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42話 暴風の世間知らず

「ちゃんと来てくれたんだ。感謝感激」


 夕方、天賦たちはニーデン傭兵団の拠点に集合した。イルネは既に防具もしっかりと着ている。他の傭兵たちも戦闘準備をきっちりとしていく。


 マーマレードとメイド長の姿も見えた。「マーマレードですわ!」と地団駄を踏みながらメイド長に怒っていたので、また名前を間違えられたのだろう。


「戦うというのは分かるのだが、一体どこで、何と戦うんだ?」

「夜になると向こうから魔獣とか魔物がたくさん来るの」


 イルネは町の入り口の方を指差した。クェンターレの周りは山で囲まれていて一箇所しか開けていないので、そこから集まってくるのだろう。閉鎖的な町だ。


「じゃあ、役割を聞いていい? まず、近距離、遠距離、魔法戦闘、魔法支援のどれかで答えて」

「えっと、近距離」

「近距離だ。」

「近距離かなァ」


 イルネが信じられない物を見る目で天賦たちを見た。彼女も、1人は魔法役がいると思っていたのかもしれない。


「すごいパーティ……。あなたのそれは魔道具?」

「えっと、はい」


「じゃあ、あなたは遠距離ね」

「……ん? え?」


 イルネはクロスボウを持つファティを指差してそう言った。実は、これが天賦の懸念点である。

 天賦は「あなたたちは戦える?」という質問に何の迷いもなく「はい」と答えてしまった。相手はしっかりファティのことも含めて聞いていたのに。


 しかし、今更「やっぱこの人戦えません」とは言えなかった。天賦はそういった間違いを訂正するのが苦手だ。

 クロスボウの射程はたかが知れているが、魔道具ということならきっとよく飛ぶのだろう。前線よりは死なないはずだ。


「え、いや、あの俺非戦闘員で……」

「矢はそこそこ用意してあるから。あっちで任務把握」


 ファティは泣きそうな目で天賦たちを見た。天賦は思わず目を逸らした。他の2人は天賦を咎めるような目線を送っているが、ファティを引き止めることはしない。


「う、嘘……」


 そのまま、ファティは弓兵らしき人達の元へ連れて行かれた。基本的にファティが仕事をしなくてもいいように頑張るつもりではある。


「で、みんなの詳しい役割が知りたい」

「役割……」


 天賦たちは顔を見合わせた。

 自分たちは冒険者の職業で言うと何に当てはまるのだろう。天賦はおおまかに戦士、ということになるだろうが、再生師もそれでいいのだろうか。

 さらに言えば、カルメは重戦士と言っていいものなのか。

 天賦の答えはこうだった。


「……戦士、回復する戦士、硬い戦士」

「……なるほど?」


 イルネは首を傾げた。頑張って三人を表現したことを褒めて欲しい。


「あー、オレらは全員最前線だ。だろ?」

「そうだな、群れの中に突っ込むのは得意だ!」


 再生師は胸を張った。イルネには再生師の尻尾がどういうものなのか説明しておいたので、きっと再生師の戦闘スタイルはイルネも想像できるだろう。


「協力してくれて助かる。みんなすごく疲労困憊」


 イルネはニーデン傭兵団の人間に目を向けた。確かに、目にはクマが浮かんでいて、ため息をつく回数も多い。彼らを休ませるという役割も天賦たちは担っているのだろう。


「最近は慣れてきたけど、それが原因で死んでしまう仲間もいる。人数は減るばかり」


 彼女たちがいかに戦闘のプロであろうと、やはり人間、疲労には抗えない。

 イルネは「そうだ」と言って、地図を広げた。


「天賦とカルメはここのポイントを仲間たちと守って。再生師は私の方に」

「わかった」

「りょーかい」

「把握した!」


 すると、コツコツと規則正しい足音と小さく間隔が短い足音が天賦たちに近づいてきた。マーマレードとメイド長である。


「こんばんは。お昼ぶりですわね」

「マーマレードたちはこれが初めて?」


 マーマレードは薄い体を再びふんすと張った。


(あたくし)たちはこんなの慣れっこですわ! もう5回以上は尽力していますの!」

「戦うのは(わたくし)で、調味料お嬢様はひたすら【治癒(ヒール)】をするだけですが」

「マーマレードですわ! 【治癒(ヒール)】だって楽じゃありませんことよ!」


 メイド長は質素な手斧を持っていた。その斧の鈍い色が、彼女が歴戦の戦士であることを物語っていた。


 天井に吊るされている青のランプの色が橙に変わり、涼しい空気がだんだん暖かくなっていく。あれで室温を調整しているのだ。

 ただ、外は暑いから暖かくなってしまうと困る。


「暑くなってる」

「クスカルは日中は暑いけど、夜になると寒いから」


 不便な土地だな、と天賦は思った。ソエルソスの春の陽日が恋しい。


 天賦は、カルメが何やら外を眺めていることに気がついた。壁に手をついて、何やら考え事をしている。


「どうしたの」

「や、マジで誰もいねェなーって思って」


 天賦は外を見る。すでに日が落ち始めていた。確かに、少し生活しやすい気温になっている。

 しかし、町を行き交う人々の姿はどこにも見えない。人っこ1人いない、廃墟のようにも見えた。

 皆、これから来たる魔獣たちに怯えているのだろう。


「みんな、そろそろ行くよ。いつも通りに作戦行動」


 イルネが声を張って言うと、傭兵たちは立ち上がって腕を回したり、指を開いたり閉じたりした。

 天賦はもっと、こういう人たちは雄叫びをあげたり、ゲン担ぎをするものだと思っていたが、皆冷静に持ち場に向かい始めている。

 すると、ファティが天賦たちに早歩きで向かってきた。


「な、なんで俺は違うって言ってくれなかったんですか!」

「言えなかった……」

「安心しろって。オレらを誰だと思ってンだ? 全部ブッ倒してくるからよォ」


 ファティは不満気な顔をしながらも、「頼みますよ」と怒り気味に言って後方部隊について行った。


「じゃ、みんな着いてきて。一緒に行くよ」


 イルネは天賦たちの顔を見回して、槍を一度ぐるんと回してから歩き出した。そういう槍を使うのもいいな、と思った。


「メイド長、(あたくし)たちも行きますわよ」

「畏まりました」


 天賦たちも出発する。元の暑さはどこへやら、随分と涼しい空気が立ち込めていた。


 日が沈み、光がゆっくりと消えていく。後方の魔術師たちが【灯光(ライト)】を使って辺りを照らす。再生師は「私は夜目がきく」と言って【灯光(ライト)】を使わなかった。


「……まだこないね」

「真っ暗闇になってから来るよ」


 イルネが手のひらに力を込める。天賦はメイスを手に取り、"相棒"を一度撫でた。


「……あっ」


 何か光るものが現れた。

 ゆらゆらと火のように揺れ、だんだんとこちらに向かってきた。暗闇からは唸り声が絶え間なく聞こえて、じゃり、と爪が地面を引っ掻く音がそこかしこから鳴る。

 天賦は目を凝らす。そこに見えたのは――


 ヘルハウンド。炎馬。スライム。バイコーン。

 水晶亀に似た魔獣。羊の姿の魔獣。

 知っている魔獣以上に、知らない魔獣の方が多い。こんなに多様な魔獣が人間の町を襲いに来るなんて、はっきり言って異常だ。


 魔獣は魔物と違って人間を無差別に襲うわけではない。だというのに、奴らは今にも飛びかかってきそうな目をしている。この町には一体何があると言うのだ。


「戦闘体制」


 鎧の音が全く同じタイミングで揺れる。どこからか「今日は魔獣か」なんて呟きが聞こえた。

 緊迫した空気が流れる。あちらが先か、こちらが先か。


 ――ヘルハウンドが駆け出した。


 それは先頭にいたイルネに飛びつこうとした。

 イルネの顔がその爪で引き裂かれそうになった時――ヘルハウンドの頭が割れた。彼女の二股の槍が頭蓋骨を見事なまでに割ったのだ。


 血がびちゃびちゃと落ちる音がする。串刺しになったそれを振り払って槍から引き抜いた。

 そして、魔獣たちが動き出そうとした時、彼女は叫ぶ。


「撃て!」


 天賦の背後からいくつもの光が飛んできた。それは魔獣の群れまで飛んでいき、頭を破壊していく。そして気がついたのだが、どの魔法も無造作に放たれているわけではなく、魔獣の頭をめがけて飛んでいた。


 【砲撃(ショット)】の雨を掻い潜ってバイコーンが、炎馬が駆けてくる。そろそろ天賦の出番のようだ。

 右手にいっとう力を込めて、バイコーンに向かう。黒い二つの角で突き上げようとしたのか、頭を下げて走ってくる。天賦の前では悪手でしかない。


 バイコーンが頭を上げるのと同時に、天賦はメイスをバイコーンに叩き込んだ。普通の人間なら力負けするが、天賦には当てはまらない。

 メイスはバイコーンの脳天にめり込み、そのまま潰れた。地面に叩きつけるように。


 その光景を、傭兵団は口を大きく開けて見ていた。表情一つ動かさずに頑丈なバイコーンの頭蓋骨を潰した、その化け物じみた姿に戦慄していた。


 続けてやってきた炎馬も、その姿すら見ずに粉砕した。全身燃えていようとも、吹き飛ばしてしまえば問題ない。それが天賦の持論である。



「う、うわ……」


 イルネが魔獣を処理しながら驚愕の声を漏らす。イルネは天賦のことを知らなかったので、普通の冒険者程度の働きを期待していた。

 しかし、天賦はメイスを一度振るだけで魔獣を粉砕してみせた。そんなことができる人間なんて、イルネの知る限りでは1()()しかいない。


 イルネがそう考えている間にも、天賦はどんどん魔獣を倒していく。イルネが1匹倒した間に、天賦は3匹目を手掛けようとしているのだ。


 ()がイルネの知る武の頂点だったのに、それに並びうる人間がいきなり出てきた。この少女は一体何者なのだ。イルネはそのことをずっと考えていた。



 天賦は途中まではこの状況を楽しんでいたが、だんだんと疑念が浮かんできた。この戦い、いつ終わるんだ?

 血の臭いが濃い。獣の血は鼻を刺すような臭いがする。


「うわっ!」


 ぐん、と手斧が凄まじい勢いで回転しながら天賦の前を通り過ぎた。それは美しい軌道を描いて魔獣に突き刺さる。

 ふわり、と重さを感じさせない動きでメイド長が現れた。魔獣に刺さった手斧を引き抜いて、こちらを見た。――ような気がした。


「失礼いたしました」


 スカートの裾を広げてお辞儀をした後、メイド長は手斧を持って再び駆け出す。なんてワイルドな戦い方なのだろう。


 辺りには魔獣の死体だらけだ。

 まだ遠くから魔獣がやってくる。こんなのが何日も続いたらヘトヘトになって当然だ。


 ふいに、炎馬の頭に矢が刺さった。刺さったというより、貫通した、が正しいかもしれない。

 続けて隣の魔牛の頭にも矢が飛んだ。……魔牛までいるとは。


 ここまで矢が飛んでくるのかと後ろを振り返ると、高い場所から、ファティがビクビクと震えながらクロスボウを構えていた。意外とできるやつである。


 背後の気配へメイスを掲げる。ぐしゃっと肉が潰れる感覚がした。


「はは、天賦! これいつになったら終わるんだ!」


 いつの間にか、隣に再生師がいた。持ち場は少し離れていたはずだが、彼女がこちらにやってきたのだろうか。

 再生師もハイになっているようで、汗をかきながら笑っていた。


「分かんない! ずっと!」

「ずっとか! なら終わるまで頑張ろう!」


 正直、自分も何を話していたか分からない。ルチカナイトと戦った時は限りなく集中していたから時間の流れを感じなかったのかもしれないが、今はそこまで気力を使う場面ではない。

 途中から単調になり始め、すでに天賦にとっては「作業」だった。天賦が嫌っているもの。


 再生師の尻尾に血飛沫がかかる。

 天賦の髪に肉が飛ぶ。

 もう何を攻撃して、何を止めたのかも考えていなかった。そこまで考えを巡らせないといけないほどの苦戦ではない。


 次はどこだ、どこから来る。右手をぐんと振った時――硬いものにぶち当たった。この頑丈さは確か、カルメだ。


「ちょい待ち! 一旦ストップ!」


 カルメは天賦のメイスと再生師の尻尾を受け止めていた。こんなとこまで来て何をしに来たんだ、と思った時、気がついた。既に周りには死体しかない。

 生きている動物はもういなかった。


「お、終わった……終わって、た?」

「たった今終わったの。お二人さんが倒しまくったおかげで」


 天賦はふうと息をついて、額を拭った。汗をかいていると思ったのだが、意外と額はさらさらしていた。

 ただ、これだけ殺してしまったのにまだ夜にやってくるのかと不安な気分になった。毎晩これだけ倒してしまったら周辺の生物がいなくなってしまう気もするのだが。


 すると、後ろから誰かが歩いてくる気配がした。大きな槍を持ったイルネである。その後ろにはニーデン傭兵団の人間が2人いた。


「イルネ、おつかれさま」

「……何者?」


 イルネは天賦たちを怪訝な顔で見た。その中にはカルメも含まれている。2人をその身で受け止めてしまったからかもしれない。


「えっと……」

「こんな強い人たち知らない。まさか、ニーデックと知り合い?」


 ニーデック。聞いたことあるようでない、気がする。

 ただ、少なくとも知り合いではないだろう。


「いや……」

「じゃあ何者なの。何を目的に旅をしてるの?」


 天賦は自分たちの身分をどう説明すればいいか、悩みに悩んだ末、イルネに告げた。


「呪源退治」


クェンターレの町から星が流れた。

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