第15話 ファンタジー装備
ゲートを抜けると、現実の照明がやけに白く見えた。
ボス部屋の熱と緊張が一気に引いて、足が少しふらつく。
でも、手の中の重みだけは現実だった。
踊り子の双剣。
ロック済み。パーティ共有可。
ほのかの視線が何度もそこに吸い寄せられている。
嬉しいのが隠せてない。かわいい。好き。私はちょろい。
受付カウンターに行くと、例の受付嬢がいつも通り「おかえりなさい」と言いかけて。
私たちの回収品を見た瞬間、顔が固まった。
強化素材。大きめの魔石。
そして、双剣。
「…え」
受付嬢の声が、完全に素になった。
「え、なにその双剣」
ほのかが一瞬だけ照れて、でも若干どや顔で言う。
「ボスのローグライクドロップ」
受付嬢が双剣を見ただけで分かるみたいに、息を呑む。
「ロ、ログ確認…」
無言で端末を操作する音だけが響く。
震えながら、彼女が顔を上げた。
「そんなの、どのメーカーも作ってないというか…作れないよ!」
「作れない?」
「無理無理。形状も素材も…ていうか“戻る”って何!投げて戻るって何!完全にファンタジー装備じゃん!」
受付嬢が両手でこめかみを押さえる。
「え、ちょっと待って、見せて」
端末を叩く音が速い。
速いのに、手がわずかに震えてる。
受付嬢の目が泳ぐ。
「…やば」
小声が漏れた。
プロが小声で“やば”って言う時は、本当にやばい。
受付嬢が顔を上げて、目がギラっとした。職業人の目。
「たぶんオークション出したら、ン百万は確実に超える」
「ん、んひゃく…?」
私の声が変な裏返り方をした。
ほのかが思わず口元を押さえる。
「ン百万…」
「確実。だって再現不能。唯一品。しかもボス強化個体のドロップ。『ダンシングソード』とかいうスキル付き?風属性?…もう意味分かんない」
言いながら、受付嬢は私の手首をちらっと見る。
祝福の紋。
また“上”がざわつくやつ。
「…佐倉さん、ちょっと」
受付嬢が声を落とす。
「こういうの持ってると、マジで目をつけられる。協会の上だけじゃなくて、企業とか、コレクターとか、悪いのとか。配信してるなら特に」
私は喉が詰まって、頷くしかできなかった。
ほのかがすぐに前に出る。
「顔バレはしてない。学校でもまだ。多分」
受付嬢がため息をついた。
「なら、なおさら今のうちに身の守り方を覚えて。情報の守り方も。…それと」
「売るにしても、持つにしても、絶対ひとりで判断しないで。保護プランとか相談窓口とか、あるから」
保護。相談。
それはもう、普通の高校生の単語じゃない。
私は背中が冷えた。
同時に、胸の奥に別の感情もある。
(私、すごいの、引いたんだ)
怖いのに、嬉しい。
矛盾。コミュ障の生態。
ほのかが、私にだけ聞こえるくらいの声で言う。
「しずく。売らないよね?」
私は即答できなかった。
お金は魅力だ。ほのかの家計のこともある。
でも。
私は祝福を見て、銀盾のロックを思い出して、そして昨日の「また明日」を思い出した。
(売ったら、終わる気がする)
装備だけじゃない。
今の私たちが、崩れる気がする。
私は小さく、でもはっきり頷いた。
「売らない」
ほのかが、ほっと笑った。
「うん。うちも、そう思う」
受付嬢が、最後にいつもの顔に戻って言った。
「とりあえず、おめでとう。1層ボス強化を倒して、その装備引くとか…普通じゃない」
“普通じゃない”。
その言葉が、なぜか前より怖くなかった。
私は前髪の奥で、少しだけ笑った。
だって。
普通じゃないのは、装備だけじゃない。
私が友達と笑ってることも、普通じゃないから。
探索者協会のロビーは、いつもより空気が速かった。
歩く音がせわしない。端末を叩く音が増えている。受付嬢の声も、どこか固い。
原因は、言うまでもない。
踊り子の双剣。
配信に映った“戻る短剣”。
協会の応接室。
そこにはすでに手が入っていた。
「お世話になっております。横芝アームズ、技術開発部の…」
同席した受付嬢は遠目に見ながら、顔を引きつらせた。
(来た、絶対来ると思ったけど、速い)
課長が、わざとらしいほど穏やかな笑顔で言う。
「本日はどういったご用件で?」
メーカーの男は、笑顔のまま、しかし目だけは獲物を見ていた。
「配信で確認した“双剣”についてです。正式には、『踊り子の双剣』でしたか」
課長の表情が一瞬だけ硬くなる。
「ええ。確認しています」
男は両手を軽く上げる。害はない、という仕草。
「もちろん、無理は言いません。ですが少しだけ借りれません? ほんの少し調べるだけです」
「素材の分析、構造の観察、戻りの挙動の計測、数時間で結構です。こちらからは解析協力金もご用意します」
受付嬢の背中に、ぞくりと寒気が走った。
(協力金って言い方がもう……)
「その装備は、探索者の私物です。協会が勝手に貸与はできません」
「ええ、それは当然。ですので、所有者ご本人と合意の上で…」
男が言いかけた瞬間、課長が遮る。
「所有者は未成年です」
空気が、すこし沈んだ。
男は動じない。準備してきた顔だ。
「保護者同意が必要なのは承知しています。手続きも、弁護士立会いも、すべてこちらで」
課長が淡々と続ける。
「さらに言えば、ダンジョン装備はダンジョン外での使用が禁止されています。
調査が“使用”にあたる可能性もあります。規定違反に協会が関与するわけにはいきません」
「使用ではなく“観察”です」
「観察でも、分解・改変・再現試験はアウトです」
男の笑顔が薄くなる。
しかし、次の一手がある。
「では、協会側の設備で、協会職員立会いのもと“検査”だけでも」
「CT、X線、磁気計測、現代の計測なら触らずにできることは多い。協会にも設備がありますよね?」
男が畳みかける。
「こちらは“再現”したいわけではありません。まずは安全性の確認です」
「投げて戻る挙動、『ダンシングソード』の詳細」
「もし事故が起きたら、未成年の探索者が危険です。協会としても放置できないでしょう?」
安全性。
未成年。
危険。
きれいな言葉。正しい理屈。
だからこそ、厄介。
課長は一拍置いて、冷たく言った。
「協会は“探索者の安全”を最優先します。ですが、それは装備の所有者の意思が最優先という意味でもあります」
男はうなずき、わずかに声を落とした。
「では、こうしましょう。所有者の意思を確認させてください。拒否なら撤退します」
「ただし、こちらも企業として、この技術が市場に出る可能性を無視できません。悪い筋に流れたら、それこそ危険です」
「脅しですか」
「提案です。協会とメーカーが協力して“守る”提案」
その言葉に、受付嬢は思わず拳を握った。
(守るって言いながら、欲しいだけだろ)
課長は端末に視線を落とし、短く言う。
「所有者は本日、すでに帰宅しています。明日以降、面談の場を設けます。
保護者同席、協会の担当者同席」
「所有者が嫌だと言ったら終わりです。その条件で良いですか」
男は、再び笑顔を貼り直した。
「もちろんです」
しかし、目は笑っていない。
受付嬢に小声で指示が飛ぶ。
「例の二人に、協会から連絡。後日、面談。学校帰りでいい」
「この件、外に漏らすな」
受付嬢は、小さく息を吐いた。
「…頑張りなさい、佐倉さん」
今度は励ましじゃない。
ほとんど祈りだった。
コミュ障の少女は、まだ知らない。
“強さ”は、モンスターだけじゃなく、人も呼ぶ。
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