恋人がただのセフレになった時。
「先輩。こんな所で何しているんですかぁ? 暇なんですかぁ?」
後輩に声をかけられても、俺はその場から上手に動けなかった。
視線のずっと先には、俺の彼女がいて、その彼女が、男性と腕を組み、笑顔を浮かべながらホテルの前へと。
それが彼女あるわけがないと。スマホを取り――押し慣れた番号を。指が震えて。震えてなんて欲しくないのに。指が震えてしまって。上手にスマホを操れずもどかしく。なんとか押したボタンと。彼女は足を止め、だが男に何かを問われると、また笑顔に戻りホテルの中へと入って行ってしまった。
何かの間違えであって欲しかった――呼び出し音はずっと鳴ったまま。
「先輩?」
通話に出て欲しかった。それが間違えであって欲しかった。他人の空似であって欲しかった。
「どうしたすんか? 先輩?」
「はぁ……」
盛大なため息と共に地面へと膝を折り体を支えるように手を付いてしまう。
きっと他人の空似だ。きっと違う。
彼女とは高校からの付き合いだ。ずっと付き合っている。喧嘩もするけれど楽しい思い出の方が多い。でも今、高校の時の楽しい思い出は何かと問われると、何も思い浮かびはしなかった。告白した日も。手を繋いだ日も。唇を重ねた日も。体を重ねた日も。それは思い出のはずなのに。今は全てがぐちゃぐちゃとなり、ただただ胸が痛く、何もできず、心臓から来る震えに苛まれ――何もかもが上手に動かなかった。
「先輩?」
「……ごめん。今はなんも言えない」
大学に入ってからは一人暮らしをしている。彼女は実家から――後輩は俺の家の隣に住んでいる。
そんな後輩がいるのもお構いなしに、外であるのもお構いなしに、夏の蒸し暑さに切り裂かれるかのような痛みに襲われて、何もできず、動けず。
違うのだと――彼女ではないと。
「……おぇえっ」
「先輩‼ 大丈夫っすか⁉」
吐きそうになり排水溝へ駆け寄るとぶちまけて。その吐しゃ物の隣に座り込み、動けずにいた。
彼女がホテルから出て来たのは朝方――一人だけ。昨日と同じ服装で。
鞄の中から思い出したようにスマホを取り出して。
ショートメールの文字が送られて来た。
ごめんね。寝てた。何か用事だった?
そんな短い文字で。彼女は何事もなかったかのように。俺の前を通り過ぎて行った。
「あれ? 先輩の彼女じゃないっすか」
「もう帰れお前は……」
後から男が出て来る――。ショートカットで整えられた小奇麗な少しチャラチャラとした軽そうな男だった。
「あーあれは……」
「知ってる奴か?」
「女をたぶらかすのが上手って噂の先輩っすね」
それが耳に入った途端に。俺は地面を眺めて盛大なため息を漏らしてしまった。
「あー。これは。あれっすね。ありゃー」
ただため息しか漏れて来なかった。
「うちも声かけられたんですけど。軽くて。心の隙間に入るのが上手なんすよー。会話が上手で。毎日ちょっとずつ話して。次第に距離を詰めて行って。ちょっと悩んでたり。ちょっと刺激が無い時なんかに。飲みに行ったりして。そのままってパターンすかね。でもあの様子だと、初回ではないっすね」
口から出る物が押さえられず、俺はまた排水溝へと胃液を吐き出してしまった。
「……大丈夫っすか先輩」
「背中さするな……吐き気が」
「こういう時は全部吐いちゃった方がいいんすよ」
「うぇっ」
「軽いから。浮気って感じじゃないんすよ。ちょっと寝るだけみたいな。悪意はないみたいな。世の中の全ての人が仲良しって感じの何も知らない女とか。ころっとやられるんすよねー。どうします?」
どうしますって。もうどうにもならない。もうどうにもならない。時は戻せない。何もできない。ただ交際しているだけ。慰謝料も何もない。彼女が浮気して。俺が浮気された。ただそれだけ。ただそれだけだ。もう終わっている。
「どうしようもねーよ……」
「ちょっと待ってて下さいよ」
そう言って駆けて行った後輩が、買って来た飲料を渡してくれた。
「悪い……」
何を言うにも深く息を吐いてしまう。苦しみを吐き出すかのように。
「いいっすよ。それで口を濯いだら帰りましょう」
どんな顔をして彼女に会えばいい。
俺の胸の内とは裏腹に。彼女は普通に接してきた。何時も通りだ。罪悪感が少しだけでもあるのか。……疲れているのか。少し眠そうに。昔はなかった憂いのようなものが瞳の奥にほんの少しだけ宿っていた。知らなければ気付かなかっただろう。知っているからこそ、その僅かなぎこちなさに気付く。
そしてそれがもうどうしようもない事実である事も。彼女にどう接するのかも。
もうどうにもならない。恋人には戻れない。
「おはよ。どうしたの? 昨日はごめんね。疲れて寝ちゃってた。レポートがあってね」
流れるような嘘も。もうどうにもならない。事実は変わらない。
彼女の手を引いて人気のないトイレへと。
「なに? え? なに? ちょっと」
少し乱暴にした。
「え? うそ?」
もう彼女は彼女ではない。あの男のように。俺にとってもただのセフレだ。もうそれ以外の接しようがない。
終わった後。彼女は俺を何度か叩いた。
「こういうのはもうやめて。もうダメだからね」
昔はあったものがもうここにはなかった。
俺は彼女に連絡するのをやめた。彼女から連絡が来た時に会い、ホテルで行為だけして帰った。
俺のスマホの画面は、彼女が浮気した時に、画面が割れてしまった。
昔は画面の亀裂なんてすぐに直しに行ったのに。今はもう放置していた。別に画面が割れていても何とも思わない。大切だったから画面をすぐに直した。でももうどうでもいいものだから。画面が割れてもどうでもいい。
「先輩。ゲームしましょうよ。ゲーム」
あれから隣の部屋の後輩がゲームに良く誘ってくれるようになった。
気遣ってくれているのかもしれない。
後輩の部屋はゲームとテレビと寝具だけは豪華で、後は適当だった。
眠れない日は。ありがたくて仕方がなかった。一人でいるとどうにかなってしまいそうで。彼女はまたあの男と遊んでいるのだろうなと考える。それが苦しくて仕方がなく。それをどうにもできず。
ただ後輩と朝までゲームをやって。消耗しすぎて眠る。
朝方眠るものだから。講義も休みんでしまって。目が覚めると夕方で。隣では後輩が丸くなって眠っていて。夕焼けのニオイと。エアコンの音だけがあって。
俺のせいで後輩まで講義を休んでいるのではないかと。深い息ばかりが漏れて。申し訳なくて。目を覚ました後輩と。大学の講義で何を休んで何の単位がやばそうなのかを話して。
「別にいいっすよ。うちは留年しても」
「いや、ダメだって……つうか。ありがとう」
「別に。うちが先輩とゲームやりたいだけっすよ。一人じゃつまらないっすからね。それに。大学行くとあの男が絡んできてウザいんすよ。オンラインゲームって声ありで女だとわかるとみんなウザくなるっすからね」
「そっか」
「まぁでも。悪意に触れたことのない人間があの男に食われるのは仕方ないっすよ。先輩のせいじゃないっす」
「それでもありがとう」
「いいっすよ。またゲーム付き合って下さいよ。ご飯も」
「何時でも」
「やりぃ‼」
街に用事があり歩いていると前から彼女と男が歩いて来て鉢合わせしてしまった。彼女は俺の姿を見て止まり。息を飲むように目を見開く。
「――あっ。やっほ。買い物?」
「あぁ」
「あっ。こちらは大学の先輩」
「どもっす。彼氏?」
「あっ……その。はい。彼氏です」
「そうなんだ。よろしくね」
彼女は俺と先輩の間に立っていた。その立ち位置の理由が良く分かる。先輩とは距離を取りつつも俺に触れようともしない。
「これから何処か行くの?」
「え⁉ あっ。これからっ。えっと」
「ちょっと飲みにって話でさ。どする?」
「え⁉ あっと……。一緒に飲む?」
「仲いいんだね」
「え⁉ そこまでじゃないけど」
「えー? そこまでの仲じゃないんだ」
「先輩‼ からかわないで下さいよ‼」
「先輩と飲みに行くの? 二人で?」
「たっただちょっと飲みに行こうかなって話で」
「最近あんまり会ってなかったね。飲みに行くほど暇なら付き合ってよ」
「……え?」
彼女は先輩を眺め。先輩はポチポチとスマホを弄っていた。
「俺はどっちでもいーよ。どする? てか彼氏君。もしかして嫉妬してる? はははっ。ごめんごめん。そんな間柄じゃないって。ねー? ただの友達じゃん」
「え? そっそうですね。友達……ですね」
彼女の顔色が悪くなっていくのを感じていた。
「どうする?」
「あっ……じゃあ、すみません、先輩、飲みは、また、今度で」
「そう? 彼氏君さー。束縛は良くないよ? まぁいいけど。もしもし? 暇になったから会えるけどどする?」
先輩がいなくなった後、彼女は気まずそうに俺を眺めた。
「先輩とは……別にそんな関係じゃないから」
「そう」
「そうだよ」
「そっ」
彼女の手から下がっているビニールの袋にゴミの箱が見えて。またため息が漏れてしまった。もう彼女じゃない。もうただのセフレだ。そう考えていても。心は重く。頭は鈍痛に襲われていた。
「……ゴム買ったの?」
「え⁉ いやっあの。これは」
「丁度いいじゃん。ホテル行こうよ」
「え?」
彼女は乗り気ではなかったけれど、もう彼女の気持ちなんてどうでも良かった。彼女はただベッドの上で顔を腕で隠し、為すがままでうんうん唸るだけだった。彼女を気持ち良くする必要もなく。ただ行為をするだけ。
泣いているようにも見えた。泣きたいのは俺のほうだ。
一通り終えると彼女はベッドの上でそっぽを向き、ただスマホを眺めていた。
俺は着替えてさっさとホテルを出た。後ろから彼女の驚きの声が上がったような気がしたけれど、きっと気のせいだ。
夜も浅く。これからだ。帰る途中で。別のホテルに別の女と入って行く先輩を見た。写真におさめて。ショートメールで彼女へと送っておいた。
既読の跡はついたけれど、返信はなかった。
家の前まで来ると――その場にしゃがみ込み、深い息を漏らしてしまう。何時までこの苦しみと向き合えばいいのだろう。
愚かにもドアが開くのを待っている――そしてドアが開いて。心から安堵する。
「先輩。そんな所で何やってるんすか」
「……もう疲れたよ」
「何中年のサラリーマンみたいな事言ってるんすか。暇ならゲームしましょうよ。ゲーム。ビールもありますよ」
「お前未成年だろ」
「いいえ。こう見えてうち二十歳なんすよ」
「マジかよ……」
ゲームをやる気にもならないけれど、後輩の部屋でビールを飲みつつ。後輩がゲームをやるのをただ眺めていた。
「そういえば、彼女さんどうするんすか?」
デリカシーが無いと言えばないけれど、別にその質問が嫌では無かった。誰かと話せるだけで気が楽なのかもしれない。後輩には感謝しかなかった。
「……どうしようもないよ。もう終わった」
「別れたんすか?」
「別れてもないけれど。もう彼女でもないよ」
「切るならとっとと切った方がいいっすよ」
「そうだなー」
スマホの画面を眺める。もう俺にとって彼女はただのセフレでしかない。
「早く忘れて次に行った方がいいっすよ。もうどうにもならないって言うのなら」
「そうだな。そうだよな」
セフレなんて。俺にはいらないから。
彼女との思い出をスマホの中から消してゆく。もう思い出したくもない。
大学では避けられないけれど、無理して接触するわけでもない。
通話履歴も着信痕もショートメールも全部消して。着信拒否をして。そして名前も消した。
「もう終わりにするよ」
復讐なんてした所で意味がない。もう何をもってしても覆せないのだから。
「先輩」
「んー?」
「うちって小さい頃からずっと一緒だった幼馴染がいるんすけど」
「うん」
「高校の時。そいつに告白されて付き合う事にしたんすよ」
「うん」
「うち、野球部のマネジだったんすけど」
後輩はそこで覚悟をするかのように喉を鳴らした。コントローラーを持つ手が震えていた。視線は泳ぎ、奥歯を強く噛んでいる。
「うち……その野球部の顧問にレ〇プされたんすよ」
「……え?」
「用事があるから残ってくれって部室に残されて。そしたら顧問が。幼馴染をレギュラーにしてやるからって。体を触って来て……。もちろん抵抗はしたんすよ⁉ でも……顧問の手を噛んだ所で、顔を殴られて。血の味がして。怖くて。体が動かなくなって。気付いたら。服をはぎ取られて終わってたんすよ……。写真に動画まで取られて。突きつけられた画面には、自分でもそんなはっきり見たことのない部分が写ってて」
何も言えなかった。
「喋ったらこれをネットに晒すって。幼馴染や学校にばらまくって言われて」
ゲームオーバーの画面。後輩はコントローラーから手を離して頭を掻いていた。
「でもうち。屈したくなくて。すぐに警察に駆け込んだんすよ……」
「じゃあ……」
「顧問はすぐに逮捕されたんすけど……裁判では同意があったって言い張って。だいぶもめたんす。自宅やスマホからは証拠が次々に見つかってすぐに有罪になったんすけど」
なんて声をかけたらいいのかわからなかった。
「でも……それだけじゃ終わらなかったんすよ。うち、本当は二十四歳なんす。先輩よりも四つも年上なんすよ……。学校では噂になっててある事無い事言われて。一番辛かったのは。もう終わってたって事で。それが真実であるのがショックで。幼馴染の彼氏とも。気まずくなって。それっきりで。地元にもいられなくて。周りの目が怖くて。ずっと引き籠って」
後輩の伸びた手が。俺の飲みかけのビールを掴み、口元へ運ぶとゴクゴクと喉を鳴らしてゆく。
「……一番ショックだったのは。あんな目にあったのに。やっぱり性から逃れられなかったって事っすよ。一人だと寂しくもなって。自慰したりするんすよ。あんな目にあったのに。悶々としてそれがすごく苦しかったんすよ。時間が経つとあれは夢だったんじゃないかって思ったりそれで大学受験して通いだしたんすよ」
「……ごめん」
「別にそんなつもりはないっすよ。ただやっぱり人の目が怖くて。昔はもっとまじめだったんすよ。今は金髪ツインテールっすけど。うちを知っている人間が、うちがこんな格好するわけないって思うかなって。馬鹿みたいっすよね」
何にも言えなかった。何にも言えない。
同時に。なぜだか。胸の痛みが消えていた。
後輩に比べたら、自分はマシだと考えてしまったのかもしれない。後輩の心の傷に比べたら、彼女に浮気されただけの自分が大した事のないように思えてしまった。
コテンと膝の上に頭を乗せて来る後輩。
「先輩」
その唇が僅かに震えていた。
「ん?」
「すみません。こんな話。重かったっすよね」
またため息が漏れてしまった。深く息を吐いてしまった。それを話す事で、後輩は俺との今の関係が崩れてしまうのではないかと考えているのかもしれない。
「俺なんて彼女に浮気されただけでお前より女々しいよ……」
「人って痛い目を見ないと理解しないんすよ。大事なものって……」
良い返しが思い浮かばなかった。
「先輩?」
「んー?」
「エッチ……する?」
噴き出して笑ってしまう。
「なっ‼ なんで笑ってるんすか‼ こんな自分とは嫌っすか⁉」
「そうじゃないよ。そうじゃない」
起き上がった後輩の腕を、腰を掴んで引き寄せても、彼女は嫌がったり視線を逸らしたりはしなかった。
膝の上に座らせると体を預けてくる。
「やっぱり……エッチするんすか? うちは。セフレですか?」
頭を撫でてしまう。
「結婚するか?」
「えっ⁉」
「ゆっくりでいいよ。ゆっくりでいい……」
頭を撫でていた。ただ、彼女の頭を撫でていた。
「うち。今お風呂入ってないから臭いっすよ」
「それを言うなら俺もだ」
「うち。先輩の汗のニオイって結構好きなんす」
「俺だってお前の汗のニオイは好きだよ」
「もしかしたらニオイフェチかもしれないっす」
「だから野球部マネージャー?」
「先輩‼ デリカシー‼」
「ごめんごめん」
「……結婚て、ほんとっすか?」
「結婚する?」
「うち、傷物っすよ」
「そんな事言うな」
彼女を包む腕により力を込めて引き寄せる。
「へへへっ。先輩。言質取りましたからね?」
スマホの録音画面を差し出してきた後輩が、なぜだか妙に愛おしかった。
彼女は俺のために十分尽くしてくれた。俺も彼女に尽くしたい。
元カノとはまだ蟠りはあった。家の前に来る事もあった。ただ元カノ自身も随分と参っているようだった。遊ばれていると。自分が何をしたのか。今更ながら後悔と罪悪感に苛むようでもあった。でももうどうにもならない。
縋り付かれても何もできない。
「ね? 何か言ってよ。どうして何も言ってくれないの? 最近変だよ? 全然連絡も取れないし……着拒してるよね? なんで? 私なんかした?」
「もう終わりにしよう」
「なんで⁉ 私なんかした⁉ そんな一方的に‼」
「理由はお前が一番良くわかっているはずだ。別に責めはしないよ。もう終わったことだ。もうどうにもならない」
「理由ってなに⁉」
元カノは今にも崩れ落ちそうだった。でももうどうでもいい。もうこの人は、俺の大切な人ではないのだから。
「それはお前が一番良くわかっているはずだ」
この世界には弱者に容赦のない人間がいる。心が弱った時に、誰か傍にて歯止めを効かせてくれなければ――。元カノがそんな誰かと身持ちを崩すのに時間はかからなかった。
「先輩。今夜もうちくるっすか?」
「行くよ」
「へへへっ」
後輩の頭を撫でる。
「なんすかもう」
引き寄せて頭へと唇を寄せる。
「なっなんすか。はっ発情してるんすか?」
「そうだな」
「なっなんすかもー。そういえばまたあの先輩が声かけて来たんすよ。あんまりしつこいんで職員に相談して注意して貰ったんすけど、そこから芋摺式に犠牲者の告発があがって。もうギタンギタンですよ。すかっとしたすっか?」
「……もう先輩なんてどうでもいいよ」
「……そうなんすか?」
「お前の事だけ考えていたい」
「なっなんすか。うちにゾッコンじゃないっすか」
「そうだよ」
「うっ……」
顔がみるみると赤くなってゆく後輩が妙に愛おしかった。
また後輩の部屋で朝までゲーム。違うのは苦しくないって事。
「せっ先輩‼ ハーブは組み合わせて使うって言ってるじゃないっすか⁉」
「だって俺死にそうだったし」
「しゃー‼ にゃあああああ‼ にゃあああ‼」
「引っ掻くなよ」
「ハーブは合成するっす‼」
朝までゲームしたら連れ立って眠る。腕の中で嬉しそうに顔を寄せる後輩が妙に愛おしかった。
季節は過ぎてゆく――その年のクリスマスを二人で睦まじく初めてを過ごした。
「こっこれでうちらもパーリーピーポーっすね」
「何言っているんだか。それより大丈夫?」
「そういう気遣いはいらないっす……。恥ずかしいんすから」
街を歩く時も寄り添わずにはいられない。
ホテルと。予約したレストラン。料理。
「せっ先輩はおかしいっす」
「なにが?」
「さっきまで、あれほど求めあったっすよね?」
「そうだよ」
「まだ足りないんすか?」
「そういうんじゃないよ」
その頬へと唇を寄せる。
「愛してる」
「ぶっ‼」
「吐くなよ。作った人に失礼だろ」
「なっなんすか。そのっ。なんすか⁉」
「お前の事を愛しているってだけだろ」
「うー……なんなんすか」
「好きだよ。愛してる」
「せっ先輩。かっ。このっ。うー」
「もうゴム付けないから」
「なっ‼ つっ……できちゃうっすよ。いいんすか? いいんすか⁉」
「いいよ」
後輩は大きく息を吸い大きく息を吐いた。何度も深呼吸を繰り返す。唇を寄せると熱を帯びているのが良くわかる。
「いっいいすね? もう戻れないっすからね? 本気になっていいんすね?」
「俺は何時でも本気だったけど」
「そう言う意味じゃないっす……本気で。愛しちゃいますからね」
「俺はもう本気で愛してるけど」
「そっそういう意味じゃないっすよ。いいんすね?」
「いいよ」
「あああああああああああ」
顔を抑えて悶えだす後輩が妙に愛おしかった。
大学を卒業し夫婦になりしばらく、風の噂で元カノが亡くなったと聞いた。
それが本当かどうかはともかくとして俺は葬式には行かなかった。もう関係ない。
自分で決めた事の責任は、自分で負わなければならない。それが自分にとって軽かろうと他人にとって重かろうとも。
「何考えてるんすか」
「ちょっとね」
「あー別の女の事っすか」
ムカッとして妻を抱き寄せてしまう。
「じょ冗談すよ。ほんと……うちの事好きっすね」
「そうだよ」
「うちも……好きっす」
「愛してる」
「うぅううわああああああっはっず‼ はっず‼」
「俺は恥ずかしくない。お前だけだよ。お前を愛してる」
「ああああああああああ。なんすか? さっきあんなにしたのにしたいんすか? したいんすか⁉ 四人目出来ちゃいますけども‼」
「不思議なんだけど……満たされているのにもっとって求めてしまうんだよ。お前の事を愛しているって前よりももっと思うんだよ」
「あー……わかるっす。なんすかね。この感情って言うのか。うちも……旦那さんが愛おしくてたまらないんすよ……エッチがしたいってわけじゃ。いや……そのしたいんすよ。でもしなくても愛おしいっていうか。したあとが愛おしいっていうか」
「愛してる」
「うっうちも……愛してるっす」
口付けはチョコレートのように甘くて温かく湿っている。
「愛してる」
「ううううう。うちも……その、愛してます。ああああああああああはっず‼」




