7話 魔王の有効活用
ハイン平原に到着して、天賦はすぐに「ファティ」が乗る車を発見した。馬車よりも大きく、屋台に車輪をつけたようだ。馬は見当たらないのに、車輪は一人でに、高速で回っている。
そして、それよりも目を引くのが、それを追っている魔物だ。天賦はそれが一目で魔獣ではなく魔物だと理解した。
天賦はグリフィンを見たことがなかったが、それが「魔物」であることに安心していた。
天賦は魔物よりも、未知の魔獣の方が怖いと思っている。何をしてくるかわからないし、体の構造も不明で弱点が分からないからだ。しかし、それが魔物であるなら話は別である。
魔物は共通して、胸部が弱い。頭よりも胸だ。心臓がある場所でなくとも、胸部を破損すれば死ぬ。「死ぬ」というより「動かなくなる」が正解かもしれない。
「カルメ、いくよ」
「おう!……そういや、オレって何すりゃいいんだァ?」
カルメの疑問を無視して、天賦は魔物に向かって矢のように走った。ここに来るまでに身体は上気していたが、戦うには丁度いい。早速買ったナイフを手に、車を追いかけるのに夢中の魔物に迫る。
魔物は完全に不意を突かれ、不格好に翼をギクシャクと曲げた。胸まで届くことはなかったが、右翼を半分ほど切り落とすことができた。
一方、カルメは天賦の邪魔にならないように空を飛んでいた。何をするか迷っている。
魔物は天賦を視界に捉えると、おびただしく鳴いて前足で天賦を抉ろうとした。
天賦はその足をナイフ――ではなく、自らの腕で払い除ける。「マジかよ」とカルメが呟く。天賦にその声は届いていた。彼女は耳もいい。
隙ができた胸部に、天賦はすかさずナイフを突き刺した。そのまま横に引き裂き、魔物に大きな傷をつける。
魔物は痛みに悶えることはしない。彼らには痛覚がないからだ。
すぐそばに寄ってきた天賦に、凶器のようなクチバシを向ける。濃い血の臭いがして、天賦は顔を顰める。カルメの偽クチバシとは大違いだ。
これが魔獣であれば口内を攻撃したが、痛みで止まらない魔物には無駄な行為なのでそうしない。天賦は魔物の下を潜り、背後に出て態勢を立て直した。
既に魔物は車から興味を逸らしている。これで報酬は確実のはずだ。天賦は微笑みを浮かべた。
魔物は学習せず、また天賦に鉤爪で攻撃しようとした。全く同じ動きだったので、天賦は足を弾かずに、最低限の動きで見事な回避をし、胸元に潜り込んだ。
先ほどつけた傷にナイフを抉り込ませ、捻り、思いっきり引く。すると魔物の胸元から黒い液体がドバッと溢れ出した。粘度のあるそれは草原に侵食していき、水たまりのようになる。
魔物の「外側」はぬいぐるみから綿を抜いたように萎み、動きを止めた。何度見ても気味の悪い斃れ方だ。
「嬢ちゃん、マジやるなァ」
何もしなかったカルメがバサバサと降りてきて、天賦に賞賛の言葉を贈る。実際、天賦が1人でやった方が早く終わるので、カルメを責める気持ちは天賦にはなかった。
「嬢ちゃん、人間はこの死体をどうすんだ?食うのか?」
「食べない。ほっといたらそのうち消えるから」
魔物が嫌われる原因の一つだ。
勿論、無差別に動物を殺して回ることや、ショッキングな見た目もしっかりとした理由だが、魔物を殺すことを生業としている冒険者にすら、魔物を好く変人はいない。
普通、魔獣は死んだら肉や毛皮、種類によってはツノや牙も取れる。生物なのだから当たり前だ。
しかし、魔物は何も取れない。死んだら中からドロドロした黒い液体が溢れ、一日もしたら消滅する。被害を撒き散らすだけで、人間が得する部分は何一つない。
ある一説では、人間は呪いより先に魔物に殺され尽くして死ぬ、と言われている。人間の精神が崩壊する原因が呪いだとしたら、魔物は肉体が破壊される原因だ。
「ンじゃ、あの車の持ち主に挨拶しに行くかァ」
ふたりは、天賦たちから少し離れた所に止まっている車を見た。前髪を真ん中で分けた黒髪の男が、震えながら顔を小窓から出している。
彼は顔を引き攣らせたまま、天賦たちに話しかけた。
「あ、あの……あっ、あり――」
突如、彼の車からゴウンゴウンと何かが動く音がした。魔道具の回路が動くときに出る音を大きく、低くしたような音だ。その音がどんどん高くなっていき、一度止まると――車輪が猛スピードで動き出した。
「え?」
「あ?」
「えぇ!? ちょっ!」
そのまま、車はガタガタと蛇行を繰り返しながら走っていく。天賦は走り、カルメは飛んでファティと並走した。
「どっ、どうして逃げるの!」
「逃げてません! 魔力を無理に入れすぎちゃったんです!」
ファティは円盤に書かれている魔法陣をわたわたと触り、自分の制御が効いていないことを天賦に必死にアピールした。
「え、ど、どうすればいいの」
「とにかく止め――うわっ!」
小石に車輪がつまづき車内が大きく揺れ、ファティが転倒する。
天賦は車を掴んで止めようかと思ったが、この暴走する車を天賦の力で無理やり停止させたら車の方が壊れてしまいそうだと思ってやめた。いずれは自分たちが乗る大切な移動手段だ。
しかしこのまま放っておいたらいずれ木に衝突するか窪みにはまって横転するかしそうだ。昨日から頭を使うことばかり起こって困る。そろそろ"相棒"のグリップが熱を発しそうだ。
「どうすんだよ嬢ちゃん、俺たちの車が!」
さっきから飛んでばかりで、カルメは何もしない。戦うのは私がやるから、カルメは頭を使ってくれたらいいのに、と天賦は思う。できることは字を読むことと話すことと、あとは特別硬いくらいで――
「……思いついた」
「いいぞ! さ、どうする?」
「カルメ、硬いよね」
「あ?まァ硬いけど」
「魔法、効かなかったよね」
「だからそれが――グエッ」
カルメの首根っこを掴み、それをなるべく丸い形になるように整えた。そして、暴走する車――の車輪に、狙いを定める。彼女は目も良い。
天賦は高速回転する車輪の隙間を見計らい、そして、カルメを勢いよく投げた。
見事にカルメは車輪の隙間に挟まり、甲高い音を立てて後輪が浮いた。ギチギチと音を立て、勢いが死んだ頃、ずしんと後輪が地につき、無事に止まった。
「良かった、なんとかなった」
「なんとかなったーじゃねェ! 何してんだよ!?」
カルメは車輪に挟まったままだが、やはり元気そうだ。頑丈すぎて怖くなる。
「カルメ、【砲撃】効かなかったし」
「魔法はな! コッチは試してなかっただろ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐカルメを引っこ抜く。本当にどこにも異常はないようだ。こんなに頑丈なら、最初からカルメを投擲武器として使うべきだったかもしれない。硬い上、投げても戻ってくる。
一段落ついたところで、ファティと話をするために、戸の前に立った。死んでいることはないだろうが、角に頭をぶつけて気絶でもしていたら困る。
ふたりは車の中を覗く。ファティは逆さに放り出されていた。襟はくたびれていて、髪はボサボサになっている。
「大丈夫?」
「な、なんとか……」
彼1人では立ち上がれそうになかったので、手を貸した。
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ハイン平原から離れる最中、天賦とカルメは目配せを何度も繰り返していた。ファティはそれに気がつく様子はない。そして、彼が「あの」と話を切り出した瞬間、ふたりは互いに頷いた。
「あの、助けていただき、本当にあり――」
「私はあなたを知ってる。あなたはファティ」
「ファ、え? ええ、ファティですけど……」
ファティは目に見えて戸惑っていた。彼も天賦のことは知っていたらしく、試合を一度観たこともあるらしい。なので、あの闘技場の王がなぜ自分を知っているのか困惑している様子だった。
「ケミタンって人から言われて来た」
「あ、良かった……!ちゃんと届いてたんですね」
ファティは胸を撫で下ろした。そして散らかった車内に転がっていた鉱石を手に取り、それに2回ほど触れた。鉱石はすうっと青色に戻っていく。
「本当に、あなたが来てくれなければ――」
「私が助けた。死にそうなところを助けてあげた」
強い口調に、ファティの顔が曇っていく。彼は助けられたことには本当に感謝している。だが、様子のおかしい天賦に、なんだか嫌な予感がしていた。
「……えっと」
「ムーナウーヴァに連れてって」
「……はい?」
ファティは眉を顰めた。目を見開いたようにも見えたが、彼は瞼をほとんど開いていないように見えるので、その表現は正しくない。
「あと色んなとこ。呪源がいるとことか」
「……はぁ?」
ますますファティを困惑させる天賦を見かねて、カルメが彼女の肩から降り、ファティのすぐ側まで寄った。
「なァ。人命救助したんだから、それなりの恩があって当然だよなァ?」
「それは勿論……え!? 待っ、鳥が喋ってる!」
「そこは今はいいんだよ」
「えっ、すみません……え?」
結果的に、彼をさらに戸惑わせることになってしまったが、カルメは言葉を続けた。
「オレたち、ちょっと事情があって呪源を退治しなきゃいけないワケよ」
「じゅ、呪源を……?」
「ンで、それなら世界中を旅する必要があるよなァ?でもよォ、オレらは馬車も何にも持ってないから、どうしようかって言ってたのよ」
ファティの強張っていた顔がしだいにリラックスしていく。そして、何かに気がついた瞬間、ダン、と音を立てて床に手をついた。
「ま、まさか俺の「術力車」が欲しいんですか!?」
「いや、ファティも。呪源を斃しきるまで、ずーっと」
天賦がファティを指差す。ファティは「おれ」と口を動かし、同じように自分を指差した。
「オレたち、魔法はからっきしなんだよ。な、分かるだろ? この車に慣れてる兄ちゃんに、オレたちを色んなトコに連れてって欲しいのよ」
「待って下さいよ! 連れてってって、それって"あの"呪源がいる所にでしょ!? そんなの、俺みたいな一般人、命がいくつあっても足りませんよ!」
激しく抗言するファティに、天賦がわざとらしくため息をついた。ファティの肩がビクリと震える。
「命、救ったのになー」
それを言うと、ファティの口がキュッと閉じられた。ファティはそれを言われたら何も言えなくなる。呪源がいる場所に行くのも死にに行くようなものだろう、なんて反論することはできなかった。
「嬢ちゃん、マジ大変だったよなァ?」
「大変だった。魔道具屋からハイン平原までたくさん走った」
「魔物も狩ったのになァ」
「見たことない魔獣の魔物だった。もしかしたら私が死んでたかもしれない」
ファティは居心地が悪そうに縮こまる。冷や汗が額を伝い、床に転がっていたおたまを不安そうに抱きしめていた。
「ねえ、ファティ」
天賦が俯くファティの視界に無理やり入る。ファティは驚いて後ろに倒れた。鍋に頭を打たなかったのは幸いだった。
「命を救った側として"お願い"する。協力しろ」
ファティは瞼をより強く塞ぎ、天賦から逃げるように床に後頭部を擦り付けた。しかし、天賦とカルメの"お願い"に頷くまで、ファティに逃げ道は生まれない。
「……だれかたすけてください」
ファティはついさっき、「もしこの世に取引を好む悪魔がいるならば、それと契約しても構わない」と考えたことに心底後悔した。凄まじい形相の天賦と、謎の喋る黒鳥は、彼の目からは紛れもない悪魔のように見えた。




