51話 助けに来ました
――炎砲にカルメの鳥形態のことを聞かれて、天賦たちは大いに焦った。
彼は正式に天賦の仲間になったわけではない。安易に「実はカルメは魔王なんだよね」とか言うわけにはいかないのだ。
「え、えと、それは……」
「人が鳥に? いや、まさか鳥が人になってるとか……」
分かりやすくカルメの肩が跳ねた。炎砲も変な勘の鋭さを発揮しないで欲しい。
カルメは人間の腕を翼のように動かし、「待て待て」と間に入った。
「や! オレ、こっちが本当の姿だから!」
「そう! カルメは人間!」
「特別な魔法で鳥の姿になれるのだ!」
3人で必死に弁明する。しかし「カルメは人だ」と主張することで精一杯で分かりやすく説明できない。炎砲は首を傾げたままだった。
「ほ、ほら! お前さんこの姉ちゃんの【再生】って魔法知ってたか? 知らなかったろ?」
「それは知らなかった……」
「な! それと同じだってェ! 鳥になる魔法もあんの!」
なるほど、それは説得力がある話だ。再生師の【再生】は取得人数の少なさから知名度も低い。実際、天賦も彼女に会うまで知らなかった。
「おお! なるほど! 賢いなカルメ!」
「再生師、静かにしてて」
「な、るほどな……?」
炎砲はひとまず納得してくれた。さらなる説明を求められた時のために魔法の名前とかも考えておこう。
腕の中の"相棒"に目を落とす。自らの顔が反射していた。その表情はいつになく幸せそうな笑顔であった。
これからはエア"相棒"を抱えて眠ることもない。天賦はぬるくなるまで"相棒"に頬擦りした。
「ひとまず! これで当初の目的は達成したな!」
「明日の襲撃は活躍してくれよォ」
「する。すごくする」
呪源の本格的な討伐は後回しでいい。今は喜びを分かち合いたかった。
「カルメ、あの指輪はほっぽって大丈夫だったのか?」
「全然ダイジョーブじゃない。今すぐにでも取り返しに行きたいね」
カルメは呪源がいた場所を眺めながら歩く。そして、しゃがれたため息をついて腕を振るった。
指輪がなくなっても強制的に変身が解けるわけではないのは既に知っているが、戻ることができなくなる。
彼の安寧と引き換えに"相棒"が帰ってきたのだ。今までで1番の感謝をカルメに送る。
「早く帰る! 帰ってなんか食べる! シチューがいい!」
「うちの町じゃシチューは作れないなぁ」
砂を蹴って町に向かう。マーマレードやメイド長、イルネ、キシャにも話してやろう。思ったよりずっと遅い帰還だったが、満足である。
天賦は心の中で、あの演劇のセリフを反芻していた。
『どうしてここまで私を助けに来てくれたのですか』
『それは一重に、あなたを愛しているからです』
『空の上であろうとも、地の底であろうとも、必ずあなたを救ってみせます』
空の上であろうと、地の底であろうと、スライムの中だろうと。"相棒"が攫われるならどこまでも追いかける。
あの時感じた疑問は何だったのだろう。自分が"相棒"を愛している理由を探す理由なんてない。
――そう、無いのだ。
――――――――――――――――――――――――――
戻ったクェンターレは妙な緊張感に包まれていた。
襲撃は明日なのに、武装したニーデン傭兵団の面々が町中を闊歩している。きっと、町内に魔物が出るという異常事態に対応するためだ。
天賦は"相棒"を掲げて自慢して回りたい気分だったが、今ではそんな気が失せた。彼らにとっては生死を脅かす重要な局面なのだから。
「どうする? "円"が狭まってたことを言おうか。」
「大事なコトだけど、言いふらすのはやめた方がいいかもなァ。リーダーのお嬢さんにだけ伝えておこう」
傭兵団は魔物の出現や、明日の襲撃のことで忙しそうだ。新たな情報を教えられても混乱する。少なくとも、天賦だったら間違いなく大いに戸惑う。
「ああ、キシャは大丈夫かな……長く家を空けたけど……」
「長く? 半日も経ってない」
「ちょっと心配性じゃね」
炎砲は手をさすり、落ち着かない様子だった。天賦の見立てでは丸3日放っておいても元気に生きてそうだが、やはり兄として心配なのだろうか。
「いちいち全員で行く必要もねェから、片方は帰って片方はリーダーんトコ行くかァ」
「なるほど! 合理的だ!」
イルネに向けての説明は再生師にしてもらおう。実際の伝わりやすさはともかく、1番説明が好きなのは彼女だ。
「じゃ、オレ疲れたから兄ちゃんと先に帰っとくわ。嬢ちゃんは姉ちゃんと一緒にいっといで」
「え、私も行くの」
天賦にとって想定外だった。てっきりカルメが行くと思っていたのに、あの長ったらしいやつを聞きたくない。
彼女は要約というものを知らない。天賦の話が説明不足だとすれば、再生師は説明過多である。
「まァさ、姉ちゃんだけじゃ不安だし」
「うむ! では向かおうか、天賦!」
私も帰りたい、と言う暇もなく、天賦は再生師と共にニーデン傭兵団の元に向かうことになった。
気持ち"相棒"を前に掲げながら。
運良く拠点にはイルネがいた。ソファに仰向けになって乾いた声を絶え間なく発している。彼女も色々と疲れているのだろう。
「おー、天賦と再生師。……あ、剣帰ってきてる」
「そう!」
胸を張り、堂々と"相棒"を掲げた。ただ、イルネにこの喜びは分からないようである。
「今日はなんの用なの?」
「ああ、少し気になることがあってな……」
再生師は呪源の"円"が縮まっていることを話した。その間、天賦は"相棒"を呪源に振るった時のことを考えていた。
あの時の感触。天賦は確かに呪源を「斬った」。ただ水の隙間を貫通するのとは訳が違う。
もしかしたら、"相棒"は呪源に対する有効打になるのかもしれない。心のうちに留めておこう。
「――ということなんだ。」
再生師の話も終わったようだった。
イルネは目をまん丸にして、口の端をひくひくと動かしている。
「え、何それ、理解不能」
「しかし本当なんだ。円が縮小していて……。」
イルネが机に頭を打った。
一応こちらは波の退治を頼まれた側ではあるが、自分たちがきてから状況がかなり悪化しているように思う。ただちゃんと斃そうと頑張っているからそこは認めて欲しい。
「こんな時前ボスがいれば……」
「そういえば、その前ボスというのはどんな人間なんだ?」
彼女がたまに話題に出す「前ボス」。それは天賦も少し気になっていた。
「うちの傭兵団を作ったボス。名前はニーデック」
「聞いたことある、気がする。でも覚えてない」
「超強い。めっちゃ強い。ありえん強い。その分性格は悪い」
かなりの実力者である彼女が、そのニーデックという人物のことを語る時は畏怖の感情を込めていた。
「私となら、どっちが強い」
「……分かんない」
そんなに強い力を持つ人物なら仲間にしてみたい。協力してくれれば呪源退治も楽になるだろう。……ただ、性格が悪い、というのはあまりいただけない。
「その人どこにいるの」
「知らない。けど会えないよ。もう引退して隠居したいって言ってたから」
「仲間になってくれたらいいのに」
すると、天賦の手の上にすらっとした指が重ねられた。
それまで喋っていなかった再生師が天賦の手の甲を掴み、高速で頭を振っていた。全力の否定である。
「ててて天賦、本当にやめておけ。あいつは駄目だ。駄目駄目だ。」
「え。再生師、知ってるの」
あの再生師がそこまで拒絶する人間なんて珍しい。
噂で聞いたことがあるだけなら、再生師がこんな反応をするはずがない。前に会ったことがあるのだろうか。
「あのメイスを作ったセクルーの知り合いだ。まあ、私の知り合いでもあるが、奴と旅するなんてごめんだ……。」
「う、嘘。旅しないから」
一応、そのニーデックの後継者であるイルネが目の前にいるというのにそこまでけなして大丈夫なのだろうか。
そう思って彼女の顔を見たが、イルネもうんうんと頷いていた。どれだけの人物なんだ。
「ニーデックはあんまいい奴じゃないけど、私よりリーダー感はあったから……やり口は良くないけど」
「イルネはすごく頑張ってる」
「感謝感激」
彼女はわざとらしく頭を下げた。目元にうっすら残るクマが心配になる。
「そうだ、波……呪源の方は順調?」
「炎砲に協力してもらって斃そうとしている。まだ詳しいことは調査中だがな。」
「そう……その、申し訳ないけど、明日から2日間は呪源の所に行かないで欲しい」
その言葉は、天賦にとって全くの予想外だった。彼女から呪源をどうにかして欲しいと頼まれたのに、今度は行くなとは。
「え、なんで」
「もし呪源に何かして、その後の襲撃で変化が起きたら困るの。あと、町に何か起きてないか調査したい。あっ、でもその後は良いから、2日だけ」
イルネは本当に心苦しそうに天賦に話した。傭兵団や住民がこの町からの脱出を心待ちにしているのは確かだが、その道半ばで死にたい人間なんていない。
それに、彼女はこの町のリーダーだ。混乱を招いたり、住民からの信頼を損なうことは怖いはずだ。少なくとも、天賦ならそう思う。
「……まあ、わかった」
「ごめん、ありがとう。あと、呪源を斃す時が来たらあたしに言って。住民を避難させる。避難訓練実施済み」
彼女はそう言って親指を立てた。人差し指と中指がどうしてかぴくりと動いている。
「把握した! では天賦、言うことも済ませたし私たちは帰るとしよう!」
「え、わ、わかった」
相変わらず気持ちのいいやつである。
彼女に連れられて拠点から出る前に、急いで振り向いてイルネに手を振った。
「じゃあねイルネ、また明日」
「うん、明日も頑張ろうね」
彼女の笑顔は少しだけ堅かった。
「ふむ、それにしても2日は呪源に近づくな、か……。」
「どうする、何する」
天賦たちは呪源を斃すためだけを目的とした旅をしている。それで呪源に近づくなと言われると、次にやることが分からなくなってしまう。
「……とりあえず、帰ってから考えよう!」
「うん。それが正しい」
考えごとはカルメやファティに投げるのが吉だ。天賦の望みとしては、今は深いことを考えずに"相棒"と2人の時間を過ごしたい。
そうして、天賦と再生師は真っ直ぐに――再生師がいたおかげで――炎砲の家にたどり着いた。
まだそれほど時間が経っているわけでもないが、天賦は簡単にその扉を開くことができた。
「ただい――」
「キシャ! 大丈夫だったか!?」
帰るや否や、天賦の耳を炎砲の大声がつんざいた。
キシャは椅子に座り、その周りを炎砲がわたわたと回り続けている。
「おォ、おかえんなさい」
「えっと、何があったの」
「弟が転んだ」
キシャの体調が悪化したとか、倒れていたとかを心配していたが、思ったよりも軽傷そうで安心した。
ただ、炎砲はそうではないようで、未だに彼を気遣っている。
「痛いところはあるか? 血は出てないか? 目に何か入ってないよな?」
「あはは、大丈夫だよお兄ちゃん」
天賦が思うに、キシャは結構丈夫な方だと思う。そんなに過保護にならずとも良いのでは?
炎砲とは反対に、キシャは何だか楽しそうだ。自分を心配する兄が面白いのだろうか。
「何か良い匂いがするな! 料理中か?」
「ファティが兄ちゃんの代わりに料理してんの」
炎砲が指差した先には、鼻歌を歌いながら何かを焼いているファティの姿があった。足は小刻みにステップを踏んでいる。別に悪いというわけではないが、何だか鼻についた。
「何してるの」
「うわっ!? ……ああ、なんだ天賦さんか。いや、ただ料理してるだけですけど……」
「でも楽しそう」
ファティは足を動かすのをやめて、「え」と調子のはずれた声を上げた。無自覚だったのだろうか。
「あー、まあ最近料理する機会が無かったし、そのせいですかね。ははは……あっ、というかそれ、無事に帰ってきたんですね」
「そう。ほら、ちゃんと見て」
「み、見てますって」
ずいとファティに"相棒"を見せてやる。ちゃんとこの輝きを目に焼き付けて欲しい。
「うっ、はい、素敵です、とても……」
「でしょ」
「その剣があれば天賦さんも元の調子に戻れますからね」
戦士ならばいかなる状況にも対応すべきである。だが、"相棒"は別だ。天賦にとっては「いかなる状況」内におさまらない。
「その代わり、カルメが困った」
「指輪失くしちったァ」
「え!? それまずいんじゃないですか」
後から思ったことだが、カルメの指輪は"相棒"と比べてはるかに小さく、見つけづらい。あの砂の中に埋まったら見つけられる自信がない。
――そして、少し夢のことも気がかりだった。あの金眼を持つ女性が言っていた言葉。
『私の指輪、うまく使ってね』
カルメの指輪が彼女のものだという確信は無い。そもそも彼女が英雄かどうかも分からないのだから。
ただ、なぜだか悪いことをした気分になるのだ。
ファティが肉を裏返した時、再生師が天賦たちに声をかけた。
「それで、明日と明後日はどうする?」
「あー、なんかダメって言われたんだってェ?」
炎砲はやっと弟を気にかけるのを中断して話に参加した。それにキシャは不服そうな顔をしている。
「明日は襲撃だし……まあ、たまには休んだらどうだ? 聞いた感じだとみんなずっと何かしてるみたいだし」
「今はそれでもいい。私、今嬉しい」
天賦は"相棒"を抱えてその場でくるりと回った。それを見て再生師が面白そうに笑う。
今日の予定はもう何もないし、"相棒"と2人でゆっくりしよう。――元から「ゆっくり」の仕方はそれくらいしか知らない。
「……ん?」
くるくる回って玄関の方を向いた時、視界の端で何かが動いた。小さく、生き物かどうかもよく分からない何かが。
「どうした天賦?」
「……なんでもない」
きっと虫か何かだろう。そう思って、天賦は"相棒"の鞘を撫でた。




