第5話 素寒貧の世間知らず
「嬢ちゃん、そんなに気を落とすなってェ」
かれこれ30分、カルメは天賦を励まし続けている。
あの後、事の重大さを理解した天賦は無理矢理にでも床を引き剥がそうとした。タイルを蹴り落とそうとしたり、殴って砕こうとしたり、さらにはカルメのくちばしを使ってこじ開けようともした。しかし、いくらやっても地下遺跡への道は開かれなかった。
天賦はこれまで多種多様な武器を湯水のように使っていたが、現在の装備は"相棒"(鞘入り)のみである。これでは全ての敵に対処することは天賦にだって不可能だ。
闘技場の出口に飾られた武器を眺め、何度も何度もため息をつく。天賦にとって一番かけがえのない武器は勿論"相棒"だが、戦闘では全く使わない。使いたくない。石像を倒した時が初めてだったような気もする。
「とりあえず、一つは確保できたんだしよォ、一回街に出てみようぜ。な? もしかしたら安くていいのもあるかもしンねェし」
幸いにも、天賦のジャケットのポケットに一つだけ、硬貨が半分ほど詰まった巾着袋が偶然入っていた。無一文ではないが、余裕があるわけでもない。
「……うん」
天賦はようやく立ち上がり、闘技場の出口をくぐった。
闘技場から一歩出た瞬間、眩しい光が天賦たちを射す。闘技場で戦っている時、魔物を狩っているときは碌に見たことがなかった太陽だ。
地下にいた頃は気が付かなかったが、とても高く昇っていたので既に1日経っていたのかと天賦は驚いた。
外は活気に溢れ、人々のざわめきが聞こえてくる。不揃いに並んだオレンジ色の屋根は、まるで太陽の光を吸ったようだ。
ソエルソス。世界で最も栄えている王国だ。
「おォ、これが人間の街かァ」
「カルメ、大きな声で喋らないでね」
流暢に言葉を話す鳥なんて誰も見たことがないはずだから、きっと目立つし警戒される。天賦はそう考えて、人が多いところではカルメになるべく喋らないように言った。
「まずは武器屋だよな。場所は分かるか?」
「剣が置いてある店は見たことある。だからそこに――」
「あーーっ!!」
天賦を指差し、一際大きな声をあげる子供が1人。天賦はカルメと話しているところが見られたのかと警戒した。
「天賦!天賦がいる!」
子供が言い放った瞬間、街の人々の視線が天賦に向く。「天賦?」「天賦って、あの天賦か?」と、ざわめきはどんどん広がっていった。そして――
「天賦!? 嘘、本物だ!」
「なんで外に天賦がいるんだ!?」
「昨日の試合凄かったです!」
「私ファンで、やだかっこいい!」
天賦の周りにどっと人が押し寄せ、辺りの景色がまるっきり見えなくなる。今までも天賦は大勢の人に囲まれていたが、こんな至近距離まで迫られたことは無い。もともとコミュニケーションが不得意な天賦は、意味のない母音を震わせることしかできなかった。
「天賦さん、50連勝おめでとうございます!」
「ア、ウン、アリガト」
「試合の時! どこに消えたんですか?」
「ウ、ウエ」
「その鳥は? 天賦さんのペットですか!?」
「ソンナトコ」
人の波は収まることを知らず、次々に天賦に集まっていく。その様子を見かねてか、カルメが翼でバシバシと天賦の頭を叩いた。天賦はハッとして、無理やり前の人を押し除ける。
「今急いでる! ごめんね!」
人だかりに合間が見えた途端、天賦は全力で駆けた。後ろの人々は「消えた!」と興奮している。
いきなり全力で走ったにも関わらず、カルメは天賦の肩にしっかり乗っていた。
「……おい、嬢ちゃんの方が目立ってンじゃねェか」
「びっくりした。私、有名人」
自分が闘技場で有名な方だとは知っていたが、実際に自分を応援している人を前にして、初めて自分の客観的な評価を理解できた。
「てか嬢ちゃん、必要なものをもう一個思い出したぞ」
「そんなに買えないよ」
「違う違う。仲間だよ、仲間」
仲間、と聞いて想像したのはウィルヒムパーティの面子だ。彼らはとても仲が良く、かつパーティとしてもバランスが良い。対して、こちらは戦士1人と硬い鳥1匹だ。
「魔術師とか、あと僧侶とかかァ? 流石にこれっぽっちで呪源には勝てねェだろ」
「でもそんなに強い人たち知らない」
「だから聞けばいいんだってェ。武器屋の店主とかなら知ってンじゃねェか?」
天賦は納得する。武器屋には当然、武器を求める人、つまり戦う人間が集まる。その店主ならば力を持つ人の情報も知っているだろう。
「ほら、武器屋はどっちだ?」
「えっと、確かこっちだった」
それからも道中で何度か人混みに囲まれて、道に迷い、武器屋に着いたのは昼頃だった。
「うーん、あまりいいのがない」
武器の山を見て、天賦は呻っていた。どれも似たり寄ったりで、天賦が求めるような物はない。モーニングスターと槍を見比べていると、カルメが小さな声で天賦に聞いてきた。
「嬢ちゃん、いつまでそこ見てンだよ。中古品なんだから特別いいモンなんてねェだろ」
「え? 中古品?」
「ソコに書いてあるじゃねェか」
カルメが羽を刺したところには共通語が書いてある。天賦には読めなかったが、これは「中古品」と書いてあるらしい。
「待って。カルメ、文字読めるの」
「……お前さん、読めねェの?」
カルメがまるで心外だ、という風に聞き返す。200年封印されていたのに何故現代の共通語が読めるんだ、という疑問は心にしまっておいた。
「カルメ、どこに新品がある?」
「んー、あそこ。階段登ったトコ」
カルメに言われた通り、武器屋の階段を登る。先には下の物とは違い、刀身が輝いた武器が揃っていた。
天賦が初めに目につけたのは、胴の色をした巨大なハンマーだ。ずっしりとした重みがありありと伝わり、自分がそれを振る姿が容易に想像できる。
これがいいとカルメに言う。しかし、あまり反応が良くなかった。カルメは袋の中身とハンマーの値段を交互に見て、重い声色で告げた。
「いけるけど、マジでちょうど。コレ買ったら何にも買えなくなるぞ」
天賦の肩が跳ねた。自然とハンマーから距離を置く。武器は欲しいが、無一文になるのは恐ろしい。
闘技場でカルメに言われたが、外では食事も住居も提供されない。美味しい料理を食べたいなら飯屋に、安全な場所で寝たいなら宿屋に金を払わないといけない。
何故か勘違いされるのだが、天賦は野生児ではない。風呂は我慢できても、硬い土の上で一晩過ごすのは許容できない。臭い肉を無理に食べるのもごめんだ。
"相棒"のため、と言われたら多少は我慢できる。多少は。
カルメは店内を見渡し、天賦に耳打ちした。
「……嬢ちゃん、一つ買ったらすっからかんだな」
天賦は迷った。快適な生活を取るか、武器を取るか。
「天賦」という通称は、彼女がどの武器も達人のように使いこなすことから付けられたものだ。初めて見る武器でも感覚で理解し、飛び道具でもなんでも駆使する。
しかし、その天賦が唯一苦手とするのが素手での戦闘だ。力任せに手足を振れば人間の骨は難なく折ることができるが、それだけだ。武器を手放した瞬間、天賦は何故か素人同然の動きしかできなくなる。だから、どうしても武器が欲しかったのだ。
結果、天賦は新品のナイフを買った。2階の武器の中で一番安かったからだ。それでも、巾着袋の中身は既に銀貨3枚。呪源にたどり着く前に貧乏で死なないことを祈る。
天賦たちが店から出ようとした時、階段が軋み、下から2人の人間が上がってきた。老人と若い女性で、2人とも同じような服を着ている。錆の匂いがして、いかにもな鍛冶屋の格好だ。女性は天賦に気がつくと、わあと声を出して老人の肩をちょいちょいとつついた。
「わっ、見てください、天賦ですよ、天賦! さっきの話、本当だったんですね!」
女性が老人に興奮した様子で話しかけるが、老人はそれを無視して天賦に近づいた。カルメは一瞥だけされた。
「あんさん、天賦か?」
「え、ハイ」
「ウチのナイフを買ったんか、見る目あんじゃねえか」
老人に肩を叩かれた。「ウチの」と言ったから、この男が恐らく、この店の主人なのだろう。
「あっ、こちらはこの店の鍛治主で、皆は「老師」と呼んでいます」
「ローシ?」
「老師や。「束縛の呪い」っちゅーてな、この店、あと鍛冶場から出れん呪いにかかっちまったんだ」
天賦は、初めて自分以外に呪われている人間を見た。召使はどうなのか聞いたことがないので、明確に「呪われている」と言ったのは老師が最初だ。
「それ。ええモン持っとるのに、なぜに使わないんか?」
老師は奇妙な鳥に目もくれず、天賦の"相棒"を指差した。
「私も呪われてる。この子が抜けない呪い」
簡潔に説明すると、老師と、その弟子であろう女性は心底残念そうな顔をした。彼らも、使わないのが勿体無いほど素晴らしい剣という評価をしたように見えた。
カルメは尾で天賦の首筋を叩いた。そこで、天賦は「仲間」の話をすることを思い出し、彼らに聞いた。
「良かったら、呪源を倒せる強い人を教えてほしい」
カルメはまた天賦を叩いた。「唐突すぎる」というメッセージは天賦には伝わらない。
「呪源を? 冗談ではなく?」
「うん」
真顔で答えた天賦に、2人は顔を見合わせる。
「倒せるかっちゅーたら知らんが、ウィルヒムの坊主んとこじゃないか?」
「そこ以外で」
ウィルヒムたちは強いが、きっと「呪源を斃す」なんて目標には賛同してくれない。魔物退治の依頼で忙しいのに、そんな時間はないと考えた。
「でしたらニーデック様は? あまり良い噂は聞きませんが...」
「そも、奴は今生きとるんか? ここ最近ニーデックの話を聞かんぞ」
「確実に生きてる人の中で」
2人は頭を悩ませた。呪源の討伐、というのは天賦が思っていたよりも空想に近い話らしく、中々名前が出てこない。
この件は諦めよう、そう決めた瞬間、老師が口を開いた。
「ムーナウーヴァ、かの」
「ムーナウーヴァ? 誰?」
女性は目をまん丸にし、人ではなく、国の名前ですよ。と丁寧に教えてくれた。ソエルソスの隣の国だと言う。
「詳しい話は忘れてもうたが、ムーナウーヴァに呪いを自らの力にした娘がおると聞いたな」
「ああ、私も聞いたことありますよ。呪源がいるっていう国の、ですよね」
「おお」とカルメが声を漏らした。天賦も同じように反応する。
呪いを力に変えたなんて実力者に決まっている。それに、「呪源」もムーナウーヴァにいるというのだ。天賦は食い気味に彼らに聞いた。
「呪源どこにいるの。その人の名前は?」
「呪われた人間の名前なんぞ知るわきゃないやろ。さて、ムーナウーヴァに行けばもっと詳しい話が聞けるじゃろ」
女性も頷く。どうやら彼らが知っている情報はこれで全てのようだ。
天賦は彼らに感謝を告げ、店を後にした。
「嬢ちゃん、金はほぼ無くなったけど、収穫はあったな。そのナイフと、あと、ムーナウーヴァとかいう国のこと」
「呪源がいる。強そうな人もいる。カルメ、行こう」
「オイ待て! 別の国だぞ。今から行けるワケねェだろ」
天賦はカルメがやたらと移動手段の確保にこだわっていたことを思い出した。確かに、世界を旅するなら必須のものである。
「ムーナウーヴァの場所が知りたい」
「あー、なら適当な店に入って、それで聞いてみたらどうだァ?ついでに一応覗いてみようぜ」
天賦はカルメの言に従い、周囲を見渡す。どこも似たようなオレンジ色の屋根で、どれが店でどれが民家なのかイマイチ分かりずらい。
広場を曲がり、数歩歩いた所で、天賦は一風変わった建物を見つけた。他の家が四角い形をとっている中、その建物は丸みを帯びたキノコのような形をしていたので、特別目を引いた。
「魔道具屋かァ。なんでここにしたんだァ?」
「他と違ったから」
「あー、なるほどな」
ドアを開けると、カランカランといくつかのベルが共鳴して店内に鳴り響いた。
中は数え切れないほどの魔道具で埋め尽くされていて、どれも乱雑に置かれている。天賦には魔道具の価値が分からないので、がらくたの山のように見えた。
「いらっしゃ〜。わ、天賦さんだ。有名人じゃ〜ん」
中央奥に位置するデスクに座っていたのは、気だるげな、紫色の髪を無造作に伸ばして眼鏡をかけた女性だった。
彼女は老師とは違い、"相棒"ではなくカルメに興味を向けた。
「え、なにその鳥〜。ケミタン初めて見た〜。え、魔獣をペットにしてるの?」
「ち、違う。これはただの鳥」
カルメがわざとらしく鳥の鳴き声を上げた。鳴くならせめてクチバシをフリでもいいから動かして欲しい。
「あは、で、何をお求めですか〜?」
「ムーナウーヴァってどこ」
魔道具屋の店主――恐らくケミタンという名前の――はまったく予想外のことを言われたようで、大きな丸眼鏡がズレた。それを鼻にかけ直し、1人でぶつぶつと言い始めた。
「え、え〜っと、ここが首都だから、え〜と……あ、えっと、だから、ここから西にず〜っと行けば着くよ。まあ、ず〜〜〜っと、だけど」
天賦は西、と聞いてもピンと来なかった。南と北は闘技場の入場門から覚えているが、西と東がどこにあるかは分からない。
「え〜〜っと、そうだ、多分広場通ってきたよね? そこの噴水に飾りがあるんだけど、リンゴの飾りがある方が西だよ」
「分かった。ありがとう」
天賦は聞きたいことが聞けたので帰ろうとしたが、店主に腕を掴まれた。非力だったので簡単に振り払うこともできるが、天賦はそうしなかった。
「ちょっとちょっと、それで終わり? せっかく教えてあげたんだからさ〜、ケミタンのお店のもの買ってってよ」
天賦は「買う」という言葉に敏感になっていた。ただでさえ先ほど大きな買い物をしたのに、ここでも出費が嵩むなどたまったものではない。しかし、この場で「やだ」と言う勇気は、天賦にはまだ持ち合わせていなかった。カルメだったら言えたかもしれない。
「……じゃあ、見ててもいい?」
「ど〜ぞ〜」
店の中を見て回る。どれが一番安いだろうかと値踏みをするが、やはり天賦には分からない。密かにカルメの顔を見る。そして焦って辺りをぐるぐる眺めた後、カルメは店主の背後に顔を向けた。
店主のカウンターの後ろには、他のものよりもきちんと整頓された何かの道具がかかってあった。何十個も同じものが連なっていて、在庫がどの魔道具よりも多かった。
「あの、これは何」
「あれ?あれは魔法練習用の魔道具だよ〜。あれも知らないんだ。あれは子ども専用だから、天賦さんには売れないなぁ〜」
あんなに置いてあるのは誰もが買うものだからだと思っていたが、そうではなかったようだ。
ふと、カウンターに置いてある、ぼうっと青く光る鉱石のようなものが目に入った。天賦がそれを眺めていることに気がついたのか、店主が説明を始める。
「これ?これはケミタンの私物〜。「ファティ」っていう変な車に乗って色んなとこ回ってる友達がいるんだけど、そいつとの連絡用に作ったわけ〜」
「車」に反応して、天賦はカウンターに手をつき、カルメは翼を擦り合わせた。
「うわっ、なになに」
「それってどんな車」
「え〜っと、なんか凄い珍しいやつらしくて、ちょっとの魔力でめちゃ長〜い距離を走れるんだって」
まさに理想の移動手段だ。馬を使わないなら食料を買わなくてもいい。魔力がいる、というところに引っかかったが、乗せてもらうならそこも心配ないだろう。
「そのファティさんは今どこなの」
「無理なんだよね〜。向こうから連絡が来ないとこっちは何も分かんないの」
ふたりの力が一息に抜ける。
しかし、思いがけない収穫だ。この人物に出会うことができれば、もしかしたらムーナウーヴァまで乗せていってもらえるかもしれない。
「相手の場所が分かるのは、向こうが助けを求めてきたときかなぁ〜。本当にそれくらい。その時は青色が赤色になって、すごくうるさい音が――」
――けたたましい音が鳴り響く。
その場にいた全員が固まる。そして、皆が同じところを向いていた。その対象は、勿論鉱石の魔道具である。
カウンターに置かれた鉱石が真っ赤に光り、中に文字が浮かび上がっていた。




