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53話 不協和音

 ――3人は、時が止まったような感覚に陥った。

 ありえない、とか真実なのか、とかではなく、ただそこに書かれていた言葉の意味が分からなかった。


 ファティは再生師からその紙を抜き取り、自分自身の目でそれを確認した。彼の口が「おれにおとうとは……」と動く。再生師が言っていたことは間違いなく真実のようだ。


「いや……いやいや」


 彼は首を横に振りながら不恰好に笑った。一体何を否定したいのか。


「天賦、これはどこで見つけた?」

「そこの隙間」


 これが挟まっていた場所も不自然だった。あの亀裂の中はゴツゴツと不揃いに割れていて、紙がストンと落ちるようになっていない。隠すためにわざとしまい込まないと入らないはずだ。


「これは炎砲の字なのか? 聞いてくるか?」

「や、それはちょっと……」


 階段を上がろうとする再生師をファティが押し止めた。天賦が思うに、炎砲は冗談でも「自分に弟はいない」なんて言うような人間ではない。しかし、「おとうと」に該当する人物はキシャくらいだ。


 カルメは上なので、ファティにどうするかの視線を送る。彼は困ったようにうなじを撫でた。


「ちょっと失礼します」


 ファティは紙の端をつまんだと思えば、それをぴりぴりと破き出した。行動の意味は分からないが、彼が無意味なことをするとは思えなかったので見守った。

 そして、ひとつの文字だけが記された切れ端が出来上がった。


「これを見せてみましょう」

「癖がある字だな。」


 天賦には判別できないが、その部分なら自分が書いたものなのか区別をつけられるのだろう。いきなり弟はいない、なんて文を見せられるより、きっとましだ。


 天賦を先頭に、3人は階段を上がる。妙な緊張感が走り、家の中の小さなヒビがやたらと目についた。


 天賦は木の扉を3回ノックした。教えられた通りに。

 そのまま扉を開ける。カルメが首を傾げ、炎砲は布団の中からこちらを見ていた。


「あら、どったの」

「炎砲に聞きたいことがある」


 ファティは天賦の合間から前に出て、紙切れを炎砲に渡した。炎砲はそれを一度振るい、目を細める。


「これって炎砲くんの字ですか?」

「「お」……? ああ、これは俺の字、だと思う」


 このハネ方は俺がよくやるやつだ、と付け足す。

 3人は顔を見合わせる。「おれにおとうとはいない」。そんな文を何度も書き殴ったこれが、紛れもなく彼のものだというのだ。


「これがどうかしたのか?」

「あ、いや……これはだな……。」

「炎砲、弟いる?」


 えっ、と再生師とファティが天賦を見た。聞きにくいことなのは理解しているが、それでは進まない。この違和感の正体を早く探りたいと思っていたのだ。

 カルメはその場にごろごろ寝転がっている。呑気に間の抜けた声を上げた。


「なんだよそれ、いるよ」

「本当にいるの」

「えっ」


 炎砲は橙の瞳をまん丸にして天賦を見上げた。気のせいか、その表情に恐れの色が見える。


「しょ、紹介しただろ? というか会ってるじゃないか」

「じゃあ「おとうとはいない」って何」

「え、あ、は……?」


 それを口にした時、後ろから肩を掴まれ口を押さえられた。ファティが首を横にブンブンと振りながら天賦に何かを訴えている。

 ただ、ファティの腕力ごときに押さえられるほど天賦はひ弱ではない。腕をつまみ、よける。


「ああ、ちょっ!」

「本当にキシャは弟なの。いつからいるの」

「天賦さん、あんまり……!」

「だって、あれは……」


「なあ」


 炎砲は天賦の腕を控えめに押し退けた。


「あまりいい気分じゃないな。キシャが弟かなんて、そんな当たり前のことを聞かないでほしい」


 天賦は何かを言おうとしたが、それは叶わなかった。彼の目を見て、言葉が出てこなくなったのだ。


「どういう経緯でそんなことを聞いたのか分からないけど、キシャは俺の唯一の家族だ。誰より大切なんだよ」


 彼の経歴を聞けば、そして彼の目つきを見ればそれが紛れもない真情だと分かる。

 不可解なことはあれど、彼が嘘を言っているようにはとても見えなかった。


「……ごめん」

「分かってくれたならいいんだ」


 炎砲はそう言って微笑を作った。天賦はそれ以上、彼に追求することができなかった。

 どうしようかと悩んでいた時、カルメが「よっと」と言いながら立ち上がり、天賦の肩をポンと叩いた。


(あん)ちゃん、オレちょっと嬢ちゃんらと話したいことがあるンだわ。なんかあったら言ってくれよなァ」

「ああ、分かった」


 そのままカルメにゆっくり押されて、炎砲の部屋から退出した。そして廊下に出て下に降りた時、カルメは天賦に向き直った。


「オイ、さっきのはどういうワケ?」

「これです」


 ファティはカルメにあの紙を渡した。それを見ると、カルメは鳥みたく――鳥ではあるのだが――首を傾げ、書いてある内容を音読した。


「ンだコレ。コレを(あん)ちゃんが書いたってェ?」

「そう、多分」


 炎砲が弟、キシャを大切に思っているのは本当のことだ。それが覆ることはきっと無い。

 しかし、あの文字を炎砲が書いたこともまた事実だ。どちらも嘘ではないのなら……一体どういうことだ。天賦には分かりかねる。


「天賦、一体どういうことなのだ?」

「私も分からない」

「あー……これって手帳かなんかの切れ端だよなァ? その元のヤツがどっかにあるンじゃねェの」


 なるほど、と天賦は思う。

 確かに、単体の紙としては小さい、気がする。それなら元の手帳には他の情報も記されているかもしれない。


「おお! カルメは賢いな!」

「うーん……なんか、どうも違和感があるっていうか……わざわざこれを隠す意味は何でしょう」


 本来、「隠す」という行為は人に見られたくない、取られたくない時にするもの――のはずだ。しかし、本人はこれの存在を知らない、または覚えていない。

 もしかしたら、これもオーガンの記憶を混濁させる魔法【保存(フリーズ)】が関係しているのかもしれない。


「とにかく、放っておいていい問題ではなさそうなんだよな?」

「うん。もしかしたら――」


「何してるんですか?」


 天賦の肝を冷たいものが撫でた。

 "相棒"のグリップを握りながら振り返ると――そこには炎砲の弟、キシャがいた。


「よ……よォ弟。まだ起きてたのかよ」

「目が覚めただけですけど。それより、あなたたちは何してるんですか。こんなところでこそこそと……」


 元よりキシャの視線は暖かいものではなかったが、今ではそれが特別鋭く感じる。「これはどういうことだ」とキシャに問うてやりたかったが、口にできなかった。


「いや、なんでもないぞ。何もしてないぞ。本当に。」

「私の家で変なことをされると困るんですが」


 キシャは眼鏡をくいと上げた。それを見てファティは愛想笑いをする。炎砲と同じ橙色の目が横についと逸れた。


「キシャ」

「何ですか?」

「炎砲ってどんな人」


 キシャはぱちりと瞬きを一つした。ファティの鋭い目線が刺さる。「また余計なことを言うのでは」とでも思われているのだろうか。


「お兄ちゃんですか? ……そうですね」


 キシャはため息をつき、窓から空を見上げた。


「私はクスカルの日差しが辛くて、滅多に外に出られません。だから、話し相手はお兄ちゃんくらい」


「お兄ちゃんは誰よりかっこいい。優しくて、強くて、そして何より、私を守ってくれる」


 炎砲のことを話すキシャは楽しそうだった。

 天賦には"きょうだい"というものがどんなものなのか分からない。それを理解する日は来ないだろう。

 ただ、彼の気持ちは純粋なものに感じられる。


「だから、お兄ちゃんは私にとって英雄みたいな存在です」


 "相棒"を握る手がピクリと動いた。天賦自身が意識した動きではない。ただ、「英雄」という言葉が気がかりで。

 くしゃりと紙が擦れる音が聞こえる。


「で、何でこんなことを?」

「……なんか、気になった」

「はあ?」


 キシャは夜空を数秒見つめた後、腕を上に突き出して背伸びをした。


「はぁ……じゃ、あなたたちもちゃんと寝てくださいよ。滅多なことをせずに、静かに」

「あ、ああ! おやすみ!」


 再生師の尻尾の先がするすると揺れている。キシャはそれを目を細めて見たのち、階段を上がっていった。

 ファティと再生師はふうと息をついた。突然の彼の登場に緊張していたようだ。


「その、やはりそれは特に関係ないんじゃないか?」


 彼女は階段の先を見上げながら言った。天賦の心内も少し揺れ動いている。もしかしたら、炎砲が子供の頃にいたずらか何かで書いたものが残っていただけかもしれない。


「不可解ではありますけど、彼らに血縁関係が無いとは言い難いですよ」

「キシャ、何か知ってたりしないかな」


「アイツ用心深いよなァ。部屋にも入れてくンねェし……あ」

「え? なに、カルメさん?」


 カルメが早歩きで階段を上っていった。そして少し待つと、上から人の声が聞こえてきた。なぜかキシャを連れ戻している。


「な、なんですか、いきなり外に行くなんて」

「夜のうちなら出れるンだろ? ちょっくら体を動かした方が寝れるってェ」

「そんな無茶苦茶な……」


 半ば無理やりな理由をつけて、カルメはキシャを外に連れ出す。謎に天賦にアイコンタクトを送っていた。


「……カルメはどうしたんだ? 散歩に行きたかったのか?」

「多分、調べろって言ってるんじゃないですか……」


 ファティは眉間を押さえた。キシャが不在という状況は中々作れない。強引ではあったが、その機会を作ってくれたということか。


「じゃあ、部屋見てみる」

「これだいぶ良くないですよ? 俺は嫌ですよ、勝手に人の部屋に入るなんて」

「じゃあ待ってればいい」

「それでも2人は入るんですね……」


 確かに、断りなく部屋に入るのは良くない行為な気がしてきた。しかし真実を知るためだ。多少の無理も仕方ないだろう。


 ファティを下において、2人はキシャの部屋の前までやってきた。炎砲の部屋と似たような木の扉である。

 その前で握り拳を作ったとき、再生師が首を傾げた。


「ノックの必要は無いだろう?」

「あ、そっか」


 扉はノックで開けるもの、と新しい知識を得たのでてっきりそのつもりでいた。中に人間がいないならしなくてもいい。ドアノブを握り、なるべく音を立てないように開けた。


 内装はいたって普通である。強いて言えば物が少ないくらいで、変なところは無い。


「本が何冊かあるな。全て物語だ。英雄譚、騎士と姫の救出劇……」

「それはいいから」


 できればあの紙の元である手帳を見つけたい。炎砲の部屋にある可能性の方が高いだろうが、一応。

 しかし、探すと言っても物をしまえそうな場所がほとんど無い。炎砲の部屋はいたって普通だったが、それよりもずっとすっきりしている。


 ……しばらく探したが、何かが出てくる気配が無い。


 ほとんどを家で過ごしているのに、こんなに物がない部屋で退屈しないのだろうか。戦いにも行かない、外にも出ない生活など天賦には想像できない。


「再生師、何か見つ――」


 彼女に聞いた時、ドスンと床がわずかに揺れた。何があったのかと振り返ると、再生師がその場に転んでいた。顔を打っていないか心配になる。


「ちょっと、大丈夫」

「ああ、何かにつまづいてな……。」


 何か?と再生師の足元を見る。物は何も落ちていなかったが。彼女の足をどけると原因はすぐに分かった。

 石のタイルの床が一箇所だけ盛り出ている。これは足を取られやすそうである。


「これは危ないな。キシャもよく転ぶだろう。」

「うん。ひっこめとく」


 飛び出たタイルをぐっと押す。石がぐぐと動いた時、天賦はあることに気がついた。

 タイルが、ある場所を軸に開閉する。ただ外れているのではなく、一箇所固定されているのだ。


「これ開くよ」

「何、隠し扉か何かか!」


 天賦もそうかもしれないとわくわくする。このすぐ下は一階の天井なので、大した空間は無いということは彼女の念頭になかった。

 それは錆びついた扉のように固かった。天賦の腕力がなければどうにもできなかっただろう。


 ぎぎぎ、と鈍い音を立てるそれを無視して引っ張り上げる。すると、がぽっといきなり開きやすくなった。

 天賦が予想した通り、そこには蝶番がついていた。錆きっていて、長らく開かれていなかったことが窺える。


「天賦、見てみろ!」

「なに……あ、あった」


 そこに埋められていたのは、古い手帳だった。なぜこんなところに、という疑問よりも先に、宝を見つけ出したような達成感があった。


「再生師、よくやった」

「ま、まあな!」


 再生師がそれを回収する。かなり埃かぶっていて、それ特有の臭いが鼻を刺す。後々キシャにバレないように、タイルを最初と同じ具合になるように閉めた。


 炎砲に気づかれないように下がる。ファティは2人を、そして再生師が抱える物を見て息を呑み、口を押さえた。


「まっ……ほ、本当にあったんですか」

「あった」

「まるで家宝のように隠されていたぞ!」


 小声だが、再生師は胸を張った。今の異様な状況を忘れ、一つのことをやり遂げたことを誇らしく思っているのだろう。

 さっそく中身を、と手を伸ばした時、玄関の扉がばんと開いた。慌ててそれを背後に隠す。


「ちょ、もうちょい散歩してこうぜェ」

「もう大丈夫です! ほどよく眠くなってきましたし」


 眼鏡をハンカチで拭きながら、キシャはこちらに歩いてくる。カルメはジェスチャーで「すまん」の意を伝えていた。

 もう少し早ければ勝手に部屋に入ったことがバレていただろう。謝ることはない。


「ん? まだ何かしてたんで――」

「何もしてない」


 無実を主張するために思わず早口になってしまった。それにキシャは眉を上げる。天賦の口元が若干震えた。


 キシャは天賦を観察し、目を凝らし――ふっと力を抜いた。


「……そうですか」


 彼は眼鏡を掛け直し、自分の部屋に戻っていった。ひとまず安心である。


「で、なんか見っけた?」

「見つけた。これ」


 カルメは手帳を見て「やるじゃねェか」と天賦の背を叩いた。どちらかと言えば再生師のおかげだが。


「……見ます?」

「ああ、見てみよう。」


 3人の顔を見て、それから天賦は手帳に手を伸ばす。小さな紙の束だというのに、何か禍々しい物を感じた。


「嬢ちゃん、だいじょぶそ?」

「う、うん」


 一体どうして、手が震える。何か、言葉にできないが、戻れなくなる気がした。しかし、これを見れば何かヒントが見つかるかもしれない。炎砲の記憶、オーガンの魔法、そして呪源。微かな希望を胸に抱く。

 そして――手帳を開いた。


「……え」

「な、なんだよコレ」


 天賦のからだがどくんと鳴る。

 今まで感じたことのない恐怖だった。




 お前は誰だ。

 弟とは何だ。

 俺は何だ。

 あいつはどこだ。

 魔獣の呪い。

 これは現実じゃない。

 クソが。

 俺じゃない。

 父さん、母さん。

 弟なんていない。

 俺はどこだ。

 助けてくれ。

 頭がおかしい。

 狂ってる。

 忘れてしまう。

 あいつのせいだ。

 俺の記憶が。

 おまえがいなければ。

 死ね。

 死ね。

 死ね。

 


 妹をかえせ

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