40話 おはようニューホーム
体が重い。
目を擦りながら周囲を確認する。いつもの車の天井だ。ぼんやりとした頭が覚醒するにつれ、天賦は目を大きく見開いた。
あれは夢だ。現実で、あの後どうなった。
ガバッと勢いよく起き上がる。車内を見た時、驚いた。調理器具やさまざまな道具がぐちゃぐちゃに散らばっている。ファティと初めて会った時以上に酷い有様だった。
運転席を除くと、そこには倒れているファティがいた。死んでいないことに安心した直後、再生師とカルメの姿が見えないことに気がつく。2人はどこに行ったのだ。
天賦は外を確認するために車を出た。
最初に味わった感覚は――暑い、だった。
今はまだ春のはずだ。だというのに、初夏のような暑さを感じる。
一体どういうことだと日差しを避けた時、
「だっから、オレらも分かンねェんだって!」
カルメが大声で何者かに抗議していた。人々のざわめきや話し声が聞こえてくる。状況を確認するために声がする元へ駆け寄った。
そこには、大勢の異国の装いをした明人と、武装した団体に囲まれたカルメと再生師がいた。その中の1人である銀髪の少女が、二つに刃が分かれた槍をカルメに向けて警戒していた。
よりにもよって見目が怪しい2人が人々の前に出ている。怪しまれて当然だ。
「お、嬢ちゃん目ェ覚めたか!」
カルメが頭の向きだけ変えてこちらを見た。依然、手は上げたままである。その瞬間、人々の目が天賦に向く。軽く緊張した。
「えっと……今どうなってるの」
「天賦、見てみろ。」
再生師が術力車を指差した。それは、上部が思いっきり凹んでいて、所々に龍の爪のような跡がある。それがすでに移動手段としての役割を果たしていないことなんて目に見えて分かった。
「ええ」
「私たちはあの嵐に巻き込まれた後、この町に落ちてきたようだ。」
「お前さんらが生きてるのはオレのおかげだぞ。感謝しろよなァ」
記憶が途切れる前に黒い物体に包まれた時のことを思い出す。やはりカルメが羽で守ってくれていたようだ。ルチカナイトとの戦いで魔王の記憶を思い出していなかったらどうなっていたことか。
「で、この人たちは……」
「お、マトモそうな子が出てきた」
カルメに槍を向けていた銀髪の少女は、天賦を見るとそれを下ろして近づいてきた。
「えっと、私、分からない。どういうこと」
「深夜にいきなり黒い塊が落ちてきたの。その中から変な車が出てきて、あたしたち混乱状態」
あたしたち、と言って、少女は武装した集団を見た。彼女はこの団体に所属しているのだろう。
「こんなとこに外から人が来るなんて、しかも見たことない羽の魔法使ってるし、あたしたちかなり疑心暗鬼」
少女は槍を天賦に向けた。彼女たちも何がどうなっているのか把握しきれていないのだろう。しかしそこで、天賦は一つ違和感を覚えた。
「こんなとこに外から人が来るなんて」と言っているが、見たところそこそこ栄えた町のように思える。へんぴな場所という印象も受けなかった。
「ん? そこ誰」
少女は天賦の背後に槍を向けた。そこにはファティが恐る恐る顔を出して、天賦たちの様子を窺っていた。特に大きな傷は見受けられない。
気が付かれたファティは肩を跳ねさせて、びくびくしながら天賦の隣まで歩いてきた。しっかり手を上げている。
「お、俺はただの料理人兼御者で、お金は持って……」
「……この人何言ってるの?」
「ファティ、強盗じゃないよ」
妙に慣れた様子で命乞いをするファティを宥め、再生師に現在の状況を説明してもらった。頭に日が当たって暑い。
ファティは落ち着きを取り戻すと、怪訝な顔で周囲を見回した。何か気掛かりのようである。
「えっと……み、皆さん、ここってどこの国なんですかね」
「クスカル」
「……クスカルぅ!?」
ファティはいきなり素っ頓狂な声を上げ、頭を掻き始めた。前に聞いたような気もする名前だが、天賦には思い出せない。
「クスカルってどこ」
「南の方にある国ですよ! ガフタとは全く正反対にある国なんですよ!?」
ガフタは寒い獣人の国だと聞いていた。しかし、今の景色はそれとは全く違う。町の住民は明人ばかりで、獣人の姿なんてどこにも見えない。そして何よりこの気温。ここで「寒い」と思う人間なんていないだろう。
「ここどの辺なの」
「クェンターレって町。聞いたことある?」
どうせいい話じゃないだろうけど、と少女はため息をついて言った。クェンターレ。確か、ディービが話していたような気がする。しかしよく覚えていない。なので、記憶力がいい再生師に小声で話を聞いた。
「クェンターレってなんだっけ」
「近寄る者が誰もいないと言われている町だ。旅人も商人もな。」
そういえばそんな話をしていたな、となんとなく思い出した。
少女は天賦たちに槍を構えるのを止めて、後ろの武装集団に一言、何かの指示を出した。すると、天賦たちの包囲がゆっくり解けていく。
「よく分かんないけど、悪い人じゃないのかな。ごめん、話を聞きたいからついてきてくれると嬉しい」
少女は振り返って、天賦たちについてくるよう催促した。しかし、彼女は一度足を止め、少し考え事をしていた。
「……そのオンボロは道の端に避けてくれると恐悦至極」
「オンボロ? ……うわっ!?」
ファティは術力車の外装を見て、顔を真っ青にしてわなわなと震えだした。
「お、俺の家が! 収入源が! 人生がぁ!!」
その声は、天賦が今まで聞いた彼の声の中で1番大きなものだった。
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「あー、あれを作れる人間がいるなら直せる人間もいるだろ。そう気に病むなってェ」
カルメの言葉はあまり慰めになっていない。あまりにもファティがべそべそ泣くものだから、銀髪の少女は天賦たちを先導していく中で何度も振り返っていた。
彼女に連れてこられた先は比較的大きな建物で、中には武器や防具がたくさん並んでいた。彼女たちの拠点のようなものだろう。その証拠に、軽く武装した人間が何人かいる。
中は不思議と涼しい。天井についているランプのようなものが見たことのない水色の輝きを放っていたので、あれは魔道具なのかもしれない。それで温度を下げているとか。
天賦たちは大きめのテーブルの席に腰掛ける。こういう場で役に立つであろうファティがあの様子では困る。だがいくら声をかけてもテーブルに顔を伏せ続けているので、仕方なく話を始めることにした。
「あたしはイルネ。ニーデン傭兵団の現ボス」
そう言って、イルネは手を伸ばす。天賦は彼女と握手をした。彼女は可憐な少女にも関わらず、その手は硬かった。
「私は天賦。こっちは相棒、そっちは再生師、あっちはファティ、それカルメ」
「絶対ワザとだろ」
カルメの仮面が頭を掠めた。尖った先は少し痛いので気をつけてほしい。
「それで、詳しく何があったか教えてほしいな」
「なら、私が説明しよう。」
再生師がすらすらとスムーズに状況説明をする。ガフタに向かう道中でロジャヴェルズに遭遇したこと、それの嵐に巻き込まれて気を失ったこと、気がつけばクェンターレに落ちていたこと。
「ロジャヴェルズに……それは驚天動地」
ロジャヴェルズというインパクトのある言葉のおかげか、カルメの羽のことについては触れられなかった。これからも話題に出ないことを祈る。良い誤魔化しの方法が思いつかない。
「あれが移動手段なら、しばらく足止めになっちゃうでしょ。宿を紹介しようか?」
思っても見なかった提案だ。天賦が気に入っていた車上で寝ることもできない。たまにベッドが恋しくなった時もあったから、ゆっくり寝れるのはありがたい。
しかし、一つ懸念点があった。宿代である。
天賦たちは無一文というわけではないが、余裕があるわけでもない。ましてや人間4人分の料金だ。カルメは鳥になれば3人分でいいかもしれないが、きっと宿の持ち主に怪しまれてしまう。
「宿のお金なら心配ない。あたしたちが保証する。ただ他のことをしてくれれば」
天賦たちは驚いた。お金が必要ないというのも、傭兵団である彼女たちが身の保証をしてくれるというのもそうだし、それに加えて「他のこと」をすればいいと。
「他のコト? 何すればいいンだよ」
「あなたたち、多分戦える人だよね」
イルネは4人の顔ぶれを見る。ファティは戦闘員ではないが、肯定することにした。
「うん。戦う」
「なら大丈夫。夕方になったらここに来て」
それまではどこにいてもいいから、とイルネは付け足した。それにしても、こんな少女が傭兵のリーダーをしているとは、見かけによらず腕っぷしがあるのだろう。
天賦もそれに当てはまることを本人は気づいていない。
戦うのなら、ここには魔獣や魔物が良く出るのだろうか。傭兵団が具体的にどんな組織なのか天賦は知らないが、どうやらこの町を引っ張っている立場のようだ。武力として頼られているのだろうか。
「そうだ、聞いておきたいことがある。このクェンターレは何故人が寄りつかないのだ?」
再生師が直接イルネに聞いた。確かに、天賦も気になっていたことだ。彼女は難しそうな顔をして、それから椅子から立ち上がった。
「夜になったらわかるよ。それまで自由行動」
イルネは手を振って、建物の二階に上がっていった。
天賦たちは一斉にため息をついた。ロジャヴェルズに遭遇したり、ガフタに向かうはずが南のクスカルに着いてしまったり、ハプニングばかりだった。力を抜く暇もない。
「まさか、こんな所まで来てしまうとはな。そんな長い距離嵐に巻き込まれていたのか?」
「マージで大変だったぞ。ずっと車がガタンガタン傾く中1人で守ってきてやったんだぜェ」
「ありがとう」
「感謝する!」
「ありがとうございました……」
泣きべそをかいていたファティが顔を上げてぐずぐずと感謝を述べた。天賦も"相棒"が破損したら一週間は泣き続けると思うので、彼の苦しみもわかる。
「とりあえずあの傭兵少女に従っとくかァ。寝床を貰えンなら喜んで働くぜェ」
「魔獣なら得意。魔物も得意」
4人はひとまずニーデン傭兵団の拠地を後にして、クェンターレを探索してみることにした。
外は暑い。厚着を買わなかったことは意図せず良い方向に転がった。
クェンターレの住民は褐色の人間が多い。天賦が暑さに悩んでいるのとは反対に、彼らは暑がる様子を全く見せていない。こんな気温は慣れっこなのだろう。
「そういや、あのニーデン傭兵団だったか? なんでアイツらがここを仕切ってるんかねェ」
「確かに……多分、彼らは外部の人間ですよね。それに誰かに雇われているわけでもなさそうだ。なのにどうして大きな拠点を設けられているんでしょうか」
天賦は知らなかったが、傭兵団とはそういうものらしい。町長でもない彼女が天賦の身の保証をしてくれるのは、確かに不自然と言えば不自然かもしれない。
「それにこの町、あー……」
「カルメ、どうしたの?」
「いや、ちょっとな、気づいちゃったコトがあンだけど……今言ったら情報過多で嬢ちゃんたちが死んじゃうと思うンだよなァ」
カルメは頭をがしがしと掻く。勿体ぶらないで言って欲しいが、現在天賦は傭兵団や町、そして夢のことで頭が破裂しそうだったので、説明を控えてもらうことにした。
「その、カルメ。暑くないのか?」
再生師がカルメの服装を指差す。全身真っ黒の衣装を着たカルメはすこぶる暑そうに見える。もはや見てるだけで暑い。
「あ? いや、別に」
本人はいたって平常そうだ。魔王だから気温の変化を感じない、とかあるのだろうか。何よりその蒸れそうなマスクを取って欲しいのだが、カルメの下の顔の都合でそれはどうしてもお願いすることができない。
「というか、なんとかして車を直したいんですけど……」
ファティは猫背のまま天賦たちに提案する。彼にはずっとそのことが気がかりのようである。
「アレがあのままだとガフタにはまず行けねェよな」
「幸い、大事な魔力回路自体は無事だったので卓越した技術が無くても直せると思うんですけど……それでも専門の人がいなけりゃ……」
「では、その人材探しも含めてもっとクェンターレを見て回ろう。」
尻尾でファティの背をべしんと叩いた。彼には天賦ほどの体幹は無いので「へぶっ」なんて声を上げて大勢を崩した。うっかり骨を折ってしまった、とかは勘弁して欲しい。
人が集まる通りや何かの畑、道を横切るヤギ。さまざまな景色が見える。ムーナ・ルイスとは全く違う景色だ。
車のキッチンは壊れてしまったので、今までのようにファティが自由に稼ぐことができない。宿代はいいと言われてはいるが、ここで生活するにあたって、それが少し心配だった。
「お金あるかな」
「ああ、私の持ち金があるぞ、ほら」
再生師が腰にかけてあった巾着袋に手を伸ばした。
――瞬間、
「――だれか助けてくださいまし〜〜っ!」
くるくる巻いたオレンジの髪を二つに結んだ少女が、なぜかヤギに乗って走っている。なんだあれは。
その小さな物体が天賦たちの間を通り抜けた時――再生師の巾着袋は消えていた。




