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47話 粉骨砕身の手袋

 ――右腕が吹き飛んだ少年の周りに、僧侶らしき人間やマーマレードが集まっていた。【治癒(ヒール)】をかけているのだろう。

 それを見てハッとした再生師が急いで少年の元に向かい、名乗りをあげた。


「私がやる! 任せてくれ。」


 人混みの隙間から、骨が露呈した少年の腕が覗いた。痛々しくて思わず目を逸らした。

 再生師が人々を押し退けてその場にしゃがむ。すると傭兵たちが「おお」とか、関心する感じの、そんな声を一斉に上げた。彼女が【再生(レプロ)】を使ったのだろう。


「これで良いはずだ。……意識が戻らないな。」

「魔力痛で意識が飛んでる。そのまま安全搬送」


 イルネは、少年の身に何が起きたのか詳しく知っているようだった。傭兵たちが少年を運んでいく。彼の顔には斑点のように血飛沫が飛んでいて、痛ましさに寒気がした。


 この状況で彼の家がどこなのかとか、そんなことは聞けなかった。騒ぎが落ち着いてから聞くしかない。


「嬢ちゃん、ありゃちょォっとマズいかもな」

「ヤバい?」


「呪源に役立つだろうけど、協力してくンねェかも」


 カルメが言った言葉の意味はなんとなく分かった。

 あの少年は凄まじい威力の魔法を使える。ただ、その代償も大きいようだ。

 しかも、予想外なことに相手は子供だ。快く許諾してくれるビジョンが見えない。


 ――そして、自身の手を見た。

 あの無様な戦いで呪源を斃すなんてありえない。やはり今すぐにでも"相棒"を取り戻さなくてはいけないのではないか。

 結局、自分は"相棒"がいなくては何もできないのか?


 天賦たちは安静に運ばれる少年の姿を見つめていた。



――――――――――――――――――――――――――



「――で、ドコだってェ?」

「あっちの突き当たりを右だ。」


 ――次の日。

 天賦たちはイルネに彼の家の場所を教えてもらい、十分に時間が経った昼時に向かうことにした。

 ファティはメイド長たちと術力車を直している。全員で行っても威圧感を与えてしまうだろうから。


「昨日の魔法は凄かったな! ぜひ何を使ったのか詳しく聞きたいところだ!」


 再生師はいつものように目を輝かせていた。未知の出来事には心の底から興味を抱く性格だ。

 天賦もあんな魔法は知らない。あの光で何が起こったのかさえ分からなかった。消滅させたのか、それとも焼き殺したのか。


「子供であんな魔力ってありえんのか?」

「子供で、というよりも、人間ではあり得ないな。エルフでも無理だろう。」


 あの少年は魔法を放った後、腕が吹き飛んでいた。本人もあの魔力に耐えられないのだろうか。


「あ、魔力痛って何」


 イルネが言っていたものだ。どう言った時に起こるのだろう。


「魔力を無理に吸い出したり、魔力がないのに魔法を放ったりすると全身の魔力回路が痛むんだ。それはもう、すごく痛い。」


 再生師はそう言って目を細めた。天賦が経験することはない類いのものだろう。魔力回路の痛み、と聞いても想像ができない。


「刺されるのとだったら、どっちが痛い?」

「むう……魔力痛かな。」


 驚いた。刺されるのだってとても辛いのに、それよりもきついのか。自分が魔術師でなくてよかった。


「ほら、ここだ。」


 角の先を覗く。そこには他の家より少し小さい、四角い形をした家があった。まさか、1人で住んでいるのか。

 ただ、丁寧に手入れされていることが伺える。壁に汚れが全くついていない。


「……えっと、どうしたらいい?」

「嬢ちゃん、そこからかよ」


「ドアをノックするんだ。」

「え、何回?」

「まあ、3回とかか?」


 そんなこといいから早くやれよ、とカルメが目線で訴えてくる。――マスクを被っていて表情は分からないが、なんとなくそう感じたのだ。


 左手を腰に当てながら、赤い木の扉を3回ノックする。

 コンコンコン、と小気味良い音が響いて少しした後、キィと音を立てて扉が開いた。……ほんの少しだけ。


 間から顔を覗かせているのはあの少年ではない。茶色の髪を一つに括った、眼鏡をかけた細身の青年である。肌の色も違ったので家を間違えたのかと思った。


「……どなたですか?」

「えっと、えっと、赤い髪、子供、探してる」


 いつも以上にカタコトになってしまったので怪しまれないか心配した。ただ、共通語が話せる人間だったので、ひとまず安心である。


 青年はオレンジ色の目を細めて天賦を見た。あまり好意的に見られていないようである。ただ、「そんな人知りません」とは言われなかったので、家を間違えたわけではないようだ。


「や、ちょーっと用があるだけなんだ。怪しいモンじゃないからさ、な?」


 カルメが言うと心底怪しく見えるのだが。変に見られるからやめてほしい。

 青年は3人の顔を見回すと、扉を大きく開けて背を向けた。


「どうぞ」

「感謝する!」


 天賦たちは少年の家に入った。



 中もすっきりとしていて、綺麗に整頓されている。几帳面な性格なのだろうな、と思った。

 部屋の中を見渡すが、少年の姿は見えない。


「上で休んでます。あんまり大きな声で騒がないで下さいね」


 部屋の隅には石造りの階段があった。あの上に少年がいるのだろう。

 それにしても、この人物は何者なのだろうか。見た目的に、あの少年の兄というのが1番ありえるだろう。


 呼びに行く、と言って青年は階段を上って行った。

 天賦は他人の家の椅子に座ることが初めてだったのでソワソワと落ちつかなかった。カルメに「オイ」と注意されるほどに。


 「お客さんが来たよ」という声がして、木製の扉が開く音がした。妙に緊張する。

 ぺたぺたと裸足で石の上を歩く音がやけに響いた。


 そこから現れたのは、昨日と同じ赤髪の、大きな手袋をした少年だ。

 青年と髪や肌の色は違えど、同じオレンジの瞳が血のつながりを感じさせる。


 子供らしい活発さは感じられない。華奢な身体で、妙に落ち着きのある目をしていた。


「おお、元気そうで良かった!」

「ボク、あン時はありがとな」


 話を聞くと、既に天賦は彼に会っていたようだった。"相棒"を取られたショックで泣いていたので気が付かなかったが。


 だが、少年は困ったように右目の泣きぼくろを掻いて、天賦たちの顔を眺めていた。


「……えっと、どなたですか?」


 再生師は「え?」と困惑の声を漏らしていた。天賦も驚いた。一言の挨拶ではなく、しっかりと会話をしたようだったから印象づいていると思ったのだが。


「ほ、ほら! 暴れていたこの人にパウの実の種をくれたではないか!」

「覚えてねェ? このオネーチャンがわんわん泣いてた時のコト」


 わざわざ口に出すのはやめてほしい。こちらにも恥という感情はあるのだ。

 すると、少年は眉を下げて手を合わせた。


「あ……ごめんな。俺、すごく忘れっぽいんだ」


 嘘をついているわけではなさそうだ。子供ほど記憶力がいいと思っていたのだが、彼の場合はそうではないようだ。


「そうだな……腕の具合はどうだ? 私が治したのだが。」

「え? 君が治してくれたのか?」


 少年は目を見開いた。あれだけ派手に腕が飛んでいたが、今は綺麗に治っている。少年は腕を摩った。


「すぐ治ってたから変だと思ってたんだ。その、覚えてなくてごめん。本当にありがとう」


 【治癒(ヒール)】では部位の再生にはかなりの時間がかかる。腕一本なら半日はかかるだろう。

 それを一瞬で直せる再生師はやはり凄い人間だ。時折忘れそうになる。


 少年は、青年に「ほら座って」と促されて、天賦たちの前に青年と共に座った。ディソンやディービと同じぐらいの背丈に見える。


「ボク、名前は?」

「あ、俺は……えっと、みんなからは「炎砲」って呼ばれてる」


 炎砲。とても人間を呼ぶような名前じゃない。まるで物みたいな名前だ。

 そして、その言い方。間違いなく、呪われている者の名乗り方だった。


 呪いが見えるはずのカルメも、それで初めて彼が呪われていることに気がついたようだった。本当にカルメは、この町では呪いが明瞭に見えないらしい。


「私は――」

「オレはカルメ。コイツは天賦、そっちは再生師だ。このお嬢さん2人も呪われてる」


 天賦が自己紹介をしようとしたらカルメに遮られてしまった。この場にいない"相棒"のことも伝えておきたかったのに。


「あんたらも……大変だな。あ、こっちはキシャだ。俺の()

「…………え?」


 今、炎砲は青年――キシャを指差して、「弟」と言った。再生師より少し小さいくらいの青年を「弟」と。


「待て。お2人さん、おいくつ?」

「俺はハタチ」

「私は16歳です。お兄ちゃんとは4歳差」


 思わず天賦は「え゙」と声を漏らしていた。

 確かに、炎砲は子供にしては声が低いと思っていたが、まさか成人しているとは思わなかった。再生師より年上だ。


 それに加えて、キシャの方はまだ成人年齢になっていない。衝撃であまり話が入ってこなかった。


「まあ、そう見えるよな」

「仕方ないよ」


 炎砲は困ったように笑った。口元から八重歯が覗く。


 天賦たちはまだ驚愕が抜けないが、気を取り直して炎砲についての質問をすることにした。


「……えっと、呪いを聞いてもいい?」

「俺の呪いは「魔力の呪い」って言うらしい。生まれつきの呪いだ」


 昨日の光景から、大体察しはついていた。魔法関連の呪いであると。


「膨大な魔力が一生体に溜まり続ける呪いらしいです」


 キシャは悲しそうに眉を下げて言った。


「これは中々、恩恵のようにも思えるな。」

「体がその魔力に耐えられないんですよ。それに魔力の調節も自分でできない」


 魔法を使うたびに魔力痛とともに苦しむ、ということか。常に最大出力しか出せないのは、小回りを有する戦いではかなり不便だ。


 「サキュバス退治」の話を思い出す。確かに、それだけの魔力を吸収しようとしたら並大抵の魔獣では耐えられないだろう。


「だから、いつもはこの手袋で魔力を吸い出して間接的に魔法を使うんだ。……そのうち壊れるけど」


 その黒い大きな手袋にも意味があったのか。炎砲がそれを外して天賦たちに見せる。内部には何かの回路がびっしりとつけられていた。


「これで、俺自身の紹介は大体終わったけど……」

「お兄ちゃんに何の用があって来たんですか?」


 キシャが訝しげに天賦たちを見た。初対面の時のイルネと同じような目をしている。


「ちょっと、キシャ。……腕を綺麗に治してくれたし、俺にできることなら応えるよ」


 泣きぼくろを掻きながら、炎砲は天賦たちに協力の姿勢を見せた。

 天賦たちは顔を見合わせる。そして、口にした。


「呪源退治に協力してほしい」

「…………はぁ!?」


 そう大声を上げたのは――キシャだった。


「えっとな、街を取り囲んでる「波」っつーのが呪源なんだよ。ンで、それが魔法でしか斃せないヤツだったから、(あん)ちゃんに協力してほしいなーって」


 その話を聞いて、炎砲は目を丸くしていた。そして何かを言いかけた時、キシャが「ちょっと」と声を張った。


「そんな危険なこと、お兄ちゃんが死んじゃったらどうするんですか!」

「キシャ、落ち着いて。また体調が悪くなっちゃうだろ」


 だって、と熱を持つキシャを炎砲が宥めた。それは、紛れもなく兄の姿だった。ふらりとよろけて、キシャは再び椅子に座る。


 天賦はどうしても彼に協力して欲しかった。こうしてる間にも、"相棒"が錆びたり、折られたりしているかもしれない。有効打を与えられそうな人間は彼しかいないのだ。


「私、大切なものが呪源に取られた。1番大切なもの」


 天賦はへたくそに、己の心境を語る。


「寂しい。悔しい。どうしても取り返したい。だから、力を貸してほしい」


 本音を言うならこれからの呪源退治にもついてきて欲しい人材だ。だが、彼には家族がいる。せめてここ、クェンターレの呪源だけでも協力してほしい。


「……実は、俺も思ってたんだ。ずっとこんな生活が続いていいのかって」

「お兄ちゃん!」

「だって、今はまだ大きな問題は起こってないけど、もしおまえの体調が悪化したらどうする? この町の医者じゃ治せないような病気になったら?」

「それは……」


 キシャが自身の服をギュッと掴んだ。その白すぎる肌が彼の体の弱さを象徴している。


「俺は、おまえにおじいちゃんになるまで生きて欲しいんだ。な?」


 そこまで言うと、キシャは黙りこくってしまった。見た目は不釣合いだが、それは確かに兄弟の絆に見えた。


「協力するよ。させてほしい」

「あ、ありがとう!」


 天賦は安堵していた。これで断られたらとうとう頼みの綱がなくなるところだったからだ。カルメも再生師も、体の力が抜けたようだった。


「良かった! 断られたらどうしようかと!」

「姉ちゃん、そういうのは言わないの」


 カルメは再生師を咎めた。いつもの彼女らしい。

 恐らくクェンターレ限定の付き合いになってしまうが、それでも大きな一歩には違いない。


「今日はもう遅いし、明日色々調べたり実践してみたりすっかァ。嬢ちゃん、お前さんも含めて、だからな」

「わ、分かってる」


 天賦は"相棒"を失って戦闘機能がガタガタだ。今の状態で訓練し直さないといけない。この状態に慣れるように。

 とにかく、明日からは本格的に対クェンターレの呪源の計画が進む。"相棒"を取り返せる日も、きっと近い。


「じゃあ炎砲、明日の朝来るね」

「ああ、また明日」


 炎砲が手を振る。

 天賦たちは小さな2人の家を後にした。


「……それにしても、兄弟2人暮らしって、中々事情がありそうだよなァ」

「それ、聞いていいのかな」

「深入りすることではないだろう。」




「……駄目なのに」


 その言葉を聞き取れた者は、誰もいなかった。

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