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46話 マジカルショット

「おはよう嬢ちゃん、今日は英雄の夢見たかァ?」

「……見てない」


 "相棒"を取られた日から、天賦はまるっきり英雄関連の夢を見ていない。前回は天賦の夢が大きなヒントになったというのに、肝心なときにぱたりと見えなくなってしまった。


「やっぱあの剣が……いや! ワリィ、なんでもねェ」


 カルメは慌てて口をつぐんだ。すぐ怒るような人間ではないと自負しているのだが、そこまで気を遣われるとむず痒い。


「おはよう! 天賦、いい朝だな!」


 さっきまでぐっすり寝ていた再生師が元気な声と共に起き上がった。ちょっとびっくりするからやめてほしい。


「夢は見たか!?」

「見てない」

「そうか……。」


 今度は尻尾を下げてしょんぼりとした。まだ朝なのに感情の起伏が激しい。

 ファティはまだ寝ているようだった。……ベッドからずり落ちて、こちらからでは足しか見えない。やはり、彼は寝相がかなり悪い方なのかもしれない。 


「えっと、もう3日経ったよなァ? じゃあ今日襲撃が来るのか」

「今度は肉が十分に取れるように配慮しなくてはな!」


 前回の――天賦たちにとっては最初の――襲撃で、食料になるはずだった魔獣を無造作に潰してしまったため、イルネに少し怒られた。

 今回は頭など、食べないところを重点的に狙わなくては。


「あの量がまた来るのかァ。それだけで憂鬱だぜェ」

「イルネ曰く、あの襲撃はいつもよりかなり多かったらしいぞ。今度はマシになるんじゃないか?」


 あれは天賦も驚くほど長かった。あんなのがずっと続いていたらとっくに傭兵団は死んでいるだろう。


「今日乗り越えたら、あの「エース」とやらをまた探すかね。終わったらリーダーと話す機会ができるだろ」

「うん。頑張る」


 あの程度では天賦たちは死なない。鈍らないための特訓だと思えばいいかもしれない。


「町を歩いている中ではそれらしき人物はいなかったが……。」

「見た瞬間魔力スゲー!って分かる方が怖ェだろ」


 問題は未だに山積みだ。

 解決のためにはゆっくり進めるしかない。


「今ントコ、呪源の正体のヒントがねェンだよなァ」

「ふむ、とりあえず、魔法を使った3人の英雄のことを話そうか?」

「そうして」


 獣人の武闘家だというサマルエルム、そして"勇者"は除いてもいいだろう。天賦は再生師の話を聞くことにした。


「まず魔術師のチュリマー。彼女はワイバーンを従えていて、物を動かす特別な魔法が使えたようだ。」


 「ワイバーンを従える」。字面だけで英雄っぽすぎる。

 かっこいい。


「次に僧侶のオーガン。通常、生き物に対して使えない【保存(フリーズ)】を使えるようにして、戦闘に役立てたらしい。」


 【保存(フリーズ)】は天賦のメイスにも使われている魔法だ。物を保存する魔法を生物にかけたとして、どんな効果を発揮するのだろうか。


「最後に、白魔術師のアベン。彼女は純粋に、【活化(アップ)】の魔法が誰よりも上手かった、とのことだ。」

「シンプルだなァ」


 それで魔王を、カルメを斃したというのならよほどの技術があったのだろう。200年前のことなので推測でしかないが。


「どれもありえそう」

「ルチカナイトって分かりやすかったんだなァ」


 ふいに、あの夢を思い出した。シュルトカが何かに苦しむ夢。

英雄は皆、あんな風にもがきながら呪源になっていったのだろうか。


「クスカル出身の英雄もいないしな……今回はかなり情報が少ない。困ったな。」

「アイツは町を取り囲んでて、外に出ないようにしてて……オイ、コイツも「守るコト」が大好きだったりしねェよなァ?」


 確かに、住民を閉じ込めているというのは、何かから守っているようにも捉えられる。

 住民たちに利があるとは思えない環境だが、向こうが勝手にそう解釈している可能性もある。英雄らしいと言えば英雄らしい、のかもしれない。


「そうだったら、家壊さないと」

「今回はガチで人間が住んでるじゃねェか! ンなコトしたら怒られちまうよ」


「では、再びカルメが出向いてみたらどうだ? 前回のように何か思い出すかもしれん!」

「前回と同じならけっこー後半戦になんねェと思い出さないんだけど」


 仮にも魔王なのだからもう少し活躍してほしい。

 そもそも呪源が生まれてしまった理由がカルメにあるのかもしれないのだから、責任を取るという名目でも協力してくれないだろうか。


「うぅん……あ、おはようございます……」


 すると、ファティが床から起き上がった。頭を雑にボリボリと掻いている。なんというか、ふてぶてしい。

 そういえば、彼はもう30だ。それをつい忘れていた。


「ファティ、早く起きて。夜は戦うから」

「はい、わかってますよ……え、ちょっと待って。俺今日も戦うの!?」


 ファティは飛び上がって、大声を出した。逆にどうして今日は戦わなくていいと思っていたのだろうか。


「ファティ、魔獣普通に倒せてたし」

「勘弁してよ……」


 ファティは再びベッドからずり落ちた。



――――――――――――――――――――――――――



 ――昨日と同じような配置で、天賦たちは魔獣が襲来してくるのを待っていた。


 イルネは前回の魔獣の量に警戒していたようで、「事前に()には要請しておいた」と傭兵に話していた。


 彼。恐らくあの2人組が話していた「サキュバス狩りのエース」とやらだろう。要請ということは、本当にその人物は傭兵団の人間ではないらしい。


 天賦はそれよりも、いつもと違う自身の体に戸惑っていた。"相棒"がいないせいで、いつものようなバランスが取れない。グリップを握ろうとして、何度も何度も左手が空振る。


「天賦、今回も信頼してる」

「うん……」


 イルネは天賦の腕をコツンと叩いた。彼女の顔は明るい。ほとんど天賦たちに任せても問題ないと思っているのだろう。実際そうではあるのだが、今回に至っては不安だった。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」

「うん…………」


 正直、まだ喪失感が凄い。

 これから戦いが始まるというのに、全く身が入らなかった。


「来るぞ、戦闘体勢」


 イルネの声がやけに響いた。

 そして、暗闇から魔獣の群れが現れる。前回と同じような構成だが、前のような威圧感は感じない。


 また同じように、1匹の魔獣が飛び出した時、背後から無数の【砲撃(ショット)】が飛んだ。


 それを確認した後、天賦は魔獣の群れに向かって駆け出す。大丈夫、前回とほとんど同じだ。心配するようなことは何もない。


 目の前の魔牛目掛けてナイフを振るう。これで頭を突き刺して――


「……うわっ!」


 その時、なぜか魔牛の突進が恐ろしいものに見えた。これに当たったら死ぬ、と。

 身体の防衛本能が働いて、それを咄嗟に避ける。


 いつもなら避けた時の足も次の攻撃に繋げられるように着地するのだが、今回はトン、トンと同じ足で2度地を踏んだ。これでは次の行動につながらないのに。


 体勢を立て直し、魔牛の身体にナイフを刺した。そして、同時に「なぜ?」という問いが浮かぶ。


 こんなところを刺して、自分はどうするつもりだったのだ?かえって魔牛を暴れさせるだけではないか。


「わ、わわっ」


 予想通り暴れ出した魔牛の頭突きから逃れるために、数歩後退りをする。なぜかそれが怖かった。

 腰に手を伸ばす。空振りだ。


 もはやヤケになって、天賦は思いっきり魔牛に向かい、頭にナイフを刺した。そして、だんだんとそれは動かなくなっていく。


 ようやく1匹。なぜ、自分は魔牛1匹にこんなに手こずったのだ。

 どうしよう、どうして、そんな疑問が脳を駆けた。


 ――だからなのか、天賦は横から迫り来る炎馬に気が付かなかった。


「あっ……」


 燃え盛る馬の蹄が天賦に迫る。まずい。

 ひとまず腕を犠牲にして、それから再生師に――


 ――炎馬が嘶いた。

 天賦の眼前まで迫った蹄が横に倒れ、ずしんとその大きな身体が地に伏した。その側頭部には2本の矢が刺さっている。クロスボウの矢だ。


 背後にはファティの姿が見えた。あの発射口が2つある魔道具を持って。その手は微かに震えている。


「大丈夫ですか、どうかしましたか!?」

「……ごめん、大丈夫」


 彼もいつもと違う天賦の動きに戸惑っていた。

 まさか、自分がファティに戦闘で助けられる瞬間が来るとは思わなかった。後でちゃんと感謝しなくては。


 そこでようやく、なぜ自分はナイフを持っているのだ、ということに気がついた。魔物相手ならともかく、魔獣の群れ相手ならメイスの方がずっと有利なはずなのに。


 しかし、今からそれを出している時間はない。再びナイフを握り直す。


「なァ嬢ちゃん、マジでどうしたんだよ」

「駄目、なんか変」


 天賦は、なんとなく自分の不調の原因がわかっていた。それはカルメも同じである。

 ――"相棒"がいないこと。

 腰にいつもの重みがないだけで、全身が不安に駆られるのだ。足が重い。身軽な動きができない。


 再生師の方を見る。彼女の身のこなしが、なぜか遠いもののように感じた。イルネの槍捌きも見事なものである。


「やらなきゃ……」


 体を無理やり動かす。

 スライムを蹴り飛ばし、ヘルハウンドの頭を刺す。……刺そうとしたが、斬りつける形になった。


 これでは駄目だ。どうしてしまったんだ。

 天賦は、これまでの戦いの中で高揚した瞬間のことを思い出していた。どうしてあの時、自分は戦闘を楽しめたのかと。


 ほとんど八つ当たりだった。乱暴に右手を振るい、ヘルハウンドの首を突き刺す。

 ミミズのような魔獣の頭を乱雑に切り落とす。ぶよぶよした感触も気にならない。


 その姿を普通の人間が見たら、歴戦の戦士の動きだと思うかもしれない。

 しかし、少しでも武道に心得がある人間が見たら蛮族の戦い方だと判断するだろう。


 歯を食いしばりながら戦った。

 自分1人で孤独な戦いをしているような気分だった。いつも傍らで支えてくれた"相棒"がいないだけで。


「ふう、ふう……」


 そして、魔獣がいなくなった。

 前回は天賦と再生師がほとんどやった。だが、今回の天賦は特に強い人間、の域を出なかった。傭兵たちより比較的に倒した数が多い、というだけ。


「天賦、今日はすぐ終わったな!」


 尻尾をぶんぶんと振りながら再生師が笑顔でそう言う。彼女はいつもと何一つ変わらない。それが少し羨ましかった。


 自身の手のひらを見る。戦い慣れているはずの両手は僅かに震えていた。戦闘への恐怖ではない。1人でいることの恐怖だ。


 ……おかしい。周りには仲間がいるのに、「1人」だと?


 顔を曇らせた天賦を見て、カルメはその肩を軽く叩いた。


「嬢ちゃん、やっぱりちょっと――」

「全員警戒!!」


 イルネの声が大地に響いた。思わず背筋が伸びる。

 彼女はずっと先の暗闇を見つめ、近くにいた傭兵を呼びつけた。


「今すぐ()を呼んで。すぐに」


 それだけ言うと、傭兵は慌てて後方に向かった。

 何が起きたのか把握するために、天賦も暗闇に目を凝らす。――そして、気がついた。


 ――ぐるる、と喉を鳴らす生き物。……いや、それを生き物と言うべきかは分からない。

涎をだらだらと垂らし、首を痙攣させながら神経を逆撫でるような鳴き声を上げている。


 魔獣の群れ――ではなく、魔物の群れだ。


 普段の天賦なら簡単に倒せる相手。だが、今はその姿がいっそう不気味に映った。

 背筋を冷や汗が伝う。


 どうしよう、普通の魔獣でさえままならかったのに、今の自分に正確に胸を突き刺すことなんて可能なのか?


 左手が腰に伸びる。当然それは空振った。


 どくんどくんと揺れる体を抱きしめて、ナイフを持ち直す。頑張れ。きっと上手くやれる。きっと――



「全員! 今すぐ撤退しろ! 巻き込まれて死ぬぞ!」



 イルネの叫びが耳に響いた。カルメが反応が遅れた天賦の腕を掴み、再生師と共に陣地に戻る。


 一体何をするつもりだ、とイルネの声がした方角を見ると、そこには小さな人影が見えた。



 ゆるい袖なしのシャツを着た褐色の少年。華奢な身体で、赤い髪が夜風に揺れている。

 天賦は、彼の姿に見覚えがあるような気がした。


「あ! あの子供……!」


 カルメには確かな覚えがあったようだ。天賦はよく覚えていないのに。


 彼はゆっくりと前に出て、一つ深呼吸をした。その息はひどく震えていて、呼吸の意味を成していなかったことがここからでも分かった。


 そして大きな手袋を外し、右手を、その小さな手を震わせながら前に突き出した。


 すると、彼の右手に光が灯った。……光、なんて生ぬるいものではない。キィンと高まるエネルギー音が、静かで寒い空間に響く。


 魔物が一斉にこちらに駆け出した瞬間――――



 ――――昼が訪れた。


 天賦の視界いっぱいに広がる閃光。何が起きたのか把握できた人間はこの場に存在するのだろうか。


 光に遅れて聞こえてきた轟音が脳を揺らす。

 世界が終わったのか、とさえ思った。目が焼けてしまいそうだ。


 瞼の裏の色が白から赤に移り、それがゆっくりと闇に戻っていく。脳を貫いた音もいつの間にか止んでいた。


 ゆっくり目を開けると――

 ――何も無かった。文字通り、何も。


 魔物の群れなんて最初から無かったかのように。ただただ、暗い世界が広がっているだけだった。


 天賦は理解した。

 これが例の「エース」の力なのだ、と。


 嘘のような光景に唖然としていると、イルネたちがいたところから騒ぎ声が聞こえてきた。「治療を」とか、「【治癒(ヒール)】を急げ」とか、そんな言葉が聞こえてくる。


 ――人だかりができている。


 人々が取り囲むのは、1人の少年。音も無く横たわる赤髪の彼は、右腕が丸々削げていた。

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