中華の歴史について―王侯将相寧んぞ種あらんや―
古代中国は大水源と広大で肥沃な平原という農耕にうってつけの恵まれた環境から独自の文明が興ってきたわけですが、この恵まれた環境というのは諸刃の剣でもありました。巨大な宝物庫を手に入れたとしても盗まれないように維持管理していくのが難しいように、中華の運営も一筋縄ではいきません。肥沃な土地があるという事はそれだけ匈奴のような異民族から狙われやすいという事でもあり、封建制で下手に力を分散してしまうといざ攻めてきた時一丸となって戦えないかもしれません。かといって重臣をどんどん処刑して皇帝の中央集権にしてしまうと配下が無能なイエスマンばかりになって政治が乱れますし、土地柄に合わせた臨機応変な政策が困難になって汚職が蔓延りかねません。もし皇帝が耄碌したり次代の皇帝が無能だったら何もかもお終いです。
有能な皇帝がうまいこと安定した国家体制を作り出したところで、今度は人口が増えすぎて疫病が流行って世が乱れるという事態も定期的に発生します。要するに地政学的にハイリスクハイリターンで浮き沈みが激しいのが中華という地域の特色いえるでしょう。
そういう土地柄ですから、儒教をはじめとした諸子百家の思想も宗教もどこか実用的で即物的で、良くも悪くも西洋に見られるイデアや神学のような形而上学的な所は殆ど見られません。目の前に肥沃な大地という宝の山があるのですから、それを奪い合ったり維持したり管理したり貪ったりするのが至上命題なのであって、別世界の取るに足らない事に頭を悩ませている暇はないという事なんでしょうか。
もちろん中華にもスピリチュアル的な側面はかなりあるのですが、スピリチュアルそのものが独立して存在するという感じではなく、「気」の概念のようにスピリチュアルが物質に降ろされるような形で実質的に発現すると考えられているのが特色です。神話も歴史上の人物や伝説上の怪物やら祖霊崇拝やらがゴチャマゼになっていて多神教アニミズム的な傾向が強いです。そういった流れで天命を受けて現れてさながら神のように圧倒的存在感を放っているのが皇帝であります。中でも初めて中華を統一した秦の始皇帝は優れた手腕で中華をまとめあげ、苛烈な法で民草を虐げつつも後世に残る大事業を成し遂げたというなんとも皇帝らしい皇帝であります。
始皇帝は自分の事しか考えていない魔王のようにも見えますが、法家を優遇したようにかなりロジカルな人でもあります。彼は「この広大な中華を纏めるには自分が神になるしかない」という結論に辿り着いたからこそ頑張って神になろうとしていたようにも見えます。不老長寿を求めたのも阿房宮や大運河を建設したのも、100%自分の為だけでは無く「神のように民を省みず箍の外れた欲望と創造により人間を超越する」というハッキリした理念があるようにも感じられるのです。そして神である自分をヒエラルキーの頂点として、下層の人民を苛烈な法で平等に縛る事によって中華を纏めようとしたのでしょう。
ただ法というのは恣意的に運用されたら罪をでっちあげて死刑にしまくるのも容易ですし、あんまり苛烈すぎたら柔軟な対応ができず死刑にしまくる事になりますし、法の根拠となる国が天命を失えば有名無実となりますし、やはり法だけで国家を纏めるのは無理だったようです。また始皇帝が広義で民の事を考えていたのかいなかったのかは分かりませんが、いずれにせよミクロ的基礎づけが全くなく一人の人間なんてのは塵芥程度にしか思っていなかったのも問題と言えるでしょう。まあ始皇帝が存命のうちはまだ持っていたのですが、不老不死の薬だと思って水銀を飲んだのが悪かったのか何なのか早々に崩御してしまいました。それからはもう宦官が大暴れして後継者や有力者を誅殺しまくり、傀儡の二世皇帝も遊んでばかりで世は大いに乱れていく事となります。
そんな中、陳勝という元雇われ農民の一般兵士がおりました。彼は官吏に命じられて人夫の輸送を請け負っていたのですが、大雨で川が氾濫していた為現場への遅刻=死刑が確定してしまいました。そこで陳勝は死刑が確定して絶望していた人々を集め「且壯士不死即已,死即舉大名耳,王侯將相寧有種乎!(そりゃ死なないに越したことはねーがよ、死ぬってなったら名を挙げるしかねーよなあ。王様だろうが将軍だろうが、同じ人間じゃねーのかよ!?)」という名言を放ち、友達の呉広と大帝国への反乱を開始したのでした。
こういった民衆の圧倒的パワーはなんとも中華らしいところがあります。近代以前の日本で民草が「殿様だって同じ人間じゃないか!」なんて言っている場面はいまいち想像できないですし、実際に言ったとしても多分歴史には残らないでしょう。日本の民衆は黒澤映画の「隠し砦の三悪人」に出て来る太平と又七のように堂々と卑屈をやっている感じで、一揆を起こすとなっても穏便に済むならそれが一番という感じで殿様に成り代わってやろうという気概はイマイチ感じられません。豊臣秀吉なんかは成り上がりですが、公家に内心見下されている事に気付いていて、どうにかしようとしても成金臭さが抜け切れず劣等感に苛まれているような所が見て取れます。一方で中華だったら庶民だろうが王様にも将軍にもなんなら皇帝にもなれる世界なので、秀吉が明を侵略しようと朝鮮出兵を強行したのもさもありなんという感じです。まあ秀吉が皇帝になれた所で、結構漢民族以外は内心見下される土地柄なので彼はまた辛い思いをして王朝もすぐ滅んでいた可能性が高いでしょう。
さて話を戻して世界初の農民反乱となった陳勝・呉広の乱ですが、秦に不満を持つ各地の有力者が連動してかなり大規模な乱に発展したようですが結局内ゲバになってしまい陳勝も呉広も味方に殺され、反乱軍は半年で討伐される事となってしまいました。しかし反乱は項羽や劉邦に受け継がれ、次なる時代への礎となった事は間違いありません。その後に漢を建国した劉邦によって陳勝が王に諡されるなど、一応名を挙げる事はできたようです。
こういったエネルギッシュな大衆や巨大な皇帝の姿はニーチェ哲学の超人を体現しているようにも感じられます。ニーチェは超人を新たな実質として提唱しましたが、現に生きる超人の姿は殆ど描く気がありませんでした。この点は正直怠慢というか形而上学的な超人の過剰な保護だと思っていますが、ともかくニーチェ哲学を真面目に考えるなら超人が現に生きていたらどうなるかという事を考えねばなりません。そういう観点から人間を超越しようとする皇帝や躍動する民衆が紡いできた中華の歴史を眺めていくと、実際的人間のパワーや限界というのが感じられたり、中華や東洋がたどり着けなかった西洋的形而上学の作用というのが逆説的に見えてきたりしてなかなか面白いかもしれません。




