41話 偶然の再会ですわ
瞬時に何が起こったのか理解できた者はいなかった。
謎のくるくる二つ結びがヤギに乗って走っていて、それが天賦たちの間を通り抜けて、そこに偶然再生師の巾着袋があって、それにぶつかって……
「……あ!」
あの少女が意図せずとも、天賦たちの大事な金銭を持っていってしまったのだ。
未だに彼女は爆走し続けている。人混みが綺麗に割れていっている。
「ちょ」
「追いかけてくる!」
天賦もそれを追って駆ける。あの金貨を失うなんてたまったものじゃない。跳躍して飛び乗ろうと思ったが、思ったよりも人が多く、それに加えてヤギを圧殺してしまいそうなのでやめた。素直に走る。
「ちょ、ちょっと待って!」
「待てませんわ! は、はやくとめて〜!」
少女の声はがたがたと揺れている。なぜヤギが暴走しているのか、なぜそのヤギに跨っているのか、謎な点が多い。
普通なら、天賦の足であればヤギになんて簡単に追いつける。だが、人混みを顧みないヤギと、人を避けなければいけない天賦の速度は等速だった。距離は縮まらないし、離れない。
「メイド長! メイド長! 助けに来なさいよ〜!」
少女は空に向かって叫んだ。彼女の言葉遣いは独特のものだったので、特殊な立場の人間なのかもしれない。
天賦はどうしたものかと頭を悩ませていた。もしあのヤギが彼女の持ち物だったら傷をつけるのはまずい。
何ができることはないかと拡張袋を漁る。こういう時、天賦は頭を使ったアイデアを出すことは難しい。卓越した技術で無理やりどうこうするのが得意だ。だから、武器を見れば何か方法が浮かぶかもと思ったのだ。
そして、適当に中から物を引っ張った時――
「……えっ?」
中からずるっと出てきたのは――触手だ。
これは見覚えがある。海で遭遇した魔蛸の足だ。なぜこんなものが武器用の拡張袋に入っていたのだ。まだぬめぬめしていて気持ち悪い。
「もういいや、えい」
ええい、ままよと念じながらそれをヤギに向けて投げた。天賦は特に考えがあったわけでは無い。すっからかんだった。ただ単にとっとと手を離したかったからかもしれない。
宙を飛んだ足はぷるぷると跳ねながら、ヤギの足に絡みついた。そのままムチのようにくるくると巻き付いて、ヤギは前につんのめって転んだ。完全なラッキーショットである。
「……え? いやーーっ!!」
少女が宙に放り出された。
しまった、そのフォローは考えていなかった。急いで人を押し退けて駆ける。あの子は身体能力が優れている方では無いだろう。落ちたら大変なことになる。
その時、天賦に影が落ちた。ふわふわとしていて、シルクのシーツが空を飛んだような柔らかい影。
上を見上げると――ボリュームのあるスカートが宙に浮いていた。白と黒が調和した、いわゆるメイド服である。
それは周囲を気にせず、まっすぐに二つ結びの少女を目指して飛んだ。ぐるんと一回転して、少女をしっかりと抱えて着地した。少女がぎゅっと力強く目を瞑ったまま。
人々がその光景を見て口をぽかんと開けながら拍手した。あまりに鮮やかな身のこなしだったからだ。
一応、ヤギから少女を下ろしたのは私なのだけれど。と天賦は少し不満だった。
メイドはすっと立ち上がり、少女を地面に下ろした。それだけは少し雑な手つきで、「ふげっ」と少女は情けない声を上げた。
よく見ると、メイドの服はところどころ引き裂かれていて、ワイルドな印象を受ける。真っ白でふんわりとした上品な髪型とは正反対だが、かえって美しく写った。
「ご無事ですか、お嬢様」
「もっと丁寧に下ろして欲しいですわ……」
橙色の髪の少女は服についた砂埃を落としながら立ち上がる。そして、天賦の顔を見るとはっとして、スカートの裾を持ち上げた。
「た、助けて頂きありがとうございました」
「いや、大丈夫……ん?」
「え? ……あ!」
天賦と少女は同時に、相手が何者なのか思い出した。
「車に乗ってた人たち!」
「魔牛を連れてきた人!」
ムーナウーヴァに向かう時、大量の魔牛を連れてきた二人組だ。特徴的な見た目だったので覚えていた。
今は既に彼女たちに対する怒りはないが、彼女は少し気まづそうに顔を扇いでいた。対して、メイドは涼しい顔をしている。その目が開いているのかは分からない。ファティと似たような目だ。
「おお、無事だったか……ウワ、見たコトあるヤツらだ」
「ちょっと」
少女たちを指差したカルメをファティが小突いた。再生師と出会ってなかった頃の出会いだったので、彼女はピンときていないようだった。
「えっと、私はマーマレードと申します。改めて、危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」
変わった名前だな、と天賦は思った。天賦は「マーマレード」というジャムのことは知らなかったが、橙の髪と緑の目とリボンがオレンジみたいだな、と思っていた。
「私からも感謝を。みかんお嬢様をヤギから救ってくださってありがとうございます」
「マーマレードですわ」
なぜかメイドはマーマレードの名前を間違えて言った。付き合いは長そうだから、わざと間違えたのだろうか。
「私は天賦。こっちは相棒、そっちは再生師、あっちはファティ、それカルメ」
「だからさァ」
「すまない、私の財布が巻き込まれてしまったらしいのだが、返してもらえないだろうか?」
財布?とマーマレードは首を傾げる。よく見ると、彼女の服に再生師の巾着袋が引っかかっていた。
それに気がついて、マーマレードは慌ててそれを取った。
「も、申し訳ありません! 失礼致しましたわ!」
無事に再生師の硬貨は帰ってきた。一安心である。
「てか、お前さんらムーナウーヴァらへんにもいたよなァ? どうしてこんなトコにいンだよ」
「私たちは高貴な者として、この町に支援をしているのですわ!」
マーマレードはふんすと小さな体を張った。
天賦は一つ気がかりな点があった。この不自由なさそうな町への「支援」?一体どういうことなのだろうか。
「調味料などを持ってくる商人のような役割をしております」
「お前さんどっかのお嬢様だろ? お付きのもの1人だけで平気なのかよ」
「そ、そこは別に気にしなくていいですわ」
カルメの質問に、マーマレードは焦って答えた。2人の服装は高価そうだが、所々動きやすいように改良してある。何かワケアリなのかもしれない。
何にせよ、天賦たちが詮索する理由はないだろう。
「それより、あなたたちもどうしてこんなところにいるんですの?」
天賦たちは顔を見合わせる。再生師が説明を始めると思ったのだが、ファティが前に出た。
「大きな嵐に巻き込まれてしまって、ここまで飛ばされてきたんですよ。色々あったんですけど、おおまかにはそんな感じです」
「それは大変でしたわね」
再生師の説明はこれ以上なく正確だが、少し長い。天賦もあの話をもう一度聞くのは嫌だったので助かった。
「でしたら、夕方にニーデン傭兵団の元に向かうのですか?」
「え? なんで分かったンだよ」
メイドは天賦たちの動向をばっちりと当てた。イルネが提示した「仕事」とやらに心当たりがあるのだろうか。
「私共も今日はそうする予定なのです。また会うことになりますね」
メイドはにこりと笑った。しかし、視線が妙に合っていないように思える。よそ見しているわけではないが、目が合っているように見えない。
「そうなのか? 私たちは何の仕事をしなければならないのだ?」
「魔獣や魔物を倒すのです。ただそれだけ」
だから戦えるか確認されたのか、と納得した。
しかし、それならこの2人も戦闘員なのだろうか。
「あなたは戦うの」
「私は【治癒】担当ですわ! 戦うのはメイド長でしてよ」
メイド長、と呼ばれているのは間違いなくこの女性だろう。メイドたちのリーダー、ということだろうか。
「あの、あなたのお名前は?」
「私に名乗れる名はありません。オレンジお嬢様と同じように「メイド長」とお呼びください」
「マーマレードですわ!」
マーマレードはぷりぷりと怒る。
「名前が名乗れない」は暗に「呪われている」という意味だ。見た目で呪われていると分かるのは再生師と、そして楽園教の信者ぐらいだろうか。
「遅れてしまいましたが、助けて頂いたお礼です。旅先でお使い下さい」
「え、ありがとう」
天賦の手に渡されたのは数枚の金貨だ。ファティが驚いた声を上げる。天賦も、金貨がかなり価値のあるものだと理解し始めていたので、こんなものをポンと出せることに驚愕した。
やはり良いとこのお嬢様なのだろうか。
「では、また夕方に会いましょう」
「行きますわよメイド長――ひぎゃっ!?」
マーマレードが魔蛸の触手を踏んづけて転んだ。そう言えばそれを咄嗟に投げたことを忘れていた。
メイド長は片手でマーマレードを起こし、服についた砂を払う。
「気をつけて下さい、みかんジャムお嬢様」
「だからマーマレードですわ……」
目をぐしぐしと擦りながら、マーマレードとメイド長は去っていった。奇妙な二人組である。
イルネ、マーマレード、メイド長。奇しくもクェンターレで出会った人々と夕方に再集合する形になっている。一体どんな魔獣が襲ってくるのだろうか。
「さて、これからどうするよ。お買い物でもするか?」
「新しい武器ほしい」
「またそれかよォ」
ナイフ、槌、スリングショット、メイス。そろそろ別の武器が使いたくなってきた。闘技場では毎回違う武器を使っていたので多様な武器が恋しい。それこそ、イルネが持っていた槍とか。刃を振り回して戦うのは好きだ。
……"相棒"がいるのでブロードソードは使えないが。
「じゃあ聞いてみますか。あ、すみませーん。武器を売ってる場所って分かりますか?」
「えっ!」
天賦は大いに驚いた。あんなにスムーズに知らない人に話しかけられるなんて天賦にはできない。
話しかけられた初老の男性は首を傾げていた。場所を知らないというより、何を言っているのか分からないといった態度だ。
「あ、じゃあこっちかな」
すると、ファティは天賦が知らない言語で再び話しかけた。何を言っているのか天賦にはさっぱりだが、会話が通じているようだった。最後に何か挨拶のようなものをすると、住民は去っていった。
「武器は基本的にニーデン傭兵団が管理してるみたいですね。ただ、貸し出しは簡単にしてくれるみたいです」
「傭兵団が?」
再生師は顎に手を当てた。武器屋というものはこの町に無いようである。魔獣が来るというのに、それも傭兵団が管理しているのか。
「大丈夫かァ? 外から来てる武装集団が権力持ってて困ってンじゃねェか?」
「そんな様子はないですね。傭兵団を信頼してるみたいですし」
不思議な町である。やはり、この町の謎は「夜」にあるのだろうか。イルネは「夜になったら分かる」と言っていたが、早くどんなことが起こるのか把握しておきたい。
「じゃあ、とりま宿に行ってみるかァ?」
「賛成だ! 実は前から一度、しっかりとした宿に泊まってみたかったのだ!」
再生師は尻尾をブンブン振って目を輝かせた。彼女はきっと野宿もいとわない性格だから、宿に泊まる機会が無かったのだろう。一応、彼女もお嬢様のはずなのだが。
町を歩いていると、ある店が目についた。商品棚に見覚えのある袋がかけられている。拡張袋だ。
天賦はこの不良品をとっとと買い替えたいと思っていたのだ。
「お、あれを買いたいのか?」
「うん。ごめんください」
「わ、共通語、久しぶり」
店員はそう言ってわたわたと驚いていた。この町では共通語を話す機会があまりないようだ。
「えと、何買う、ですか?」
彼の共通語はたどたどしいが、意味はわかる。天賦は拡張袋を持って、彼の前に出した。
「これください」
「はい、何くれる、ですか?」
その答えは少し不自然だった。「〇〇枚です」と言われると思ったのだが、何をくれるかと聞かれた。言葉の綾だろうか。不思議に思ったファティがクスカルの言葉で話しかけた。彼は先ほどとは打って変わって流暢に話していた。
「え?」
「ファティ、どうしたの」
ファティは店員の話を聞くと驚いた顔をしていた。とんでもない高額だった、とかだろうか。
「この町、硬貨が使えないみたいです」
「え?」
「みんな物々交換で成り立ってるみたいで……」
天賦は硬貨が使えない場所を見たことがない。このような地域もあるのだろう、と思ったが、
「このような町で金が使えないのはありえない。田舎のほうならまだしも……。」
再生師が小声で言った。ここは世界的に見れば「異常」のようだ。メイド長に貰った金貨は、ここではただの金属でしかない。それがわかっていて渡したのだろうか。
天賦たちに交換できるような物は無かったので、結局取引を中断した。彼は無理に物を出せとは言わなかった。
天賦は店員にいい思い出があまりなかったので、彼のことを信頼できる人間だと思った。
「夜になったら分かりますかね、この町で何が起きているのか」
「まァ、それまでに得られるモンはなさそうだなァ」
夜。魔獣や魔物を倒す仕事らしい。
そこにこの疑問点が解決する何かがあるのだろうか。
「ファティ、クロスボウある?」
「使いたいんですか? 取ってきますね」
天賦が使いたいというわけではないのだが、一つ懸念点があったので、ファティにクロスボウを取ってきてもらうことにした。




