幕間 彼が眠る
ある夜。
とある町の小さな石造りの家で、1人の明人が同じような石で作られた椅子に座っている。
オレンジの瞳に眼鏡をした、茶髪の青年。彼は何をするでもなく、そこにいた。
しばらくして、階段を裸足で降りる音が聞こえてきた。ぺちぺちとした可愛らしい音である。
「まだ起きてたのか?」
降りてきた人物は青年に声をかけた。青年と同じオレンジの瞳をした、褐色の少年だ。
その少年を見て、青年は顔を明るくした。
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん」と呼ばれた少年は、青年にふっと笑いかける。彼にとってはいつもの光景だ。
「うん、少し眠れなくて……」
「今日はいつもより暑いからな。飲むか?」
少年は眼鏡の青年にコップを差し出した。青年は「大丈夫」と言ってそれをテーブルに置いた。
「お兄ちゃんと話してた方が寝れるから」
「ふふ、そう?」
少年は笑う。そして青年の隣に腰掛けた。
「今日は体に変わりなかったか?」
「うん。特にどうもなかったよ」
「ごめんな、いつも家にいてやれなくて」
少年は目尻を下げる。体の弱い彼をいつも心配しているのだ。しかし、それを聞いて、青年は怪訝な顔をした。
「何言ってるの。お兄ちゃんの方が大変でしょ。いつも、あんな辛い仕事ばっか……」
「辛いけど、やるしかないんだ。俺たちのためにも、町の人々のためにも」
そう言うが、青年の顔は不満気だ。どうしても少年が言うことに納得できない。一言、ぽつりと漏らす。
「呪いなんてなければ……」
少年は目を丸くした。小さな瞳がよく見える。それから、青年を安心させるために柔らかく笑った。
「確かに不便だけど、呪われてるからこうして生きていられるんだ。……それに、呪いが無くなるなんて、ありえないから」
それは諦めでもなんでもない。それが世界の揺るがない真実だからだ。世界に蔓延る「呪源」という怪物は、人間の身では敵いっこない。全部斃しきるなんて夢のまた夢だ。
「まあでも、おまえが呪われてなくて良かったよ」
少年は手を目いっぱい伸ばして青年の頭を撫でた。眼鏡の青年の顔はまだ暗い。少年は外を見ながら、いつか叶って欲しい夢を口にした。
「いつか外に出られるといいな」
それは「この家の外」という意味ではない。「この町の外」という意味だ。彼らはこの町からは出られない。ある大きな事情があって。
「私は出られなくてもいいさ。お兄ちゃんと暮らせるならね」
「嬉しいことを言ってくれるな」
青年はくすくすと笑った。
その時、玄関からノックの音が聞こえた。少年は急いで扉の鍵を開ける。
そこにいたのは、銀の髪を肩まで伸ばした背の低い少女だった。背の低い、と言ってもそれは平均の話で、少年よりは全然高い。
「夜遅くにごめん」
「……えっと、何が出たんだ?」
「最悪なやつ。けっこーかなり阿鼻叫喚」
それだけで、少年は何が起きたのか理解した。彼女たちにとっての天敵だが、彼にとっては1番楽な仕事だった。なんせ、地面に寝そべっているだけでいい。文字通りの意味で。
その様子を、青年は心配そうに眺めていた。それに気がついた少年は、少女に一言告げてから彼の元に寄った。
「また仕事……今日はゆっくり寝れると思ったのに」
「ごめんな。でも大丈夫だ。今日は痛くないやつだから」
少年は口角を上げてみせた。青年の顔にはまだ陰りが残っているが、それでも笑顔を作ってくれた。
「頑張って。絶対帰ってきてね、死んじゃだめだよ」
「死なないよ。いつもね」
もう一度頭を撫でて、少年は少女と共に外に出る。青年は一言だけ、彼にどうしても言いたいことがあった。扉が閉まってしまう前に、それを口にする。
「おやすみ、お兄ちゃん」
少年は少女と顔を見合わせた後、少し眠そうな目で言った。
「ああ、おやすみ」




