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第6話 救援信号

今回は少し短めです。

読んでいただきありがとうございます!励みになります!

呆然とした後、店主はハッとしたように鉱石を確認した。


「「――ハイン平原、魔物、助け求む……」」


店主は、カルメが小声で呟いた文字と全く同じことを言った。珍しい車を持つと言う「ファティ」が、今助けを求めている。察するに、魔物を襲われているのだろう。


天賦は国の地理は知らないが、「ハイン平原」という場所には馴染みがあった。彼女が魔物退治によく行く小さな平原で、ウィルヒムパーティと頻繁に顔を合わせる場所だ。

なにやら、ハイン平原を通るルートはどこかの国に向かう最短ルートで、他の道を通るよりも何日も早く着くらしい。しかし魔物が立て続けに出現する。あそこでの魔物退治は、馬車の護衛とセットなことが多かった。


ハイン平原のことを知っていれば、通過する時にそれなりに腕が立つ冒険者を雇うはずだが、と天賦は不思議に思う。もしかしたらハイン平原の魔物の出没頻度を知らなかったのかもしれない。


「ど、どうしよ。と、とりあえず組合に行かなきゃ」


ケミタンはカウンターの裏を漁り、「組合」に助けを求める準備をし始めた。それを尻目に、カルメが天賦に耳打ちをした。


「……嬢ちゃん、これはチャンスじゃねェか?」

「チャンス?」

「今からこのファティとかいうヤツを助けにいけば、コイツはオレらに恩を感じるだろ? そしたら、ムーナウーヴァまで乗せてってもらうイイ理由ができるじゃねェか」


なるほど、と天賦は思った。ハイン平原ならどこにあるか分かるし、ちょっと疲れるが、天賦が全力で走ればすぐに着く。天賦にハイン平原で出た魔物に苦戦した記憶はない。体力が多少削れていても問題ないだろう。もしかしたら、お金ももらえたりするかもしれない。


しかし、店主が冒険者組合に行ってしまえば、もしかしたら手柄を横取りされるかもしれない。そうなったら最悪だ。何も利益が返ってこない。


天賦は店主に「待った」をかけ、頼もしく見えるように仁王立ちをした。


「それ、私が助ける」

「……え? 天賦さんが?」


店主は何度も瞬きをした。


「安心して、ケミタン。友達は必ず助ける」

「た、確かに天賦さんはすご〜く強いけど、でも一応……」


資金を持って組合に行こうとするケミタンを止めるため、彼女の前を塞ぐ。


「だから! 私が行く。ケミタンはここで待ってて」


店のドアに手をかける。しかし、ケミタンはまだ心配そうにしている。事実、ケミタンは天賦が魔物退治もしているということを知らないので、一応魔物を討伐するスペシャリストの冒険者たちに助けを求めようとしていた。


「あ、でも……」

「いいから! アンタはここで待ってて、お友達の無事を願ってなァ!」


カルメの一言にケミタンは黙った。天賦はそれを見て、「行ってくる」と言って、店を後にした。


1人取り残されたケミタンは友人の身を案じるようにため息をついた。彼は()()()()()()()()()()()()、今日は何か異例の出来事が起きたのではと疑っていた。しかし、ケミタンは昨日の天賦とベスランの試合を見ている。彼女なら何とかしてくれると信じて、ケミタンは椅子に体重を預けた。そして、今更気がついた。


「……鳥、喋ってた?」



――――――――――――――――――――――――――



――ハイン平原。特殊な車を走らせる黒髪の男――ファティは、ひたすら無我夢中だった。


いつも通り、2日前にクスカルからソエルソスに出発した。勿論、いつもこのルートで護衛を頼む冒険者パーティと共に、この平原を渡るつもりだった。魔物に出くわすことはあれど、危機に陥ったことはない。


だが、今日だけは。今日だけは別だった。


いつも通り「術力車」を動かして、いつも通りパーティが周囲を警戒していた。今日は妙に魔物が出ないな、と思っていた時、車内が揺れた。銀の食器がガチャガチャと音を立てる。冒険者たちから「止まれ」の合図がなかったのにどうして、と外を覗いた。


――車を覆うような、巨大な影。

風を切るような音が頭上からする。口を馬鹿みたいに開けたまま、恐る恐る影の正体を目にした。

ファティは人より勘が鋭い。しまっていた鉱石を取り出し、簡潔な言葉で友人に助けを求める。


白い翼。獅子の身体。鷲の頭。

グリフィンだ。

こんなところで見かけるはずのない魔獣である。

しかし、ファティは違和感に気がついた。

翼は小刻みに不規則な動きを繰り返し、おかしな方向に関節が曲げられていた。そして何より、白目を剥いて焦点が合わない瞳。舌を出して、涎を垂れ流している。

「高貴」なグリフィンのイメージとはかけ離れた様子だ。このように様子がおかしい魔獣を、ファティは、冒険者たちは何と呼ぶのかを知っている。


つまり――「魔獣」ではない。グリフィンという魔獣の「魔物」だ。


グリフィンの魔物が頭を回し、盾を持った剣士に突進する。一瞬で剣士は宙を舞い、四肢を投げ出した。

グリフィンはそれを咥え、ボキボキと痛ましい音を立てて咀嚼した。悲鳴が聞こえないので気絶していたのだろう。一通り噛み終わると、それを飲み込むことなく吐き出した。魔物は生き物を積極的に殺すが、飲食を必要しないので食べることはない。


ファティの震えは治らない。この平原で見たことがあるのは、せいぜい炎馬の魔物だ。ただでさえ危険地帯にいるような魔獣の、それに魔物。こんなものを相手にするのは歴戦の冒険者だけだ。


剣士が噛み砕かれたことで、戦線は一気に崩壊した。魔術師や吟遊詩人を守る者がいなくなり、盗賊が正面からグリフィンの攻撃を受けるようになってしまう。

大柄な剣士でさえ耐えられなかった突進を、身軽な盗賊が受け切れる筈がない。その身軽さも、グリフィンに対しては遅すぎる。盗賊は簡単に踏み潰された。

魔術師は逃げ出し、吟遊詩人はその場に膝をついた。

ファティは自分を守ることができる人員が消えたことを察した。そして、術力車を魔力で動かし、すぐさまその場を撤退する。

魔物は、魔獣のように逃げる獲物ではなく、目の前にいる獲物を優先する。自分の依頼がきっかけで死ぬなんて可哀想だが、生き残るためには彼らを囮にして逃げるしかない。魔術師の悲鳴が聞こえても、彼は振り返ることをしなかった。彼は人一倍生にすがる男でもある。


グリフィンの気色悪い鳴き声が脳にまで響く。

きっと、彼らを殺し尽くしたのだ。となれば、次の狙いは間違いなく自分だ。


「クソ、クソ、クソ――!」


彼は命の危機にさらされる機会も人一倍多かった。

その度に、どうして自分が、と世界を恨む。


非常用に取っておいた魔力を貯めた石も使い、車の速度をさらに上げる。これで壊れてしまったとしても仕方がない。ただ、生きて帰れれば。


ずしん、ずしんと足音が迫る。このままでは追いつかれてしまう。ファティは後先のことを考えず、どんどん魔石を割った。ファティの魔力ではグリフィンの脚力を上回る速度は出せない。

車内の調理道具が床にガシャンと落ちていく。彼に取って大事なものだが、そんなの今はどうでもいい。

誰か。誰か。誰でもいいから助けてくれ。

もしこの世に取引を好む悪魔がいるならば、それと契約しても構わない。


「だれか、たすけて」


ファティは車を走らせながら、その言葉を何度も反復していた。

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