52話 寧日
――次の日の襲撃は、至って簡単に対処できた。
1回目のような長さもなく、2回目のような異常事態もなかった。ただ、ほどほどの魔獣が攻めてきただけ。
今日が特別少ない日、というわけではなく、この程度が普通らしい。今までの方が異常だということだ。
天賦と再生師でほとんど倒して、傭兵団に負担がいかないようにした。人に感謝されるのは気分がいい。
「さて天賦、明日は「ゆっくりする」とのことだが。」
「好きなことしてていい。私も好きなことする」
再生師は天賦の"相棒"を見てはははと笑った。
明日は一日中"相棒"と過ごす予定である。再会をとくと味わうつもりだ。
「では、私は町を見て回ろうかな。クスカルの文化には興味がある!」
「そっか。……カルメ、どうしたの」
再生師の背後からカルメがよたよたと歩いてきた。ひどい猫背である。
「重い……元の姿に戻りてェよォ……」
「自分でやったじゃん」
「まァそうなんだけど、ちょっと後悔してる」
なんにせよ、呪源を斃せば指輪は戻ってくる。はずだ。カルメにはもうしばらく我慢してもらおう。
そういえば、カルメは何をする予定なのだろうか。再生師は町の探索、ファティは十中八九術力車の修理だろう。彼のしたいことが想像つかない。なので、興味本位で聞いてみた。
「オレ? オレはそうだな……狩猟とか?」
「何言ってるの」
カルメはとんちんかんな答えを返した。クェンターレで狩れるものなんて襲撃の魔獣、魔物くらいだというのに。
カルメの正体が魔王だということに日に日に疑り深くなる。彼の能力や記憶がそれが真実だと告げているというのに、態度だけで本当かどうか怪しくなる。
カルメが世界を滅ぼすとしたら、それはどんな理由なのだろうか。
「まあまあ、嬢ちゃんはアイボーと仲良くしててよ。オレはふらっと散歩でもしてくっからよォ」
そう言って、天賦の背中を数回叩いた。いつか聞いたような口ぶりである。
ふと辺りを見ると、既にイルネたちニーデン傭兵団は剣をしまったり、魔獣の死骸を回収したりして撤退の準備をしていた。鏃を集める者もいる。
天賦もその様子を見てメイスの血を振り払い、拡張袋にしまった。息は全く乱れていない。
「私たちも帰ろうか! なあ、ファティ!」
再生師は町の方角に目をやった。ファティがクロスボウを持ちながらゆっくり歩いてきている。
「あの、これって本当に俺要りますか? 天賦さんたちが全部やってくれるからいらないと思うんですけど」
「ファティがここで鍛える。したら呪源退治に役立つ」
「冗談もほどほどにして下さいよ。冒険者不合格ラインですからね、俺は」
ファティは眉をひそめた。もしファティが強くなれば呪源を斃す手助けになってくれると思ったのだが、そんな日は来なさそうだ。
空気が冷え切った深夜、天賦たちは炎砲の家に帰ってきた。もう寝ているかもしれないと思っていたが、炎砲もキシャも起きて4人の帰りを待っていた。
ひとまず、炎砲の記憶が消えていなくて安心である。
「おかえり。今日は何事もなかったか?」
「うん。全然大丈夫だった」
机の上には人数分の食事が用意されている。激しい戦いでなかったにしろ、お腹が空いていたのでありがたい。
一言感謝を告げて席に座る。すると、ひとつ分席が空いていることに気がついた。
ファティがまだ入り口でクロスボウを折りたたんでいる。というか、それそんな風にしまうのか。
「ファティもおかえり」
炎砲がそう声をかけると、ファティは一拍遅れて反応した。自分に送られた声だと思っていなかったようだ。
「……えっ? あっ、えっと……ただい、ま?」
なぜかファティは小っ恥ずかしそうに答えた。「ただいま」に該当する敬語がないからだろうか。
そのまま、彼はそそくさと席についた。なんだか落ち着かない様子である。
「ファティほど料理は上手くないけど……」
「い、いえ、とんでもないです。ありがとうございます」
ファティが席についたのを見て、天賦は食事に手をつけた。ソエルソスでは味わうことのない独特の風味だ。ひとつひとつに火を感じる。
異国の料理ではあるが、ムーナウーヴァのものよりずっと食べやすかった。
「本当は米とかを使った料理がいいんだけど、一食分しかないんだよな」
「この辺りの地形では育たないだろう。種もみもなさそうだ。」
外に出られないとなると使える食材にも限りがあるのだろう。魔獣が襲ってこなければ肉を食べることもできないはずだ。その点では襲撃に感謝かもしれない。
肉を頬張った時、天賦は気まずそうにしているカルメに気がついた。腕をさすってキョロキョロと辺りを見回している。
そうだ、カルメは物を食べない。普段はそれを把握しているからファティも3人分しか料理を作らなかったが、炎砲は別である。彼はそれを知らない。
しかしこのまま食べなかったら何かと疑われそうだ。天賦は考えに考えた結果、カルメの料理に手を伸ばした。
「あー、お腹減ったなー、これ食べちゃおー」
「お、嬢ちゃんありが……じゃなくて、オイ嬢ちゃん、何してくれてんだよォ」
カルメは口では嫌がりながらも、こっそりと天賦の側に皿をよこす。見事なファインプレーに感謝して欲しい。
再生師は「腹が減っていたのか?」と天賦に問いた。気を遣っていることに気づいていない。
「ちょっと、お兄ちゃんの料理を……!」
「ええと、カルメ、追加で作ろうか?」
「あ、いや! オレ道中でつまみ食いしてきてよォ、だから大丈夫だわ、うん」
炎砲は不思議そうにカルメを見た。この中で1番背丈のある人間が1番食べないのは確かに不自然かもしれない。
「そういえば、キシャは食べなくても平気なのか?」
「私はもう先に食べましたから」
「ちょっとだけな。あんまり食べないから心配になるんだよ」
心配性だなあ、とキシャは笑った。
天賦は前からキシャの体調のことが気になっていたから、思い切って聞いてみることにした。
「キシャ、なんで弱いの」
「はい?」
「あ、体の強さの話ですよね! 病気とかの!」
言葉が足りなくて焦ったのか、ファティが咄嗟に付け足した。キシャは眼鏡をくいと上げた。
「生まれつきですよ」
「キシャはあんまりクスカルの気候が合わなくてな、もし呪源がいなくなったら引越ししようと思うんだ」
「私は今のままでもいいですけどね。守ってもらえれば」
にこりと口元を柔らかくするキシャに、天賦は少しの違和感を覚えた。てっきり皆、ここから出たいものだと思っていたから。
「呪源は私たちが斃すさ。その時が来ればいい越し先を紹介しよう! ああ、ムーナウーヴァはどうだ?」
「いいかもなァ、あっこ良いトコだし」
天賦はムーナ・ルイスを想像した。確かにあそこは景色も綺麗でいいところだ。ただ、どうしても料理の印象が強い。自分であればソエルソスの王都ヘイリンをお勧めしたいところだ。
ただ、炎砲はそれにあまり良い顔をしていなかった。
「ああ、キシャ、まだ眠くないか?」
「いや、もう先に寝ようかな」
眼鏡の下から目を掻いて、キシャはあくびをした。確かに、他の家はもう寝静まっている頃である。
「そうか、おやすみ」
「うん、お兄ちゃんもね」
階段を上がるキシャに「おやすみ」と声をかける。机上の皿もほとんど空だ。
「なァ兄ちゃん、お前さんらって今までどういう生活してきたの?」
カルメは軽い口調で炎砲に聞いた。確かに、天賦も気になるところはあった。クェンターレが呪源に囲まれる前、記憶を失い始める前はどうやって生きてきたのか。
ただ、何か深い事情がありそうで聞けなかったのだ。
「昔のことか? えーっと……覚えてる範囲なら話せる」
炎砲は過去の記憶を辿りながら話し始めた。
「えっと……俺の両親はニーデン傭兵団だったんだ。キシャが産まれて辞めたらしいけど。確か」
「へェ。あの傭兵団そんな昔からあったのかァ」
注目すべき箇所はそこではないと思う。
「それで、キシャのこともあって新居を探すってことになったらしい。ムーナウーヴァら辺で」
先ほど、彼はムーナウーヴァに引っ越したらどうだ、という話題のときに苦い顔をしていた。昔のことが関係しているのだろうか。
「だけど、そこで最悪なことが起こったんだ。俺たちは襲われたんだ、えっと、確か"魔獣の呪い"に」
「魔獣の呪い」と聞いて再生師の尻尾が動きを止めた。長い前髪のせいで、彼女がどんな顔をしていたのかは分からなかったが。
「俺が魔力の呪いにかかってたおかげで撃退できたけど、両親は死んだ」
「その後のことはよく覚えてない。ニーデン傭兵団の初代ボスが俺たちを助けてくれたとか、その後ここまで保護してくれたとか……ごめんな、記憶が曖昧なんだ」
炎砲の話はモヤがかかっているようだった。クェンターレに来たいきさつは不透明だが、両親のことについては――確実ではないにしろ――分かりやすく語っていたので、忘れやすい彼にとっても記憶に深く根付いた出来事だったのだろう。
空間に静寂が訪れた。元よりカルメが言い出した話なのだから、天賦たちが何か口にできる雰囲気ではなかった。両親の死というショッキングな出来事に、天賦はなんと言葉を発すればいいのかわからない。
「その初代ボスとやらは鬼畜だなァ。どーして体質に合わない場所まで連れてきたんだか」
カルメは呑気に言った。彼は人間ではないから、どれだけ重い話でも特別感情移入することはないのかもしれない。
「いや、俺たちにはぴったりの場所だよ。だって……だって、あれ……なんでだっけ……」
理由を語ろうとした炎砲が頭を抱え出した。「大丈夫ですか」とファティが声をかける。
まただ。炎砲の記憶はやはりおかしい。これも呪源が、オーガンの魔法が関わっているのだろうか。
「あの時は……喜んでて……あれ、でも……」
「あー、あんまり考えると疲れるだろ。さっきのナシでいいから。な?」
カルメは炎砲の背中を軽く叩いた。なんとなく気まずくなったので再生師が話をぶった斬ってくれないかと顔を向けたが、彼女は何かを考え込んでいるようだった。相変わらず、前髪で顔は見えない。
「……今日はもう遅いですし、炎砲くんも寝た方がいいですよ。ご飯ありがとうございました」
「あ? ああ、俺もじゃあ、寝ようかな……」
「ンじゃ、オレも兄ちゃんの護衛してくるわァ」
カルメは炎砲を立たせて、共に階段を上がっていった。彼の記憶がこれ以上悪化しないことを祈る。
「……全く、カルメさんはどうしてあんなことを聞いたんだか」
ファティは机の上の皿を集めながらため息をついた。天賦も炎砲の話は気になったが、確かに踏み込みすぎたかもしれない。"相棒"のグリップを握る。
「再生師さん、【水滴】をお願いできますか? ……再生師さん?」
「再生師、呼んでるよ」
「へっ? あ、ああ、すまない!」
再生師の肩を数回小突くと、彼女はやっと反応した。さっきから何を考えているのやら。
「ねえ、どうしたの」
「いや、何でもないのだ! 本当に! ははは、はは」
彼女はわざとらしい笑い声を上げながらファティの元へ向かった。誤魔化すのが下手である。彼女らしいと言えば彼女らしいかもしれない。
このクェンターレという町では考えることが多く、知恵熱が出てしまいそうだった。呪源の目的、斃し方、正体、そして炎砲の記憶。これらがいつか結びつく日は来るのだろうか。
ここでは天賦のやることもなくなったので、炎砲かキシャの様子でも見に行こう。
そう思って階段を一段上った時、あることに気がついた。
「……ん、なにこれ」
石のひび割れた箇所に、何かが詰まっている。普段なら気にもかけないものだが、不思議とそれが目についた。
ひらひらとしていて、柔らかく、薄い。慎重にならないと破けてしまいそうなほど、その紙は古く、脆かった。
隙間に挟まっていた紙を抜き取る。そこに書かれていたことを見て、天賦は驚愕した。天賦に字を読むことはできない。しかし、それの異様さに気がつくことはできた。
「再生師、これ、なんて書いてある?」
天賦は、3人の中で最も知見のある再生師にしわくちゃの紙を渡した。彼女は手を拭き、それを手にとって紙を一度振るった。恥の折り目が真っ直ぐになったのと同時に、再生師は瞬きを数度した。
「これは天賦が書いたのか?」
「そんなわけない」
自分が文字を書けないことなど知っているはずなのに、何故そのような質問をするのかと天賦は少々苛立った。
天賦が理解できたことは、紙には同じ文が何度も何度も綴られているということ。他に、強いて言うならば、一つ一つの文字の濃さが不安定だったことくらいだ。
再生師は部屋の中を見渡して、それから、黄ばんだ紙に何が書いてあるかを天賦に語った。
語ったといっても、たった一行だったのだけれど。
「……「おれにおとうとはいない」」




