わたしよりも小さかった、おさななじみは女の子になりました
わたしよりも小さかったくせに、なーに大きくなってんだよ
「あぶないよ、ナツお姉ちゃん」
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。ほらっ……わたしがついていてあげるから」
ぎゅっと、わたしが手を握り……ひっぱる。
ずーっとこのままわたしにひっぱられるんだろうなー、と思っていたアキは。
「ナツお姉ちゃん」
「こらっ、泣かないの! わたしたちはまたどこかで絶対に会えるから。ゆびきりもしてあげる」
「うん」
アキは小学生になる前に両親の都合でどこか遠くへといってしまった。
よく覚えてないけど。当時のわたしはアキが自分の目の前からいなくなったのを受け入れられなく、しばらく泣いたらしい。
わたしも女の子なんだもん、しかたない。
でも……いつしかぽっかりとあいていた穴はふさがってアキのことは忘れてしまっていた。
あんなにかわいい弟みたいな存在だと、わたしは思っていたのに。薄情なのかな?
中学生になれば。
高校生にさえなれば。
勝手にわたしを大好きになってくれる人が現れてくれて、いわゆる青春ともよばれるちょっぴりいやらしいことが起こると思っていたけど。
「あるわけないでしょう」
「ですよねー! でもさ、こっちから積極的に好き好きアピールするのって……男の子からしたらドン引きするんじゃないの?」
「いや、わりとよろこぶと思うけど」
「なんで?」
「アホだからよ」
そっかー、たしかにねー。ふふっ、さすが頭脳がひとり歩きしているといわれるほどの天才のフユミちゃんだ。
さては天才だな、上手くやりやがって。
「そもそもの話なんだけど……ナツって恋人とかがほしいと本気で思っているの?」
「んー、いや……ちょっとした好奇心」
昼食のメロンパンをかじっている制服姿のフユミちゃんがなんとも言えない表情をする。
なんだろう、このアホな子はなにを言っているんだ? このアホな子……という感じだった。
「悪いことは言わないからやめておきなさい」
「フユミちゃんがお母さん口調をやめてくれたら、考えてあげなくもない」
だれがお母さんだ! とかつっこまれると思ったがフユミちゃんはだまっている。
「アホな子のナツには、まだ恋人とかははやそうだからやめとけ。これでいいの?」
「天才か!」
しかも、かわいすぎない! なにこれ、反則か!
「フユミちゃん! わたしと結婚しない? そしてわたしを養ってくれない?」
「願い下げ。わたしもお嫁さんになりたいし」
「だよねー、フユミちゃんは彼氏にぞっこんだし」
「まじで……ハルヒコくんの話題はやめろ」
おーおー、てれておる。ぐひひ。
フユミちゃんの唯一の弱点だよね。ハルヒコくんとやらの前ではどんな風にデレているのやら。
「で、ハルヒコくんの前でフユミちゃんはどんな風にデレているの?」
「デレてないから」
「どんな風に甘えているの?」
フユミちゃんが自分の長めのつやつやな黒い髪を人差し指でいじっている。
「たまに」
「たまにー?」
「こう」
「こう?」
フユミちゃんが両腕でわっかをつくった。
わたしもマネをしてみるも、フユミちゃんがにらんできたのでやめた。
「その……くっつく」
「くっつく!」
「正面は恥ずいから、後ろから」
「いやいや、それは逆に痛い痛い痛い痛い痛い」
暴力? そんなものはありませんでした。
仮になぐられたとしても……わたしはマゾヒストなのでフユミちゃんに頼んだだけなのです。
「わかったか……恋人をつくるのは大変なんだ」
「フユミちゃんもキャラが渋滞しまくっていて大変なのと同じことなんだね」
わたしはアホな子でよかったよ。
「話を戻すけどさ、わたしに恋人は」
「むり」
「やめとけ、とかじゃなくて?」
「だまっていれば、なんとかなるかもしれない」
それはもう、恋人という名前をつけられた人形のような気がする。
「まあ、一定の需要はあると思う」
「わりとなんでもできると思うんだけどな」
「そういう隙のあるところはやめといたほうがいいとわたしは思う」
「料理とかのことだけど?」
「わたしはわかっている。男はアホだからそういうのをねじまげるのよ……ハルヒコくん以外は」
ふーん、よくわかんないけど。
とりあえずフユミちゃんが彼氏にぞっこんなことだけはあらためてわかった。
これからもいじりがいがありそうだな。ぐひひ。
「やっぱり……わたしってかわいいよね。わたしが甘えれば大抵の男の子は落とせるはずだ」
やんないけどね。失敗したら恥ずかしいし。
でも、かわいいのはたしかだろう。
なんでこんなにかわいいわたしを恋人にしようと思ってくれる男の子は現れないのやら。
女子トイレの鏡の前で笑顔の練習をしていたら、後ろを通りすぎた知らない女子生徒に笑われた。
長さはいいとして、茶髪なのがヤンキーっぽく。
「ナツお姉ちゃんだよね?」
「はい?」
わたしにはきょうだいはいなかったはず……両親が浮気などをしていなければ。いや、パパならやりかねないのか。
「パパの連絡先を教えるのでわたしへの暴力は」
振り向くも、そこに顔はなかった。制服のリボンが見える。少しだけ首をかたむけて見上げると……凛としたきれいな顔があった。
「どちらさまでしょうか?」
「アキだよ。小さいころに一緒にあそんだ」
「アキ?」
はて、今わたしの頭の中に出てきたアキは小さな男の子で……目の前の凛とした顔のわたしよりも背の高い女の子ではない。
そもそも男の子のはずだ。女の子ではない。
「あの」
「男の子の小さなアキなら知っているけど、こんなに大きい女の子のアキは知らない……でしょう?」
くっ、先読みをするとは……できるな。こいつ。
「ナツお姉ちゃんがゆびきりをしてくれたおかげでまた会えたね」
と、凛としていた顔つきをやわらかくしたアキが小指をまっすぐにのばす。
「まじで……あのアキ?」
「そうだってば。ナツお姉ちゃん、あのころよりも小さくなったんじゃない」
「さすがにそんなわけ」
うん? なんだ……声がうわずっているのか。
なんで、ドキドキしてしているからか?
「でも、よかった。ナツお姉ちゃんが小さいころのままで……彼氏とかできていたらどうしようとか、思っていたけど」
思い出したからか。小さかったアキを自分の思い通りにつれまわして、遠くへいったときに死ぬ寸前までへこんだのは。
「ナツお姉ちゃんはフリーみたいだね。しかもまだだれにも染められてなさそう」
アキ、いつかわたしの旦那さんにしてあげる!
「約束どおり、旦那さんになりにきたよ。ナツお姉ちゃん」
「いやいや……わたしたち女の子同士で」
チャイムの音が聞こえてきた。
「チャイムも鳴ったし、教室に戻らないと」
「ナツお姉ちゃん。なにをあせっているの? もしかして好きだったことを思い出してくれたの!」
やばいやばいやばい……これ以上は。
「そんなわけないじゃん!」
「あはは、ナツお姉ちゃんも気持ちがツンツンすることがあるんだね。だいじょうぶ。だいじょうぶ。こわがらなくていいよ」
今度はわたしがリードしてあげるからさ。
大きくて……女の子になってしまったアキに手をひっぱられる。まったく抵抗ができそうにない。
これからはフユミちゃんをいじるのやめよう。
気持ちがよくわかった。
なるほど。ぞっこんとは。
ちょっ、まっ。はやいはやい。アキ。
だめだめだめだめ。




