63話 明瞭になって、それから
――次の日の昼時。天賦たちの協力もあり、瓦礫はほとんど片付いた。壁にもたれかかって寝る子供もいる。
治癒師たちの魔力も戻り、傭兵や住民の疲労を回復させていた。マーマレードはいの一番に、メイド長に【治癒】を施した。
現在、天賦たちは町の入り口付近に集まっていた。傍には術力車が停められてる。
魔道具屋の店主があちこち点検し、魔法陣を確認した。メイド長は車の下回りに潜っている。
「……はい、大丈夫、です。動く、思います」
「こちらも、移動には問題ないかと」
「ありがとうございました、本当に」
ファティが店主とメイド長と握手を交わす。これで再び旅をすることができる。安心する反面、マーマレードが何かを言いたげにこちらをチラチラ見ているのが気になった。
「……どうしたの?」
「その……キッチンが……」
マーマレードが二つ結びを掴んで言った。キッチンと聞いて、ファティが「え」と不安げに揺れた声を発して車に乗り込んだ。
「何が、どのあたりが」
「見た目だけでは変わらないように思うが……。」
再生師も背伸びしてキッチンを覗く。天賦は元のキッチンの形をあまり覚えていない。
「失礼しますわ。気をつけて」
マーマレードがメイド長の助けを借りて車に乗った。そして、キッチンに描かれた魔法陣に手を伸ばすと――ぼうっと、背の高い火が舞い上がった。
「うわっ!?」
「申し訳ありません。キッチンに欠陥が生じてしまいました」
メイド長が頭を下げる。資材が限られたこの町ではこれが限界だったのかもしれない。肉を焼くくらいしかできなさそうである。
「いや、元より無茶を言ったのは俺ですし」
「専門の方に相談することをお勧めします」
そう言って、メイド長はファティに金銭を手渡す。ファティは最初必死に断っていたが、最終的にそれを受け取った。
「じゃ、行きます。さよなら」
「おォ、あんがとな」
魔道具屋の店主は頭を軽く下げ、町に帰って行った。それを見てマーマレードも車から降りる。
「私たちも失礼しますわ。また、どこかで会えますように」
「ああ。再会できるといいな。」
魔牛に追われた時のように、意外なところで再び顔を合わせるかもしれない。なんとなくそんな気がした。……結局、なぜ2人が旅をしているのかは分からなかった。
「天賦様」
メイド長と目が合っている気がした。
「また、必ず、お会いしましょう」
「……う、ん?」
妙に芯のある言葉に、天賦は首を傾げた。その意味を聞く前に、メイド長はマーマレードの手を取って踵を返した。
「……さて、と」
カルメはただでさえ長身なのに、背伸びをして町の奥を覗いた。
「どうだろうな……。」
「ん」
来るかは定かではない。
しかし、天賦には理由のない確信があった。きっと、天賦たちが出立する前に現れてくれると。
人が行き交う。家の補修作業をしている。女が小走りで道を行き、大柄な男が横切って――
「……あ」
目のいい天賦は、誰より早くその姿を捉えた。大きなズボンに、いつもは目にしなかった上着を腰に巻いている。
「よォ」
彼が近づいて、カルメはフランクに手を振った。再生師の尻尾の先が揺れ、ファティが砂を軽く蹴る。
赤い髪、橙の目の褐色肌。
幼く見える呪われた男、炎砲だ。
「……ごめん。遅れた、よな」
「来ないんじゃねェかって思ったわ」
カルメはポケットに手を入れる。炎砲は目を逸らして小さく微笑んだ。
「その、大丈夫なのか? こんなすぐに……。」
再生師は尻尾を下に向けて揺らす。まだ彼の心情が心配なのだろう。壮絶な記憶を思い出したばかりだから。
「必要としてくれる人が、いるなら」
炎砲はどこかに目を向けそうになって、すぐ再生師の目を見た。
「しかし――」
「行きましょう。一緒に」
そう言ったのはファティだった。彼がここで発言するのは、天賦にとっては意外なことだった。
ファティはさらさら流れる砂に目を落とす。
「責任が、ありますから」
小さな声でぼそりと呟く。天賦は"相棒"のグリップを握った。
「……よろしくね、炎砲」
「うん、ありがとうな」
炎砲の小さな手を握る。指は震えていなかった。どこかぼうっとした目が気にかかるが、柔らかい表情が天賦の肩を優しく撫でた。
「ま、兄ちゃんが魔法要員になってくれりゃあありがたいしなァ」
「俺にできることならなんでもするよ」
「お、おお、そうか」
カルメがたじろいだ。どうして天賦たちにそこまで尽くそうとしてくれるのか、理由を知りたかった。
ふと、再生師が自身の袖を掴んでいることに気がついた。若干、爪が赤く伸びている。
「さいせ――」
「わーーっ!!」
突如、再生師が叫んで天賦に近づいてきた。そして彼女の髪が天賦の頬を掠めて――
「ええっ」
炎砲を抱え、町を跳んだ。
「分からん! 分からんが! よろしくな! 炎砲、よろしくなあぁっ!」
「わっ、ちょ、わあっ」
再生師の中で何かが限界に達したのか。自在に跳ね、飛んで、炎砲を抱きしめる。いつか見た光景だ。
「え、炎砲くん……」
「どうしちゃったの」
「知らね。居ても立っても居られなくなったんじゃね」
彼女は分かりやすく感情を言葉にするタイプだが、それでも口で表現できないものがあったのだろうか。
だがとにかく、炎砲が笑っていたので安心した。
「オーイ、そろそろ戻ってこいよなー」
空中から帰還した再生師と炎砲の髪が、そこら中に跳ねていた。
――ニーデン傭兵団、そして住民に見送られて天賦たちは出立する。揺れる術力車の感覚が懐かしい。……炎砲は一度もクェンターレを振り返らなかった。
向かう先はソエルソス王国だ。食料の調達やキッチンの修理、炎砲の「魔力の呪い」を軽減するための魔道具を作ってもらうためである。ここから旅をするには色々足りなさすぎる。
天賦は、たくさんのことをぐるぐると思考していた。炎砲のこととか、次の呪源のこととか、そして――英雄のこと。
『みんな以上に僕を守ると言ってくれる人なんていないのに! なんであんなことになっちゃったんですか!!』
あんなこと、とは何だ。
『なんで殺してないんすかね? あの時殺せたのにね? 自分何やってんすかね?』
シュルトカの夢。
『どうか私を見つけて。そして、斃してね』
そして、金眼の女性。
人は理由なく怪物にはならない。どうして彼らが、彼らだけが呪源になってしまったんだ。
外の景色を眺めるカルメをちらりと見る。そういえば、天賦は魔王が実際に何をしたのかを知らない。世界を危機に陥れた、とだけ。
謎が天賦の頭を支配する。"相棒"に反射する自身の顔を見た。
「……あのー」
ファティの声が天賦を現実に連れ戻した。彼は地図と何かの道具から目を逸らさずにいる。
「その、説明します? カルメさんのこと」
「……あ」
「わ、っすれてたァ」
そうだ。炎砲が仲間になったのならそのことは教えるべきである。今はカルメが羽人で、鳥になる魔法を使えると偽っているから。
「何のことだ?」
「私が説明しよう。カルメは――」
そこから、再生師の丁寧で長い説明が始まった。話している途中で再生師が侵食が進んだ腕と足を切り落としたせいで、余計な説明も交えることになってしまった。
カルメも人と鳥の姿を交互に変えている。
そうして、彼女の説明が終わった後の感想は――
「そうなのか」
だった。
「え、それだけ」
「驚かないのか。」
炎砲は泣きぼくろを掻いた。
「驚いたけど、俺はみんなのおかげで戻れたから」
「そ、そう」
「というか、俺に話してくれたのが嬉しいな」
ありがとう、と言って炎砲は頭を下げた。素直に想いを伝えてくれるのは嬉しいが、これでいいのか少し心配になる。
「俺はみんなと違って戦いに慣れてるわけじゃないけどさ、本当に、できることならするから」
「炎砲くん、それは……」
「オイオイ、自分の身はちゃんと守ってくれよなァ」
カルメが本で炎砲の頭を小突く。「いて」と目を瞑った。再生師がそれを見て、カルメの手から青い本を取る。
「今度こそ、ガフタだろう?」
「うん」
事故でクスカルのクェンターレに来てしまったが、本来の目的地は獣人の国、ガフタである。青の厚い表紙が大きく映った。
「ガフタかぁ。一生行くことのない場所だと思ってた」
「私もガフタに行くのは初めてだ! 獣人の文化には興味がある!」
呪源を想像する。――炎砲の前ですぐに呪源の話を出したくなかったので、想像だけ。
前に再生師から説明を聞いたはずだが、何一つとして覚えていない。獣人の国なのなら、すごく大きな熊の呪源とかがいるのかもしれないと天賦は空想した。
そして、自然と――ドラゴンの姿を思い出した。ここに来た原因、天賦が「敵わない」と感じた相手。
呪源、ロジャヴェルズ。
いつか、あれとも戦う日が必ず来る。呪源を二度斃した自分たちなら、炎砲を仲間に加えた自分たちなら斃せるだろうかと考える。それでも結論は出ない。
なんせ、風で飛ばされただけで直接的な力は目にできなかったのだから。
もし、もし。自身が"相棒"を抜けるのなら――
……無理だ。
自分は"相棒"を鞘から抜くために旅をしているのに、"相棒"で呪源を斃すなんて不可能だ。オーガンのような条件を持つのでないなら。
"相棒"を抱きしめる。この黄金を見るといつも安心して、やる気が湧く。
「頑張る、ぞ」
立ち上がって、気合を入れた。他の3人はそれを見て「え」と困惑の声を出す。
「オ、オー」
「おー!」
「おー」
「はは、なんですかそれ」
ファティが天賦に次いだ3人の声を聞いて笑う。
砂の向こうに、木が生える場所が見えた。
――――――――――――――――――――――――――
――針葉樹が揺れる。
今日は一段と強い風が吹く日だ。窓が打ち付けられるが、ガラスはしならない。
雪が空気を舞う外とは違い、この館の中は静寂だ。火が薪を燃やす音と、紙が擦れる音だけが響いた。
大きな、大きな机に肘をつくのは1人だけ。黒、灰、白が入り混じった、立派な尻尾を持つ獣人。左目にかけられたモノクルを、鋭い爪が生えた指で丁寧に上げた。
書類をめくった時、狼の耳がぴくりと揺れた。その後すぐ、光が反射する木製の扉にノックが響いた。獣人は、来訪者が誰であるか聞くことはしない。
「入れ」
低い声で入室の許可を出す。
「失礼します」と入ってきたのは、顔が真っ黒の羊の獣人だ。ブレのない所作で、蹄をカーペットにつけて狼の獣人の元まで向かう。あと3歩ほどの距離で止まった。
「先生、緊急の報告が」
「何だ」
「ムーナウーヴァ帝国の呪源が斃されました」
それを聞いた途端、男は席から立ち上がった。積み上がった本の頂上が斜めにずれる。
本当なのか、と問うことはしない。彼女が不確実な情報を言う人間ではないと知っているからだ。
「誰だ。ウィルヒムパーティか? まさかニーデックじゃないだろうな?」
「呪源を斃す」という偉業を成し遂げた者。その可能性を列挙する。しかし、
「いえ、それが……ソエルソス闘技場の王、ムーナウーヴァの【再生】使い、そして、黒い男と」
「……黒い男?」
男は闘技場の王、【再生】を使う者のことは知識として知っていた。
「話によると、長身の羽人だと言われています」
「羽人だと? ありえん」
羽人は力が弱く、魔法もほとんど使えない。傾向などではなく、種族としてそう決まっているのだ。だというのに、それが呪源退治だなんてますますありえない。
「しかも闘技場のが……」
「"勇者"の剣らしき物を持つ少女ですね」
男が前から目をつけていた存在である。まさかこんな形で話を聞くことになるとは思わなかった。
「今彼らはどこに?」
「不明です」
男はモノクルの縁を爪でなぞる。
「……いずれ、ガフタを、そしてワガハイを訪ねてくるだろう。ホツァイト山の呪源についてな」
男は窓からある方向を見据える。吹雪で先が見えなくとも、真っ直ぐに。
「それまで待とう。山程質問をしてやりたいが」
「承知いたしました」
羊の獣人は頭を下げる。判子が押された書類を回収し、控えめな装飾が施された眼鏡を上げた。
「もう一つ。先生にお時間をいただきたいという方が」
「「魔獣の呪い」か「腐食の呪い」なら追い返せ」
男は一枚の紙を暖炉に放り込みながら言った。
「いえ、「召使」と名乗る方です」
その名を聞くと、男は右耳を一度振るった。
「……通せ」
3章完結です。
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