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43話 山積み

 夜が明けた後、天賦たちは再びニーデン傭兵団の拠点に集まっていた。互いの情報を交換するためである。

 天賦たちはこの町の正体が知りたいし、イルネたちは天賦たちの正体が知りたい。


「じゃ、どっちから話す?」

「そっちから聞きたい」


 このクェンターレという町に何が起きているのか、天賦たちはずっと知りたかった。


「見た通り、クェンターレは夜になると魔獣とか、魔物に襲われる。それも3日置きに」

「3日置きだァ?」


 カルメが腕を後ろで組みながら言った。もはや今の彼を見て鳥だと疑う人はいないだろう。


「その間は絶対に来ない。なぜだか分からないけど。だから私たちは魔獣の肉を食べて生きてる」


 果物とかもあるけど、とイルネは言った。マーマレードたちが調味料をここに持ってきている意味が分かった。そして「支援」の意味も。

 しかし、天賦にはまだ気掛かりなことがあった。


「なんで逃げないの」


 マーマレードたちは頻繁にこの町を出入りしている。ならどうして住民たちはここに留まっているのだろうか。3日置きに襲ってくるのなら、逃げる時間はあるはずだ。

 イルネはそれを聞かれることが分かっていたかのように答えた。


「元からクェンターレにいた人間は、この町から離れすぎると止められるの。()に」

「波?」


 天賦は海を想像した。クェンターレとはかけ離れた光景である。イルネはむう、と考え込んでいる。


「どうしよう、説明が難しい……無理難題」

「……あー、もしかして、住民が出ようとするとヤベェ怪物が出てきて、それに襲われるってコト?」

「怪物かは……いや、大体そんな感じ」


 カルメが言っていたことはほぼ合っていたようだ。


「この町は5年前からそんな感じ」

「5年ですか!?」


 ファティが咳き込みながら言った。

 5年。つまり再生師が対ルチカナイトの準備をし始めた頃だ。その時からずっと、ここは閉鎖されていたのか。


「ほんとにあたしがボスでよかった。前ボスの時に閉じ込められてたら絶対住民は死んでたし、十中八九」


 「前ボス」とやらの話も気になるが、それはイルネの独り言のようなものだったので、深く聞くことはしない。


「私たちがこの町から出ることはできるんだよな?」

「できる。5年前にいた人だけが出られない。意味不明」


 確かに意味不明である。襲ってくるだけならまだ説明の余地があるかもしれないが、明確に住民だけが出られないとなると違和感が残る。なんだか、魔王の遺跡にいた石像の「パズル」と同じような感覚だ。


「それで、あなたたちが呪源を斃したって本当なの?」


 イルネが前のめりになって天賦を見た。そうだ、と思い、天賦はメイスを出した。この鉱石で分かってくれるだろうか。


「本当はムーナウーヴァの人間に聞いた方が確実性があるのだが、今はこれしか証明できるものがないな。」

「これ……ルチカナイトの鉱石じゃん」


 驚いた。見ただけでそれだと分かるものなのか。


「知ってるんだ」

「ルチカナイトは見せてもらったことあるから。本当に見ただけだけど」


 イルネは一通りメイスを調べた後、それを天賦に丁重に返した。


「あたしは、あなたたちをルチカナイトを斃した人として扱っていいんだよね」

「うん」

「じゃあ、お願いがある」


 イルネは姿勢を正し、真っ直ぐ天賦を見た。天賦も焦って、同じように背筋を伸ばす。


「この町を、クェンターレを助けて欲しいの」



――――――――――――――――――――――――――



「……とは言われたものの、どうすれば良いのだろうか。」


 天賦たちはイルネから紹介された宿に集まっていた。カルメは長い間人間の姿になっていたことが窮屈だったようで、すぐに鳥の姿に戻った。


 イルネ曰く、襲ってくる魔獣の討伐をするだけでは根本的な解決にならないので、外の「波」をどうにかする方法を突き止めたいらしい。

 そこで、卓越した戦闘能力を持つ天賦たちに頼みたい、とのことだ。


「それにしても変な町ですよね。魔獣が、それに魔物まで襲ってくるなんて……そこまで魅力的な餌があるとは思えないのですが」


 町の謎が完全に解けたわけではない。

 そもそもなぜこの町が頻繁に、規則的に襲われるのか。魔獣に日付の感覚があるのだろうか。無ければきっちり3日後に集まってくるはずがない。


「まずはその波とやらを見ないことには始まらないな。」

「でも、私たちが見られるか、分からない」


 話の通りであれば、「波」が出現するのは元の住民が外に出ようとした時だけだ。天賦たちは該当しない。


「ニーデン傭兵団の人に頼んでみます?」

「まあ、市民に頼むよりはいいだろうな。」


 あの傭兵団も「住民」判定のようなので、戦闘経験が豊富な彼らに頼んで見せてもらうのがいいだろう。敵を把握することは何よりも重要だ。


「そういえば、なんで波が怪物だって言ったんですか?」


 ファティはカルメに聞いた。確かに、カルメはあのとき波の正体に心当たりがあるような言い方をしていた。もしかしたら本当に目星がついているのかもしれない。


「……あのよォ。オレ、この町で気づいたコトがあるっつったよなァ。アレ言ってもいいか?」

「何?」


 カルメは頭を数回掻いて、目を細めながら言った。


「この町、ありえねェくらい呪源の気配がすンだよ」


「え?」


 その声が誰のものだったかは分からない。天賦のものだったかもしれないし、全員のものだったかもしれない。

 静寂の後、再生師がカルメの体をガシッと掴み、ぶんぶんと揺らした。


「な、何故早く言わなかった!?」

「だってよォ、アホ強ドラゴンやら状況説明やら魔獣の大群やらで話が渋滞しててよォ、一旦整理してから話した方がいいかなって思ってよォ!」

「確かに。私も困る」


 あの情報量の中で呪源がいると告げられていたら、天賦の頭はパニックになっていただろう。賢明な判断である。


「……それで? どこから気配がするんです?」

「いや、違ェんだよそれが。気配がどこからもすんだよ」

「どこからも?」


 カルメの答えは意外なものだった。今まで呪いの種類やルチカナイトの鉱石など、呪い関連のものは全て正確に見てきたのに、今回の答えは大雑多だった。


「明確にアレだ! ってなンねェの。ココに入った瞬間からグワーって。この街丸々呪源みてェで。でもそういうワケでもなくて、どこにでもいるんだけどどこにもいないみてェな……オレが言ってること伝わるか?」

「あんまり……」

「だよなァ」


 抽象的すぎて何が何だか分からない。とにかく、どこにいるか定かでない、ということのようだ。ルチカナイトほど分かりやすくない。


「では、その波が呪源なのだろうか?」

「わかんね。ココじゃオレの目は使いモンになンねェな」


 ロジャヴェルズに飛ばされたことは災難ではあったが、同時に幸運もあった。現在存在が確認できている呪源はカローラ・フェンとロジャヴェルズだけだったので、それ以外のものを発見できたことは恩恵と言ってもいいだろう。


「……波の調査は明日するんですよね?」

「それがいいんじゃね。昨日の今日は疲れてるだろうし」

「じゃあ、俺からも提案があるんですけど」


 ファティが手を挙げた。なんとなく、天賦は既に彼の提案が何なのか分かっていた。


「車を修理できる人を探しましょう」

「やっぱり」

「やっぱりってなんですか」


 ファティの考えはもっともだ。

 もし天賦たちがここから離れる時が来たとしても、肝心の術力車がないとどうにもできない。あの車を押しながらクスカルの土地を歩くなんて想像しただけで嫌になる。


「まだ直せるところだったので、千切れた単純な回路を繋ぐだけでいいんですけど……こんなとこまであいつが来るわけないし」


 ファティはポケットから小さな鉱石を取り出した。ケミタンと通信するために使っていたあれだ。少し先が欠けている。

 術力車も魔道具と同じ括りに入るのか。


「あと魔力回路抜きにしても普通にキッチンを直して欲しい」

「いるといいけどなァ、そんな人材」


 一応、昨日訪れた魔道具屋に聞いてみるか、という結論になった。



 ――結果として、希望は見えた。

 魔道具屋の店員は魔力回路をくっつけることができるらしい。

 しかし、見たことないタイプの魔道具だったので、それ以外の修理はできないとのことだ。大工に頼んだ方がいいとも。


 だが彼曰く、クェンターレにはこの類いの物を直せる人間はいないようだ。ほぼ万事休すである。


「再生師さん、俺の車の直し方とか知りませんか……?」

「すまない! 専門外だ!」


 魔力回路が繋がれば走ることはできる。しかしそれではダメらしい。どうしてもキッチンを取り戻したいとか。

 天賦もまた車上で寝たいと思っているのでひしゃげたままでは困る。


「一か八か、ケミタンを呼び出そうかな……」

「無理だろ」


 諦めてファティが宿の扉を開けた時――オレンジ色の物体が飛び出してきた。ファティにぶつかり、「へぶっ」と声を上げて、それは跳ね返った。

 くるくる二つ結びの少女、マーマレードである。


「あっ、すみません」

「マーマレード、同じ宿にいたんだ」

「うぅ……この町に宿はここしかありませんからね」


 マーマレードは目を擦りながら答えた。確かに閉鎖された町に宿がある方がおかしな話である。


「というか、みなさん! 昨日のアレは何だったんですの!?」


 マーマレードが腕をぶんぶん振りながら天賦たちに迫る。彼女は背が低いので首がつらそうだった。


「魔獣の群れをばんばん倒して……あんな戦い方見たことありませんわ! 超凄かったですわ!」

「あ、ありがとう」


 天賦たちをすごいすごいと純粋な目で誉めてくれるので、天賦は少したじろいだ。照れる。


「えっと、マーマレードは今日何をしてたの」

「パウの実畑に水やりしてきましたわ! (あたくし)の【水滴(タップ)】は誰より早いから、誰より早く終わるんですのよ!」


 マーマレードは指先に小さな水滴を出しながら自慢げに言った。天賦はその魔法を知らなかったが、見た目的に常用魔法だろう。

 それにしても、身分が高いであろう彼女も畑の水やりをするものなのか。


「高貴な者は民に尽くすのが当たり前ですわ! ……ところで、みなさんは何をされていらしたの?」

「実はですね……」


 ファティは術力車のことを話した。車の直し手を探しているということを。

 すると、マーマレードが何かを考え、「それなら」と口にした。


「うちのメイド長が力になれるかもしれませんわ」

「ほ、本当ですか!?」


 ファティはぱっと顔を明るくした。さっきまで暗い顔をしてばかりだったのに、随分な変わりようである。


「え、ええ。メイド長はそういったことは得意ですの。あ、今呼んできますわ! メイド長! メイド長ー!」


 マーマレードはぱたぱたと2階に上がって行った。しばらくすると「マーマレードですわ!」という声が聞こえてきた。

 コツコツと規則正しい音を立てて、彼女はメイド長を連れて降りてきた。相変わらず、視線が合っていないように見える。


「なるほど。そのことでしたらご協力できますよ」

「本当ですか! あ、ありがとうございます!」

「ええ。あれでしたら(わたくし)()()()ので」


 少し違和感のある言い回しだった。まるで、他のものは見えていない、みたいな。首を傾げる天賦を見て――見えているのか分からないが――メイド長は「ああ」と笑った。


(わたくし)は「孤独の呪い」にかかっておりまして、自分以外の生物を見ることができないのです」


 え、と天賦は大きな声を上げて驚いた。それは他の仲間も同様であった。それでは人間どころか、魔獣も見えないではないか。


「困ったことに、着用した瞬間に服も見えなくなるので、声と影しか頼りでないのです」

「でも凄いんですのよ! それだけで魔獣を倒せるのですわ!」


 天賦は目の前を手斧が通り抜けたあの瞬間のことを思い出した。では、あれは本当に天賦に当たるかもしれなかったのか。もしもの世界に身震いする。


 もしかしたら、目を瞑っているように見える、のではなく、本当に瞑っているのかもしれない。目を開けてそこに映るのは文字通りの"孤独"の世界だ。


「そうですね、あれだと3日ほどかかるかもしれません」

「あ、でも、お二人の滞在期間を伸ばすことになりませんか?」

「大丈夫ですよ。元より2週間は滞在する予定でしたので」


 ファティはメイド長の手を――取ろうとしてやめて、全力で感謝を口にしていた。きっと、天賦も"相棒"を直してくれるという人がいたら同じようにしていただろう。


「では、元のあれがどのようなものであったか知りたいので、明日ご一緒してくれないでしょうか」

「勿論です! あ、いいですよね?」


 ファティは天賦を見た。明日はもしかしたら「波」と戦闘になる可能性もあるので、ファティは町でそうしてもらった方がいいだろう。


「明日に何かあるんですの?」

「街の外に出る波とやらの調査をしようと思ってな。」


 すると、マーマレードとメイド長は微妙な顔をした。


「何か不味いのか?」

「いえ、ただあまりお勧めはしませんね」


 彼女たちはこの町をよく知る。住民でないにしろ、何が起こるのかは分かっているのだろう。

 メイド長は一言告げた。


「お気をつけて。砂漠の溺死体にならないように」

常用魔法は普段の生活でも使う簡単な魔法です。

【灯光】 (小さな光源をつくる)

【着火】(弱い火を灯す)

【保存】(肉が腐ったりするのを止める)

【水滴】(コップ一杯程度の飲み水を作る)

 などです。

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