第3話 黒鳥
「......よォ、嬢ちゃん?」
天賦は、たった今起こったことを頭の中で順番に処理していた。まず、巨大な石像を倒した先に謎の水晶を見つけた。それとなくそれに触った。水晶がパキッと割れた。その中から見たことのない黒鳥が出てきた。その鳥が、自身に向かって流暢な共通語で話しかけた。
出来事を整理することには成功したが、天賦はそれを理解するには至らなかった。
「えっと、お嬢ちゃん?これって今どうなってんの?」
「しゃべった」
言葉を喋るのは人間種だけだ。しかし、鳥の獣人など見たことない。勿論、明人にも、エルフにも、羽人にも、鬼にも見えない。ただの鳥だ。
黒鳥は質問を無視されたことを気に止める様子は無かった。首を回して辺りを見回し、自身の羽を交互に見つめた。その過程で、天賦は黒鳥の右目がないことに気がついた。
「オレ、まるで分かんねェンだけどよォ。とりあえず、お前さんもよく分かってねェってワケ?」
「……うん」
黒鳥は水晶が置かれていた台から飛び降り、足をちゃかちゃかと鳴らした。天賦の膝よりも身体が小さかったので、天賦はしゃがんで目線を合わせようとした。
「もしかして、魔王?」
天賦は自分の予想が合っているか確認するために黒鳥に聞いた。正直、目の前の小鳥がとても魔王には見えなかった。しかし、巨像に守られ、封印までされて、その上言葉を喋る鳥がただの鳥な訳がない。黒鳥はそれを聞き、首をくいっと曲げて、尾をパタパタと振った。
「…………多分?」
「多分って何」
「魔王って…なんかそう呼ばれてたような気もするし、でも、前のコトはっきり覚えてねェっていうかさァ。オレ、さっきまで何してたンだっけ」
天賦は「さっきまで」という言葉に少し引っかかった。200年以上封印されていたのだから「何をしていた」という言葉が咄嗟に出るのは変だと思った。その疑問を言葉にする前に――おそらくオス――の彼が「それで」とクチバシを天賦に向けた。
「嬢ちゃんは何モンなの?」
「私は……天賦って言われてる。明人。女。ソエルソス王国に住んでる。闘技場で戦う。外で魔物倒す。たまに魔獣も倒す」
「おォ……詳しくドーモ」
天賦は自分なりの自己紹介を終えた時、黒鳥が天賦の腰に携えた物を眺めていることに気がついた。自分が"相棒"を持っているのはそんなに物珍しく見えるのか、と天賦は思う。
「こっちは"相棒"。触んないでね」
「別に触ンねェよ。見ただけで超高ェって分かるし」
「そっか」
天賦の「相棒」についての話が終わると、黒鳥からも天賦からも新しい質問が投げかけられなくなった。片や状況把握に手一杯、片や突如封印が解かれて混乱中。次の計画を建てられる人材がいなかった。どちらも、相手はさらに深い情報を所持していないことを漠然と理解していたため、状況は硬直した。端的に言えば、気まずかった。
「……あー、なァ、嬢ちゃん。とりあえず降りながら話さねェか?」
「じゃあ、英雄のことは覚えてる?」
「英雄? あーっと、オレを封印したヤツのコト?」
「そう」
「……知らねェや。や、思い出せねェが正しいのかァ?」
階段を降りている間、推定魔王の黒鳥に様々なことを聞いた。当時の人間、暴れ回った時、封印された時。何を聞いても「知らない」「覚えてない」としか答えない。うんうんと唸りながら数段かけて考えているので、嘘をついているようには見えなかった。
この黒鳥には奇妙な点が多い、目に見えてわかりやすいのはやはり見た目だ。
この――恐らく――魔王の容姿は「鳥」以外に形容のしようがないが、どの鳥にも似ていない。なんというか、可愛らしく簡略化された鳥の絵が、そのまま現実に出てきたような不気味さがある。「魔王」の威厳は全く感じられない。
そして、仕草がなんとも人間らしいのだ。顎に手を置くように羽をたたみ、疑問に思った時は首を傾げる。その癖、クチバシを動かさないのに人間の言葉はすらすらと口にする。天賦よりも遥かに流暢だ。
天賦は正直、がっかりしていた。「呪い」や「呪源」の真実を知ることができるかもしれない、と期待していたが、この調子ではとても無理そうだ。戦いの高揚感はもう冷め切ってしまった。先ほど戦った石像どころか、街に住む野良犬よりも弱そうである。
「ねえ」
「次は何だ?」
「人間殺したいって思う?」
黒鳥が足を止めた。首をぶるりと振るわせたので、多分驚いているのだと思う。顔からは感情が読めない。
「ハァ? 突然なんだよ」
「魔王はたくさん殺したらしい。あなたも殺したいって思ってるなら、困る」
黒鳥は、この質問に対しては悩むそぶりを見せなかった。
「思わねェよ。少なくとも、今のオレは」
天賦は「思わない」と聞いて安心したが、その後の言葉が気になった。もし、この鳥が記憶を取り戻して魔王に戻ったとしたら、それは本当の世界の終わりなのではないかと。封印を解いた時、天賦はふわふわした妙な気持ちで、碌に物事を考えていなかった。もしかしたら自分は取り返しのつかないことをしでかしたのでは、と背筋が寒くなる。「酒で失敗する」とはこんな気持ちなのか、と既に後悔を始めていた。
「てか嬢ちゃん。ココから出る方法知ってンだよな?」
「え? あ、分かる。時間かかるけど」
「なら安心だな。そうだ、さっき「英雄」って――」
「うわー!マジでぇ?」
ドアの前まで差し掛かった時、石像がいた部屋から声が響いた。黒鳥は「うわっ」と短い鳴き声を漏らす。天賦は声を上げなかったものの、黒鳥とは別の意味で驚いた。
誰だ、ではなく、なぜここに、と。
「なんてこった、ゴールデンオープスが! 勿体なぁ」
ドアを開けると、バラバラに砕け散った金色の破片をかき集めている男がいた。全身が真っ白で、顔さえ見えない面妖な服を着た男――召使である。
「……なァ嬢ちゃん。一応聞くけどよォ、知り合いか?」
「知り合い」
「え、あ、え!? あ、マジで知り合いなの」
半ば忘れかけていたが、この男は天賦をここに呼び出した人物、悪く言えば黒幕だ。近づきすぎないよう距離を取り、"相棒"を握る。召使は天賦に気がつくと、破片を集めるのをやめて、姿勢をいつも通り正した。
「天賦さん、まさかこんな早く遺跡に……あ」
天賦の隣にいる黒鳥に気がつくと、召使は天を仰ぎ、「なーんだよかった」と気の抜けた口調で独りごちる。
正した姿勢はすぐに崩され、いつもよりもフランクに天賦たちに話しかけた。
「天賦さん、あとー、そこの鳥さん。説明するので座ってください。ほら、そこにちょうどいい岩があるでしょ」
「説明して」
「オレでも分かるようにな」
天賦と黒鳥は「足」に座り、召使は「腕」に座った。
「そうですね、じゃあ何か聞きたいことはありますか? まずはそれに答えようと思います」
「……じゃあ、ここなに」
「ここですか? ここは魔王を封印している遺跡の最奥です。天賦さんに渡した変なピースあったでしょ。あれは遺跡のスーパーショートカットのための鍵なんですよ」
天賦は、壁に見事にハマった部品のことを思い出した。
「スーパーショートカット」という言葉に首を傾げていると、召使がフランクに笑った。
「はは。あの魔王を封印している場所ですよ?ただ「ゴーレム」一体に守らせてるわけないでしょ」
「……確かに。じゃあ次。なんでその鍵を私に渡したの」
「最奥の扉を開くための「鍵」が欲しかったからです」
鍵。そんなもの天賦は持っていない。
いったい何のことを話しているのかわからなかった。が、あの荘厳な扉を開いた時のことが妙に鮮明に浮かび上がる。あの時、天賦は自らの"相棒"を刺して開けた。あの穴に形がちょうどピッタリだったことも。
「まさか」と天賦は"相棒"の鞘に触れる。
「私たちも不思議なんですよ。なんでそんな場所を開くための剣をあなたが持っているのか。あまりにも肌身離さず持っているので、どうしたものか悩んだんですよね」
天賦にとって"相棒"は最も信頼できる相手だ。昔は「盗んだのか」と聞かれることがしょっちゅうあったが、その度に全力で否定した。"相棒"はずっと前から、最初から、天賦のものだから。
だから、魔王の封印を解くための鍵と聞いて天賦が最初に思ったことは、そんなのありえない、だった。
「……うそつけ」
「信じてもらえなくてもいいですよ。もう開いたんですから」
「……なァ、オレからも質問していい?」
黒鳥は翼を上げ、まるで「挙手」するように召使に聞く。
「どうぞ」
「オレってマジで魔王なの?」
天賦も、本当にこの鳥が魔王なのか気になっていた。魔王と間違われて封印された可哀想な――へんてこな――鳥なのではないかと疑っていた。
「マジで魔王ですよ」
「でも、ほら、よく見ろよ! ただの小鳥ちゃんだろ!」
黒鳥は翼をばさばさ広げて抗議する。
小鳥にしては大きすぎる。
「はは。力はすっからかんと言っても良いくらい残ってないですね。それに記憶も。ひとまず安心……でも、少し残念だ」
何やら詳しく事情を知っていそうな召使から直々に「魔王」であると聞いて、天賦の期待は少しだけ膨れた。ただ、力をまるっきり失っているのなら、それはただの喋る鳥でしかない。
「この鳥弱そう」
「弱そうでも魔王なんですよ。天賦さん、一回こちらに来てください。鳥さんはそのままで」
召使に手招きされ、「足」から降りる。黒鳥は「え、何」と不安そうに天賦と召使の顔を見ていた。
召使は小さな棒を取り出し、その先端を黒鳥に向けた。
天賦は、過去にスルに見せてもらったことがあった。魔法を使えない人間も一回だけ魔法が打てるようになる杖を。
その杖の名前は確か、青杖。
「ちょ、それ……っ!」
青杖の先から、【砲撃】が即座に放たれた。石像が降ってきた時のような爆音が鳴る。恐らく、スルが放つ【砲撃】と同等のもの。天賦もアレをまともに食らったら怪我をする。ただ天賦に魔法の耐性が全くないからというだけかもしれないが。
ともかく、あんな鳥1匹に放つような魔法ではない。もしかしたら炭になってしまっているのではとおそるおそる「足」の上を見る。
「……ええ」
結果、黒鳥は無傷だった。「お?」なんて言って羽をきょろきょろ確認している。召使に説明を乞うため「ちょっと」と呼びかけた。
召使が持っていた青杖は炭になり、はらはらと崩れていく。
「ほら、耐久力はあるみたいでしょ」
平然と言ってのける召使に、天賦は引いた。
脚をバタつかせて「マジか」とまだ言っている黒鳥にも引いた。
天賦は自分よりも耐久力がある生き物はドラゴンくらいしか知らなかったので、そのドラゴンと同等、もしくはそれ以上の「硬さ」を持つ奇妙な鳥が、正直末恐ろしかった。
黒鳥――魔王は「足」から翼をはためかせながら降り、天賦の横まで飛んできた。
「それで、なんでオレを復活させたんだ?」
召使は「腕」から飛び降り、「その質問を待っていた」と言わんばかりに天賦と魔王に近づいてきた。
「私から、私たちからお願いがあるんですよ。天賦さん、そして「魔王」」
天賦は唾を飲み、"相棒"のグリップを握った。緊張する時も、ついこうしてしまう。天賦の癖だ。
「世界の呪いを解くために、英雄を――「呪源」を、全て殺してきて欲しいのです」




