48話 粉こつ砕しんのて袋
――次の日、天賦たちは朝一番に炎砲の家に向かった。彼らはクェンターレでも入り組んだ場所に住んでいるので、再生師がいなければ迷子になっていただろう。
「今日はどうするの」
「んー、ひとまず兄ちゃんが手袋アリだとどこまでやれるか見て、それから……もう一回行ってみるか?波のトコに」
「行く!」
天賦は思っていたのだ。炎砲が協力してくれるならもう"相棒"をすぐに取り返せるのではないかと。
あそこでドカンとあの魔法を放てば、もはや呪源を殺せるのでは、とさえ思った。
「きっと斃せる。やれる」
「まだ全然情報ないけどな。ん? 姉ちゃんどうした?」
「何とかして、炎砲の痛みを和らげる方法はないものか。」
再生師は炎砲の魔力痛が気がかりなようだった。炎砲は手袋なしだと腕が吹き飛ぶほどの苦痛を味わう。
魔力痛がどんなものか分かっている彼女ならではの疑問だろう。
「魔法をする寸前に姉ちゃんが腕を切り離してやるとかどうだァ?」
「それでは胴体の方に影響が出るかもしれん。うかつにはできない。」
それほど再生師が気を使うのなら魔力痛はよほどのものなのだろう。未知の痛みを想像する。
「うーん、とりあえず兄ちゃんと相談するかァ」
「それがいいだろうな。」
そうして、炎砲の家の前まで来た。今度は緊張していない。すでに初対面ではないからだ。
今日こそ"相棒"を救う手立てが見つかるはずだ。希望を胸に、天賦はドアノブを握った。
そして、断りなく扉を開けた。
「炎砲、来たよ」
炎砲はキシャと朝食を食べていた。何かの肉と、何かの実。炎砲はごくんと物を飲み込んで、目を丸くしていた。キシャは天賦たちを見ると、つい、と目を逸らした。
「ほら兄ちゃん、呪源退治にいっくぞォー」
炎砲は黙ったままだ。小刻みに顔を動かし、数度瞬きを繰り返した。
……何かおかしい。
「ああ、分かったよ」と言ってすぐに支度をしてくれると思っていたのに。
炎砲は天賦たちの顔を1人ずつ見て、それから、口を震わせながら開いた。
「……えっと、どなたですか?」
「…………え?」
炎砲は椅子に座ったまま、ずり、と後ろに下がった。冗談を言っているような様子ではない。本気で、天賦たちが誰か分かっていないのだ。
「なあキシャ、これは……。」
「……お兄ちゃんは……」
暗い顔をするキシャ、困惑する天賦たちに炎砲は混乱して、泣きぼくろを数度掻いた。
「えっと……もしかして、昨日なにかあった? ごめんな。俺、すごく忘れっぽいんだ」
昨日も聞いた台詞をそっくりそのまま言った。
忘れっぽいとか、それどころではない。少なくとも、昨日のことは炎砲にとっても印象づいた出来事だったはずだ。
「呪源のことは? 腕治したことは?」
「わ、分からない……もしかして、昨日何か大事な話をしたのか? というか、誰なんだ?」
まさか1日の記憶を全て忘れているのか?
いや、それはありえない。昨日はおとといのことをしっかりと覚えていた。魔物の群れを魔法で倒したことを。
「オイ、これどういうコトだよ」
「分かりません……たまにこうなるんです」
「再生師、分かる?」
「ううむ……心の負担で記憶が欠如するというのは聞いたことがあるが……キシャ、何か心当たりは?」
キシャは眉間に皺を寄せて再生師を見た。まるで、彼女を責めるように。
「あるに決まってるでしょう」
「それは……あ。ああ、すまない!」
そこまで言って、再生師はようやく自分が失言をしたことを理解したようだった。
炎砲の負担の原因なんてたくさん考えられる。閉じ込められていること、呪いで苦痛にまみれること。
ましてや、彼は傭兵でもなんでもない。一般人だ。戦いに慣れているわけが――
――しかし、一つ違和感があった。
彼は昨日「協力する。させてほしい」と言った。戦いに怯える人間から出る言葉ではない。
また、天賦はこの現象に何かの既視感を抱いていた。絶対に心当たりがあるはずなのに、思い出せない。
本当に精神の問題なのか? 本当にそのせいで?
ただ、天賦はその違和感を言葉にすることはできなかった。
「まァ、昨日あったことを説明しようぜェ」
「ごめんな、そうしてくれ」
そして、カルメと再生師が昨日炎砲とどのような会話をしたのか説明を始めた。
炎砲に、再生師が腕を治したこと、波が呪源だということ、それを斃す手伝いをすると約束したこと、全て話した。
記憶をなくしただけなら同じように承諾してくれるだろう。そう期待していると、
「――ごめん、俺は協力できない」
「……は?」
力を貸せない。炎砲は確かにそう言った。
昨日はあんなに快諾してくれたのに、今の彼はそれを拒否した。
「ちょ、ちょっと、何で」
「呪源なんて、俺が斃せる相手じゃない。あんたらならまだしも、一般人の俺じゃ無理だよ」
天賦は焦っていた。そして苛立っていた。
"相棒"を助ける手伝いをしてくれると約束したのに。なぜ今更無理だと言うのだ?
あんな魔法が使えるなんて一般人なわけないだろう。
「駄目! 昨日はやるっていった!」
「お、覚えてないのはごめんよ、でも、俺がそれを呑んだなんて、信じられなくて……」
「でも……」
ヒートアップしてしまいそうな天賦を、カルメと再生師は緊張しながら見守った。あまりに行き過ぎたら止めようと。
しかし、その前にキシャが天賦の前に現れた。
「やめて下さいよ。忘れてしまってるとしても、お兄ちゃんを無理やり連れて行こうとしないで下さい」
「それでも――」
「呪源との戦いを強いる人たちなんて信用できません」
昨日から、キシャはやけに天賦たちに否定的だ。その気持ちが分からないわけではない。ただ、今の"相棒"を失った天賦に、それを理解する余裕はなかった。
「な、なァ嬢ちゃん、ここは一回――」
「駄目、せっかく相棒、取り返せそうだった」
「――ごめんな」
炎砲の声が石造りの家に響いた。
皆の注目が炎砲に集まる。彼は目線を床に落とした後、揺れる瞳で天賦を見た。
「魔獣とか魔物ならまだしも、呪源だなんて……俺が死んだら誰がキシャを支えてやれるんだ? 生きて帰れる保証が全くないだろ?」
「……だから、俺は呪源と戦いたいんだ」
――え?
……今、炎砲は何と言った?
だから呪源と戦いたい?
今の発言のニュアンスからして、そんな言葉が出るのはおかしい。言い間違えとも違う。なのに、確かに炎砲はそう宣言した。
カルメもその違和感に気がついたようで、炎砲を指差して指摘した。
「あ? お前さん今戦いたいって……」
「……え、あれ? 俺、おかしいな、なんでそんなこと言ったんだ……?」
炎砲は自身の頭を抱えてふらついた。それをキシャが慌てて支える。
彼はどこかおかしい。記憶が欠けていたり、辻褄が合わなかったり、まるで頭の中を掻き回されているようだった。
「……とにかく、今日はお引き取りください!」
「ちょっと待っ――」
キシャにぐいと押されて、天賦たちは無理やり外に出される。まだ朝早いので外はあまり暑くない。
そして、抗議する前にガチャンと鍵をかけられてしまった。
「もォ何なんだよ。不可解なコト起きすぎてアタマおかしくなりそうだわ」
カルメは頭をガシガシと掻いて空を仰ぐ。再生師はその場に胡座をかいて深いため息をしていた。彼女はこう言った場は苦手だ。
天賦は――頭の中で何かが繋がりそうだった。この記憶がうやむやになる現象。絶対に聞いたことがあるはずだ。
夢でなく、本でもなく、確か誰かに――
「――あっ!」
「うおゥ、どうした嬢ちゃん」
「スルだ!」
天賦がルチカナイト近郊の村で祝いの料理を食べている時ウィルヒムたちが現れた。どこかに強い魔術師はいないかという話から派生して、その時にスルから聞いた話だ。
『めっちゃ古い魔導書に常用魔法の超応用版みたいな感じで書いてあったんだよね。人の記憶とかをえーいって飛ばす感じの魔法が』
記憶のことにどうも心当たりがあると思ったのはそれだ。えーいって飛ばす、はその時よく分かっていなかったが、今の炎砲には当てはまるような気がした。
そのことをカルメと再生師に話した。すると、再生師は何かにピンと来たようで、「ああ!」と大きな声を上げた。
「分かったぞ!」
「えっとォ、何が?」
「呪源の英雄が! 多分!」
天賦はそれを聞いた途端、再生師の肩をがっしりと掴んだ。まさか彼女が呪源の正体に辿り着くとは。
「は、早く教えて。誰なの」
「ず、ずばり、僧侶の「オーガン」だと推測する!」
いつもなら彼女の話は冗談半分で聞いているところだが、今回の再生師には何か根拠があるようだった。
「もし炎砲の記憶が無くなっている原因が魔法なら、それの正体は恐らく【保存】だ!」
「【保存】? あの肉とかを保存する魔法だろォ? それがどう記憶と関係あるんだよ」
確か、オーガンは【保存】を生物にも使い、戦闘に役立てたと言っていた。しかしまだその詳しい内容は聞いていない。
「オーガンは【保存】の天才でな、それで敵の動きを止めたり、脳に使って記憶を混濁させる力を持ってたという記述が残っているのだ!」
記憶を混濁させる。十中八九それではないか。
「す、すごい再生師!」
「呪解者の文献を読み漁った甲斐があったな! ははは!」
「じゃ、兄ちゃんは呪源になんかされてるってコトかァ? だったらココの呪源クソ賢くね?」
カルメは顎に手を当ててそう言った。ルチカナイトも【水晶】に似た力を使っていたが、何が賢いと言うのだろう。
「だって、この町じゃ兄ちゃんは呪源特攻そのものみたいな能力してるだろ? ソイツが呪源退治に参加しなければほぼ勝ち確じゃねェか」
「あ、そっか」
イルネやマーマレードにはそのような様子は見られなかった。もし狙って炎砲の記憶を飛ばしているのだとしたら、かなり賢く、ある程度の自我が残っているのではないだろうか。
「姉ちゃん、そのオーガンってどんなヤツだったんだ?」
「呪解者の本によると、剣士の家に生まれたらしいな。それで"勇者"たちに救われたことで僧侶の道を目指した、とのことだ」
「どんな経歴だよ。何したら斃せるのかちんぷんかんぷんだわ」
天賦が夢を見なくなったせいで英雄の詳しい人柄を知ることができない。経歴を知ったとて、そこに大きなヒントが隠されているとは思えなかった。
「あと、呪源の特筆すべき行動と言えば……天賦の剣を奪ったことだろうか。」
「オレの指輪も取られそうになったぞ」
黄金の道具は英雄の遺物。――仮に、天賦の剣が勇者の剣だとすると、それらを明確に集めようとしていた、ということになる。
「コレって元は英雄のモンだからなァ。仲間だと思って近づいたンじゃねェの」
「動物みたい。賢くない」
「だって液状スライムって目がねェじゃねェか。それこそ匂いとかで……あ、鼻もねェか」
呪源が黄金の遺物を狙う理由は分からない。だが、何かの鍵になりそうではある。ならば、やはり"相棒"を取り返すことが最善の手なのではないか。
「目先の目標としては、どうやって炎砲を連れ出すか――」
その時、赤の扉がバン、と大きな音を立てて開いた。
「ちょっと、いつまでそこにいるんですか!」
「うわ、わ」
「うオッと! ワリワリ、もうどっか行くから」
キシャは眼鏡をくいと上げて天賦たちを睨む。怒っているからかもしれないが、結構元気そうじゃないか。見た目と相反して、言動が病弱に見えない。
「あの弟、頑固者だなァ。一体どうしたモンかね」
「強行突破する」
「無理やりは流石に怒られるんじゃないか?」
天賦たちは歩きながら考える。キシャがあの様子では炎砲を説得したとしても再び連れ出すのは難しいだろう。
キシャも体調が良くないようだから、炎砲も家から離れることを拒否するかもしれない。
「ひとまず、ファティにも知恵を借りて――」
「……えっ?」
その時、道の角から白くふわふわしたものが現れた。メイド長である。
メイド長は手斧を加えながら右手にマーマレードを、左手にはファティを抱えていた。2人とも何故か口を押さえている。
メイド長は天賦たちを――天賦たちの影を見ると、驚いてその場で急停止した。
「な、どうし――」
メイド長は天賦の声を聞くと、ファティを天賦たちの方へ投げ飛ばした。慌ててそれを受け止める。
そして空いた左手で手斧を持ち、天賦たちに告げた。
「どうかお力添えを。異例の事態です」
天賦はそれを聞いてすぐさま拡張袋に手を伸ばした。出てきたのはまたもやナイフだ。
――ずしん。重い音が響く。
――ぐるる。鳴き声が聞こえる。
「……オイ、こりゃ……」
角からぼたぼたと液体が垂れている。それは黒く、粘り気があった。
そして、大きな鳥の足が覗いた。――しかし、それは鳥ではなかった。
首は深いところまで切れていて、今にもはずれかかっている。なのに、その生き物――らしきものはそれを歯牙にもかけず悠々と歩いた。
天賦はその姿に見覚えがあった。ソエルソスのハイン平原で見た、あの魔物。
――グリフィンである。
――ある少年は、ピクリと窓に目をやった。




