重い色をしていた。
件名:探索者協会よりご連絡
本文:佐倉しずく様
お世話になっております。探索者協会です。
お話がございますので、ご都合のよい日に、お時間をいただけますでしょうか。
保護者の方同伴でお願いします。
場所:探索者協会面談室
※詳細は当日ご説明いたします。
「お話…」
胸が冷える。
面談室。詳細は当日。
怖いワードしかない。
(双剣のことだ)
分かってるのに、手が震える。
私は、そのままほのかにL〇NEした。
協会からメールきた。話があるって。
既読が一瞬で付いた。
ほのか:きたか〜〜!!
大丈夫。絶対一人で行かない
うちも行く
てか、話って双剣の件で確定じゃん
深呼吸しとこ!(^^)!
「一人で行かない…」
その一文で、呼吸が戻った。
私はちょろい。
ほのか:協会は敵じゃない(たぶん)
変なこと言われたら持ち帰りますでOK
うちが横で言うから!
“横で言う”
その言葉が、盾みたいだった。
教室に入った瞬間から、空気が違った。
ざわざわ。
私に向く視線が、今までとは比べ物にならない。
(やばい…なんか…話してる…)
聞こえる単語だけで分かる。
「踊り子の双剣」
「戻るやつ」
「風属性」
誰かがスマホを見せながら言っている。
切り抜き。
動画。
字幕で大きく「踊り子の双剣」。
「すげええええ!」
「マジであれ現実にあるの?」
「神じゃん」
「てかデザイン可愛くね?」
「え、あれ女子ウケするやつ」
一部の女子が、完全に“武器をアクセ”みたいに見て騒いでいる。
刃物なのに。ダンジョンの中の話なのに。
(学校、こわ…)
私は席に着いて、前髪の奥に隠れる。
心臓がうるさい。
(バレてない、まだバレてない…)
でも、話題が教室にあるだけで怖い。
その時、ほのかが入ってきた。
いつも通り、中心みたいに。
でも今日は、私の席を一瞬だけ見て、小さく頷く。
(…来た)
ほのかが近づいてくる。
教室のざわめきが、また少し変わる。
「神宮、今日も佐倉のとこ行く」
「やっぱ知り合いなんだ」
やめて。
私のHPが削れる。ここに銀盾はない。
ほのかが、私の机の横にしゃがんで、小声。
「メール、見せて」
私はスマホをそっと差し出した。
ほのかが目を走らせて、すぐに顔を上げる。
「うん。面談ね。ほぼメーカー絡み。たぶん『ちょっと貸して』ってやつ」
「こわい…」
「大丈夫。貸さない。てか、しずく」
ほのかがにっと笑った。
「学校で双剣、めっちゃ人気だよ。女子が“可愛い”って言ってるのやばくない?」
「可愛い…?」
「うん。ほら、風の刻印とか、刃のラインとか。あれ、デザインセンスある」
私は意味が分からなくて、でもちょっとだけ嬉しい。
(私が引いた武器が、可愛いって言われる)
(それって…なんか…)
ほのかがさらに小声で言う。
「今日放課後、寄り道しよ。作戦会議。ファミレスでもいいし、静かなとこでも」
「うん…」
頷けた。
会釈じゃない。ちゃんと“うん”が出た。
ほのかが立ち上がって、私の頭をぽん…とする寸前で止めた。
距離感を守るやつ。
「じゃ、今日は守りで行こ。うちが前に出て、しずくは後ろ。いつもの逆」
チャイムが鳴る。
授業が始まるのに、私はずっとスマホのメールが頭から離れない。
“お話があります”
その言葉の正体が、怖い。
でも。
(ほのかが一緒なら、行ける)
昨日のボスより怖いのは、人間かもしれない。
でも私は、もう一人じゃない。
放課後。
教室のざわめきから逃げるみたいに、私はほのかの後ろを歩いた。
「大丈夫、静かなとこ」
ほのかはそう言って、駅前の大通りを外れた。
人の流れから外れるだけで、呼吸が少し楽になる。
細い路地。
古い建物。
小さな看板。
【喫茶 こもれび】
扉を開けた瞬間、コーヒーの匂いがふわっと広がった。
甘くなくて、落ち着く匂い。
店内は静かで、席は数えるほど。
客も少ない。
カウンターの奥に初老のマスターがいて、新聞を畳んで顔を上げた。
「いらっしゃい」
声が低くて、優しい。
趣味でやってる店の、余裕のある声。
ほのかが軽く手を上げる。
「マスター、二人。いつもの奥、空いてる?」
「空いてるよ。どうぞ」
まるで常連。
ほのか、こういうとこ強い。
私はちょろいので、ほのかが頼れる人に見えて、ちょっと安心する。
奥の席は、壁と窓に挟まれた小さなボックス席だった。
外の音が遠い。
教室のざわめきが嘘みたい。
ほのかがメニューを開きながら言った。
「ここ、知る人ぞ知る店。学校の連中、あんま来ない」
「いい、匂い…」
「でしょ。コーヒー美味しいの」
マスターが水を置いて、ゆっくり聞く。
「いつもの?」
「うん、ブレンド。しずくは?」
ほのかが私を見る。
注文を委ねてくれるのに、急かさない目。
私はメニューを見て、指でそっと示した。
「カフェオレ…」
ほのかが笑う。
「かわいい。おっけ」
「かわいいって言うな…」
「言う」
即答。ひどい。
でも悪意がない。
マスターが「はいよ」と頷いて、ゆっくりカウンターへ戻った。
静かな足音。カップを温める音。
落ち着くBGM。
数分後、カップが置かれる。
湯気。
深い香り。
一口飲んだ瞬間、舌がほっとする。
「おいしい…」
ほのかが得意げに頷いた。
「でしょ?」
私はちょろい。
この店を知ってるだけで、ほのかがもっと好きになる。
「よし。作戦会議」
「うん…」
ほのかは指を折っていく。
「協会の面談。目的はたぶん二つ」
「二つ…」
「ひとつ。双剣の扱い。安全性、登録、保管、売却の意思確認」
私は頷く。
受付嬢の言葉を思い出す。
「もうひとつ。メーカー絡み。『貸して』って言う可能性が高い」
私は喉が鳴った。
「取られる…?」
「取られない。取らせない。だってそれ、しずくのもの。パーティ共有って言っても所有者はしずくだし」
ほのかの言い切りが強い。
それだけで、心臓が落ち着く。
「でも、相手は大人。言い方が上手い。だから」
ほのかが、真面目な顔で言う。
「こっちも、大人に投げる。保護者同伴なんだよね。パパかママにしずくの意志を伝えておけばいい」
「両親…海外…」
「え?しずく、一人暮らし?」
「お、おじいちゃんが…」
「なるほど、祖父が保護者か」
「結論から言うと 今の保護者(祖父)に相談、 が正解」
「…でも…おじいちゃん、ダンジョンとか、配信とか…理解できるかな…」
ほのかが机に肘をついて、指を折りながら言う。
「理解できるかは後でいい。協会が言ってる保護者同席は、法律的に責任持つ人って意味だから。今の保護者が祖父なら、祖父が一番」
「…お父さんとお母さんは…?」
「もちろん“報告”はした方がいい。海外でもL〇NEもメールでもできるし。
でも順番は、①おじいちゃん→②両親 が安全」
しずくがもじもじする。
「…おじいちゃんに…なんて言えば…」
ほのかが即答する。
「短く、事実だけ。感情は後で」
「協会から呼ばれて、装備のことで企業が関わってきた。保護者として同席が必要になりそうって」
「…こわがらせない…?」
「こわがらせるかどうかより、隠す方が危ない。相手が企業で“ン百万”の話も出てるんだよ?家族の大人を巻き込まないと守れない」
しずくは黙って頷いた。
ほのかが少しだけ柔らかい声になる。
「あと、もし両親と連絡が取りやすいなら、同じ日に、こういう状況って送ろ。
おじいちゃんが一人で抱えると大変だから、両親にも後ろ盾になってもらうのがいい」
しずくが小さく言う。
「…じゃあ…まず、おじいちゃん…」
「うん。で、うちも一緒に説明していい?しずくが言いにくいなら、うちが“要点”だけ話す」
「ほのか…ありがとう」
ほのかは笑った。お日様みたいに眩しかった。
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