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第4話 お願い

「は?」


それが天賦の声だったのか、魔王の声だったのかは分からない。「全ての呪源を倒せ」だなんて、誰が聞いても「無理」と言うだろう。


「まあ、まず話を聞いてくださいよ」


左手の人差し指をくるくる回して召使が言う。


「一応、魔王のあなたにも分かるように説明すると、今この世界はかなり危ない状況なんですよ。あなたを倒した英雄たちが、どういうわけか「呪源」という怪物になって、無差別に呪いを振り撒いているわけです。天賦さんも呪われた1人だ」


英雄、つまり"勇者"とその仲間、計6体の呪源がいる。奴らは、一般人が想像する最も強い生き物であるドラゴンよりも強大な力を持っていて、一説によればだが、封印された魔王と同等の存在だと言われている。


「このままでは、怪物を殺し切る前に、我々人間は呪源に呪われ尽くしてしまう。だから、私たちは魔王の力を借りることにしたんです。……今はまだまだ小さいですけど」


召使は魔王に目を向ける。何故か魔王は恥ずかしそうに天賦の後ろに隠れた。天賦は横に避ける。


「それで、「人」という種族で世界随一の力を持つ天賦さんと、呪いに対抗する術を持っている、であろう魔王で、呪源を斃してほしいんです。――呪源がいなくなれば、呪いも"全て"、きれいさっぱりなくなりますから」


その言葉を聞いて、天賦の瞳が揺れた。

呪源を斃し尽くせば、呪いがなくなる。つまり、"相棒"を使うことが叶う。天賦の生涯の夢だ。


「ハイ」

「なんですか?」

「それって、お前さんらは何かサポートしてくれんのか?」


魔王の質問に、召使は「困った」と言う様子で笑った。


「それが、私たちがあなた方を大々的に支援すると、呪源が斃された後に色々と問題になるんですよ。政治絡みのいざこざとか、そんなものに巻き込みたくないんです」


魔王は「それってアリかよ」と悪態をつく。

天賦は召使が誰に仕えていて、どのような立場の人間なのかを全く知らない。もしかしたら「召使」を名乗っているだけで、彼自身が何かのリーダーの可能性もある。


そもそも呪源を斃せるかなんて分からないのに、斃した後のことを考えているのがおかしいと魔王は抗議する。「魔王」の癖に現実的なことばかり言うな、と天賦は思った。


「なので、これは私たちからの「お願い」です。天賦さんは、嫌なら断ってもらっても構いませんよ」

「オレは?」


天賦は心が揺れ動いていた。

呪源と戦うなんて、たとえ一体相手でも生きて帰ってこれるか分からない。

しかし、このまま何もしなかったら一生"相棒"を抜くことができないかもしれない。


自らの身と、"相棒"の身を天秤にかける。

どちらに傾くかは天賦には明白だった。


「いいよ!」


意気のいい返事に召使は笑い、魔王は目を丸くした。元々まんまるな目なので、「まるで」と言うのが正しい。


「はは、天賦さんならそう言ってくれると期待していました」


召使が手を差し出したので、天賦は彼と握手した。

魔王は2人の顔を見やり、脚をちゃかちゃか鳴らす。


「いや、嬢ちゃんはいいけどさ、オレは? 今目ェ覚めたばっかでよォ、いきなり超級にヤバそうなヤツら倒せって言われてもよォ!」

「鳥さん、あなたには選択肢は2つありますよ」


召使はしゃがみ、目線を魔王に合わせた。目があっているかは分からない。


「1つは、天賦さんと共に呪源を倒すこと。もう1つは、水晶に封印され直すこと」

「えェ!?」

「今のあなたなら、現代の方法でも問題なく封印できますよ。どうします? 水晶に戻りたいですか?」


羽で顔を覆い、尾をひらひらなびかせて呻った。


「……頑張りますぅ」

「ありがとうございます」


召使がまた手を伸ばし、羽と握手する。天賦にとっては、この魔王は盾ぐらいにしか役に立たなそうなので、正直どちらでも良かった。ただ天賦が知らないだけで、魔王がいないと攻略不可能な呪源がいるかもしれない。あの石像のような「パズル」式の倒し方だ。

そして、天賦はふと頭をよぎった疑問を投げかけた


「闘技場はどうする?」

「心配しないで大丈夫ですよ。実は、私たちはかなり昔にあなたを買っていたんです。そして、その所有権は今日破棄してきたので、あなたは既にどこにも属さない人間になっていますよ」


天賦は口をあんぐりと開いた。てっきり自分は闘技場の管理人の所有物だと思っていたが、知らないうちにこの男――が属する団体――の物になっていたらしい。所有権うんぬんの話は天賦には全く持って分からないが、とにかく、天賦は完全に自由の身になったということだ。

ただ、今までの生活には満足していたので、特別晴れやかな気分になったりはしなかった。


「……そっか。えっと、これからどうするの」

「まずは天賦さんには外の世界をよく知ってもらわないと。もうどこに行こうにも自由なので。私が一から十まで説明するよりも、街の人々に聞いて、実際に体験する方が天賦さんには向いているでしょ」


街。いつも魔物討伐から闘技場まで真っ直ぐ帰っていたので、自由に回る機会は無かった。

それに、呪源がどこにいて、どんな姿をしているのかをここで全て教えられても、覚えられる自信がない。自分から動く方が身につきやすい。

来た道を戻ろうとした時、召使から布を渡された。


「あの上を登っていくのは大変でしょ。他の道を使うので、しばらくこれを目につけていてください。ほら、あなたも」


魔王にも同じような布が渡された。情報隠蔽のためだが、天賦にはこれがどんな意味を持つのか分からなかった。とりあえず言われた通りに目を隠し、魔王の首を掴んで持ち上げた。「グエッ」と苦しそうな声を上げた。


それからは、召使に手を引かれ、どこかも分からないところをひたすら歩いていった。


――――――――――――――――――――――――――


「もう外しても大丈夫ですよ」


召使の声が聞こえて目隠しを外すと、そこは見慣れた自分の「家」だった。扉の横に嵌めた部品は、いつの間にか無くなっていて元のおかしな形の窪みに戻っている。

部屋の中を覗いても、天賦が落ちたであろう穴はどこにも見当たらなかった。同様に、天賦のベッドも。


魔王は、首根っこをずっと掴んでいたというのに、天賦の手の中で安らかに寝息を立てていた。魔王も寝るのか、首を掴んでも窒息しないのか、と発見が2つあった。


「では、私はこれで。また会う時があっても、「知り合い」として、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


召使は天賦に背を向けて帰っていく。彼がどこに帰っているのかは知らない。恐らく、これからも知らなくていい。


さて、とため息をつき、"相棒"のグリップを握る。"相棒"に不可解な謎ができることになったが、そんなものは関係ない。今までもこれからも、天賦の"相棒"には変わらない。

魔王から手を離し、地面に落とす。

踏み潰されたカエルのような――鳥と言うべきか――声を出し、左目を羽で擦った。


「あェ、もう着いた?」

「魔王」


急に顔を近づけた天賦に魔王は驚く。器用に後退りをして、天賦から顔を背けようとする。


「私たちは呪源を倒す。絶対」

「お、おう。分かってるってェ」

「全部倒して、"相棒"を助ける」

「分かった、分かった――って、ハァ?」


魔王は天賦の瞳を見た後、天賦の"相棒"に目を向けた。


「助ける? その剣を?」

「うん。私の呪いは「禁忌の呪い」。そのせいで"相棒"が抜けなくなってる」

「……あ? 本当かァ?」

「本当!だから、魔王も協力して」


魔王は頭を掻いて、床についた手――羽を正した。


「……まァ、とりあえず。お前さんはその剣を大事に思ってて、なんとかして呪いを無くしたいンだな?」


天賦は強く頷く。


「あー、まァ、よく考えてみたら、オレも他にすることねェしな。オレを封印したっていう、英雄?も気になるし。小鳥なりに、あと死なない程度に!頑張るコトにするよ」

「魔王なんだからもっと頑張って」


「魔王」と呼ばれた時、魔王は機嫌を悪くして、「ずっと思ってたけど」と天賦に向き直った。


「その「マオウ」って呼ぶのやめにしねェ?気分が悪いんだけど」

「じゃあ何て呼べばいい?鳥?黒い鳥?」


帰ってきた魔王の返答は、天賦にとって意外なものだった。


「や、「カルメ」とでも呼んでくれ」


もしかしたら他の意味があるのかもしれないが、魔王が口にしたのは固有のもの、彼の名前に聞こえた。ただでさえ動物に固有の名前があることが珍しいのに、魔王が、しかも記憶喪失が、自身の名前を名乗ったことが極めて衝撃的だった。


「名前があるの」

「名前、まァ愛称みてェなモンだ。な、それなら嫌じゃねェから」


名前を言うように催促され、天賦はおそるおそる口を開き、ゆっくりと彼の名前を発音した。


「――カルメ」

「そうそう。よろしくな、嬢ちゃん」


魔王――もとい、カルメは満足気に頷いた。

自分のことは名前で呼ぶように言ったのに、私の通称は呼ばないのか、と天賦は思う。


「嬢ちゃん。街を見てこいとは言われたけどよォ、何か目星とかはあるのか?」

「……とりあえず、自分用の武器ができるだけ欲しい。ここのは外に持っていけないから。お金はあるし、大丈夫」


「お金はある」と聞いて、それならとカルメも意見を出し始めた。


「嬢ちゃんは魔獣狩りできンなら食料はそんなに必要ねェだろうし、それよりかは移動手段が欲しいな。だろ? 馬とか鞍とか、あと武器をそんなに持ち歩きたいンなら馬車を捕まえなきゃなァ」


それからも、カルメはすらすらと旅に必要な物を考え、思いつき次第天賦に話した。天賦は「呪源を倒す=戦うもの」の思考で止まっていたため、カルメに感心した。


「カルメ、魔王なのに色々知ってるね」

「魔王ってのやめろってェ。これくらいは普通だろ」

「じゃあ、お金を――」


天賦はお金をイメージした時、あることを連想した。


召使から貰った硬貨は巾着袋に入れられていた。

天賦はその巾着袋を置く場所に困っていたので、ベッドの下に入れることにした。

ベッドの下は今日満杯になった。

今日は召使から貰った部品を使って地下の遺跡に落ちた。

落ちた時、自分はベッドの上に座っていた。

地下水にはベッドも床も落ちてきていた。

ベッドの下に置いていたのは――


「どうした?顔色悪ィぞ」


天賦は焦って元自室の扉を開けて、ベッドに――ベッドが「あった」場所に駆け寄る。

そこには何の形跡もなく、穴が空いた場所も塞がっていた。――何の形跡もなく。

つまり、硬貨がない。

天賦は水に落ちた時、浮上するために"袋"を蹴り上げたことを思い出した。そう。硬貨が入った巾着袋のことだ。


「……うそ、でしょ」


四つん這いになって絶望する天賦を、カルメは心配した。

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