第11話 初デートはファミレス(しずく談)
ゲートを抜けた瞬間、現実の乾いた空気が肺に入った。
ダンジョンの湿気が一気に抜けて、体がふっと軽くなる。
軽くなるのに、足は少し震えている。
さっきまで、大型犬サイズのネズミと殴り合ってたんだ。
当たり前だ。
受付カウンターに着くと、例の受付嬢が端末を見て顔を上げた。
「おかえり…って、え?」
私たちの回収品、ほのかの手にある小さな結晶を見て、目が丸くなる。
「え、なにそれ…」
ほのかがそっと出した。
「魔石の結晶。拾いました」
受付嬢が固まった。
「え、1層で出るのこれ…初めてなんだけど」
一瞬、プロの顔が消える。
そして次の瞬間、慌てて端末を叩き出した。
「ちょ、ちょっと待って、鑑定…いや、鑑定いらないやつだこれ…本物」
受付嬢の目が、結晶から私の手首、烙印のあたりへ行きかけて、すぐ逸れた。
見ちゃいけないものを見たみたいに。
(協会、興味…)
嫌な言葉が頭をよぎる。
でも今は、現実的な話が先だった。
受付嬢が結晶を計測器に置いて、数字を確認する。
「買取価格、30万円」
「さ、さんじゅう…」
私の声が変な裏返り方をした。
ほのかは息を止めて、次の瞬間、唇を噛んで笑った。
笑ってるのに泣きそうな顔。
「30万…」
受付嬢が苦笑する。
「いや、ほんとに。1層でこれは異常。運が良すぎるっていうか、何かが動いてるっていうか…」
“何か”って言葉が怖い。
でも、30万は重い。現実を救う数字。
受付嬢はいつもの声に戻して、事務的に続ける。
「買取は手続きできる。現金即日じゃなくて振込ね。神宮さん、口座登録してる?」
「してます」
ほのかの返事が速い。慣れてる。
慣れてるのが、少しだけ胸に刺さった。
受付嬢が目を細めて私に言う。
「佐倉さん。目立ちすぎると良くないこともあるって言ったけど」
小声じゃない。普通の声。
だからこそ、釘を刺す意味がある。
「それでも稼ぎは稼ぎ。ちゃんと守りなさい。情報も、身も」
私は頷くしかできない。
協会を出たら、夜風が冷たかった。
ほのかが伸びをして、急に明るい声を出す。
「よし!帰りにファミレス行こ!」
「ふぁ、ふぁみれす…?」
「うん。今日、初パーティだし。レベルも上がったし。30万だし。祝勝会!」
祝勝会。
友達と。
ファミレス。
私の脳内が一瞬フリーズした。
(私、ファミレス…誰かと行ったこと…あったっけ)
記憶が薄い。
家族以外だと、ほぼない。
怖い。
でも、行きたい。
ほのかが歩きながら振り返って、にっと笑う。
「大丈夫。うちが注文する。しずくは、食べたいの指差すだけでいい」
ずるい。
それ、すごく助かるやつ。
私はちょろいので、胸がふわっと軽くなる。
「い、行く…」
ほのかが嬉しそうに手を叩いた。
「決まり!てかさ、しずく」
「な、なに…」
「今日の前衛魔法使いやばかった。盾で受けて、魔法撃って、杖で殴って。意味わかんないのに強い」
「やめて…褒めないで、死ぬ…」
「死なない死なない。HP高いし」
「そう、それは…そう…」
二人で、少しだけ笑った。
スマホを見ると、通知がまた増えている。
切り抜きが回ってる。観測者が増えてる。烙印が熱い。
怖い。
でも、隣にほのかがいる。
ファミレスに行こうって言ってくれる人がいる。
私は前髪の奥で、ほんの少しだけ息を吐いた。
(友達、できたんだ)
ファミレスのドアが開いた瞬間、甘い匂いと人の声が押し寄せてきた。
食器の音、笑い声、店員さんの「いらっしゃいませー」。
明るすぎる照明。
私は一歩で固まった。
(無理…人、多い)
ほのかがすぐ前を歩いて、振り返らずに言った。
「大丈夫。うちが先、行く」
その一言だけで、少しだけ呼吸が戻る。
私はちょろい。
案内されたのは、奥のボックス席。
壁側。背中が守られる席。
ほのかが当然みたいに私を壁側に座らせて、自分は通路側に座った。
盾役の私を守る配置。
優しさの配置。
「ここなら落ち着くっしょ」
「うん…ありがと」
声は小さい。
でも、言えた。
ほのかがメニューを開きながら笑う。
「今日さ、祝勝会だから。食べたいのあったら言って。言えなかったら、指さして」
「指さす…」
私はメニューを開いた。
文字が多い。写真が多い。選択肢が多い。
ダンジョンの選択肢は、戦うか逃げるかだけなのに。
現実はメニューすら難易度が高い。
ほのかがさっさと決めて、タブレットを操作する。
「うち、ドリンクバー。あとポテト。勝った日はポテト」
「しずくは?」
「えっと…」
私は写真の中で、いちばん安心そうなやつを指した。
ハンバーグ。普通のやつ。
ほのかが頷く。
「おっけ。ハンバーグ。いいじゃん、王道」
注文が確定して、ドリンクバーのボタンも押されて、私はやっと背もたれにもたれた。
(私、いま…友達とファミレスにいる)
現実感が、遅れて来る。
頭がふわふわする。
ほのかがドリンクバーのコップを二つ持って戻ってきた。
「はい、これ。しずくの分。カルピスでいい?」
「う、うん…」
(私の好み、聞いてくれた)
当たり前のことなのに、胸が熱くなる。
私はちょろい。
ほのかは、楽しそうに話し始めた。
「今日さ、マジでやばかったよね。でかネズミ、ディ〇ニーよりやばいってコメント、笑った」
「あれ…笑った」
「絶対切り抜き行く。てか今もう行ってる」
ほのかはスマホを見て、「ほら」と画面を見せてくる。
タイトルがえぐい。
【初心者、1層で“初心者殺し”を殴り倒す(銀盾)】
【前衛メイジ爆誕】
【ディ〇ニーよりやばいネズミ】
「タイトル…盛りすぎ」
「盛るのが切り抜き文化!」
ほのかが笑う。
その笑顔が眩しい。
(ほのか、可愛い)
思った瞬間、自分で自分にツッコんだ。
(好き…?)
好き。
友達としての“好き”なのか、もっと違うのか。
分からないけど、とにかく好き。
私はちょろい。
ほのかは話題を変えるみたいに、少し声を落とした。
「でもさ。結晶、30万。あれ、ほんと助かる」
言葉に温度が戻る。
現実の重さが戻る。
「母ちゃん、最近ほんとしんどそうで。下の子ら、まだ小さいし。うち、見た目ギャルだけどさ」
「ギャルのくせに、家計簿つけてる。笑う?」
私は首をぶんぶん振った。
「笑わない!すごい」
思ったより強い声が出て、自分でびびった。
ほのかも目を丸くする。
「え、しずく、ちゃんと声出るじゃん。かわいい」
「や、やめて…」
私は顔が熱くなって、カルピスを一気に飲んだ。
ほのかが笑って、続ける。
「しずくってさ、ダンジョンだと別人。盾で受けて、パリィして、殴って。声も落ち着いてて」
「現実は…なめくじ」
「うん、なめくじ」
即答。ひどい。
でも、悪意がないのが分かる。
「でもね、なめくじでもさ」
ほのかがストローを指でくるくる回しながら言った。
「ちゃんと殻作ってるじゃん。銀盾とか、パーティとか。今日、ファミレス来れたし」
私は固まった。
(ファミレス…来れた)
来れた。
逃げなかった。
ほのかがいたからだけど、でも来れた。
私は小さく頷いて、相づちを打った。
「うん…」
「うん、って言えるじゃん」
ほのかがふふっと笑う。
そのタイミングで、料理が来た。
ハンバーグの鉄板がジュッと鳴る。
ポテトの匂いが強い。
ほのかが手を合わせる。
「いただきまーす。祝勝会!」
「いただきます…」
口に出して言えた。
それが、自分でも嬉しかった。
食べながら、ほのかはまた喋る。
学校の話、弟妹の話、ダンジョンの話。
私は基本、相づちだけ。
「うん」
「そ、そうなんだ」
「…すごい」
たまに言葉が詰まっても、ほのかは待ってくれる。
急かさない。笑わない。優しい。
(友達って、こういうこと?)
心臓が、温かくなる。
私はほのかの横顔を見て、前髪の奥で思った。
(ほのか、可愛い。好き)
ちょろい自分が、少しだけ誇らしかった。
ちょろいから、こういう幸せをすぐ感じられる。
ファミレスを出ると、夜の空気が冷たくて、頬が少しだけ痛かった。
でも、胸の中はまだ温かい。
ポテトの匂いと、ハンバーグの余韻と、カルピスの甘さ。
それより何より、“会話の余韻”。
私はほのかの隣を歩く。
歩幅は違うのに、合わせてくれている。
その事実だけで、心臓がぎゅっとなる。
駅前の明かりが眩しい。
人が多い。音が多い。
普段ならそれだけで疲れて、無言になって、消えたくなる。
も今日は、消えない。
ほのかが喋る。
私は相づちを打つ。
たったそれだけなのに、“一緒にいる”って感じがする。
私にとっては奇跡みたいなことだ。
曲がり角が近づく。
ここで別れる。
(…終わっちゃう)
胸の奥が、きゅっと縮む。
楽しかった時間が終わるのが怖い。
いつもなら、終わったら二度と続かない気がするから。
ほのかが立ち止まって、振り返った。
街灯の下で、金髪が少し光って見えた。
「じゃ、ここで。しずく、気をつけて帰ってね」
「うん…」
声が小さい。
でも、今日はもう少しだけ、言いたいことがある。
(…また、って言ってほしい)
ほのかが、にっと笑った。
「また明日!」
その言葉が、頭の中で反響した。
また。
明日。
続く。
終わりじゃない。
私は一瞬固まって、それから全力で頷いた。
頷きすぎて首が痛い。
「ま、また…あした…!」
声が出た。
ちゃんと出た。
自分でもびっくりするくらい、急いだ声だった。
ほのかが笑う。
「うんうん。明日も友達!」
明日も友達。
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちて、
ずっと落ちなかった何かが、やっと落ち着いた感じがした。
私はちょろいので、泣きそうになった。
でも泣いたらギャルじゃなくなるのはほのかで、私は…なめくじだ。
なめくじは泣いてもいい。コミュ障だが。
「ありがと…」
「なにが?」
「また、明日って…言ってくれた」
ほのかは一瞬だけ目を丸くして、
それから、いつもの軽い笑顔に戻った。
「当たり前じゃん。しずく、逃げないでちゃんと来たんだし」
当たり前。
その当たり前が、私にはずっと遠かった。
ほのかが手を振って、走り出す。
「じゃーね!また明日!」
私はその背中に向けて、小さく手を振った。
振るだけで精一杯だったけど、振れた。
そして、家までの道。
いつもなら“真っ暗”だった帰り道が、今日は少しだけ明るい。
玄関の鍵を開けて、靴を脱いで、自分の部屋に入る。
ベッドに座って、スマホを開く。
通知は増えてる。切り抜きも増えてる。観測者も増えてる。
烙印が少し熱い。
怖い。
でも。
私は画面を閉じて、制服に手を掛けた。
(明日も友達)
その事実が、今日の怖さを少しだけ小さくした。
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