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38話 大嵐

 三日後、天賦たちはガフタに向けて旅立った。

 だんだんと見えなくなる白の美しい街に寂しさも感じた。しばらくここに戻ってくることはないだろう。ディソンとディービに会うことも無くなる。ディービは多少気に入らない奴だったが、意外と別れは物寂しく、感傷に浸った。


 もう少し滞在したらどうだ、とも言われたのだが、天賦には呪源を斃しに行く以外にすべきことが思い浮かばない。早く"相棒"を助け出したいのだ。


 静かに揺れる車内で、天賦は呪解者の本の表紙を見ながらあることを考えていた。

 彼らはどうして呪源になったんだろう。


 シュルトカはただ「人々を守りたい」と思うだけの心優しい少年だった。世界を呪う理由なんてないはずだ。

 やはり、魔王が関係しているのだろうか。

 そこで、カルメが何かの力を取り戻したことを思い出した。色んなことがあって、今の今まで触れないでいた。


「カルメ、なんか使えてたよね」

「あ? あー、あの羽のヤツか」


 カルメは目を細めた。なぜかこのことはあまり話したくないようである。


「あれ、何で? なんか思い出したの」

「ちょっとだけだって。ちょォーっとだけ」

「……は!?」


 ファティがぐるんと振り向いた。ここはまだ平坦な道だから、多少よそ見をしても大丈夫だろう。


「おもっ、思い出したって、あなた魔王の……!」

「待て待て! だからほんのちょっとだっての! 力だってショボいヤツだったし」


 あの光を防げたのに「ショボい」なのか、と天賦は思う。確かに派手さは無いが、丈夫だし、何よりモフモフしていて柔らかい。


「カルメ、何を思い出したのだ?」

「あのー、英雄?と戦った時のコトだな。超うっすらだけど」


 羽をクチバシに当てながら言った。なら、英雄がどんな姿をしていて、どんな攻撃をしたのかも覚えているのだろうか。


「どんな感じだった」

「オレが、呪源がやってきた光を使って、そしたら重戦士のガキが壁を作ってそれを防ごうとしたんだよ。アレか、確か【水晶(クリスタル)】だ」


 カルメもあの光を使えたのかと驚いた。今は使えないだろうが、もし放てるようになったら呪源討伐にも役に立つだろう。今はカルメは壁役に留まっている。


「シュルトカの盾の魔法だな。それで?」

「後はマジで曖昧。なんか止められたような気もするし、岩みたいなモンを投げられたような気も……」


 カルメが覚えていることはそれで終わりらしい。

 ただ、あれだけ「オレは魔王じゃない」と言っていたカルメが、自然と自分が魔王だった頃の記憶を話している。それらのことを思い出して、認めざるを得なかったのだろうか。


「カルメさん、誓ってくれませんか?」

「あ? 何を?」

「絶対に人間を襲わないって」


 ファティが強い口調でカルメに言った。何のことを言っているのか、天賦にはよく分からない。


「これで色々思い出していって、「実はお前らに復讐したいと思ってたんだよー」とか言ってまた世界を滅ぼそうとしたら、たまったもんじゃないんですよ」

「「歴史は繰り返す」ということか!」


 再生師が何を言ったのかは天賦は理解できない。

 ただ、ファティの発言は一理ある。もしかしたら記憶を取り戻したことで人間に対する憎悪が浮かんできてもおかしくない。最も、今のカルメには遠い物だが。


「あァ? ンなコトしねェよ。多分」

「いいから言ってください。「私は誓って、人間を殺したいと思っていません」」

「ワタシハチカッテニンゲンヲコロシタイトオモッテイマセン」


 カルメは右の羽を挙げながら言った。しかし、かなりの棒読だ。不安な宣言である。


「そうだ天賦、ガフタに着いたら呪解者とコンタクトを取れないか試してみよう」

「呪解者と?」


 天賦のすぐ近くに転がっている本を見た。恐らく、大きな文字の下にそれより小さく書いてあるのが「呪解者」だろう。


「彼は呪いについては誰よりも詳しい。ガフタの呪源であるカローラ・フェンについても知識を持っているだろう。」

「大丈夫なのかァ?ソイツかなりの有名人なんだろ? オレらみたいなよく分からんモンに会う時間なんか作ってくれるのかよ」


 そういえばそうか、と天賦は思った。再生師はムーナウーヴァの有名人だが、彼女は向こうから接近してきた。呪解者もそうとは限らないだろう。


「大丈夫だと思いますよ。なんせ、あのルチカナイトを倒したんですから」


 天賦は拡張袋からメイスを取り出した。


「これ見せたら分かるかな」

「あー、それなら自分らがやったって証明できるかもな」

「おお! 天賦は賢いな!」


 再生師は尻尾を振る。そろそろ注意すべきかもしれない。


「ほら、みなさん、そろそろ海が見えると思いますよ」

「ほんと!?」


 天賦は身を乗り出した。カルメに靴を引っ張られる。

 そして、森を抜けた後――一面に広がる水を見た。

 どこもかしこも青く、太陽に当たってきらめいている。湖とは比較にならない広大さである。どこが端か分からない。


「すご! なにこれ! 変な匂い!」

「海水には塩が含まれていてな! そのせいで独特な匂いがするんだ! 海で吹く風がそれを運んでいてな!」


 興奮する天賦に、再生師が目を輝かせながら知識を披露する。残念ながら、天賦はそれをあまり聞いていない。


「ファティ、もっと近づいて!」

「ええ? 砂浜ってことですか?」

「はやくはやく」


 ファティは分かりました、と言ってゆっくり斜めに移動する。先程よりも水が近くに来た。砂の色も相まって綺麗だ。


「行ってくる!」

「ちょ、まさか泳ぐんじゃねェだろ……あ! 姉ちゃん!」


 天賦に続いて、再生師も外に出た。ちゃっかり戦闘体制の服になっている。ファティはそれを見て車を停めた。彼女たちなら追いつけるだろうが、一応。


 天賦は水に思い切り入った。冷たくて気持ちがいい。もっと暑い時期だったら更に楽しかっただろう。

 水の中は澄んでいて、魚が泳ぐのが見える。持っていったらファティが喜ぶかもしれないが、今はそれよりも遊んでみたかった。"相棒"が重いが、一緒に海を見せたかった。


「再生師、これ……何してるの」


 再生師は砂浜で堂々とした佇まいで立っていた。大きな尻尾が揺れている。まさか、尻尾が重くて泳げないのだろうか。


「泳げないの?」

「一般人ならこれのせいで泳ぐことは難しいだろう。だが、私はこの体で泳ぐ方法を身につけたのだ!」

「どうやるの」

「ふふふ……とうっ!」


 再生師が高く飛び、グルグルと空中で回転しながら海にダイブした。

 あんな勢いで入ったから沈んでしまったのではないかと天賦は海面を見下ろす。すると、下からぶくぶくと泡が上がってきていた。それはどんどんと大きくなっていく。


 そして、ざばんと音を立てて再生師が上がってきた。

 尻尾をぐるぐる回転させ、物凄い勢いで水が跳ねている。


「み、見ろ! これが私流の泳ぎ方だ!」


 尻尾の回転で再生師は前に進む。上体を斜めに起こしているので、泳ぐという表現が合っているのかは分からない。


「近づくなよ! もしかしたら死ぬかもしれないからな!」


 普通の人間が今の再生師に近づいたら間違いなく細切れになって死ぬだろう。跳ねてくる水も少し痛い。


「わぷ、や、あっち行ってよ」

「な! なんだと!?」


 再生師は目に見えてショックを受けていた。でも水が目に入って染みるのだ。

 そんなことをしていると、ふいに天賦の体にぬるっとしたものが触れた。驚いてそれを見ると、ただの魚だった。いや、「ただの」とは違う。それは魚の死体だった。


「……あれ」


 もう一つ死体が上がってくる。頭が飛んでいて、海を地で汚している。間違いない、何かが下にいる。


「ちょ、再生師、なんかいる」

「何?」


 何かが底から伸びている。それは、真っ直ぐと天賦に飛んできた。対応できない速度じゃない。天賦は水中でそれを避けた。何か、触手のようなもの。

 奥から球体が上がってくる。その影はだんだんと大きくなり、水上に浮上した。


 赤くぶよぶよとした体で、胴体の代わりに触手が8本生えている。一本一本が再生師の尾よりも太い。天賦が見たことのない魔獣だった。


「な、な、なにこれ!」

「なんと! これは魔蛸だ! 【水流(アクア)】を使うタコで、比較的珍しい魔獣だな!」


 再生師は心なしか楽しそうだ。あまりにも馴染みのない姿の魔獣だったので、天賦は少しパニックだった。


 魔蛸は天賦たちめがけて触手をムチのように飛ばす。再生師はそれを尻尾で弾き返し、天賦は水中だと言うのに身軽に跳ねて避けた。

 遠くからカルメとファティの驚く声が聞こえた気がする。


「何したら死……あぶ」


 水が口の中に入る。ムーナウーヴァの料理よりもしょっばい。恐らく、魚はあの魔獣に巻きつかれて頭を千切られた。あれに捕まるのは危険だろう。

 ただ、どのようにすれば死ぬのかさっばりだ。あの頭らしきぶよぶよした所を叩けば死ぬだろうか。


「目と目の間だ! そこを刺せ!」


 再生師は当然のように魔蛸の倒し方を知っていた。彼女の知識量に改めて感謝だ。腰に手を伸ばし、ナイフを求めて探る。


「……あ!」


 しかし、そこで天賦は気がついた。

 拡張袋を術力車に置いてきた。


「カルメ、袋! 袋! ナイフだして!」


 天賦は車に向かって必死に叫ぶ。あのぬるぬるした体には打撃は効きそうにない。それに"相棒"を使うことも論外だ。可哀想すぎる。


「わ、私にまかせろ!」


 再生師はゆっくりと方向転換をして、殺人兵器のような尻尾を魔蛸に向けた。魔蛸をみじん切りにするつもりなのだろう。……しかし、魔蛸は再生師を一目見た後、天賦に狙いを定めた。こいつ、思ったより頭がいい。


「なぜこちらを向かない!?」


 再生師は水面をパシャンと叩いた。あんな見るからに危険そうな物、天賦だって近づきたくない。


 下から3本触手が飛んでくる。捕まることはなかったが、ぬめぬめしていて気持ちが悪い。後で"相棒"も洗わなければ。


「カルメ、ナイフ! ナイフ!」

「はいはい持ってきた持ってきた! ……って、うおっ!?」


 カルメがひょいひょい走ってきたのを見て、魔蛸はそちらをぎょろりと見た。そして、水から上がろうとカルメめがけて突進してくる。そういえばカルメはそんな体質だった。


「や、ヤベェ、迫力ある!」

「いいから投げて!」


 カルメは「投げる!?」と驚きながらも、その腕で海にナイフを投げた。銀の煌めきが空に光る。天賦の位置と全然離れたところに飛んでいるが、それでも天賦の許容範囲内だ。


 全力で泳ぎ、水を白く跳ねさせながらそこに向かう。

 意図せず飛んできた魔蛸の触手を足場がわりにして、跳ぶ。


 精一杯伸ばした手の中には、しっかりとナイフが握られていた。上手くいったようだ。


「カルメ、そのまま立ってて!」

「りょ……あ!?」


 カルメは両手をわたわたさせる。鳥の時と同じ動きをしているだけだと思うが、人間体の時にやるのはやめて欲しい。

 カルメを囮にして、魔蛸よりも速く砂浜に着くように泳ぐ。全力で泳ぐと流石に足が疲れる。


「ぷはっ」


 砂が足裏にくっつく。じゃりじゃりして気分が悪いが、それよりもカルメの元に向かう。魔蛸はカルメのすぐそばまで迫っていた。正面を向いたまま来ているので、天賦にとって好都合だ。


「じょ、嬢ちゃんこれ」

「どいて!」


 カルメを押し除けて、魔蛸の眼前に立つ。

 ナイフを横に突き立て、そのまま魔蛸に対抗するように、前に跳んだ。


 柔らかい魔蛸の体には刃物がよく刺さる。ぐじゅ、と音を立てて、ナイフは奥深くまで突き刺さった。

 その瞬間、魔蛸の体がすう、と白くなっていく。そして、いきなりその場にドスンと倒れた。ピクピクと触手の先が動いていて気味が悪い。


「びっ、くりした……」


 命の危機を感じた、というわけではないが、天賦にとってはとりわけショッキングな生き物だったので精神的に削られた。世界には変な生き物がいるものである。

 そういえば、【水流(アクア)】を使うと言っていたが、ナイフを取ることに必死で気が付かなかった。


 再生師も海から上がり、胸を撫で下ろしていた。そして、天賦の横を指差す。


「天賦、それ抜いてやれ」

「え?……あ」


 そこには、カルメが頭から砂に突き刺さっていた。



「あーあー、だからやめとけって言おうとしたのに」

「気持ち悪い……」


 カルメを砂から抜き出した後、天賦は後悔していた。身体中がべたべたしていて気分が悪い。服も海の匂いがするし、髪には砂がくっついている。湖のような気分の良さはあまりなかった。海で遊んでいて楽しいのはその瞬間だけのようである。


「そもそも普段着で入らないで下さいよ……海ってのは水着で入る物なんですから」

「そんなのない」


 幸い、まだ今日は寒い地帯に行かないようなので、天賦は気分の悪さを数時間味わうだけで済むようだ。


 あの後、ファティにこの魔獣を食材に使うかと聞いたのだが、【保存(フリーズ)】用の箱は肉で埋まっているらしく、拒否された。あの魔獣は海の生き物の飯になるようだ。


「てか、お前さんの相棒は平気なのか? 普通錆びるだろ」


 天賦は焦って"相棒"を見る。海の匂いに塗れているが、外見はどこにも変化がないので安心した。

 海に武器を浸すと錆びてしまうらしい。これからは気をつけよう。


「ファティ、タオルあるか?」

「あっちの棚です」


 今日が暖かい日で良かった。うららかな日差しを見ながら、天賦はそう思った。



――――――――――――――――――――――――――



 ……しばらく経った後、太陽の姿は見えなくなっていた。

 全体が黒い雲に包まれ、陰鬱な空気が漂っている。海も涼しい、というよりも冷ややかな印象を受ける。遊んでいた時とは大違いだ。


「天気悪いね」

「雨が降るかもなァ」


 天賦の服はあらかた乾いたが、潮の匂いはなかなか消えない。頭が痛くなりそうだった。

 ある程度進むまで寝ていよう、そう思って天賦は横になった。瞼を閉じて、考え事をやめようとした、その時。


 ――ごう。


「うお、びっくりしたァ!」


 天賦はすぐさま起き上がった。


「急に起き上がンなよォ、びっくりするだろ」

「何か変な音がする」

「……変な音ォ?」


 風の音とも、波の音とも言い難い何か。何かの魔獣かもしれない。天賦は拡張袋に手を伸ばし、メイスを手にした。


 ――ごう。ごう。


 音はだんだん近づいてくる。身構えていると、突然車が止まった。


「ファティ、どうしたのだ?」

「ま、周りが……」


 天賦は辺りを見回す。薄い霧が充満していた。

 しかも、ただの霧ではない。僅かでしかないが、何かの腐敗臭もする。間違いなく、何かの魔獣だろう。


「静かに……」


 ほぼ静寂だ。しかし、一つだけ、はっきり聞こえる音があった。


――ごう。ごう。ごう。


 天賦は気がついた。これは、空だ。

 咄嗟に車上に立ち、上空を確認する。――間違いない、何かがいる。これは……ドラゴンだ。


「ドラゴン」


 天賦は3人に小さな声で言った。刺激すると碌なことにならない。なんせ、あのドラゴンはすぐそこにいて――


――違う。


 すぐ近くじゃない。()()

 なのに、やたらと近距離にいるように思える。理由は簡単だ。それが、規格外の巨体だったから。


 黒い翼。金の角。

 海さえも飲み干せてしまいそうな、その身体。

 もやがかかった世界の中で、その角と、禍々しい紫の瞳だけが光っていた。

 このドラゴンの正体なんて、聞かなくたって分かる。


 ――巨龍、ロジャヴェルズ。


「あ……」


 神話を目の前にしている気分だった。そして、悟った。


 ロジャヴェルズに勝てる未来が無いことを。


 足がすくむ。本能が自分に「死ね」と言っている。

 ルチカナイトのような美しさも感じない。目の前にいる呪源はただの「死」だ。


 誰も言葉を発せなかった。その存在に圧倒され、戦慄した。ゴトン、とメイスが落ちる音がする。"相棒"がガチャガチャと音を立てているのは、天賦の手が震えているせいだ。


 ロジャヴェルズはその首を伸ばし、空を見た。何かを呼び寄せるように。


 ごうごうごう。ごうごうごう。


 その音が近づいて、近づいて、近づいた時――天賦たちは浮いていた。轟音の中で宙を彷徨っていた。白い風の中に囚われている。


「つか、まれェ……ッ!」


 どこからかカルメの声がする。車が、天賦が、再生師が、ファティが黒い羽根に包まれて、そして――


 そこからの記憶はない。

これで幕間を挟み、2章は完結です。

次の章もよろしくお願いします!

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