第10話 ディ〇ニーよりやばい
暗がりから現れたのは、犬じゃなかった。
ネズミ。
…いや、ネズミ?
赤目ラットのはずの輪郭が、明らかにおかしい。
一体、二体、三体。
うち一体が、毛並みが荒れていて、目が血走っている。
肩の筋肉が盛り上がって、歯が長い。
そして、一体だけ、サイズが違う。
「え…」
それはもう、ネズミのサイズじゃない。
大型犬。
いや、犬より詰まってる。筋肉の密度が嫌。
さっきの狂犬よりでかい。
さっきの狂犬より強そう。
《強化個体:観測者の烙印補正》
烙印が、手首で熱く脈打った。
私のせいだ。
私が札を使ったせいで、強化個体が来た。
コメント欄が、悲鳴と笑いの混合で爆発する。
『強化ラット!?』
『うわ烙印仕事しすぎw』
『あのネズミはやばい!ディ〇ニーよりやばい!』
『やめろwww』
『大型のやつ、中ボス級だぞ!』
『撤退!撤退!!』
『いや通路狭い、詰んだ!』
「ディ〇ニーよりやばいって、何……」
口から漏れたツッコミが、自分でも情けない。
現実の私は無言なのに、ここだと口が回る。
ほのかが、弓を上げたまま低い声で言う。
「しずく。あれ…でかいの、足速いタイプ。絶対」
《気配察知》が伝えてくる情報が、声の震えに乗ってる。
「数、三。…距離、近い。来る」
小さい二体が先に動いた。
壁を蹴るみたいに跳んでくる。左右から。
私は銀盾を上げて…魔法を撃つ暇がない。
「…パリィ、いける」
言い聞かせる。自分に。
一体目。
跳びかかって来たラットを、銀盾の縁でいなす。
《パリィ:成功》
盾が牙を流し、相手がよろける。
私は杖で殴る。
「マジックブロウ!」
頭を潰す。
ラットは短く痙攣した後、光になって消えた。
二体目。
と思った瞬間、“風”みたいな音。
でかいのが、動いた。
速い。
サイズと速さが釣り合ってない。
「っ!」
私は反射で、盾を前に出す。
衝撃が腕を貫いた。
体が吹き飛びそうになる。足が半歩滑る。
『でかいの来た!』
『その一撃、骨折するぞ!』
『盾しずく耐えろ!』
『パリィ狙うな、死ぬ!』
正しい。
あれは、受けが重すぎる。
パリィ受付時間が伸びても、間に合わない速度。
でも、受けたことで分かった。
(こいつ、噛むんじゃない…体当たりで潰してくる)
でかいネズミが、もう一回突っ込んでくる。
その間に、小さい二体目が私の脇へ滑り込む。
挟まれる。
「…っ、ほのか!」
ほのかが即座に答える。
「分かってる!」
矢が二本。
《ダブルショット》
小さい二体目が弾ける。
でも、でかいのが止まらない。
(盾だけじゃ無理)
私は杖を握り直す。
(魔術型。STRは下がってる。殴り合いは無理)
じゃあ、魔法。
近距離でも、詠唱が短いのがマジックアロー。
誘導性が高い。
「……マジックアロー!」
杖先から光の矢が生まれて、
でかいネズミの目に吸い込まれた。
キィィィィ!
悲鳴。
でも止まらない。勢いが落ちない。
「…効いてない!?」
『痛覚あるけど止まらないタイプ!』
『バーサーク個体だ!』
『烙印の強化個体、ほんと初心者殺し!』
ほのかが叫ぶ。
「しずく、下がって!壁使って!角に誘導!」
角。
通路の角に押し込めば、体当たりの距離が潰れる。
私は後ろへ下がる、じゃない。
横へ滑る。
合気道の足捌き。
回り込み。正面に立たない。
でかいネズミが突っ込んできて、壁に当たる。
石の壁が震える。
その瞬間だけ、体勢が崩れる。
(今しかない)
私は銀盾を横から叩き込む。
パリィじゃない。角度で押す。
固い筋肉の感触が盾越しに伝わる。
でかいネズミの顔が横を向いた。
そこへ。
「マジックブロウ!」
杖を、顎の下へ。
そして、跳ね上げる!
物理+魔法の衝撃が入る。
顎が上がり、呼吸が乱れる。
ほのかの矢が、追い撃ち。
《ダブルショット》
二本が喉元に刺さる。
でかいネズミがぐらりと揺れて、それでもまだ暴れようとする。
(しぶとい…!)
私は最後に、もう一発。
「……マジックアロー!」
至近距離。
誘導がほぼ“必中”になる距離。
光の矢が頭蓋を貫き、ようやく。
でかいネズミが光になって消えた。
静寂。
私は息を吐いた。
腕が痺れている。
盾を持つ手首の烙印が、じんじん熱い。
小さい最後の一体が、よろよろと逃げようとする。
ほのかが矢を放ち、仕留めた。
三体、撃破。
コメント欄が、遅れて爆発する。
『勝ったああああ!』
『ディ〇ニーよりやばいの倒したwww』
『コンビ完成しすぎだろ!』
『烙印、初仕事が地獄すぎる』
『でもドロ率アップだぞ…』
私は床を見る。
魔石が、いつもより多い。
素材も落ちている。毛皮、牙、骨。
そして、小さな結晶みたいな何か。
《ドロップ率上昇:適用中》
烙印の効果が、もう出ている。
私は嬉しいのに、怖い。
バズれば強くなる。
強くなれば…敵も強くなる。
私は銀盾を構え直し、ほのかと目を合わせずに言った。
「今の、きつい…」
ほのかが笑った。怖がってるのに、笑った。
「うん。きつい。でも、勝てた」
その言葉が、胸に落ちた。
私たち、勝てた。
でかい強化ネズミが消えたあと、床にはいつもより多くの魔石と素材が残った。
毛皮、牙、骨。売れるやつ。
ほのかの家計に直結するやつ。
でも、それとは別に。
小さな結晶が、石畳の上で淡く光っていた。
「これ…」
ほのかが息を呑む。
「見たことある。これ、“魔石の結晶”じゃない?」
私は拾い上げた。指先に冷たい重み。
ステータスがすぐに反応する。
《通常レアドロップ:魔石の結晶》
魔石が高純度で結晶化したもの。高価買取。
「高価買取」
言った瞬間、ほのかの目がほんの少し潤んだ。
「…これ、マジで助かる。うち…」
言葉が途切れる。
言い切らないのに、重さが分かる。
私は胸がきゅっとして、でも何も言えなくて、代わりに小さく頷いた。
コミュ障だが、頷くくらいはできる。
コメント欄も沸く。
『魔石の結晶きた!!』
『高純度はガチで金になる』
『烙印、ドロ率上げてて草(でも地獄)』
『勝った報酬がでかい回だ』
そのとき。
視界の端に、光の線が走った。
《経験値獲得》
《レベルアップ》
二人同時に、ウィンドウが開く。
《佐倉しずく:放浪者 Lv2 → Lv3》
《基礎ステータス上昇》
「上がった…!」
そして続けて、見慣れない表示。
《放浪者:スキル獲得(選択)》
以下から1つ選べます:
A)HP自然回復速度アップ(小)
B)MP自然回復速度アップ(小)
「二択?」
コメント欄が即座に戦術会議になる。
『HP回復だろ!前衛だし!』
『いや魔術型あるならMP回復も神』
『でもしずくHP高いからHP回復噛み合う』
『MP回復は長期戦で強い、烙印環境で必須になる可能性』
『盾前衛メイジ、どっちも欲しいのズルい』
私は固まった。
どっちも欲しい。
でも選べるのは一つ。
(HP回復…安定)
(MP回復…魔法回せる)
今日の私は魔術型。
でも放浪者は毎回型が変わる。
戦士型の日もある。斥候型の日もある。
「汎用性…」
ぽろっと出た独り言に、ほのかが顔を上げる。
「しずく、悩んでる?」
「うん…」
ほのかは頷いて、自分のウィンドウも見た。
《神宮ほのか:アーチャー Lv2 → Lv3》
《基礎ステータス上昇》
《固有スキル:鷹の目 Lv1 → Lv2》
・視界アップ
・DEX補正アップ
・矢の射程アップ
「やった!」
ほのかの声が、珍しく震えた。
「射程伸びるの、でかい」
それは冗談じゃなく、命の話だ。
後衛が前に出ると死ぬ。
射程は生存率。
「ほのか、強くなった」
「うん。しずくも。…ね、しずく」
ほのかが少しだけ身を寄せる。
距離感は近いのに、押し付けてこない。
いい子だ。
「しずくは前に立つじゃん。HP回復は、分かりやすく強い。でも、魔術型の日はMPも欲しい」
「うん」
「じゃ、考え方。“死なないため”か、“勝つため”か」
死なないため。勝つため。
どっちも大事。
でも、今の私の環境は…烙印だ。
観測者が増えるほど、強化個体が増える。
長期戦が増える可能性が高い。
火力を維持しないと、押し切られる。
でも私は、前衛。
倒れたら終わる。
私は銀盾の縁を指でなぞった。
この盾があっても、被弾はゼロにならない。
そして自然回復は、ポーション節約にも直結する。
(…HP回復)
私は、選択肢に指を置いた。
A)HP自然回復速度アップ(小)
タップ。
《選択完了:HP自然回復速度アップ(小)》
「これにする」
『堅実!』
『前衛はHP回復正義』
『烙印環境は生存が最強』
『MPはポーションでどうにか(できるとは言ってない)』
『しずく、保守的なのに戦闘はガンギマリなの草』
「草って言うな…」
反射で返してしまって、ほのかが笑った。
私も、ちょっとだけ笑ってしまった。
ネット越しじゃなくても。
ほのかが拾った素材と魔石を、リュックに素早く詰める。
私は魔石の結晶を、落とさないように胸のポーチへ入れた。
「帰ろ。今日、稼ぎすごい」
ほのかの声が、少しだけ明るい。
それが嬉しい。
「うん。帰ろ…」
腕の烙印が、まだ熱い。
視聴者:7,240
数字が増えるたび、鼓動みたいに脈打つ。
10,000に近づいていく。
解除まで、あと少し。
でも近づくほど、強化個体も増える。
私は、銀盾をもう一度握り直した。
(生きて、10,000を超える)
それが目標になってしまった。
友達作りのために始めたのに。
ほのかが小さく言う。
「しずく。大丈夫。うちが後ろにいる」
その言葉で、私はまたちょろくなる。
二人でゲートへ向かう。
一人じゃない。




