45話 手も尾も羽も出ない
――カルメたちは、住民に好奇の目を向けられながら帰還することになった。
戻る、戻ると叫び続ける金髪の少女と、それを押さえ込む尻尾の女と鳥のマスクの男。嵐の中からやってきたり、魔獣を倒しまくったりと、奇妙な経歴が多い。既に天賦たちはクェンターレの有名人だった。
「やだ! やだぁー!」
「だから、アイボーを取り戻してアレをぶっ斃す方法を考えるんだよ! 納得しろってェ!」
天賦はとうとう泣く段階に入った。人目も憚らずに大声で泣くものだから、再生師は大いに困惑した。天賦の泣く姿など想像もしていなかった。
「天賦、とても辛いことなのは分かるのだが、少し落ち着いてくれないだろうか……。」
「駄目! ゔゔ、取り返さないと、今すぐ!」
じたばた暴れる天賦に手を焼いていると、再生師は小さな何かにぶつかった。正面には赤い髪の少年が「わっ」と言いながらよろけている。
「あ、すみません」
再生師は驚いた。この町で流暢な共通語を話すことができるのはニーデン傭兵団とマーマレードたちくらいなのに、この少年は慣れた様子だったからだ。
「……えっと、大丈夫? その……」
「ああ、このお姉ちゃんはけっこーなトラブルがあって、大事なモンを無くしちゃったの。それでこうなった」
「なるほど……」
すると、少年はポケットの中から何かの袋を出し、そこから小さな種を出して再生師に手渡した。
「これは?」
「パウの種。寝る前によく食べるんだ。多分、落ち着くと思うから……」
様子のおかしい女性に気を遣ってくれたのだろう。感謝を告げ、その種を天賦の口に放り込んだ。大声で泣いていたため、すんなりと入れることができる。
そして、10秒ほど経った時――天賦の首はかくんと力を失い、全力で動かしていた手足も静まった。即効性が強い。しかし、少年は驚いていた。
「え!? こ、こんなすぐに寝る人初めて見た……」
「嬢ちゃんの体質じゃね」
とにかく、耳が変になりそうなほどうるさかったので助かった。天賦も目が覚めたらある程度落ち着いているだろう。
「ありがとな、僕ちゃん」
「……いや、いいよ。無くしたもの、見つけられるといいな」
少年はなぜだか複雑そうな顔をして去っていった。
沈黙した天賦を尻目に、再生師は彼女の剣のことを考えていた。
天賦はあの剣を抜いたことがないという。水晶亀の洞窟で彼女が話していたことだ。なのになぜ、あれだけ愛着を持つことができるのだろうか。
それに加え、天賦はあの剣を最初から自分のものだと頑なに譲らなかった。
再生師の目から見ても、明らかにあれは"勇者"の剣だ。それを"最初から"自分のものだった、と言うのは信じ難い。
天賦がそんなくだらない嘘をつくとは思えないが、同時に、全く現実味がないのだ。
「姉ちゃん、これからどうするよ」
「相手が液状スライムとなると、私たちにできることはないのだが……。」
敵は明確になった。だからと言って状況が好転したわけではない。むしろ悪化した。
「ただ、希望ゼロっつーワケでもねェかもな」
「む? どういうことだ?」
「ルチカナイトは正攻法で斃すって感じじゃなかっただろ? なんか、条件みたいなのを探す、みたいな」
ルチカナイトは、体内にある家を破壊することが討伐の決定打だった。それは心臓や脳のような体の器官ではない。
「ソレと同じでよォ、今回も英雄を探ればそれっぽい弱点が分かるンじゃね?」
「…………おお!」
「オイ、今のは「分かった」の返事だよな?」
正直もっと説明が欲しかった。
「どうも、英雄サマはただ化け物になったワケじゃねェらしい。根っこの部分には元の人格が残ってンだよ」
「確かに、シュルトカも「守る」ことに固執していたな。」
そして、ルチカナイトも。あれはロジャヴェルズのような好戦的な呪源ではなかった。縄張りに入らなければ何もしない。村を守るために。
「なら、あの水たまりの呪源になった英雄もそういうのがあると思うんだ。それを探せば役に立つかもって話」
「ああ、成程! カルメは賢いな!」
カルメに感心した。いつも天賦とカルメは予想外のアイデアをくれる。それに従えばいいので、再生師は比較的物事を考えなくて済む。
宿に近づいてると、道中で術力車の整備をするファティの姿を見つけた。横には魔道具屋の店員とメイド長もいる。
「あ、みなさん帰って……え、どうしたんですか?」
「嬢ちゃんの剣が取られちゃった」
「ええ!? ……ああ、あの声ってそういう……」
ファティは尻尾に巻き付かれた天賦を見た。彼女の目には泣き跡が残っていて、赤く腫れている。
天賦の泣き声はここまで届いていたようだ。
「やー困った。波って液状スライムのコトかよォ。手も足も出なかったぜェ」
「私、魔法が使える方がいると誤解していたようです。申し訳ありません」
カルメはよく魔術師とか、黒魔術師とかに間違われる。正直仕方ない。
「とりま、ココにルーツがある英雄とか、強い魔術師とか調べてみるかァ。……嬢ちゃんが落ち着いてからな」
起きた時に、多少冷静になってくれていたら助かるのだが。
すると、町の上の方で歓声が聞こえた。拍手の音も聞こえてくる。何かの催しだろうか。
「む? なんの音だ?」
「恐らく演劇ですね。皆様、戦闘訓練や魔獣の襲来で心身ともに疲弊していらっしゃるので。ニーデン傭兵団の方々が演劇をここに伝えたらしいですよ」
「へえ。それはいい息抜きになるでしょうね」
傭兵団だけでなく、住民もいざという時のために戦う準備をしているようだ。あれだけの群れが襲ってくるなら傭兵団だけでは足りないだろう。
「この町思ったより治安いいな。普通、こんなトコに閉じ込められたらもっとヤベェコトになるだろ?」
「イルネ様が絶対的な安心感を民に与えているのもありますが……問題を起こすような方は既にいないので」
「……あー」
カルメは空を見ながら仮面の端を掻いた。そんなところを掻いても何も感じないだろうに。
「修理の調子はどうだ?」
「ちょっと思ったよりかかりそうですね……最低1週間とかかなぁ……」
ファティはうなじを撫でながら答えた。あの呪源が3日そこらで斃せるとは思っていないので、大した支障にはならない。
「うぅ……」
尻尾のものがもぞもぞ動いた。まずい、天賦が起きようとしている。ここでまた泣かれたら困る。
「ちょ、早く宿に置きに行こうぜ」
「ああ、そうだな! 修理頑張ってくれ!」
「みなさんも頑張って下さいね」
再生師たちは小走りで宿へ向かった。
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――目を覚ますと、白い天井が目に映った。
これは見覚えがある。宿の景色だ。
「お、起きたか!」
再生師が隣のベッドに座っている。体が軽い。
そうだ、"相棒"を取り返しに行かないと。
「あ……相棒を……」
「て、天賦、それは……。」
「あのスライムのとこ、行かなきゃ!」
「嬢ちゃん、一回聞いてくれ」
カルメは羽をはためかせながらベッドに座り、天賦を見た。
「あー、お前さんのアイボーを一緒に救出できなかったのは、その、すまん」
「……」
「ただ、もう帰ってこねェってワケじゃない。今から突っ込んでいっても同じ結果になるだけだ」
カルメは言葉を選びながら天賦に話した。今の天賦たちには液状スライムに有効打を与えられる術はない。
「だから、今から色々調べて、あー、探して? アレをぶっ斃す方法を考えてから取り返そうぜ。どうだ?」
本心では、今すぐ戻って"相棒"を取りに行きたい。しかし、カルメの言うことはもっともだ。何度も同じ方法で向かっていったとして、それがうまくいく保証はないのだから。
天賦は葛藤した。この心細さを今すぐにでも満たしたい。しかし、術がない。悩みに悩み抜いた結果――
「……………………わかった」
天賦は、しぶしぶそれを承諾することにした。
ずっと軽くなった左半身がどうも落ち着かない。
「よし、納得してくれてあんがと」
「じゃあ、何するの」
ぶすくれながらカルメに聞く。天賦はあれに勝つ方法が思い浮かばない。
「呪源が何の英雄だったかってのも知りたいけどよォ、とにかくまずは魔法だろ、魔法」
「私たちのパーティに決定的に足りないものだからな!」
今回の事例に限らずとも、これからの旅には必要だと思っていた人材だ。
ただ、魔法が使えればいいと言う話ではない。
天賦の理想の魔術師はスルだ。強力な魔法が使えるし、【疾風】を巧みに使って素早く移動することができる。
その希望を2人に話したが、彼らは微妙な顔をした。
「や、あのとんがり帽子は有名人だろ? こんな町に同等のヤツがいるモンかねェ」
「ウィルヒムパーティのとこの魔術師か……それほどの強さで、無所属で、なおかつ呪源を斃しに行く心意気がある者……。」
話を聞いていると、中々現実味がないことが分かってきた。ただ、それほどの人材でないと力不足であることも事実である。
「望みはあんまりねェと思うけど、傭兵団に聞いてみるかァ」
「それが1番手っ取り早いだろうな。」
やはり、と言うべきか、それしか道はない、と言うべきか、天賦たちはニーデン傭兵団の元に向かうことにした。
イルネはいなかったが、拠点にいたのは、明人の男と、耳の大きな狐の獣人の2人組だった。こんな暑さの中、その毛皮は辛くないのか気になるところである。
その2人組に聞いたところ――
「いるっちゃいるよなぁ」
「いるっちゃいる」
――という答えが返ってきた。要望を本当にそのまま言ったというのに、どうやら該当者がいるようだ。「いるっちゃいる」という返答が気になったが。
「ど、どんな人?」
「サキュバス狩りのエース、だよなぁ」
「とんでもないエース」
サキュバス。確か、見た目が明人に似ているから冒険者に嫌われているという魔獣だ。
ノートが「この世からいなくなればいいのに」と話していたことを思い出す。
「あいつら、強い奴を見ると隠れるし、【吸収】も使うし最悪だよなぁ」
「最悪」
「【吸収】……ああ、【苦痛】のことか。」
天賦は【吸収】、または【苦痛】という魔法は知らないが、聞く限りあまりいい魔法ではないようだ。
「サキュバスの群れも出るのか……そんなの、どうやって斃すんだ?」
再生師が苦い顔をしながら質問すると、2人は顔を見合わせて交互に喋り出した。
「あの子に【睡眠】をかけて群れに放り出す」
「眠る人間に油断して、サキュバスたちが寄ってくる」
「【吸収】を使った途端、サキュバスが"はじける"」
「あの子の魔力に耐えられずに"はじける"」
「一網打尽ってわけ、だよなぁ」
「一網打尽」
そこまで話すと、傭兵の2人組はうんうんと頷いた。
その「エース」とやらは魔獣が耐えられないほどの魔力を持っているようだ。そんなこと、恐らくスルでもできやしない。
「というか、普通にめちゃ強えよなぁ」
「めちゃ強い」
「可哀想だけどなぁ」
「可哀想」
可哀想?
今の話を聞く限り、眠らせて魔獣の群れに放り出すのは確かに気の毒だが、そこまで眉をひそめるほどの話ではなかったように思える。
違和感が残る言葉だった。
「そいつは傭兵なのかァ?」
「いや、一般人」
「最終兵器の一般人」
ますますわけが分からない話である。「最終兵器」と「一般人」は同居する言葉ではないだろう。
強く、無所属であるという条件は満たしているが。
"相棒"の鞘を撫でる。――"相棒"は現在いないので空振りである。
「では、その人物はどこにいるんだ?」
「……俺らは知らないよなぁ」
「知らない」
「少なくとも、ボスは知ってるよなぁ」
「現ボスは知ってる」
とのことだ。
しかし現在イルネは留守である。今日すぐ居場所を知ることは難しそうだ。
天賦は物事に敏感になっていた。なぜこうもスムーズに進まないのか、早く"相棒"を助けに行く方法はないのかと心が急く。
どうにも落ち着かない。左手を腰に当ててみるが、やはり喪失感がする。
「あー、嬢ちゃん、嬢ちゃん?」
「え、何」
「とりあえず、今日は出直そうか」
気に食わない、をそのまま表情にする。「そんな顔しないの」と言われて、半ば無理やり外に連れられてしまった。
暑いのも相まって元気が出ない。
地面を眺めていると、広場の方から何か、大袈裟な話し声のようなものが聞こえてきた。
「なにあれ」
「演劇らしいぞ! 見にいってみようか!」
「いや、いい……ちょっと、いいってえ」
再生師は興味津々に広場に向かう。それから逃れようとしたが、"相棒"がないことで重心がずれてコケてしまった。
無事に彼女の尻尾につかまった。
広場の施設の中は人でいっぱいだった。
主人公らしき人が悪役らしき演者を打ち倒し、囚われた女性を檻から出す場面だった。
どうやら、現在の場面は劇の大きな見せ場のようだった。涙を流している観客もいる。
しかし、全く何を言っているのか分からない。共通語でないと理解ができない。
それに気がついたのか、再生師が横で翻訳を始めた。
「『どうしてここまで私を助けに来てくれたのですか』」
「『それは一重に、あなたを愛しているからです』」
「『空の上であろうとも、地の底であろうとも、必ずあなたを救ってみせます』」
2人は抱擁を交わした。簡素な幕ががらがらと閉じていき、観客は拍手をする。
天賦は自然と、自分と"相棒"の姿を重ねていた。
空の上であろうと、地の底であろうと、天賦は"相棒"のために身を投げ出す覚悟がある。
あの、黄金に輝く"相棒"のためであれば――
――――――なぜ?
「――賦、天賦?」
再生師の声にはっとして、現実に帰ってきた。観客は既に帰る準備をしている。
「どうした? いきなりぼーっとして……。」
「……なんでもない」
自分が何を考えたのかさえ分からない。「どうして」なんて、私が抱くべき疑問じゃない。
"相棒"を無くしたショックで、少々おかしくなっていたようだ。
「相棒のために、頑張る」
「おう。明日「エース」とやらに会えるといいなァ」
天賦は自身の掌を見た。
自分が何者なのか、忘れてしまわないように。




